第40話 オーバーライド

 ルシウスに着いて今日泊まる宿に来たんだけど、まあ、なんというかすごい豪華だった。エリカが王族なんだから当然なんだろうけど。


「広すぎじゃないか? いったい、一泊いくらするんだここは……」


 ディーが目を白黒させながら呟く。私もそう思うけどね。

 宿の二階全てらしい。寝室だけでなく、応接室やリビング、台所まで用意されている。

 で、夕刻前に着いた私たちだけど、エリカは応接室で表敬訪問の山を黙々とこなしている。仕事だからしょうがないよね。

 私たち三人とクロスケはリビングで一息ついているところ。


「お菓子置いてあるよ。ミシャ、お茶入れてー」


「はいはい」


 備え付けのカップを準備し、いつものように圧縮した水球でお茶を淹れる。


「んぐんぐ。エリカも大変だね」


 ごくシンプルなクッキーだったようで、ルルはそれをハムスターのように食べている。


「ルル、こぼさないようにね? それ、私の分も食べていいから」


「ありがと!」


 二つ目に手を出すルル。と、リビングへのドアがノックされた。


「はい、どうぞ」


「ミシャさん、お客様をお通ししても?」


「客? 私にですか?」


「はい。よくご存知の方ですよ」


 誰だろ。祭りになっちゃったからマルリーさんでも来たのかな。


「えーっと、お願いします」


 そう答えたと同時にシェリーさんの後ろから、とても良く知ってる人物が現れた。


「ちょっとは大人しくできないのかい、あんたらは」


「あー……。すいません、本当に不可抗力なんです……」


 うん、よく知ってて、一番怖い相手。ナーシャさんだった。


 ………

 ……

 …


「まあ、そういうことならしょうがないね。だが、ルシウスの塔とはいっても油断するんじゃないよ、ミシャ。あんたはルルだけでなくエリカ様も守るように。いいね?」


「はい。よく分かってますから……」


 こうなった説明をナーシャさんにして、なんとか雷は落とされずに済んだ。エリカもちゃんと守れっていうのは、今さらなことなので問題ない。


「で、他にはやらかしてないかい?」


「そのやらかしてる前提みたいな言い方酷くないですか?」


「はっ、あんた相手なら当然だよ」


 まったく悪びれもせずナーシャさんはそう答える。


「あ、あの、ナーシャ殿、実は……」


 あー……。つらつらとディーが例の弓の件について話してしまった。


「ふん、なるほどねぇ。ミシャ、聞きたいことがあるんだろ?」


「はい。その『祝福』について詳しくないんですが、そもそも魔素を使って精神に作用することってできるんですか?」


「まあ……不可能ではないさね。ただ『魔法としては存在しない』ということになってるよ」


「あ、理解しました」


 そりゃそうか。そんな魔法が使えてしまうとこの世界の信用基盤が全て崩れちゃうよね……

 ナーシャさんの話し方からして存在するんだろう。けど、ないことにしている。これは禁呪ってやつなのかな。


「興味を持ったりするんじゃないよ?」


「ないですないです!」


 ないんだけど、対抗方法を考えるにはその魔法そのものを知らないとなんだよね……


「とりあえず、今は塔を攻略するのが先ですから」


「まあ、頑張んな。ちなみに、あたしは最上階まで攻略済みだからね。わかってるね?」


 ああ、そうか。ルルがそんなこと言ってたなあ。

 となると、クラリティさんもその時のメンバーな気がする。


「むう、負けられないね!」


「気合を入れないとな」


 皆の気合は十分。明日に向けて可能な限りの準備はした。

 うまく行けばサクサク攻略できるはず……


***


「よし、行くぜ!」


「おー!」


「お任せください」


 近接戦闘チームはやる気まんまんだ。もちろん、私もディーもクロスケも気合十分ではある。あるけど……


「貸し切りってやつだよね、これ?」


「そうだろう。逆に貸し切りでない方が驚きだ」


 そうだけど、そうだけど!

 等間隔に衛兵が並んでて、塔までの道を私たちだけが歩いてるのはなんとも居心地が。


「こういうのは慣れだ、慣れ」


 エリカが振り向いてニッコリと笑った。


「はいはい、早くいきましょ」


 もちろん入場許可にお金を払う必要もない。

 塔に入ると前回と同じアナウンスが流れてくる。


『ようこそルシウスの塔へ。開始には正面右手にあるスイッチを押してください』


「行くよ!」


 ルルがスイッチを押すと後ろの扉が閉まり始める。なんか後ろの方で歓声が上がった。


「頑張りましょ」


「おうよ!」


 部屋が淡い光に包まれて転送魔法が発動した。


『第十一階層です。正面ゲートが開きますので五分以内に移動してください。移動しない場合は第一階層に転送されます』


「じゃ、本気出すからちょっと待って」


 まずはクロスケ。しゃがんでクロスケの首輪に手を回して毛色変化を止めると、金色の体毛が現れて……あれ、ちょっと大きくなった?


