第47話 対応は許可を得てからで

「ねえ、ミシャってば!」


「わかってるから落ち着いて、ルル」


「むー……」


 少しキツめに言っちゃったかなと思ったけど、ルルは私の膝に頭を乗せて来たので大丈夫だろう、多分……


「事情はだいたいわかりました。それでもう一つ。あなたは『迷い人』、転生者もしくは転移者ですよね?」


「はい、転生者です。あの、ミシャさんも……」


「そう『迷い人』。でも、私はどっちつかずなんだよね。向こうで死んで、こっちで今の私になったのは一ヶ月ほど前だし」


 軽く言ってスルーして欲しかったんだけど、ソフィアさんは随分と驚いているみたい。

 まあ、私が逆の立場だったら驚くと思うし。


「あの……転生する時にどの彩神様さいしんさまにお会いしましたか?」


「どのってことは、やっぱり普通は転生する時に神様に会えるんだ……」


「なっ! 彩神様さいしんさまに会え、うわっ!?」


 ディーが思わず立ち上がって叫ぶので、私はクロスケに目で合図して押さえ込ませる。


「ディー、うるさい」


 ルルがジト目で睨むと、クロスケに押さえつけられてるディーが涙目でコクコクと頷いた。

 私はそれを見て、クロスケに開放してあげるように合図する。


「す、すまない。つい興奮してしまった。その……迷い人はこちらの世界に来る時に彩神様さいしんさまとお会いできるのか?」


「その、私は翡翠ひすい神様とお会いしたのですが、その時に他の彩神様さいしんさまと会う方もいるとお聞きしました。ですので、ミシャ様もどなたかにお会いになったのかと思ったのですが」


「まあ、私の場合はちょっと特殊な感じあるから会えてなくても不思議じゃないかな……」


 ディーとソフィアさんはそう言われて考え込んでいるが、


「ミシャはミシャが神様だから会うわけないじゃん」


 ルル、君は何を言ってるのかね?


「それで……何かチートしてもらったの?」


「その……私は花が好きだったので翡翠ひすい神様の加護をいただいたのですが、うまく扱えていないんです。その力がちゃんと扱えてれば、今頃は……」


「なるほど」


 そっちもなんとか力を貸してあげれればいいんだけど。

 あれ? そう言えば……精神干渉的な話があったけど、あれは?


「ねえ、ルル。ソフィアさんに睨まれた時のこと覚えてる?」


「んー、覚えてるよ。なんか顔にブワーって感じがあるんだけど、意識すると消えたかな」


「わ、私、何かしていたんですか!?」


 んー、本人には使ってる意識がないのかな。せっかくだし、ちょっと試してもらうかな。


「ソフィアさん。えーっと、私をグッと睨んで……、そうね『協力して欲しい』って強く念じてみてくれる? 多分、あなたは無意識に翡翠ひすい神の加護の力を使ってるんだと思うの」


