第45話 ワンモアシング
「やあ。エリカが来いっていうから来たよ。ビックリさせたかな?」
とにこやかに話すクラリティさん。
その手には
それにしても大公姫様を名前呼びって……。いや、ルシウスの塔の最上階で見た映像、あれは初代国王と楽しそうに話すかつてのクラリティさんだったし当然なのか。
「とりあえず、持ってきてくれたやつの説明頼むわ」
エリカが投げやりな感じでそういうと、クラリティさんはやや諦め顔でそれに頷く。
弓の方はいったんシェリーさんに預け、ローブを広げると、
「ディー君、こちらに来てごらん」
と優しく微笑みかける。
うーん、エルフの優男ってすっごくモテそうな感じだ……
「は、はいっ!」
緊張した面持ちで立ち上がったディーがクラリティさんの前に立ち、それを羽織らせてもらう。
ローブじゃなくてフード付きのマントかな。ふわっと靡いてから、元々ディーのものだったように落ち着き、とても馴染んで見えた。
「ふむ。かなり古い物だけど、まだまだ使ってくれるエルフがいて良かったよ」
「クラリティ殿が使われていた物ですか?」
「ああ、そうだよ。クローゼットの奥に仕舞い込んでいたから埃臭くてすまないね」
「い、いえ! ありがとうございます!」
あまりのご褒美にすっかり恐縮してしまってるけど、それだけじゃないんだよね……
「あとはこれね。ちょっと引いてみてもらえるかな?」
「は、はい!」
矢は番えずに弓を引くディーの様子を見て、クラリティさんは軽く頷いた。
「問題はなさそうだね。もし実際に試射してみて違和感があるようなら工房に来て欲しい」
「あ、ありがとうございます!」
また土下座でもするんじゃないかってぐらい、嬉し泣きしてるディーが深々と頭を下げた。
「マントは私からの、弓はエリカからのご褒美だから大事にしてあげてね」
そう言われ、ブンブンと頭を振るディー。
と、エリカが満足そうに立ち上がってパンと手を叩いた。
「褒美の件は以上だな。で、だ。ミシャ、例の弓についてクラリティの伯父貴に説明して欲しいんだがいいか?」
「あ、うん、良いんだけど、子爵への対応はどうするの?」
「今のところは様子見だな。ただ、お前らは用が済んだら西へ向かうんだろ? 引き留めるのもなんだし、先に伯父貴に教えといてもらって、実際に作れるってなっても隠しとくつもりだぜ」
「ふむ、なるほど」
確かに今のゴタゴタが終っても王都で大っぴらな活動はしづらくなるだろうし、早々に魔導都市リュケリオンに向かった方がいいと思う。
ただ、そうすると
「ミシャ君にはアレの作り方がわかるのかい?」
「あ、はい。多分ですけど」
「それは興味深い。是非、教えて欲しいね。もちろん、君が納得してくれるなら、だけどね」
そう言ってウインクするクラリティさんマジイケメン。残念ながらタイプではないけど。
ルルもディーも問題ないって顔してるし、さくっとクラリティさんに伝えてしまいましょ。
「わかりました。じゃ、私が知ってる限りのことをお伝えします。えーっと……」
私はシェリーさんに頼んで何枚かの紙を融通してもらい、覚えている限りで
………
……
…
「なるほど。大まかには理解したよ。この滑車は中心がズレてるのかい?」
流石というか、クラリティさんは簡単な図と機能説明だけで、
けど、それに私が答えられるかっていうと、それはそれで……。正直、プログラミングとそれに関連することぐらいしか詳しくないので、あとは『ネットで見た』程度の知識なんだよね。
「はい、普通に真ん中に中心がある滑車だと引く力が常に一定になります。中心がズレた滑車は中心から端までの距離が回ることで変わるので、それに従って引く力も変わります。
最大まで引き絞ったところで中心と端が最も長くなるようにすると、引く力が弱くて済むようになるので、その分、狙いが安定するっていう利点があります」
「なかなか難しいな……。まずは普通の滑車で作ってみることにするよ」
「そうですね。その後で滑車の形を変えるのでも大丈夫だったはずです」
「それにしても硬さがありつつもしなる素材というのが難しいね」
「その素材っていうのは私も詳しくはわからないです。いくつかの素材を重ね合わせてとかだった気が。木、骨、鉄とかだと思うんですが……」
正直、そんな素材がこの世界にあるのか、作れるのかも私にはさっぱりわからない。
「なるほど、複数の素材を重ね合わせるのか。面白いね」
「どうだ、伯父貴?」
「いいね。これはかなり実現に近づいたと思うよ。特にこの滑車を使った仕組みがうまくいけば、街壁の
ああ、そうか、設置式の
「よし、ありがとな、ミシャ!」
「うん。あんまりちゃんと説明できてない気がしてるんだけどね」
「いやいや、例の丸印が滑車だったってことだけでも大発見だよ」
クラリティさんがテンション高めでそう言ってくれたので、ちょっとホッとする。正直、聞きかじったレベルだと厳しいかと思ってたんだけどね。
「むふー、ミシャはやっぱりすごいんだね!」
「うむ。正攻法で驚かされるのは初めてだな!」
ルルはともかく、ディーのそれはちょっと酷くない?