「ごめんね。首輪緩めておくから、小さくならなくてもいいからね?」


「ワフッ!」


 クロスケが満足そうなのを確認し、私も地味化を解く。肩口にかかる髪が金髪になっているのを確認。魔法的な負荷が減った気は……あんまり変わらないか。


「ミシャ、だよな? めちゃくちゃ美人になったな!」


「ミシャだよ! 髪が変わっただけだよ、失礼な!」


「ねー、こっちもいいよねー」


「私にはクロスケさんがウィナーウルフなことの方が驚きなのですが……」


「私もそう思うんだがな。まあ、話は後にして行こう」


 ディーがうまく切り上げてくれたので、私たちは気合を入れ直して扉へと進む。

 さて、第十一階層はどんなものかな。考えてる作戦が上手くいけば良いんだけど。


 ………

 ……

 …


「ルル、クロスケ、押さえ込んで!」


 第十一階層の敵はストーンゴーレムが六体。

 木が石に変わってやり直し?とか思ったんだけど、前衛三体が大きな盾を持ち、後衛三体は弓を構えているという、なんとも人間くさい構成だった。

 流石に石相手に矢は無理があるのでディーは様子見。私が先制して圧縮火球で前衛一体を吹き飛ばし、ついでに後ろの一体も巻き込んだ。

 それを機に飛んでくる向こうからの矢はディーが問題なく風の精霊で彼方へと逸らす。


 続いて盾持ちが突っ込んでくるのにはルルとシェリーさんがそれぞれ対応し、エリカとクロスケは疾風の如く駆け抜けて、残りの弓持ちを襲う。

 エリカの格闘攻撃は相手が石でも関係ないようで、右ストレート一発で弓持ちストーンゴーレムを吹き飛ばす。

 クロスケも石に対して爪で大丈夫なのか不安だったんだけど、魔素膜を切り裂いた時のように爪を強化しているのか、ストーンゴーレムの太腿が切り飛ばされた。


 んー、クロスケは毛色変化しないと随分と違うみたいだし、首輪の改良をしないとダメかなあ。

 エリカはシェリーさんがいなしている盾持ちをミドルキックで蹴り飛ばした。


「ミシャ、こいつ残すよ!」


「オッケー!」


 ルルは回避をメインに盾持ちストーンゴーレムを一体引き離す。


「エリカ、シェリーさん手伝って」


「おうよ!」


「わかりました」


 足払いでうつ伏せに倒された盾持ちが三人に押さえ込まれる。クロスケも弓持ちを倒して私の近くまで戻ってきてくれた。


「じゃ、やるよ」


 ストーンゴーレムの背中に見える魔法付与。これを一時停止させ、その瞬間に術式にまずデバッグ用のバイパスを繋ぎこむ。


《構築》《制御:停止》《付与》


「お? 止まったのか?」


「抵抗が無くなりましたね」


「もうちょっと待ってね」


『第十一階層をクリアしました。十分以内にゲートから待機室へ戻ってください。準備が整いましたらゲート右手のスイッチを押してください』


 おっと、ハートビート機能の術式を通らなくなったので、クリア扱いになっちゃったか。急がないと。


《構築》《認証:白銀の盾》……《付与》《再実行》


「おい、動き出したぞ!」


「あ、もう離していいけど、様子だけ見て」


 そう言われたルル、エリカ、シェリーさんが離れると、盾持ちストーンゴーレムがゆっくりと起き上がった。


「上手くいった、のか?」


 ディーが恐る恐るという顔で前に立ったが、特に暴れる様子も無い。

 ゴーレムを動かしている魔法、その敵味方の判定を書き換えたので、今では私たちの味方になっているはず。


「大丈夫だと思う。随伴が動くか確認したいし、まずは私たちが扉の前まで戻ってみましょ」


 十分以内に待機室に戻る必要もあるのでさっさと移動。扉の前まで来たところで突っ立ったままの盾持ちに命令を送る。


《起動》《送信:操作:護衛》


 一瞬の間の後、ストーンゴーレムがゆっくりとこちらを向いて歩き始めた。

 これは遠隔から動作モードを手動で切り替えできるように受信機能を追加したからできること。


「こっち来た!」


「とりあえず想定通りの挙動だけど、気をつけてね」


 ルルが小躍りするが、まだ安心するわけにはいかない。

 全員が待機室に入り、私の両横にルルとシェリーさんに備えてもらう。

 そのまま歩いてきたストーンゴーレムは私の前まできて回れ右をすると盾を構えた。


「おお、やったな!」


 ディーが思わず声を上げるが、それフラグっぽいのでやめて欲しい……


「これで転送にもついてきてくれればいいんだけどね。エリカ、次の階層へ行こ」


「よっしゃ、行くぞ!」


 スイッチが押され転送魔法が発動した。


***


《起動》《全送信:操作:停止》


 ブロードキャストされた操作命令を受け、ゴーレムたちは一斉にその体制のまま停止した。

 現在、第十九階層。既にこちら側の手に落ちたゴーレムは二十体あり、その一部はアイアンゴーレムだ。

 ここまで来るのに使った戦法は単純。初手に圧縮火球で前衛を数体吹き飛ばし、ルル、シェリーさん、ゴーレムで残った前衛を足止め。ディーが風の精霊魔法で飛び道具を押さえ込むので、エリカとクロスケが一気に詰めて後衛を突き崩す。以上。


 第十一階層と同じ方法だけど、こちらは階層を進むごとにゴーレムが増えるので押し負けることはない。むしろ、前衛はこっちの方が多いので、味方ゴーレム二体で敵ゴーレム一体を押さえ込んでいる状態だ。当然、その二体に押さえ込まれた相手はもれなくこちらの手駒になる。

 ちょっと焦ったのは、第十七階層で現れた魔法を使うストーンゴーレム。石弾を飛ばしてきたが、前衛の盾持ちが普通に防いでくれたので以下略だった。


「よっしゃ、こっちは終わったぜ!」


「ワフッ!」


 エリカとクロスケが後衛を殲滅したので、私は押さえ込まれているアイアンゴーレムを順に転向させていく。エジブトのお爺さんになった気分だ。


「終わったよ。待機室に行きましょ」


「おう!」


「正直、こんなにすんなり進むとは……。次が最上階、第二十階層になりますね」


「やはり、ミシャは無茶苦茶だな」


「だよねー」


「ワフッ!」


 え? クロスケ、君まで?


《起動》《全送信:操作:護衛》


「私は楽をするためなら、何でもするからね? それより、エリカやシェリーさんが『こんなの突破って言わない』とか言い出すかと思ったんだけど」


「ん? あたしはそんなの気にしないぜ。それにゴーレムを味方に引き込めなかったとしても、ミシャは別の手を考えてたんだろ?」


「そりゃ、ね」


 ルシウスの塔に来るまでの十日間、ゴーレムを動かしてた魔法の解析に専念できたし、ミニチュアゴーレムを作って動作確認もした。

 停止状態にさせるところまでは確証が取れてるので、それを簡単に実行できる魔法付与魔法停止も準備済み。

 ゴーレムが転移でついてこなかったら、土壁とディーの精霊魔法で拘束して停止させて終わりっていうプラン。


「ゴーレムが転移されたのは良かったな。おかげで私も風の精霊魔法を使うだけで済んでいる」


「土壁もサイズ分の魔素使うから大変なんだよね」


 ディーは飛び道具を落とすことだけに専念できてるし、私も圧縮火球とゴーレムのハッキングだけで済んでて魔素消費はかなり抑えられた。


「次が最後だから、全力で行くんだよね?」


「もちろん。基本は今までと同じだけど、第十階層の時みたいな特大ゴーレムがいる可能性は高いと思う。その時はルルとシェリーさんにそいつを相手してもらって、その間に雑魚を処理で」


「了解!」


「雑魚が片付いたら全員で終わらせたいんだけど、下手にこちらのゴーレムを近づけると吹っ飛ばされて危ないから、タイミングはエリカに任せるよ」


「いいぜ! ま、でかけりゃ転かしゃいいだけだ」


 うんうん、その通り。転かせればゴーレムたちに押さえ込ませて、付与されてる魔法を停止させればオッケー。


「あの、ミシャ様。このゴーレムたちは最後はどうするつもりなんです?」


「あー、最後の階層を突破できたら、そこで待機させて塔に回収してもらいますよ。流石にこの子たちと外に出たら騒ぎになりますし」


「ああ、良かったです。流石にこの量は怖いので……」


 ですよね。あと、この数のゴーレムを外に出しちゃうと塔のゴーレムが足らなくなったりしそう。それで塔が機能停止とかになると……うん、まずいよね。


「他に質問がなければ、そろそろ決戦にしましょ。エリカ、よろしく」


「よし、お前ら! これで終いだ。絶対勝つぞ!」


「「「おー!(ワフッ!)」」」

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