第48話 例外発生箇所の絞り込み
思ってた以上に広い。これは探すの大変そう……
それが第二書庫に入った瞬間の感想だった。
司書とかいるのかな、と見回したところ、入退室を管理している風のおじさんがカウンターのようなところに座って本を読んでいる。
「あの、すいません。利用許可をもらって初めてここに来たのですが」
「ん、ああ申し訳ない。えっと、証明するものはあるかね?」
そう言われ、エリカからもらった羊皮紙を渡す。
それを広げて確認したおじさんが一瞬ビクッとなった。まあ、そりゃそうよね。
で、改めてそれを丁寧に巻いて返してくれる。
「ありがとう。この部屋の本はどれを見てもらっても構わないよ。探し物があるようなら助言できると思うのだが」
「ありがとうございます。王都の西、荒野の中にあるっていう遺跡について調べたいんですけど」
「ああ、カピューレの遺跡か。確か……案内しよう。ついて来てくれるかな」
司書おじさんの後ろをついて書庫の左手奥の方へと進む。
背の高い書架が結構な数並んでいて、正直、一ヶ月ぐらいここに籠りたい気がしてきた。
「この書架だね。一番上の棚に届かないようなら、そこにある踏み台を使うと良いよ」
「ありがとうございます」
「持ち出しはできないので、本格的に読むなら中央にあるテーブルへ」
「わかりました」
丁寧に説明してくれた司書おじさんを見送り、私は背表紙を上から順に眺め始めた。
***
王都の教会から昼の三の鐘が鳴り、私の腕時計も振動する。
荒野にある遺跡は、正式には司書おじさんが言った『カピューレの遺跡』という名前らしい。
その存在が確認されたのは建国前という話。けど、その遺跡一帯が荒野になり始めたのは三百年ぐらい前かららしい。原因は不明、と。
あと、王都の西側、レスタ領近辺の歴史をいろいろと調べた感じ、極端に乾燥しているのは遺跡付近だけとのこと。ソフィアさんの言う通り、遺跡に原因があると考えて良さそう。
魔物が出始めたのは、荒野化してしばらくしてかららしいので、これもまあ関連してると考えて間違いはない?
確認されている魔物はサンドリザード、ブラッドスコーピオンが主らしいんだけど……。気になるのは遺跡周辺にロックゴーレムが多数いると書かれている件。
ゴーレム、ルシウスの塔みたいにダンジョンが動かしているという線かな。こう、良からぬ輩が住み着いてて、そいつらがゴーレムを使ってると考えると危険度が跳ね上がる……
遺跡の内部に関してはほとんど情報が得られなかった。実際に見に行った人はほとんどいないらしいし、その人たちもロックゴーレムに襲われて逃げ帰ったそうだけど。
さて、そろそろ帰らないとかな。
今日は一人で静かに探したいからと無理を言い、ルルとディーには留守番してもらった。
ソフィアさんには、今日のお仕事が終わった後にワーゲイさんの館に寄って欲しいと伝わっているはずなので、今から帰れば十分間に合うだろう。
欲しい情報はだいたいメモしたし、ホントは魔法の本があれば見ていきたいところだけど、それは今は我慢することにしよ……
「ありがとうございました」
一応、帰るときに司書おじさんに挨拶。
返事はもらえなかったが、片手を上げてにこやかに送り出してくれた。
***
王城にある第二書庫だが、王城と言っても貴族なら自由に入れる区域らしい。とはいえ、私も貴族ではないので、エリカが持たせてくれた閲覧許可証で通させてもらった。
あの許可証の効果は抜群だったし、どうやら先日の祝勝会で私の顔を覚えてる役人さんもいたようで……ちょっとした騒ぎになる前に第二書庫に逃げたのは正解だったかな。エリカと知り合いな私と顔繋ぎしたいとか、そりゃ思うよね。
で、帰りもそんなことになると困るので、目立たないように進み、最後に門番の人に軽く挨拶をして城を出た。その時、
「ミシャ! ちょうど終わったところか?」
あれ? ディーはワーゲイさんの館にいたのでは?
