第38話 privateからprotectedへ
あっという間に週末、エリカ大公姫の晩餐会の日になってしまった。
エリカが住んでいる屋敷は貴族街の一番奥にある大豪邸。まあ、王族だし当然だよね。王城につながる隠し通路とかあっても不思議でもない感じ。
今はそこに向かって馬車で進んでいる最中。
車内にはルルのお父さんのワーゲイさん、ルル、私の三人。ルルのお兄さん、ワイルさんが『ルルに悪い虫がつかないように私も!』とシスコン丸出しで訴えていたが、ワーゲイさんに却下されていた。
「独身で年頃の大公姫の晩餐会に独身男性が出席する時点で、そういうアピールをしてるって取られますけどいいんです? それに今回はエリカ……大公姫様がわざわざルルを指名してるわけですし」
納得してなさそうなのでそう説明してあげたら、めちゃくちゃ泣きそうな顔してた……
で、問題はもう一つ。私が貴族でもなんでもなくただの平民な点。
「まあ、私とディーは無理矢理にでもって感じじゃないので、行かなくてもいい気がするんですけどね……」
「ダメ! ミシャが行かないならボクも行かない!」
そう駄々をこねるルル。ワーゲイさんも勝てないと思ったのか苦笑いしている。
「じゃあ、そうですね。ナーシャさんお墨付きの侍女とかでどうでしょう? 端の方で立ってて、話しかけられても『ルルお嬢様の侍女ですので』とでも言えば……」
「なるほど。それで行こう」
というわけで、私は地味目のドレスを着込んでいる。となりのルルは明るいオレンジのドレスがなかなか似合っていて眩しい。
「ミシャ、地味すぎない?」
「侍女だから地味でいいのですよ、ルルお嬢様」
「むう……」
そのやりとりをワーゲイさんが楽しそうに見ている。
「ミシャ君は随分としっかりしているね。頭の回転も速いし、ナーシャさんが認めたというのもよくわかるよ。その、どうかね、うちのワイルと……」
「お断りします」
ニッコリ。
「ミシャはボクのだから絶対にダメ!」
ルルのものになったつもりはないけど、少なくともシスコンはパスさせてください。
「はあ、あいつもルルが絡まなければもう少しまともなんだがなあ……」
私、そういうの良く知ってるから。こう『あいつは酒を飲まなければ良い奴なんだけどな』とか、意味ないからね?
そんなことを話しているうちに、馬車は大公姫邸へと到着した。
***
晩餐会が行われる会場は小さいホールといっていい広さがあり、いかにも『これアニメとかで見たやつだ』って感じだった。
既にそこそこの人数が先に会場入りしているようだが、これは馬車で混雑しないためらしい。
爵位の低い家から先に、つまり、男爵家や子爵家といったは私たちよりも早い時間に来て待っているとのこと。ご苦労様です……
「では、ミシャ君。すまないが、あの一角が侍女の待機場所なのでそちらで頼む。私はルルと挨拶に行ってくるよ」
「はい。こちらは気にせずにごゆっくり」
ワーゲイさんと不機嫌そうな顔をしたルルを見送り、私は侍女たちの待機場所……ホールの隅っこに足を運ぶ。
私と同じような侍女さんが二人いたので、軽く会釈だけして特に話しかけはせず待機。どれどれとルルの方に目を向けると、来場を知った他の貴族からの挨拶責めにあっているみたい。
大変そうだなーとか気楽に眺めていたところで、会場のざわつきがスッと消えた。どうやら大公姫様の登場らしい。
わあっという歓声と共に現れたのは……エリカだ。やっぱり正解だったね。
白と真紅で彩られたどう見てもお高そうなドレスを着ていて、かつ、あの背の高さがあるから、スーパーモデルにしか見えない……
中央付近まで進むんで足を止めると一同を見回す。歓声がおさまったところで凛とした声が響き渡った。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
……顔がそっくりな別人じゃないよね? 双子とかさ?