今までだって正攻法はあった……気もするけど、無かったかもしれない……
「ともかく! あとは任せたよ、エリカ」
「わーってるって。ま、それより明後日頼むわ!」
ああ、そうだった……
***
あっという間に王城主催の祝勝会の日になった。
昨日、私は延々と来るであろう貴族と各ギルド長の名前と特徴を覚えるという苦行に耐えた。正直、私はエリカとシェリーさんと共にいることになっているので、そんなの覚えなくていいんじゃないの?って気がしたんだけど。
が、ルルのお父さん、ワーゲイさんに『たまたまシェリーさんがいない時』はどうすると言われてしまうと反論できない。というか、そういう時にエリカはあてにならないってことなの?
「はあ……、ディーは良いよね。ルルとワーゲイさんがついてるから……」
「そう言われてもな。ワーゲイさんだって、ミシャならなんとか覚えるだろうという見込みがあったからこそだと思うぞ。私だったらまず無理だからな」
そんな胸を張って言われてもねえ。
私は空になったカップにお茶を注ごうとしてやめた。これ以上飲むと、途中でお手洗いに行かないといけなくなりそうだし……
「会場の方にはかなり人が集まっているようだぞ」
「もう、そんなはしたない事しないの」
私たちが今いるのは舞台袖?みたいなところにある待機部屋。上の方でエリカ、シェリーさん、ルルは王様からの直々のお言葉やらなんやらが終わったらここに来るとのこと。
祝勝会の会場の方は確かにディーの言う通り結構な人が集まってきてるようで、雑談の声がこちらにまで聞こえてきている。
「クロスケ、元気にしてるかな……」
そう、クロスケは流石にお留守番。
昨日の夜にそれを話したらしょんぼりしていたが、今日出かける前は『気にせず行ってこい』みたいな凛々しい顔をしてたから大丈夫だと思うけど。
今日出た料理、余ったらクロスケに持って帰れないかな……
「お待たせ!」
部屋の扉が開き、ルルの元気な声が響く。
エリカとシェリーさんが続くが、三人ともまだドレス姿だ。
「着替えは今から?」
「はい、もうしばらくかかりますので、座ってお待ちください」
シェリーさんはそう言うと自分の着替えを手早く済ませた。慣れてるのかすごい早いんだけど。
で、エリカの着替えを手伝い始めた。まあ、エリカのドレスってめちゃくちゃ手が混んでるから、自分一人で着替えるの大変そうだしね。
「ルル、手伝おうか?」
「うー、ミシャ、お願いー」
うん、慣れてないだろうしキツいよね、そのドレス。下のコルセットとかも。
私がこっちで目が覚めた時のドレスもかなりキツかったよ……
「はいはい、背中向けて。解いてあげるから」
手早くルルのドレスを脱がせてコルセットを緩めてあげる。そういえば、こっちの世界でもコルセットってあるんだね。こんなのどういう発想でできたのやら。
「あとは自分でできるよね」
「うん、ありがと!」
てきぱきと普段着に着替え、その上からいつもの鎧を身につける。
ちなみに武器の類は持ち込み禁止なので、そもそも持ってきてない。私の
「よし。やっぱこれだな!」
とルシウスの塔で手に入れた
あんたそれ鎧だけど武器なんだけど……まあいいか、大公姫様だし。
「お待たせしました。私も準備できましたので」
シェリーさんも鎧姿だけど、
「おっし、じゃ、行くぞ!」
***
なんだかすごい歓声が上がり、それをエリカが鎮めていい感じの挨拶をし、その後にいろんな人から挨拶されて条件反射的に相手してた……と思う。
