第37話 企画書 ne 仕様書

 『白銀の短剣』を後にしてギルド通りの裏路地を南に進む。大通りは人通りが多いし、馬車も走ってて歩きづらいし。

 鍛治ギルドは南西の端の方にあるそうだ。まあ、鋳造してるところは騒音もあるだろうし、王城や貴族街とはできるだけ遠いところにってことかな。

 中心部から離れていくと、だんだんと建物が低くなり、その分サイズが大きくなっていく感じ。


「む、あれではないか?」


 ディーが指差した先に石造りの平家が見える。飾り看板を見る感じあたりっぽい。


「おー、でっかい!」


「あそこから奥に広がってるのが鍛治工房なのかな。やっぱり人が多いから工房も多いみたいだね」


 鍛治ギルドの建物自体が鍛治工房群への入り口になってるっぽい。変な横流しとかは発生しないだろうけど、それはそれでって感じ……


「とりあえず入ってみようよ!」


「ワフッ!」


 ルルとクロスケが行ってしまうので、私もディーも慌ててそれに続く。

 扉を潜るとそこは……あれ? なんか区役所みたい。もっとこう、ガチムチなおっさんがガヤガヤしてる雰囲気をイメージしてたんだけど。


「あそこ受付っぽいね。行ってくる!」


 受付には随分と美人なお姉さんが座っていてニッコリと微笑んでいる。


「こんにちは。鍛治ギルドに御用ですか?」


「えーっと紹介してほしい人がいて、この手紙を鍛治ギルドに渡せばって言われてて」


「なるほど。拝見させていただいても?」


「はい、お願いします!」


 受付のお姉さんは受け取った手紙を開いて確認する。

 微かに驚いた顔をしたお姉さんだったが、そこはプロというかすぐに手紙を読み終えて、ルルへと向き直る。


「ノティアのロッソ様からのご紹介ということですので、直ちにクラリティさんに連絡させていただきます。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「うん!」


「では、あちら右手奥にある休憩所でおくつろぎください」


 そう促された先にはいくつかのテーブルが置かれていて……どっかで見たことある感じ。

 あれだ。小洒落た系開発先に派遣された時にあった、オープンミーティングスペース。主にリンゴ印のノートパソコンを開いてあーだこーだやる場所。


「うわ、すごいね。王都の近衛騎士団が使ってる剣と鎧だって、これ」


「ほほう。近衛騎士団はともなると装飾がすごいな……」


 ルルとディーは壁に飾られた剣やら鎧やらを見て楽しんでいる。そういやエリカが使ってた籠手とかもここで作られたやつなのかな。

 今思えば、彼女は大公姫なんだし、かなり良いもののはずなんだよね。ひょっとしたら魔法付与とかもかかってたのかも?


「これはクラリティ氏が作った弓なんだろうか」


 ディーが見上げる先にはかなり大きい弓がかけられている。これはロングボウってやつかな。イギリスとかで使われてたやつ。城壁の上から打つとすごい距離まで飛ぶんだろうなあ。