すらすらと挨拶をこなしたあとは、いわゆる『ご歓談タイム』に入ったようだ。
うーん、やっぱりこういうの大変そうだなー。話しかける方も話しかけられる方も順番とか気にしてるんだろうか。
ああ、やっぱりそういう狙いの男の人も多いね。ルルはドワーフだからかな、そういうのではなさそうだけど、初めてこういう場に来たからか挨拶って感じっぽい。まあ、あれならお兄さんが心配することもないかな。
お、ルルたちがエリカのところに行った。
なんか和かに話してるけど、まずはジャブの応酬? 周りに人がいるせいか二人とも口調には気をつけてるみたい。あ、こっちをちらっと見たな……
………
……
…
「お疲れ様です、ルルお嬢様」
「うん、もう帰りたい」
一通りの挨拶を終えて戻ってきた二人。ルルは流石に辛そうだ。
「大公姫様とのお話はどうでしたか?」
「形式的なものは済ませた感じだよ。二人は終わるまでここでいるといい。あとで大公姫様の方から来られるんじゃないかな」
「……それはいいんでしょうか?」
「問題ないよ。普段から侍女にも話しかけるお方だからね」
ワーゲイさんはそう言うとまたホールの中心へと去っていった。今まではあくまでルルの紹介であって、ここからがお仕事なんだろうね。
私は少し周りを確認し、他の侍女さん達もそれぞれの主人と話しているようなのを確認。
大丈夫だとは思うけど、一応、ルルだけに聞こえる声で。
「エリカだった?」
「うん。目だけ笑ってたもん。まったく……」
同じように小声で返してくるルル。
「他は挨拶って感じ?」
「うーん、そうだったと思う。正直よく覚えてないや」
それいいの? いや、まあ、もう二度と出ない気満々なのかな。
「あ、あの……」
「よ、よろしいでしょうか?」
おっと、ルルにお客様かな。私は侍女、私は侍女……
すっと下がって気配を消した。つもり。
「ええ、どうぞ」
「「この前はすみませんでした……」」
「ああ、えっと、気にしてない、ですよ。あの件があったからいろいろと楽しいことも、ありましたので」
……?
「それでもあんな魔物を押し付けてしまったのは……」
あ、ああ! オーガロードに襲われた時にいた女の子たち。
「本当に気にしないでください。終わったことなんですし、これからはよろしくお願いしますね」
ルルがそうニッコリ笑って彼女の手を取った。
「は、はいっ!」
ほぅっと頬を赤く染める女子たち。
ルルってホントに……
「あの、そちらの方にもご迷惑をおかけしました」
「あ、いえ、お気になさらず……」
まさかの私への謝罪に驚きつつも、私は自分から頭を下げる。向こうには立場があるしね。
「すまないが、そろそろ私と変わってもらえるかな」
この声は……
「は、はい! 失礼いたします」
お嬢様二人が去ったのを確認し、顔を上げるとそこには確かに大公姫という威風がふさわしいエリカの姿があった。
「はあ、やっと落ち着いて話せそうだぜ」
えーっと、小声とはいえ、その言葉遣いはいいの?
「エリカ、砕けすぎだよ。もう少し人の少ないところでね」
「ああ、テラスに出ようぜ。人払いさせておく」
そういって振り向くと、彼女のお付きの侍女に目をやる。
多分、最初からそういう予定だったんだろうけど、その侍女が軽く頷いた。
「大丈夫らしい。行こうぜ」
そう促されてテラスに出たところで、ルルが大きなため息をついた。
「はー、ボクもうこういうの二度と出たくないよ」
「そういうことは口に出して言うものではありませんよ。ルルお嬢様」
「はは! ミシャはホントなんでもできるな!」
完全に素に戻ったエリカが笑い出す。
「そいや、ディーは来てねーんだな」
「うん、ノティアの件でちょっと会わせたくない人もいるしね」
「ふーん……、まあ、今日はしゃーねーか」
エリカが一瞬だけ何か気になったような顔をするが、すぐに笑顔に戻る。
「で、エリカはルルを呼び出すためだけに、この晩餐会を?」
「そうだぜ。まあ、今日はルルがちゃんと『あの時のルル』なのか確認したかっただけだけどな」
「やりすぎだよ!」
「あっはっは、叔父上からたまにこういうことやれって言われてたしな」
いや、その叔父上って国王様ですよね……
「それって、そろそろ結婚しろってことじゃないの?」
「さー、あたしには難しいことわかんねーし。っと、時間か。明日にでもまた呼ぶから」
「え、呼ぶって?」
「茶でもしよーぜ。迎えに行かせるから邸にいろよ?」
