幕間:魔法世界のコーディング規約:2
【ベルグ王国】
ベルグ王国は建国から五百年ほど。この大陸では割と新しい国らしい。
五百年でも新しいって他はどんだけなんだろ。まあ、日本だって二千年くらいあるからそんなものなのかも?
首都は国名と同じでベルグ。北は高い山脈に阻まれ、南には海。東はノティアの先に深い森、西も荒野や山脈があるため、かなり守りの固い国らしい。
他の国へ陸路は二本。
一つはノティアの東の森を一週間ほど進んだ先にあるパルテーム王国への山沿いの道。私が馬車から落ちたらしい道だ。
もう一つは北西に山脈の合間を一週間ほど進んだ先にある魔導都市国家リュケリオンへの街道。
もしくは海路なんだけど、セラードから三ヶ月に一度くらい商船が出ていて、それでラシャード王国までいきなり行けるそうだ。目的はそれで達するんだけど……
「まあ、海路は無いかな。まずはリュケリオンだよね。魔導都市ってのも興味深いし」
私は手にした本のページをめくる。ルルのお父さんに了解をもらって書斎の本を読ませてもらえて良かった。この世界、紙の本がすごくお高いのでなかなかお目にかかれないし。
ノティアができたのもだいたい五百年前だけど、今の領主様、ルルのお爺ちゃんが領主になったのは二百七十年前。これはマルリーさんが持ってた本と同じかな。不死者の氾濫については余り書かれてないけど、東の森にアンデッドが大量にいるということになってるのか。
東の森はかなり続いてるけど、その先にはかなり大きい谷があるらしい。そのせいでパルテーム王国からのちょっかいはないそうだけど。
もし、私、いや私の体だった少女がパルテームから逃げてきたんだとしたら、随分と無茶な逃げ方をしたよね。まあ、そのことはもう気にしないことにしよ……
【精霊魔法】
私が使っている魔法は術式を構築したものを詠唱している。プログラムを組んでコンパイルしたアプリケーションとして実行しているような感じ。
それに対して精霊魔法は術者が精霊を使役している。AIに要望を伝えてやってもらっている感じなので自分でやるような正確さはでないけれど、魔素は少なくて済むという利点もあって一長一短。
ディーが使っている精霊魔法を色々と見せてもらう。
風の精霊、土の精霊、水の精霊、樹の精霊、光の精霊と彼女が扱える精霊はかなり多い。けど、使う時にかなり制約があるのもわかった。それぞれ媒体が必要だということ。
風の精霊は空気があればいいし、光の精霊は光があればいいので緩いんだけど、土の精霊や水の精霊はそれぞれ土や水がないとダメだそうで。
土や水はわざわざ持ち歩かないもんね。あ、水はこの世界なら水袋とか持ち歩くのかな。私は魔法で出せるから持たないんだけど。
で、樹の精霊のために植物の種でも持ち歩いているのかと思って聞いてみたら、
「母からもらったこのネックレスだが琥珀が使われていてな」
とのこと。親指大の琥珀、かなりの値打ち物な感じ。
「五種類も精霊魔法を扱えるってことは、それだけ精霊と契約してるってことだよね」
「まあ、そうだが」
「十分すごいと思うんだけど」
「いや、姿形まで形成するシルキーをぽんと渡されて契約してるミシャに言われてもな……」
【ギルドカードと個人認証】
「魔法を付与するときに、特定の人間だけが発動できるようにするとか、その逆とかをやりたくてですね」
「ほう、面白いではないか。盟約に印された者のみが扱える闇の魔導具を作ろうというのか……」
「そのギルドカードを発行する魔導具を解析させてくれませんか?」
「許可できるわけないでしょ!」
『白銀の短剣』ギルドマスターのサーラさんが叫ぶ。ちぇ、ダメかー
「良ければダメな理由を教えてもらっても?」
「ギルドカード管理の魔導具は私以外が使ったり解析しようとすると、腕を失うレベルで怪我するんだってば」
うわ、こわっ!
「盗難防止用なのかな?」
「そうだろうな。盗まれて悪用されたりすると……ちょっと洒落にならない問題になってしまいそうだ」
「うーん、ギルドカードを解析したけど、個人情報データがあるだけっぽいんだよね。それを読めるっていうと、ギルドカードを発行するそれかなって思ったんだけどなあ」
「ふむ、そういうことなら……」
サーラさんがカウンター裏に行って何かをごそごそと探して持ち出してきた。
「これは?」
「これは盟約に印された者であるかを見出す
「ギルドカードがその人のものか判定する魔導具……ですか。こんなのあったんですね」
「ま、うちみたいな零細ギルドなら不要だけど、覇権さんみたいな大手だとギルドメンバーの顔全員分覚えてたりできないでしょ?」
「ああ、それは無理だな。私も王都で覇権ギルドにいたことがあるが、顔と名前が一致する人はほとんどいない」
あー、うん、わかるー。違うフロアはもちろん、同じフロアでも違うチームのメンバーの顔と名前なんか一致しなかったもん。
「これ、解析していいんですよね?」
「うむ、それならかまわんぞ」
《起動》《解析》《付与》
解析と同時に短杖にコピーしておく。
「よし。まあ、だいたいわかりました」
「……お主、今、何を?」
「得意なんです。秘密にしといてくださいね」
【ゴーレムと魔法付与】
ルシウスの塔で手に入れたゴーレムに付与されていた魔法。時間をかけてみっちりと解析することはできたんだけど、いざ試す場所が問題で……
「そういうことなら街東の森へ向かうが良い。かの地は
「はあ、人がいない理由ってなんでしょう?」
「単純にちょくちょくゴブリンやオークが出るけど、被害はほとんど無いので討伐もあんまり進んで無いって感じ?」
と、キャラブレに定評のあるサーラさん。
「というわけで来てみたけど、森の入り口に来るまでで既に人を見なかった件」
「王都の食肉は主にノティアや西側の領地から運ばれてくるそうだしな。狩人も魔物が出ない北西側の森に行くらしい」
「へー、ディー詳しいね!」
「まあ、王都で懐が寂しくなったときは、そちら側に狩りに行ってたからな……」
遠い目をしだしたので、そっとしておくことにしよう。
さて、さっそく試してみようかな。まずはゴーレムの体を作る魔法。
《構築》《元素》《人型》《ゴーレム生成:中:土》
地面に手を当ててそう唱えると、結構な量の魔素を持っていかれた後に、ごく一般的なサイズのゴーレムが出来上がった。
「ミシャすごい!」
「ワフッ!」
「いやいや、まだ体を作っただけだから」
術式のうち《元素》と《人型》はライブラリにあたる。で、《ゴーレム生成》の術式で指定したサイズ、素材で体を構築するんだけど、これ特大ウッドゴーレムに付与されてたんだよね。
戦闘が長引いてたりしたら、こわれた手下をまとめて再生するっていう反則技を使ってたのかもしれない。
さて、それはそれとして……
《構築》《白銀の守り手》《付与》
この《白銀の守り手》は自作ライブラリにあたる。特大ウッドゴーレムに付与されていた術式は『対象となる敵味方』と『どういう行動をするか』で構成されていたので、それを整理して書き直した感じ。
味方には私、ルル、ディー、クロスケを基本にエリカも追加してある。敵は今のところはそれ以外、つまりノット味方で。
行動は何種類かあるんだけど、索敵、移動、攻撃、防御などなど。これはステートマシンだったのでほぼそのままにしてある。将来的に飛び道具を持つゴーレムを作ろうとすると修正する必要がありそう。
「お、おお、動いたのか?」
少し腰がひけているディー。敵味方判定がうまく行ってないと暴走する可能性もあったしね。
「大丈夫そうだね。今は待機状態かな。護衛状態にするとついてくるはず」
《起動》《送信:操作:護衛》
そう唱え終わると、ゴーレムが私を背に庇う形に向き直った。護衛モードは元々のゴーレムに付与されてた状態だけど、使う機会はなかったんじゃないかな。
「すごい! すごい! すごい!」
「さて、どっかにゴブリンでもいてくれると殴らせるんだけどね」
ぐるっと見回してみるが、流石にそんなに都合よくゴブリンがいたりはしない。奥へ進んでみてもいいんだけど、そこまでする必要があるのかどうかも微妙なんだよね……
