第43話 レトロスペクティブ
「おっし、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
木のジョッキが五つかち合わされて小気味よい音をたてる。
シェリーさんははしたないと感じたのか小声だったがまあ良しとしよう。自分が仕える主人と同席するのもちょっと遠慮気味だったしね。
「かー! 美味え! 勝利の美酒ってやつだな!」
「仕事の後の一杯って、ホント最高だよね!」
エリカもルルも完全におっさんのセリフだから、それ。
エールを一気に飲み干した二人にシェリーさんが素早く注いで回る。私とディーはというと、お酒よりも料理の方かな。この揚げ芋、某チェーンのフライドポテトを思い出す味ですごく美味しい。
「ふー、さて、酔っ払っちまう前に聞いときたいんだが。ミシャ、いいか?」
「あ、ああ、うんいいよ。でも、話す前にちょっと用心させてね」
《起動》《静音》
半球状の魔素のドームで自分たちを覆って声が万一にも外に漏れないようにする。一応、この部屋というかこのフロアには誰も上がって来ないように言いつけてあるらしいけど。
まあ、エリカのお付きで来てる人たちも、今日の結果を受けて豪勢な食事が振る舞われていると聞くしね。かわいそうなことにお酒はダメらしいけど。
「さて、どこから話せばいいかな」
「変装している理由をお聞かせ願えますか? クロスケ殿が本当はウィナーウルフであるが故にと理解できますが、ミシャ様が髪型や色まで変えている理由がわかりません」
シェリーさんがいい感じに導入を用意してくれた。
「うん、私、実はノティアよりずっと東から来たっぽいんだよね」
………
……
…
「というわけなんだけど……」
ルルと出会うあたりまでを説明し終えたところで、エリカとシェリーさんの顔を伺ってみる。
「まあ、その……なんだ。マジなんだよな?」
「ホントだよ!」
「私もそれは証明しよう。実際、賢者の森の館でシルキーにも会ったしな」
「そ、そうだよな」
エリカの問いにルルとディーがフォローを入れてくれたので、エリカは渋々納得といった感じ。けど、シェリーさんはまだ信じられないようだ。
「その……ミシャさんが迷い人だというのは証明のしようがないことだと思うのですが」
「あー、確かにそれはそうかも。いや、あるよ」
「あるんですか!?」
ちょうどいいから話してしまうかな。
「レスタ家のソフィア嬢が製作を頼んでた弓ありますよね。あれ、私ならちゃんと作れるよう、クラリティさんに助言できますよ」
「おい、それホントか?」
食いついて来たのはエリカ。弓兵の戦力が純粋に上がるわけだし、国を思う王族なら当然の反応なのかもしれない。
個人的にはあんまり急激に飛び道具の文明レベルを上げたくないんだけど、
「うん。ただ、それしちゃうとソフィア嬢の手柄になっちゃうのがねー」
「なるほど……」
「チッ、まあそれは後で考える。んーで、ロゼ=ローゼリアに拾われたのはいいが、元の体の持ち主がパルテームの貴族かもしれないから変装してるってことか」
「そういうこと。私としてはもう別人なんだけど、そんなの通用しないだろうしね」
私の元の体の持ち主の少女が本当に隣国パルテームの貴族だったかどうかは正直よくわからない。ルルに服を見てもらって貴族である可能性が高いっていうだけの話。
でも、本当にパルテームの貴族令嬢なんだったら、なんであんなことになってるのかが謎すぎるし、それがどうせロクでもないことなのは想像に易い。
「わかった。あたしの方で調査しておくか?」
「ううん、もう一生関わりたくないと思ってるし、パルテームってすごく行きづらいんでしょ? そんなとこ行ってもらうなんて申し訳ないよ」
「へー、一生関わりたくないってか。ま、負担が増えないならいいだろ?」
「では、リュケリオンや北部諸国連合で噂があるようなら、ということで」
エリカがニッコリ笑ってそう言うと、シェリーさんが具体的な方法を提示してくれた。確かにパルテームはベルグよりも北部諸国連合との繋がりが大きいらしいし、何かしら噂は流れてるかも?
「よし! 難しい話は終わりだ! ミシャ、ディー。おめーらにはあたしから報償を出すつもりだから、今欲しいものを言え」
「「ええっ?」」
驚く私とディー。ついでにというか一心不乱に肉を貪ってたクロスケも何事かと顔を上げる。
「エリカ、私は弓の件を優先してもらえればそれで十分だぞ?」
「そうか? じゃ、その弓の代金はあたしが持とう。決定な。次、ミシャ」
一方的に決められたディーがあわあわしてるが、ルルが別にそれはいいんじゃないとなだめる。ルルがランキング報酬で手に入れた
で、私なんだけど、特別欲しいものって無いんだよね、今のところ。
「うーん、私は素性を秘密にしてくれるのと、ちょっと調べてくれるっていうだけで十分な報償だと思うんだけど……」
「それはダメだ。目に見えるものじゃねーとあたしがケチに見える」
「あー、なるほど。そういう意味もあるんだ……。え、じゃあ、シェリーさんにも?」
「シェリーにはあたしが今まで使ってた
「恐れ多いことだと思うのですが……」
うわー、それはまたいろんな意味で重いものを……。いわゆる下賜されるってやつか。これ渡すんだから死ぬまで忠誠を誓えみたいな。
それを考えると、あんまり重くなくて、でも、それなりに見栄えのするものを考えないとダメなのか。悩ましい……
「うーん、その流れだと、私には杖ってことになるのかな。でも、私、杖って魔素の蓄積とか魔法の術式の保存にしか使ってないんだよね」
「そうなのですか? 普通は魔素を操る補助として必須だと聞きますが」
「らしいですね。でも、無くても全く不自由しないんですよね、私。むしろ、そういう補助があると変な癖がつきそうだから、わざと補助がない杖にしてます」
「お前、やっぱおかしいだろ」
と大公姫様が酷いことをおっしゃる。
「まあ、ミシャが変なのは今更だからいいじゃん。それよりボクから提案があるんだけどいい?」
「お、ルルには何か案があるのか?」
「ミシャはさ、格好がそもそもすごい魔術士っぽくないと思うんだよ。だから、ちゃんと魔術士っぽい服装がいいと思う!」
失礼な。どこからどう見ても……魔術士にはあんまり見えないかもしれない……
「ねえ、ちゃんと魔術士っぽい服装ってどういうの?」
「普通はもう少し魔術士らしいローブを身につけているものだと思うぞ。特に高位の魔術士が着ているローブには魔素を吸収するような恩恵があったりすると聞く」
「そうなの!?」
「ミシャ、ナーシャおばさんに聞いてないの?」
えー、そんなこと全く教えてもらってないんだけど……
がっくりと項垂れた私にエリカから声がかかる。
「じゃ、ミシャはそれでいいな」
「ベルグの宮廷魔術士のローブにしますか?」
「いやいや、さすがにそれは目立つだろうからやめて?」
これから旅を続けるにあたって極端に目立つ服とかは勘弁して欲しい。それに宮廷魔術士でもない私がその格好をするのはまずいでしょ。
「ま、あたしが用意するから期待しとけ」
「うーん、ありがたいけど普段使いできる程度のもにしてね? 目立って着られないとかもったいないだけだし」
「大丈夫ですよ。私の方で差配しますから」
シェリーさんがそうフォローしてくれたけど、果たしてどんなローブになるのやら……
***
翌日の王都への帰還は行く時以上のお祭り状態だった。ルシウスを出る時の見送りも凄かったし、セラードの街でも沿道に溢れる人々。そして、王都では盛大な出迎え……
もちろん、エリカが大公姫だからってのはあるんだけど、それを抜きにしてもルシウスの塔の最上階を突破したのは百年以上ぶりということで盛り上がりがすごい。
今までルシウスの塔は第十階層まで突破して、それを個人のステータスとする部分が大きかったらしく、それ以上を目指すパーティーはほとんどいなかったらしい。
まあ、ゴーレムを倒しても何も手に入らないし、メリットが見えないならそうなるよね。最上階を突破してやっとクリア報酬で宝箱が一個手に入るけど、最上階のあれを倒すのは……ちょっとね。
「はあ、今日は昨日より疲れたかも……」
私たちはルルの父親の家、ノティア王都駐在官邸に帰りつき、ようやっと一息つけるようになったところ。とはいえ、ルルはまだ父親のワーゲイさん、兄のワイルさんに捕まっている。
「ホントにな。戦闘よりも人目に晒される方が精神的に疲れる……」
向かいのベッドに座ったディーもかなり疲れているようで眉間の辺りを指で揉んでいる。
クロスケだけは元気いっぱいで……干し肉が欲しいの?
