第46話 例外をキャッチしきれない
その少年に気づいた前方の人たちが、はっとして片膝をつく。あ、これ、あれだ。やんごとない人が来たパターンだ。
近くにいたワーゲイさんから小声で諭され、私たちも跪く。いいって言うまで顔上げちゃダメなやつかなと思ったが、周りをチラ見する限りそうでもないっぽい。
少年、って言うか皇太子様だと思うんだけど、中央にいたエリカの前に来て立ち止まる。
「急にごめんね。皆、楽にしてください」
なんか随分と気さくというか、少なくとも偉ぶってはいない感じ。
あどけなさがまだ少し残っている感じの顔が……ん? あれ? どっかで見たことあるような気がしてきたんだけど……
「マルス王子よりお言葉がございます。一同、起立」
シェリーさんの凛とした声が響き、皆がスッと立ち上がって姿勢を正す。
「先程、父上よりすでに一部には伝わってると思うけど、エリカと婚約したのでそのことを下々の皆に伝えて欲しい。正式な婚姻は僕が十五になる来月になるよ」
えええええ!!
私がそう驚くのと同時に、会場が歓声に包まれる。
「マルス皇太子万歳!」
「エリカ皇太子妃万歳!」
あちこちからそんな掛け声が上がり、会場は一気に熱気に包まれた。
それは良いことだと思うし、私もエリカおめでとうって気持ちがもちろんあるんだけど……エリカが二十歳ぐらいで皇太子様が十四歳だっけ? 大学二年生と中学二年生って考えると……
いやいやいや、世界が違うんだから普通。普通に違いない。だいたい、皇太子様が二十の時にエリカが二十六って考えればアリだよね。
嬉しそうに皇太子様の肩を抱くエリカ。うーん、幸せそうでなにより。
と、隣にいたソフィア嬢の体が傾いて、私に寄り掛かった。
「え、どうしたの? 大丈夫?」
小声でそう聞きつつ、小柄な彼女の顔を覗き込んだら真っ青。考えるまでもなくこれは危ないと思い、彼女を抱き寄せて会場の端にはける。
給仕をしていたお姉さんを捕まえて、応接室のようなところに案内してもらうと、彼女をソファーに寝かせた。なんか小声でブツブツ言ってるけど大丈夫なのかな、これ。
ルルたちに断りもなく出ちゃったなと気づき、さっきのお姉さんに会場が落ち着いたらルルに伝えてくれるよう頼む。
「はあ……」
それを見送った私は向かい合わせになっているソファーに腰掛けた。
彼女に何が起きたのかはさっぱりわからないけど……小刻みに震えてるっぽい。寒気でもしてるのかと思い、自分がかけてたローブを毛布がわりにかけてあげると、途端に顔色が良くなった。
ああ、ひょっとして魔素不足ってこういう状態になるのかな。
そんなことを考えていると、会場の方から大きな拍手の音がしばらくし、どうやら閉会となったようで来場者が帰り始めたようだ。ルルたちもしばらくしたら来るかな……
「あの、すいませんでした。これ、お返しします」
「え、あ、うん。しばらく掛けたままの方がいいから。多分、魔素切れだと思うし」
いつの間にか復活して座っていたソフィア嬢。
そのローブ、実はすごいものだとわかったのか返そうとしてくれるけど、ちゃんと扱ってくれるなら気分が落ち着くまでは掛けてもらった方がいい。
「は、はい。わかりました」
一瞬躊躇したが、改めてそれを自分に掛け直した。
「あの……」
「うん?」
「エリカ様がご結婚なされるんですよね。皇太子様と」
「うん、そうね。私たちも全然聞いてなかったし、本当にビックリだよ」
わざと明るめに答えてみたが、彼女の顔からまた少し血の気が引いたようだ。
「ごめん。答えたくなければいいんだけど、エリカが結婚すると困るの?」
その問いにはっとした顔をするが……
「いえ、喜ばしいことだと……思います。王家にとっては……」
「あなたにとっては?」
引っかかる言い方するなと思って聞き直したけど、それには答えは返ってこない。