いや、まあ外に出るなとは言ってないし、ルルみたいに騒ぎになることもないから良いんだけど。
「えーっと、どうしてここに?」
「ああ、クラリティ殿に弓の微調整をしてもらっていたのと、もう一つお願いがあってな」
私たちは並んで歩き始める。
ディーの『お願い』とやらを聞きたかったが、向こうから言ってこないのは多分まだ街中だからだろう。帰宅してからで良いかな。
「新しい弓の方はどうなの?」
「素晴らしいな! 正直、私のような若輩者があんな弓を頂いていいのだろうか!?」
「どうどうどう」
熱弁し始めるディーをなだめる。正直、私には弓の違いとかよくわからないんだけど、ディーがそれだけ熱くなるんだから良いものなんだろう。
そういえば
「ミシャがもらったローブはどうなんだ?」
「ああ、これ。これはヤバいね」
「ん? 危険なのか?」
「ごめん、そういう意味じゃなくて『すごい』ってこと」
万能翻訳も流石に日本語の多様性っぽいところまでフォローしてくれるわけではないみたい。
まあ、ともかくこのローブはすごい。何がすごいって着てると魔素の回復がとんでもないところ。
ローブってもともとゆったりしたものだけど、それでできる体とローブの間のスペースで魔素が自分のものへと変換されて吸収される。
魔法を使って体内の魔素が減った先から補充されるような感じ。これでもっと私自身の魔素の最大量が増えれば……と思ってしまうぐらいヤバいと思う。
ソフィアさんが魔素切れでダウンした時に掛けてあげた時も、あっという間に回復させてたみたいだし。
それにしても、こんな高性能なローブって。エリカの母親ってどういう人だったんだろ……
「ふむ、クラリティ殿からもらったマントも近しい感じだろうか。精霊たちが嬉々として遊んでいるのでな」
「よくわからないけどすごいんだね……」
そういえば『シルキーみたいな具現化した精霊は珍しい』って言ってたけど、そのうちディーの精霊たちも具現化するのかな。それはそれで楽しみなんだけど。
貴族街に入って少し進んだところで一台の馬車が私たちの横を通り抜け、すぐに止まった。
「ん?」
そこから降りてきたのはソフィアさん。慌てて私たちの方に駆け寄ってくる。
「すいません。お伺いするのが早すぎたでしょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。さ、行きましょう」
***
《起動》《静音》
前回と同様、客室に集まっての会議はまず音が漏れないようにしてから。
「えーっと、じゃ、まず私たちからエリカと話した結果を」
「は、はいっ!」
緊張気味にそう答えるソフィアさんにさっくりと要点だけを伝える。
基本、エリカに許可はもらえたけど、現有戦力だけだとダメなのでノティアから知り合いを呼ぶつもり。というか、もう呼び出しはしたこと。
早めに出発はしたいけど、きっちりと戦力を整え、対策を調べてから出発とする。で、さっき調べてきたので、それは今から共有ってこと。
「あ、ありがとうございます……」
感極まったのか、涙ながらに深々と頭を下げる。
「泣くのは全部解決してからだよ! それに、この事はエリカも随分気にしてたから、さっさと解決しようね」
「そうだね。それでご家族には?」
「はい。この件に関しては全て任せると言ってくれました」
おお、すごい。けど、これだけ真面目な子ならそうかな。
「じゃ、エリカのおかげでいろいろ調べて来れたから、その報告ね。結論としては、私もソフィアさんの言う通り、あの周辺の荒野はどうも遺跡に原因があるんじゃないかなーって」
「ふむ、遺跡が何かしら周りに悪影響を与えていると」
「勘だけどね。遺跡は国ができる前からあったそうだけど、遺跡の周辺が荒野になり始めたのは三百年ぐらい前から。遺跡周辺から徐々に広がっていったらしいよ」
「私もその話は聞いたことがあります」
で、数年であっという間に今の広さになったらしい。
当時、遺跡近くにあったカピューレという村がその遺跡を把握していたそうだけど、荒野化が始まって丸ごと飲まれてしまったとのこと。なので、カピューレの遺跡と呼ばれている。
で、荒野化してしばらくして魔物が現れ始めた、と。サンドリザードやブラッドスコーピオンは、もともといた魔物が荒野に適応しちゃった?