「ワフッ!」
嬉しそうに尻尾を振るクロスケに干し肉をあげる。それを美味しそうに食べるクロスケを見ていると少し疲れも取れた気になるから不思議だ。
「そういえば、ディーはクラリティさんの普通の弓でいいの? エリカがどう動くかにもよるけど、私が知ってる強い弓をもらうこともできると思うよ」
「ふむ。興味深いが実際にそれを見てみないことにはな」
「まあ、そうだよね」
「ミシャはそれを見たことがあるのか?」
「あー、うん、まああるかな」
テレビとか動画でだけど。実物を手に取ったことはない。
「ディーは弓は木材で作られてないとってこだわりとかある?」
「いや、そういうのは無い。今の弓もかなり良いものだ。気になっているのは引いている途中で少し違和感があるぐらいだが」
んー、そういう感じなら
「まあ、どっちか合う方を選べばいいか」
「そうは言うが、ミシャが作れるという弓は構造が特別なのだろう? それをベルグ国外に持ち出していいものなのか?」
あ、そうだった……。あんなの秘匿技術にしておいた方が絶対に良いに決まってるじゃん。
作れるのもクラリティさんとあのお弟子さんぐらいにしておかないとまずいかもしれない。
「それに、あんな輪っかがついている弓ならすごく目立ってしまうんじゃないか?」
あああああ……
「そうね。ホントそうね……。ごめん、普通の弓でお願いします」
私はぱったりと倒れるようにベッドに横になる。
と、部屋の扉が開かれて、今度はルルが疲れた様子で入ってきた。そのまま、よろよろと歩いてきて私の隣にゴロンと寝転がる。
「もう無理ー」
「お疲れ様。いろいろ聞かれたと思うけど……」
「心配しなくてもミシャのゴーレムの話はしなかったよ。塔の攻略方法はクリアした人以外には漏らさないってお約束あるしね」
ルルの身内だとしても塔の攻略方法は伏せておきたい。今回は特にゴーレムを鹵獲して再利用っていう裏技っぽいことしたし。できればナーシャさんに聞かれても伏せておきたいんだよね……
「他には何を聞かれたのだ?」
「ほとんどエリカとどんな話をしたのかってことだった。でね、みんなにも聞いておいてくれって言われたんだけど……エリカって王位の簒奪を企むような人間かな?」
ん? ああ、そういうことか。エリカがルシウスの塔の最上階を突破したことで名声が上がりすぎ、次期王として担ぎ出される可能性が出てきたってことかな?
でも、前にベルグの歴史書を読んだ時に、歴代王は男系男子が継いでるんだよね。今の王様もエリカの叔父、父親の弟らしいし、その長男が既に王太子に指名済みだと聞く。
「本人にはそういう気は全くないと思う。主観でしかないが」
「私もそう思うんだけど、そもそもなんでエリカはルシウスの塔を攻略しようと思ったんだろ?」
「あ、それも聞かれた!」
うーん、私もうかつというかボケてたなあ。そもそもエリカの目的がわからないままに手助けした形になっちゃってる。もちろん、それが断れないことだとしても。
「その……単純に自身の力量を測りたいとか、そういうことだと思っていたのだが」
「ボクもそうだと思ってた」
「だよねー。でもさ、王位継承問題が起きる可能性だって、エリカもシェリーさんも気がついてたんじゃないのかな?」
その私の言葉にルルもディーも頷く。ただ、気づいていて何を狙っているのかはさっぱりわからないんだけど。
「とりあえず、また私のローブの件とかで会いに行くだろうし、その時に聞きましょ。ルルもワーゲイさんにそう伝えておいて」
「うん!」
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