私は周りを見回して、まあ大丈夫かなと思いつつも声を潜めて聞いた。
「あなたが『インターン』をこっちの世界に持ち込んだんでしょ?」
それを聞いた彼女の目が大きく見開かれる。やっぱり当たりだったかな。
「ミシャ!」
バンと扉が開かれて現れたのは……まあルルなんだけど。
ダイブしてくるルルを受け止めて隣に座らせたところで、ソフィア嬢が慌てて謝り始めた。
「も、申し訳ございません」
「うん? ボクなんかされたっけ?」
「はいはい。とにかく二人とも落ち着いて」
遅れて入ってきたディーが扉を閉めたのを確認し、私は続ける。
「ルル、今日このあとソフィア嬢とお話したいから、一緒に来てもらっていい?」
「うん、いいよ!」
いつものことながら、大事なことをあっさりとオーケーしちゃうんだよね。
ソフィアさんはというと話の展開についていけないのか、口を挟んでいいのかどうか戸惑っている風だ。
「というわけで、すいませんがお付き合い願えますか?」
「え、いや、その……」
「あ、何か予定が入ってるならリスケしますけど」
うまく変換されるのかわからないけど、あえて『リスケ』って言ってみる。こういう口語?造語?は多分こっちの世界にそんなにはないだろう。
「……いえ、大丈夫です。お伺いさせてください」
どうやらそれは上手くいったようで、彼女が落ち着きを取り戻してそう言った。
「ミシャ。エリカには伝えておくのか?」
「ううん。今日はおめでたい日なんだし、落ち着いてからでいいと思うよ」
「ふむ、わかった。では、私は先にワーゲイ殿に伝えてこよう。その間に出る支度をしてくれ」
できる娘モードのディーがそう言って部屋を出たので、私たちも立ち上がる。
「と、もう大丈夫?」
「は、はい!」
返されたローブを受け取って羽織る。ここを出るときは私がローブつけてないとまずいかもしれないし……
「ねえ、ルル。ここからノティアに急ぎで手紙出すとして、どれくらいかかるの?」
「うーん、多分、ギリギリ一日で届くと思うよ。日の出から馬で飛ばしてもらえれば?」
「なるほど、ありがと」
あまり考えたくはないけど、事によっては『メイン盾』に来てもらう必要があるかもしれないしね……
***
「あの、ここでいいんでしょうか?」
ソフィアさんを通したのは、私とディーが与えられている客室。まあ、ルルもこっちに居着いちゃってるんだけど。
「ワフッ!」
「ひっ!」
クロスケが嬉しそうに挨拶したが、それに怯えたソフィアさんが私の後ろに隠れる。
私はしゃがみ込んで悲しそうな顔をしてるクロスケを撫ぜてあげた。
「この子は私の相棒だから怯えなくて大丈夫。ほら、クロスケお手」
「ワフッ」
ドヤ顔でお手をし、尻尾をふりふりするクロスケ。うい奴……
「は、はい。すいません」
「まあまあ。とりあえず座って座って!」
肩を押され、用意された椅子に座らされるソフィアさん。私たちはいつも通りにベッドに腰掛けるんだけど、ソフィアさんはそれを不思議そうな顔をして見ている。
「あ、ここでは
「ミシャ、『ぶれいこう』とはなんだ?」
「ああ、えーっと、上下関係は一時的になしにして形式ばった話し方はしない、ってことかな」
「いつも通りってことだね!」
ルルやディーにはわかんないか。ソフィアさんはわかってるっぽいけど。
「で、早速聞きたいところなんだけど、ちょっと待ってね」
《起動》《静音》
いつも通りの静音魔法をかけ、部屋の音が外に漏れないようにする。
「さて、ソフィアさん。今日、私にお願いしたかったことってなんでしょう?」
「あ、は、はい! その、今となってはお話する意味が……」
そう言って渋るソフィアさんだが、今はもう意味が無い理由が思いつかない。あ、いや、エリカが結婚しちゃうから意味が無くなったってことなの?