「そいつらってどういう感じなの?」
「どっちも外皮が硬いので剣とか槍とかは不向き。ルルの
火が燃え広がると後始末とか大変だしね。爬虫類にしても虫にしても、極端に寒いのは苦手だったよね? いまいちちゃんと覚えてないけど、北海道には黒い悪魔はいないそうだし。
「あと、ロックゴーレムが遺跡周辺にいるらしいよ」
「ふむ。だが、ゴーレムなら……」
「あの時みたいにうまくいくと良いけどね」
魔法付与の書き換えが通用するなら、ルシウスの塔の時みたいに、がんがんと転向させてこっちの戦力を増やしてしまえばって思ってる。
でも、遺跡の内部?についての情報がほとんどなかったので、ロックゴーレム以外にも何かいて不思議じゃないんだよね。
「そういう感じなので、私たちが行くときにはソフィアさんも同行して欲しいんだけど、それって可能ですか?」
「は、はい! 明日から一月の間、カピューレ遺跡の問題を解決するよう、独自に動いて良いという話が上司からありまして」
「エリカかシェリーさんあたりが都合つけてくれたのかな?」
「おそらくそうだと思います。なので、なんとなく良いお返事がいただけるのかなと思ってました」
少し申し訳なさそうに言うのだけど、そう推論するのは当然なので問題なし。
明日か明後日にはマルリーさんが来るのできっちりと説得。それから、いつ出発にするかとか、向こうでどう動くかとか……
「ミシャ、話が落ち着いたなら良いか?」
「ん? どうしたの、ディー」
「クラリティ殿にお願いして工房の裏手にある大樹の力を少し分けてもらったのでな。それをソフィア嬢にと思って」
取り出したのはネックレスかな。中央についてるのは……
申し訳ないとか言って遠慮していたソフィアさんだったが、ディーがこれからのために必要だとか言ってソフィアさんにつけてあげ、何か説明しているようだ。私もさっぱりわけがわからない。
で、その
「ちょっとディー! 何するかちゃんと言ってからにしてよ!」
ルルはとっさに私を庇うように立ち上がってディーを睨んでいる。私も私でそのルルの前に魔法障壁を作ってしまったけど。
「す、すまない! まさかこんなに強力な加護だったとは思わず……」
残念モードになってしまったディーが半泣きで弁明している。のはいいんだけど、いったい何をどうしたの?
私がルルを落ち着かせて座らせると、ソフィアさんがつけた
「えーっと、どういうこと?」
「加護をうまく扱えないという話だったので、樹の精霊と契約すればと思ったのだ……」
「なるほどなるほど。で、うまく行ったの?」
「ああ、もちろんだ。正直、これからの上達を考えると私よりも上だと思う……」
そりゃ、神様から直々に加護をもらった人なんだから当然でしょとディーを宥めつつ、その目的について説明してもらう。
ディーの考えは単純で『荒野になってるなら植林すれば良いじゃない』って感じだった。加護を樹の精霊を経由してうまく使えるようになれば、それを強力に後押しできるはずだと。
「私にそんなことができるんでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。ディーが教えてあげるんでしょ?」
「それはもちろん。ミシャも相談に乗ってくれると助かる」
まあそういうことなら……
それにしてもちゃんと使い方さえわかれば、神様の加護ってすごいっぽい。私にもそういうのがあるのかな。いや、そもそも神様に会ってなかった……
「よ、よろしくお願いします!」
「うん、まあ、ディー頑張ってね。私、精霊魔法よくわからないし」
「うむ、任せてくれ!」
「……ミシャ、頼んだよ?」
自分にも出来ることがわかって高揚気味のソフィアさん、調子を取り戻したディー、それに不審な目を向けるルル。大丈夫なの、これ?
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