「え? は、はい……」


 私はルルの頭をどけて立ち上がると、ソフィアさんのところまで歩く。

 それを見てソフィアさんもそそくさと立ち上がった。

 うーん、ここはわざと干渉を浴びてみるかな……


「よし、どうぞ」


「は、はい。ミシャ様、お力を貸してください!」


 彼女ぐっと目力を込めた瞬間……


 う、なにこれ、妙な高揚感と万能感かな。


 うんうん、手伝ってあげたいよね、頑張ってるし……


 違う、ダメだこれ、違う、違う、違うから。


 感情を抑えて理性を取り戻して……


「ふう……」


「ミシャ、大丈夫?」


「うん、大丈夫。結構すごかった。魔素のガードはずして受けるものじゃないね。なんでもオッケーしちゃうところだったよ」


「あの、どういうことでしょう?」


 不安そうな顔をしたソフィアさんが覗き込んでくる。

 私はいつも通り魔素を全身に循環させると、わずかに干渉してくるソフィアさんの魔素を感じることができた。あー、普段でこれなのね。


「理由はまあ翡翠ひすい神様の加護のお陰なんだと思うけど、ソフィアさんは無意識に話した相手を共感させちゃうって感じかな」


「はい……」


「あ、封印した方がいいとかそういう話じゃないからね? まあ、悪い事には使って欲しくないけど、自分の魅力だと思えばいいよ」


「わ、わかりました」


 ぶっちゃけ、エリカやルルに通用しないので問題ないと思うし、この子なら悪いこともしないだろう。彩神様さいしんさまの一柱に加護を貰えるような子なんだし。

 で。


「ルル、どうぞ」


「ボクたちが力を貸すよ!」


 まあ、そうだよね。私も特に異論はなし。

 乗り掛かった船というほどでもないけど、この国を安定させておきたいという気持ちと、あと純粋に遺跡に興味がある。


「私も賛成だけどディーは?」


「もちろん賛成だ。翡翠ひすい神の加護を持つということは緑の巫女のようなものだ。森で生まれたエルフとして全力で力を貸そう」


 なるほど納得。


「あ、ありがとうございます! ただ、その……三人で大丈夫なんでしょうか?」


「そのこともあるんだけど、私たちとしては一応エリカに許可をもらっておくべきだと思うから、正式な返事は少し待って欲しいかな」


 その答えに沈むソフィアさん。ごめんね、私、このメンバーではリアリスト側にいないとダメだから……


「もし遺跡調査はダメって言われても、魔物の排除は反対できないからね!」


「そうだな。立場的にそれをするなとは言えまい」


「は、はい!」


 ……釈然としないけど上げる役目はルルたちに任せよう。


「明日か明後日にでもエリカに相談できれば、その翌日にって思ってるんだけど、それでいい?」


「わかりました。えっと、このことは家族に話してもいいでしょうか?」


 あ、そういや長男がいるんだっけ? エリカに粉かけてたとかいう。


「お兄さんも迷い人なの?」


「いえ、兄は普通の人です。その、人として変わってはいますが、悪い人ではないので……」


「変わっている、とは?」


 ディーに促され、ソフィアさんは少し恥ずかしそうに話してくれた。

 まあ、要するに……チャラ男なんだけど、性根が曲がっているわけではないようだ。


「失礼なこと言うけど、それで領主を継いでいけるの?」


「兄は継ぐつもりはないそうで、私が継ぐことになっています……」


 なんとまあ……。十五ぐらいなのに背負わされてるものが大きすぎでしょ。


「じゃ、ご家族に話してもらっていいですよ。でも、私が迷い人なのは伏せてください」


「わかりました」


 今日のところはここまで。

 急な展開になっちゃったけど、一気に色々と解決できそうな気がしてきたかな。


***


 ソフィアさんと話した日のうちに手紙を書き、翌朝一にノティアに向けて送り出した。宛先は白銀の盾ギルド、マルリーさん。

 流石にエリカ抜きで事に挑むには不安が大きすぎる。やはりここは我らがメイン盾に来てもらおうというのが三人で話し合った結果。


「マルリーさん、来てくれるかな?」


「まあ来てくれると思うよ。王都までならそんなに遠くないし」


「マルリー殿は頼みを断るような人ではなかろう」


 ディーの発言がフラグっぽくて気になるが、まあ大丈夫だと思う。多分。

 で、あとはエリカに説明しないとかな。


「ルル、エリカに時間取ってもらうよう、連絡お願いね」


「わかったよ!」


 さて、エリカがシェリーさんを貸してくれればいいけど、そうはいかないと思うんだよね……


***


 案外あっさりというか、その日の昼過ぎにエリカからすぐに来いと馬車付きの返事が返ってきた。相変わらずというか、決断と実行が早くて素晴らしい。理想の上司感がある。


「おう、昨日はありがとな!」


 そう手を振る隣ではシェリーさんが深々と頭を下げている。


「ホント、ビックリしたんだからね?」


「私も驚いたが、めでたいことなら大歓迎だな」


 ルル、私、ディーがテーブルにつき、エリカも座ったところでシェリーさんがお茶を淹れてくれる。ここのお茶はすごく美味しいんだよね。後でシェリーさんに聞いておかないと。


「で、急な相談ってことは結構な問題なのか?」


「うん、ちょっと順を追って話すね」


 ………

 ……

 …


「まあそういうわけで、ルルの意見にみんな賛成だし、その荒野にある遺跡ってのを調査しようと思ってるの」


 それを聞いたエリカは眉間にしわを寄せて唸る。隣にいるシェリーさんがハラハラしているが……うん、ごめんなさい。


「すまん! あたしは一緒に行けねぇ!」


 バンっとテーブルに手をついて謝るエリカ。いやいやいや、そうじゃないから!