「ワフッ」
「ん? クロスケ、ゴブリンかオークがいたら釣ってきてくれるの?」
「ワフワフ」
ふーむ、クロスケなら何があっても逃げられるかな……
「じゃ、お願い。あんまりたくさん引っ張ってこないでね?」
「クロスケ頑張って!」
「ワフッ!」
元気よく答えたクロスケが森の方へと走り去っていく。
「では、我々は注意しつつ待とう」
………
……
…
「む、来たようだぞ。クロスケ殿と……オークが三体か」
「クレイゴーレムが一体、ルルが二体で大丈夫? クロスケにフォローしてもらうけど」
「もちろん!」
ルルが戦槌を構えてゴーレムに並ぶ。その視線の先からクロスケが飛び出してきた。
《起動》《送信:操作:攻撃》
ゴーレムが索敵範囲に敵を捕らえたようで前進を始めると、その先からオークが三体現れた。
豚っていうよりは猪顔だなあ。腹がでっぷり出てたりもせず、筋肉モリモリマッチョマンの……
「ブモオオオ!」
オークの持つ木の棍棒が振り下ろされるが、クレイゴーレムは思った以上に素早い動きでそれを掌で受け止めた。
受け止めた手から幾ばくかの土塊がこぼれ落ちるが、手そのものが砕け散ったりはしてない感じ。素材としてはいまいちな土だと思うんだけど、どういうことなんだろ……
さらに後ろから来た二体に対し、ディーの弓が放たれて出鼻を挫くと、そこにルルの戦槌が振るわれて……瞬殺だね。
クレイゴーレムの方は相手の攻撃を受け止めては殴り返すという単純な戦闘をしていて、オークとは五分五分って感じ。あまり賢い感じではないのはしょうがないと諦めて、敵をしっかりと足止めできるとプラスに考えた方がいいかな。
「ルル、だいたいわかったし、あいつも仕留めちゃって」
「オッケー!」
後ろに回り込んだルルが背後から脳天に一発食らわせて、最後のオークもさようなら。これで終了かな。
「クロスケ、お疲れ様。みんなもありがと」
【身体強化】
ゴーレムを作ることができるようになったので、ルルの練習相手として利用することにする。
今日は身体強化がどういうものかを見るため、視覚化をかけてクレイゴーレムを作り、ルルにも視覚化をかけてもらっての模擬戦。場所は前と同じ東の森の入り口。
わかりきってたことだけど、クレイゴーレム一体ではルルの相手にはならなかった。ゴーレムの攻撃、かすりもしないんだもん……
ルルに言って、わざと円盾を使ってゴーレムパンチを受けてもらうと、しっかりと視覚化された魔素同士の衝突が見えた。
拳が纏う魔素は、円盾が纏う魔素にぶつかると消える。それは魔素同士のが一対一で消えているのか、最終的には円盾の魔素だけが残っているみたい。
ルル曰く、しっかり強化を意識して受けてると、円盾への衝撃は微々たるものなんだとか。それって前に試してた魔素膜みたいなものなのかな……
次に戦槌で本気で殴ってもらったんだけど、受けたクレイゴーレムの左手が砕け散った。さっきとは逆でルルの魔素がゴーレムの魔素を消し去ってしまっている。
ルルってマルリーさんから身体強化を教わってから、まだそんなに経ってないのに器用にそれを操ってるんだよね。
「はい、しゅーりょー」
「ええ! もう終わり?」
「いや、相手になってない以上、続けても無意味だろう」
ディーの言う通り。これじゃ、二体、三体出したところでほとんど変わらないと思う。
「ゴーレムは雑魚がたくさん出たときに、とりあえず相手させるって感じでなら使えるけど、強敵にはダメだね。オーガロードとかは絶対無理」
「んー、まあ確かにそうかな」
「数を増やすのも辛い感じなのか?」
「あと二体ぐらいは出せるけど、それで打ち止めだと意味ないかな」
一体出すのに体内の魔素の三割弱を持っていく。短杖にキープしてある魔素でプラス一体出せるけど、それに意味は無さそうだし。
ゴーレムマスターになるには普通にMPが足りなすぎるって結論で。この性能でも必要魔素が一割未満とかなら、ぎりぎりコスパに見合うかなって感じだけど。
「まあ、次にルシウスの塔に行く時は別の方法を試そうと思ってるし、楽しみにしておいて」
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