「ミシャ、生きてるか?」
「あー、うん、大丈夫」
「なんも問題なかったぜ。よく相手のこと知ってんなって驚いたぐらいだ」
どうやら昨日の一夜漬けは問題なかったようで良かった。
魔術士ギルドのギルド長とかもいた気がするけど、ナーシャさんの名前出せば終わったし。
「主な方々との挨拶は終わりましたし、あとはゆっくりと食事でも楽しんでください」
シェリーさんの言葉に一安心する。
と、向こうからルル達がやってきた。
「はー、やっと食べてもいいって言われたから、みんなも食べよ!」
「だな。あたしも腹減ってんだよ。おっ、これとかうめーぞ」
そう言いつつ、料理に手を出し始めるエリカ。ルルもそれを見ていそいそと料理に手を出し始めた。
「それにしてもすごい顔ぶれが揃っているな。当然といえば当然なんだが」
「ありがと」
ディーが差し出したワインかな?を受け取り、少しだけ口に含む。こっちの体はわりとお酒に強いみたいだけど、元の体はあんまりだったし、そんなにお酒好きじゃないんだよね。
料理に夢中な二人はともかく、他の人たちはそれぞれ親しい者同士がグラスを片手に談笑している。あとは終了までまったりかなー。
「あの、すいません!」
「は、はい」
突然、声をかけられ、振り向いた先には……中学生ぐらいのお嬢さん。貴族のご令嬢かな。
「レスタ子爵家の長女ソフィアと申します。突然のお声がけ、申し訳ありません」
「い、いえ。私、ただの平民ですし」
して、レスタ家のソフィア嬢って……あ!
「え、えーっと……」
「すいません。エリカ様やルル様を支えてルシウスの塔の最上階を突破した魔術士様とお聞きし、是非ご相談したいことがありまして」
油断してたなー。まさか私に直に接触してくるなんて思ってなかったよ。
エリカもルルも料理に夢中だし、シェリーさんはそれを見てハラハラしてるし、ディーはワインが気に入ったのか飲みまくってる……
「えっと、相談と言われても、私ごときでお役に立てることなんでしょうか?」
「はい。このような場では込み入ったお話もできませんので、後日、家の方へご招待させていただいてもよろしいでしょうか?」
うわー、まずい。ここで言質取れたくないんだけど、誰か助けてー!
「エリカ様。そろそろとのことですので!」
「ん、おう、わかった。んじゃ、ちょっと最後の挨拶とちょっとしたでかい発表をするから期待しとけよ」
「あ、うん、いってらっしゃい」
「あれ、ミシャ、その子はえーっと……」
助かった! けど、ルル、一回会ったって言ってなかったっけ?
ともかく、この場はうまく話を流してしまおう。
「あ、うん、レスタ家のソフィアお嬢様。ルルは会ったことあるんじゃなかったの?」
「おー! そうだった。ごめんね!」
まったく悪気のない屈託のない笑顔でそう言われ、ガッチリと手を握られてしまうと嫌味の言いようも無いよね。ソフィア嬢も少し困った顔をしただけで、にこやかに笑顔を返す。
うーん、別にこの子は悪い子じゃない感じだよね。ルルも睨まれたとは言ったけど、悪い印象でもない口ぶりだったし。
と、エリカが会場前方にある舞台の上に現れた。側に控えていたシェリーさんが二度手を叩き、皆の注目を集める。
締めの挨拶が始まるのかなと思ったら、舞台袖、私たちが待機してた場所から豪華な服を着た男の子が数人の騎士を連れて現れた。
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