「それはわかってるって。エリカはもうそんなことできる立場じゃないでしょ。いや、前からそうだった気もするけど」


 シェリーさんがうんうん頷いてるし。


「いや、しかしだな。この国で解決しなきゃいけないことだろ、これは」


「だからボクが行ってくるよ。いいよね?」


「待て待て、流石に三人とクロスケだけじゃ不安すぎるぜ。シェリー、お前もついてけ」


「ルル様たちには申し訳ありませんが、それはできません」


「はあ?」


「私は既に皇太子妃付き護衛としての命を受けておりますので、エリカ様の側を離れることは許されておりません」


 うん、やっぱりそうだと思った。

 エリカは苦虫を噛みつぶしたような表情でシェリーさんを睨むが、シェリーさんの方はどこ吹く風といった感じだ。お見事。


「シェリーさんが無理なのも計算のうちだから」


「じゃ、どうすんだよ。ホントに三人でいくっつーなら許可しねーぞ?」


「だいじょーぶ! うちのギルマスをノティアから呼ぶから!」


 胸を張ってそういうルルだけど、エリカもシェリーさんも「なら安心」というわけにはいかない。


「ホントに大丈夫かよ、それ……」


「その、どのような方なのですか?」


「ふむ。『永遠の白銀』マルリーと言えば、シェリー殿なら知っているのではないか?」


 ディーのその言葉にシェリーさんが思わず立ち上がった。


「マルリー様ですって!」


 ……ホント、何者なのあの人。

 一方のエリカはさっぱりわかってないのか微妙な顔のままだ。


「そいつはつえーのか?」


「強いよ! エリカとは全く逆のタイプだけどね」


 確かにエリカは火力専、いわゆるDPSだけど、マルリーさんはメイン盾だから一概には比べられないと思う。


「私も保証します。少なくとも私よりずっと強いお方ですので」


「まあ、シェリーがいいっつーんならいいけどよ……。ただ、無茶はすんなよ」


「それは当然。できればもう一人加えようかなって」


 マルリーさんが来てくれるなら、『白銀の短剣』サーラさんを巻き込めるんじゃないかっていう思惑。面白そうなことが好きそうだしね、あの人。


「で、いつから行くんだ?」


「うーん、五日後ぐらいかな。マルリーさんを待たないとだし、ソフィアさんと打ち合わせして、後は王都で可能な限り下調べして、できる対策があるならその準備……」


 おそらく現地へ行っちゃうと調べ物したくても書物がないと思う。ノティアみたいな大きい街でもないみたいだし。

 って、この街に図書館みたいなものはあるのかな。いや、本が高価なんだし図書館なんてないか。うーん、まあそこから探してみるしかないかな。五日で足りるかな……


「シェリー、王宮の第二書庫にミシャが入れるように手配しろ」


「ありがとう! 頼もうと思ってたから助かるー」


「ソフィアは子爵令嬢だから入れるだろうが、お前は付き添いでも平民ってことで拒否られんだろ。本当は第一書庫にも入れてやりたいが、あっちは王族だけだからな」


 そう申し訳なさそうに話すエリカ。


「いやいや、十分。調べ物ができる場所を調べるところから始めるところだったし」


 エリカの命で何かを取りに行っていたシェリーさんが高級そうな羊皮紙を一枚持ってきた。


「エリカ様、こちらに」


 とそれと羽ペンを差し出すと、それを受け取ったエリカがするすると署名する。


「これ持ってけ。門番に出せば第二書庫まで案内してくれんだろ。ただ、本は持ち出せねえから、必要な分は書き写すなりしてくれよ?」


「それは問題ないよ。これに全部写すから」


 取り出だしたるは魔法の小箱、ではなくて魔素手帳。

 エリカやシェリーさんにはそれが何なのかさっぱりわからないと思うので、渡してくれた羊皮紙で実演する。

 一行目から三行目あたりまでにサッと右手をかざし、左手は魔素手帳に。右手から出す魔素がインクに反応し、左手に魔素情報として転写される。これで保存完了。

 付与された魔法のコピペを編み出したあと、これ別にコピーするのは文字でもいいのでは? と開発した転写魔法だ。もちろん、左手でペーストするときにインクを使えば本物と全く同じコピペが可能である。どう考えてもまずいので見せないし、やらないけど。


「それは……書かれている文字をその魔導具に記録しているということですか?」


「正解。シェリーさん、さすが」


「おめーはホント無茶苦茶だな。旅が終わったらちゃんと帰って来いよ? 爵位と領地用意しとくからよ」


「ミシャはボクのだから、エリカでもダメ!」


「ルル様を分家させてミシャ様をおつけになるということでどうでしょう?」


「む、それなら良いかも……」


 シェリーさんまで何を言ってるの? っていうか、本人無視して進めないで欲しいんですけど?

 結局、その後はぐだぐだとそんな話が続き、ともかくエリカからはちゃんと許可がもらえた……でいいんだよね。うん、そうに違いない。

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