「まあまあ。本当に意味が無いかどうか聞かせてもらえると嬉しいかな」
「そだよ! ミシャに任せればだいたいなんとかなるから!」
「そうだな。ミシャに話してみれば意外とあっさり解決したりするものだぞ」
こらこら、勝手に期待値を上げないの……
そう言われても逡巡していたソフィアさんだったが、やがて話す以外の選択肢がないことを悟ったのかゆっくりと話し始めた。
………
……
…
ソフィアさんの話はなかなかに重いものだった。
レスタ子爵家、ベルグ王国の西の端に位置し、南側は荒野に接している小さい領地を治めているそうだ。
平地での農耕と西の山際での牧畜を主としており、概ね安定した統治が行われているらしい。まあ、ベルグに関しては外敵が魔物ぐらいしかないもんね。
その概ねでない部分、それが南に広がっている荒野。三百年以上前から緑が枯れ始め、数十年で今のような荒野となってしまったらしい。
「ひょっとして荒野が広がってきたの?」
「いえ、それはなんとか食い止めているのですが……」
ソフィアさん曰く、砂漠化しそうな隣接地域を監視し、緑が絶えないように様々な工夫をしてるんだとか。まだ若いのにたいした子だ……
が、ここ半年ほどその隣接地域から魔物がやってくるようになったんだとか。って、魔物?
「魔物って、どういうのが出てくるの!?」
「ロックリザードやブラッドスコーピオンといった魔物だそうです……」
知ってる限りでは荒野で見かける一般的な魔物だったかな。
「うーん、魔物が出てきた理由はわかります?」
「それなんですが……」
荒野の中央、そこには古代遺跡があるらしく、砂漠化はそこを中心に発生しているそうだが、そこから魔物があふれているのでは? という話らしい。あれ、この話、聞いたことあるような。
またロゼ様の仕込みとかじゃないよねぇ……
「すまない。話を聞くに、国に援助を頼めばなんとかしてくれそうな話に聞こえるのだが」
「すでに国からは援助のお金はいただいています。ですが、使うあてがないんです……」
ソフィアさんの話では、ロックリザードもブラッドスコーピオンも魔物としてはそこそこ強い部類に入るらしい。オーガぐらいの強さだとか。
で、それらを狩ってもらう傭兵を雇いたいらしいが、依頼に応じてくれないのだそうだ。
「なんで!?」
「サンドリザードやブラッドスコーピオンは効率の良い魔物ではないので……」
ああ、なるほど、そういうことか。
「それに、大金を払ってお願いしたパーティーが大怪我を負って失敗したのもあり、全く見向きもされない依頼となってしまいました」
はー、そりゃ災難だとしか言えない。請負ったパーティーも悪気があったわけじゃないんだろうけど、金に目が眩んでしまったのかも?
ああ、だから……
「あなたが『インターン』を始めたのはそれもあって?」
「はい……」
少しでも傭兵ギルドのメンバーが増えればって考えはわかるけども。
「んー、でも、それだと時間がかかりすぎる気がするんだけど」
「いえ、インターンで育った人たちにお願いするつもりはないんです。彼らが成長すれば、今王都近辺で主に活動している場所からあふれる人たちが出るので……」
なるほど、そういうことか。インターン上がりは貴族のご子息とかだし、そこと狩場で揉めるよりはっていう流れに期待したのか。なかなか良く考えた案だけど。
「その、私が言うのもなんだが、最初にいんたあんと言っていたご子息たちはどうかと思うぞ?」
「それは本当にすいません! 事の顛末は私も聞いています。最初のメンバー選定はインターン制度を導入するにあたって便宜を通してもらった方面から圧力が……」
それを聞いて私はかなりゲンナリした。人間、どんな世界でも腐ってるところは変わらないのか。
「ねえ、ミシャ」
「あー、うん、わかってるからそれは後で」
もうこうなったらルルを止めるのは無理。それは覚悟した上でもっと情報をもらわないと。
「クラリティさんに
「!? は、はい、そうです……」
「まあ、いきなり鉄砲を持ち込もうとしなかっただけ偉いよ」
「あの、火薬や銃の仕組みにもっと知識があれば、そうしていたところです……」
うーん、だいぶ追い詰められてる感じ
そのやりとりをルルとディーは全く理解できてないが、それはそれでよしとする。私としてはこの世界に安易な技術革新をもたらすつもりは全くないし、それが兵器となるような技術なら尚更。
そうでなくても、この世界には魔法っていう危なっかしいものがあるんだし。
「それで、エリカが結婚しちゃう事に絶望したんだと思うけど、それはどうして?」
「なんとかして、ルシウスの塔を攻略された方々で問題となっている遺跡の調査をしていただけないかと思っていました」
「なるほど。原因の大元を調査、あわよくば解決できると思っていたのか。だが、エリカはもう危ないことは一切できない立場になってしまった、と」
ディーのわかりやすい解説に私もルルも頷き、ソフィアさんも力なく頷いた。
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