エリカはそう言い残し、手を振りながらテラスを後にした。
「はーもー、無茶苦茶だよ」
「まあまあ。時間だって言ってたし、そろそろ終わりなんじゃない。私たちも戻ろ」
心底疲れた風のルルを励まし、なんとかこの晩餐会を無事に乗り切った……
***
「って感じですっごい疲れたよ……」
ベッドに寝転がっていたルルはそう言って私の膝に頭を乗せた。
「なんというか大変だったな。で、明日迎えが来ると」
「うん。そういうわけで、明日は外に出るわけには行かないから」
「そうか。まあ、明日は天気も悪そうだから、ちょうどいいんじゃないか」
ディーはディーでまたクロスケの頭を膝に乗せて撫でている。
「そうそう、ディーが前に一緒にいたお嬢さんたちが謝ってたよ!」
「そ、そうか。良かった……」
「うん、安心したよ。正直、あのオーガロードはトラウマになっておかしくないレベルだったし」
思わず膝の上にあるルルの頭をクロスケのように撫でてしまう。
「にゅふー」
「あ、ごめん」
「それで……ご子息たちの親には会ったのか?」
「うーん、多分、あの場にはいなかったと思う。あの件についての話は他にはしなかったし」
ルルは意外とちゃんと人の顔と名前を覚えているし、そうでなくても直感で気づくはず。そんな彼女が言う以上、本当にいなかったんだろう。
「ルルが来ることを知ってたからだろうか?」
「ルルのことは知ってたかどうかわからないけど、ワーゲイさんやあのお嬢様の親御さんたちが来るのは知ってたかもね。だから、気まずくて来なかったんじゃないかな」
まあ、息子が謹慎くらってるらしいし……
「なるほど。では『いんたあん』という仕組みを始めようとした子爵令嬢は?」
「……なんて人だったっけ?」
ルルが膝上から私を見上げる。
うん、私も覚えてないけど、確か魔素手帳にメモしてあったはず。
「ちょっと待ってね。……あった。レスタ家のソフィア嬢だって」
「うーん……。いた。覚えてる。エリカに色目使ってたにーちゃんがレスタ家とか言ってたかな。その後ろにいた気がする」
「おおー、えらいえらい」
「にゅふふー」
頭を撫でてあげると溶けるルル。
「どういう娘だったのだ? 確かかなり若いという話だったが」
「うーん。確かに若かった……けど、しっかりしてそうな子だったかな。本人から挨拶は無かったけど、睨まれてた気がするし」
「睨まれてたって……。どういう感じに睨まれてたかわかる?」
「全然わかんない!」
うん、まあ、ルルはそういうのには鈍感だからね。いい意味でね。
「まあ、気にしても仕方なかろう。今後の『いんたあん』はダッツ殿たちがうまくやってくれるだろうし、そちらの心配はしなくていいはずだ」
私もそっちは大丈夫だと思う。一応、マルリーさんにも注意してもらってるし。ただ、私が気になってるのは……
「私さ。クラリティさんに例の変な弓を作らせようとしてるのも、その子だと思ってるんだよね」
「「えっ!?」」
「前にマルリーさんにインターンの説明したでしょ。私が前にいた世界だとどういったものだったかって。ソフィア嬢はインターンを傭兵ギルドに導入しようとして失敗したんだけど、全てが間違いだったわけじゃなくて、単純に『現場を知らなすぎた』だけなんだよね」
「それは確かにそうだな。もっと最初からマルリー殿やダッツ殿と密にやりとりできていれば、とは思う」
「つまりミシャはソフィアって子が迷い人だと思ってる?」
「うん。もしくは、彼女の近しい知り合いにいるのかもだけどね」
まあ、本人がこの世界の学校を主席で卒業したとかいう話だし多分間違いない。こっちの知識レベルは大人でも中卒あるかどうか微妙だし……
「で、彼女が迷い人だとして、クラリティさんが頼まれた仕事も同じで私が前にいた世界の強い弓。その仕組みをなんとなく知っていることだけ伝えて後は任せるっていう感じでしょ」
「同じ人っぽい!」
「なるほど、確かに同一人物だと私も思うが、そうだとしてクラリティ殿の件をどう持っていくつもりなのだ? エリカを通してという考えはこの前聞いたが、いったいどうやって?」
「うん、これは提案だから二人も思うところがあったら言ってね」
私の真剣なトーンに寝転がっていたルルも起き上がった。
「エリカには私とクロスケのこと、包み隠さず全部話そうと思う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます