再入処理は安全重視

第39話 バックエンド

「よく来やがったな!」


 ニッカリとした笑顔で迎えてくれたエリカ。

 昨日のドレスとは打って変わってシンプルな、ごく普通の平民に見える服装だ。その後ろに控えているメイドの方が贅沢な服装な気さえする。


「来てやったぞー!」


「はいはい、お邪魔しますよ」


「久しぶりだな!」


 私たちも特に鎧などは着込んでないし、武器もノティア邸の部屋に置きっぱなしだ。そもそも持ってくること自体が不敬になるだろうし。


「みなさんこちらへどうぞ」


 大公姫と伯爵令嬢が雑な服装で雑な会話してるのに、このメイドさん落ち着きすぎじゃない?

 通されたのは中庭……この広いの全部中庭なの? その中央の東屋へと導かれる。


「うわー、すごいね……」


「本当にすごいな。エルフの集落ですら、ここまで素晴らしい庭は無いと思う」


 ポツポツ雨が降る中、東屋までの道には屋根がついているので濡れることはないが、周りの草花がしっとりと濡れて美しい。


「伯母上の趣味だ。あたしにはさっぱりだが綺麗だとは思うぜ」


 伯母上ってことは王妃様だよね。そりゃこのレベルになるか。


「お茶をお持ちしますね」


 円テーブルに四人が座り、クロスケが足元に寝転がると、メイドさんは一旦退出する。


「さて、よく来てくれた。で、いつルシウスの塔に行く?」


「そうだろうと思ってたけどいきなりだね……」


 そう答えた私にエリカは少し怪訝な顔をする。


「ん? 行きたくねーのか?」


「ボクは行きたい!」


「とまあ、ルルは行きたいって言ってるけど、私はどっちかっていうと無茶をさせないお目付役」


「ふん、なるほどな」


 エリカはニヤリと笑って頷く。


「そもそも大公姫であるエリカが単身でルシウスの塔に来ていたことが不思議なんだが……」


「いや、あたし一人じゃなかったぜ?」


「えっ?」


 そこまで話したところでメイドさんが戻ってきてお茶を注いで回る。


「こいつも一緒にいたからな」


「はい、こいつです」


 メイドさんがそう答えた。


「なんとまあ……」


「ま、今はこんなカッコでお茶なんか注いでるが、剣と盾を持たせれば一級の騎士だぜ?」


「ならなぜ我々と塔に同行しなかったんだ?」


 そうだよね。同行しててくれればもっと楽だった気がするんだけど。


「こいつは既に第十階層まで突破してるんだ。なんで、一緒には行けなかったんだよ」


「ええ、少なくともあの時点では私の方が上でしたので」


「な? 嫌な奴だろ?」


「とっても仲良しだね!」


「ふんっ!」


 つまらなそうにそっぽを向くエリカとニッコリ笑うメイドさん。


「で、メイドさんはエリカがルシウスの塔にまた行くのに賛成なんです?」


「私はどちらでも。エリカ様が行くというのであれば、それに従うのみですよ」


 なるほど。エリカはかなりのわがままが言えるってことか。


「シェリー、そいつの名前だ。元近衛騎士だから塔に行くなら参加させるぜ」


「はあ、じゃあ、エリカがルシウスの塔に行くことで、ルルに妙な嫌疑がかかったりはしないってことでいいです?」


「ああ、そういうことか! それは問題ねーし、何か言われようもんならあたしが一発食らわせるから心配すんな」


「お嬢様。普通はそういうことを気にしなくていいと、先に言うべきですよ」


「へいへい」


 これでルルとノティアの安全確保っていう第一関門はクリア。さて、あと二つ引き出せるかな。


「まあ、そういうことなら私たちも行きますよ。ルルが行きたいって行ってますしね」


「よっしゃ!」


「ただ、一つだけ約束してもらえますか?」


「ん、何をだ?」


「多分、私は本気を出すことになると思うんだけど、そのことに関しては他言無用ということにして欲しいなと」


 これは嘘ではないけど言い過ぎってぐらいかな。


 私の地味化とクロスケの毛色変化をオフにするだけだから。でも、一つでも常駐魔法が減れば、それだけ魔素のキャパシティーは増える。


 あと、検証できてないままだけど、クロスケとの魔素融合っていう切り札を使える。とはいえ、切り札なのでタイミングが難しいんだけれど……


「ミシャ、お前、あれでまだ本気じゃなかったのかよ。まったく化け物だな……」


「お嬢様。ノティアでオーガロードを倒し、街の南にあるダンジョンで数千のアンデッドを殲滅した方々ですよ? ルシウスの第十階層までは本気でなくて当然です」


「は? なんだそれ! あたし聞いてねーぞ!?」


 えー、エリカ、それ知らなかったの……


「まあ、その話は後でするとして、もう一つ力を貸して欲しいの」


「ん、あたしじゃないとダメなのか?」


「ディーの弓を新しくしたいんだけど色々あってね……」


 ………

 ……

 …


「なるほどな。どう思う、シェリー?」


「正直よろしくはないかと。優秀な弓師に無駄な作業をさせている、と言えます」


「ちゃっちゃと割り入って止めちまうか?」


 エリカの言葉にメイドさん、シェリーさんは何も言わずにこちらを伺う。


「まずはレスタ家が弓師のクラリティさんに頼んだ依頼を確認して欲しいかな。ああいう注文の仕方が普通なんだったら、私たちが口を挟むことじゃないし」


「いいぜ。まずは事実確認ってやつをやろう。シェリーやっとけ」


「かしこまりました」


 シェリーさんが一礼して東屋を離れる。さっそく動くってことなのかな。


「で、ルシウスにはいつ行くの?」


「あたしは明日にでも行きたいんだけどな」


「私の弓はそれに間に合わなくてもいいぞ?」


 まあ、確かにルシウスの塔攻略に間に合わせなくてもいいんだけどね。もともと第十階層まで行けばそれで終わる予定だったし。


「いや、あたしにも一応仕事あるんだよ。公務ってのがな……」


 そりゃそうか、なんだかんだとイベントなんかに賓客として出席するような仕事があるよね。


「あ、ボクたちは王都には一月ぐらいいるつもりだけど、そのあとは西へ旅する予定だよ」


「は? お前らこの国から出て行くのか!?」


「国から出て行くって……旅行してくるだけだよ? 私のお世話になった人が大陸の西の国にいるから、そこに行ってみるって話だし」


 国の名前って何だったかな。


「なんだ、そういうことかよ」


「ルルがいるんだからちゃんと戻ってくるよ」


「ちくしょー、うらやましい話だぜ」


「へへー、魔法都市とかも見てくる予定だよ!」


 こらこら、煽らないのルル。


「はあ、まあいい。どうせあたしにも外遊しろって話がそのうちあんだろ。それより、さっきオーガロードを倒したとか言ってたな? そのことについて教えろよ」


「はいはい、じゃ、ルルよろしく」


 結局、その後、ノティアであった一件で盛り上がり、ルシウスの塔に行く日は未定のままその日はお開きとなった。


***


「確かにルシウスの塔に行くと約束はしたが、これはちょっとおかしくないか?」


「うん、まあ、おかしいと思うんだけど、もうこれ断れないよね……」


 結局、お茶した日から十日後に決まり、ちゃんと前日にルシウスに着いて一泊して万全の状態で挑むことになった。

 で、今日、王都を出発することになったんだけど……。エリカ、ルル、ディー、私は豪勢な馬車の中にいる。馬車は貴族街を出たところなんだけど……


「すごいね! なんかもうお祭りだよね、これ!」


 大通りの左右に人集りができてる。


「いや、お祭りにしちゃったんでしょ。違う?」


「おう、そうだぜ。叔父上から許可をもらうにあたっての交換条件だな。まあ、前は内緒で行って、めっちゃ怒られたしなー」


 なるほど、国王様はけっこうやり手なのかな。

 大公姫にふさわしいレベルで護衛つければ絶対にバレるし、それならもう大々的にしてしまって、ついでにお祭りにしてしまおうってことか。

 あ、ルルっていうノティア伯爵令嬢カードを手元に持っておきたいのもあるのか……


「終わったら私たちが国から出れなくなるとかないよね?」


「心配すんな、それはねーよ。ただ、西へ行くのにちょっと肩書きが増えるかもしれねーがな」


「ああ、そういう……」


 ルルとディーはわかってなさそうだけど、まあいいか。なんらかそういう肩書きがあったほうが、この先ルルを苦労させずに済むだろうし。


「お嬢様、ルル様、皆さんに手を振ってください」


 御者をしているシェリーさんから指示が飛ぶ。


「ルル、仕事だと思って頼むわ」


「わかったよ!」


 エリカとルルが沿道に向かって手を振ると歓声が上がる。

 ルルはともかく、エリカは随分と人気だなあ。王位継承権の問題とか起きないの、これ?


 ………

 ……

 …


「そいや、弓の件なんだが……」


 王都を出てセラードへの道に入ったところでエリカがそう切り出す。


「あの絵だけで強力な弓を作れとか無理すぎんだろ」


「だよねえ」


 エリカもあのポンチ絵を見たらしい。


「半年近く前に頼まれて、あの絵以外に特に提案も指示もねーんだとさ」


「クラリティ殿も大変だったろうな……」


 私だったら一ヶ月で投げてるレベルだよ。


「ちなみに調べただけでまだ止めてねーぞ? シェリーがお前らと相談してからって言ったしな」


「うん、それでいいよ!」


「私としても、ルシウスの塔を攻略したことで弓を作って貰える方が納得もいく」


 私たちとしては少しでも無理筋があれば、それを通すつもりは全く無い。余計な恨み買いたくないしね。


「よし。で、だ。ソフィアとかいうのは、ありゃ『迷い人』じゃねーかってのがシェリーの意見だ」


「何それ。どこまで調べたの?」


「簡単ですよ。『迷い人』は算術に非常に長けているものの、歴史などを極端に苦手とするのです。この国にも過去何度か迷い人が現れたそうですが、その誰もがそういった特徴を持っています」


 御者席のシェリーさんからフォローが入る。

 確かに私も数学なら満点に近い点数は取れると思うけど歴史は赤点だよね、絶対。


「それともう一点。迷い人は生まれつき祝福を得ていることが多いようです。ソフィア嬢はどうやら他者に影響を与える祝福を持っているようで……」


 え、ひょっとしてチート貰えるルートで転生してるの? それズルくない? いや、ちょっとまって!


「ルル、晩餐会で会った時に睨まれたって言ってなかった?」


「うん、睨まれてたね」


「睨まれても何もなかったんだよね?」


「んー、特に?」


「そう、ならいいけど……」


 気にしすぎかな。あんな場所で変な力を使ったりはしないか。


「気になるのか?」


「その『他者に影響を与える』って祝福が妙な使われ方されるとやばいでしょ……」


「お嬢様にはそういったものは効果がありませんから」


 シェリーさんが再び割って入る。


「え、そういうものなの?」


「聞いた話ではあるが、祝福は無媒体・無詠唱で発動する魔法のようなものだそうだ。それが相手の持つ魔素を上書きできるほどの力があれば問題だろうがな」


 なるほど……


「それにルルだって心構えはしてただろ?」


「んー、気をつけてはいたよ。ああいう場で変なことを言わないようにってね」


「それだけでどうにかなるものなんだ……」


「ここにいる皆さまが単純な精神操作のようなものに影響を受けるようなことはないと思いますよ。皆さん、我の強い方ばかりですから」


 それ褒められてないと思うんですけど?

 しかし、シェリーさんの話が正しいなら、主体性がない人は耐性がないような感じ?

 それにしても無詠唱・無媒体は気をつけないとダメかな。何か防衛策を考えておかないと……


「で、どうする?」


「ん、んー、状況証拠しか無い状態ではどうしようもないかなって。引き続き、ぐらいですかね。怖いのは彼女が所属している部署のメンバーが操られてるとかなんだけど」


「なるほど……それはまずいですね。そちらは私の方で調査しましょう」


「じゃ、引き続き頼むぜ、シェリー」


 これでそっちの問題は任せてしまって良いかな。正直、焦って解決することじゃないとは思うけど、放置してても嫌な感じもするし、めんどくさいなあ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る