 そんな感じでいろいろと見ていると、先ほどの受付のお姉さんがやってきた。


「お待たせしました。クラリティさんが工房にてお会いになるとのことですので、ご足労いただけますでしょうか?」


「わかりました。二人とも行くよー」


 二人を呼び戻し、私たちはお姉さんの後に続く。

 建物の奥へと進んでいくと、そこには裏口というか、工房地区へと繋がる大きな出口があった。


「クラリティさんの工房は一番奥ですので、それなりに歩きます。すいません」


「いえいえ、押しかけたのは私たちなので」


 私が対応するのはいいとして、後ろに続いてる二人が完全に観光モードなんですけど。

 工房地区はなんというか『雑然』としている。あちこち石造りの平家が立ち並んでいて、道というよりも家と家の間というところを抜けて進んでる感じ。

 その家の外には作りかけが立てかけてあったりして、なかなか面白い。

 鍛治ギルドの工房といっても全てが鍛治をしているわけではなく、ガラスを作っているところもあるようだし、椅子や机といった木製品を作っているところもあるみたいだ。

 よく見ると南側に鍛治、北側に工芸がかたまっていて、その間に細工なんかの工房が挟まっている感じ。


「あ、見えてきました。あそこです」


 お姉さんが指差した先は北側の一番奥にある工房。その奥には大きな樹がそびえ立っているのが見える。


「あの樹はすごいな」


「ディー、何か感じるの?」


「このあたりの空気を常に浄化しているようだ……」


 あ、鋳造とか製鉄とかで出る煙を浄化してるのか。この規模の工房群ならそこまで気を使う必要もない気もするけど……。いや、この世界はもっと敏感なのかな。

 たどり着いたクラリティさんの工房の扉は開けっぱなしになっているが、人の姿は見えない。


「クラリティさん、お客人をお連れしました」


「ああ、すまないね。あとは任せてもらっていいよ」


 奥の方からクラリティさんと思われる返事が返ってくる。


「それでは私は失礼いたします」


 お姉さんが綺麗なお辞儀をして去っていくのを見送ったところで、部屋の奥の扉が開き、長身細身で穏やかな顔立ちのエルフが現れた。


「やあ、僕がクラリティだ。ロッソさんの紹介だったね。まあ、そこの椅子にでも」


 すごく普通の常識人っぽくて安心したのは黙っておこう……


***


 一通り挨拶が終わったところで、さて、ディーの弓の製作を切り出そうと思ったんだけど、先手を取ったのはクラリティさんだった。


「それにしてもルル君。君は本当に君のお婆さんにそっくりだね」


 そうニッコリと笑う。


「うえっ!? ばーちゃんのこと知ってるんですか?」


「もちろん。君のお婆さん、今のノティア伯である君のお爺さん、ロッソさん、ナーシャさん、そして私ともう一人、かつて、この大陸を旅した仲間だからね」


「ええー!」


 驚くルルだが、私もディーももちろん初耳。それにしても……


「その、ルルがお婆さんとそっくりだって外見がですか?」


「外見もそうだけど、口ぶりや誰に対しても屈託がないところもそうだね」


 楽しそうにそういうクラリティさん。

 領主様の屋敷でルルのお婆さんは見なかったので、故人なんだろうとは思うんだけど……


「うう、じーちゃんにも『お前はアイツにそっくりだ』って言われたけどさー」


「悪く言われているわけではないだろう、ルル」


「そうだよ。君のそういうところは褒められるべき部分だ。気にしなくていいよ。それで、今日はどういった用件かな」


 いい感じの話題転換となって、ようやっと目的の件を話せそう。


「えっと、ディーの弓を新しくしようと思ってロッソさんにお願いしたんですけど、王都に行くならクラリティさんに頼めと」


「なるほど。ディアナ君、今持ってる弓を見せてくれるかい?」


「は、はい! とりあえずとロッソさんに渡されたものです」


 めっちゃ緊張した顔のディーが弓をテーブルに置いた。


「ふむ。これは私の弟子が作ったものだな。しっかりと調整直されているのはロッソさんのお陰か」


「これと似た長弓もありましたがそれもでしょうか?」


「そうだね。ちょうど作った本人が作業場にいるから紹介しておこう」


 クラリティさんが立ち上がり、作業場のほうへと誘う。

 なんか簡単に入れてもらっていいのかな、とか思いつつ入った部屋には、製作途中の弓がいくつか立てかけられていた。


「業物ばかりに見える……」


「うーん、そのあたりのはまだ途中で早く仕上げたいんだけどね……。マルス、いるかい?」


「はーい!」


 誰もいないと思っていたが、作業台の裏からひょっこりと頭が現れた。


「あれ、師匠。お客様ですか?」


 こちらを向いた顔は……少年って感じかな。随分と若く見えるけど。


「ああ、君が作った弓では満足できないそうだよ?」


 そういってニヤリと笑うクラリティさん。そういう言い方はどうかと思うんですけど……


「うう、どれでしょう。見せてください……」


「い、いや、これはこれですごいと思うぞ?」


 マルスと呼ばれた少年は手渡された弓を確かめてから、大きくため息をついた。


「すいません。これ作った中でもかなり良いやつです。これ以上となると師匠に作ってもらうしかないです……」


「やっぱりそうか。ロッソさんのところに送ってるのは良いものを優先してるからねえ」


「ううう……」


「まあ、普通はこれで十分なんだよ。この国の弓兵なんかならね。ただ、エルフが持つには確かに不満はあると思うよ」


 うーん、となると……


「クラリティさんが作られた完成品は無いんでしょうか?」


「さてそこだ。本来なら私が作った完成品を渡したいところだがそれがないんだよ。なので、製作途中のものを完成させてあげたいところなんだが……」


「何か問題があるの?」


「最優先でと頼まれてる難題があってね。それを完成させないことには他に手をつけられないんだよ……」


 クラリティさんが苦笑いしながら一枚の紙をディーに渡す。紙ってことは貴族からの依頼なんだろうね……


「何なのだこれは」


「弓に飾りをつけたいってことなのかな?」


 ディーもルルもそれを見て首を捻っている。どれどれ、どんな弓を御所望なのか。


「……これが依頼なんですか?」


「頼んできた本人はそう言ってたよ。今の弓の何倍も矢が飛ぶ仕組みなんだそうだ」


 私、これ知ってるよ。コンパウンドボウ、複合弓だっけ?


「これで作れって言われても困りますよね……」


「そうなんだよね。新しい仕組みの弓をって言われたから引き受けたのに、これじゃさっぱりでさ。いろいろ作ってみたんだけど、どれも今までと同じか悪いくらいさ」


 そういって持ってきた試作品はどれも複合弓とは違うもの。弓の端にただ円盤が付いているようなものだった。あの絵からだとこうなるよね。


「何としても作って欲しいと言われていてね。詳しくは言えないが断りづらいんだよね」


「むむー」


「いや、仕方のないことだろう。我々もしばらくは王都にいるのだし、状況が変わるかもしれない」


 すんなりそうなってくれるといいけど、どうかなあ……


「じゃ、今日のところは弓を調整に預けるということでいいでしょうか?」


「うん、そうだね。マルス、預かり札を」


「はい!」


 今日のところはその辺りが落とし所かなってことで、クラリティさんの工房を後にした。


***


「さて、重要な話があります」


 二の鐘が鳴った後ぐらいに、ルルのお父さん、ノティア伯王都駐在官の館に戻ってきた。

 客間に三人プラス一匹が集合し、それぞれベッドに腰掛けている。まあ、クロスケはディーの膝に頭を乗せてお昼寝モードだけど。


「ミシャ、急にどうしたの?」


「ど、どうした? クロスケ殿の撫で方が悪かったか?」


「違うから……。ともかく、ちょっと他の人に聞かれるとまずいから魔法かけるよ」


 二人がそれにうなづいたところで、


《起動》《静音》


 部屋の壁、床、天井に魔素を敷き詰めて静音をかける。本当に念のためだ。


「で、ディーの弓の件なんだけどね」


「ああ、まあ仕方なかろう。クラリティ殿の都合もあるというものだ」


「なんとか合間に作ってもらおうって話?」


「いや、そうじゃないよ。クラリティさんが悩んでた弓があったでしょ。変な設計図の奴」


「設計図って言えないよ、あれは!」


 あ、うん、あれを設計図って言ってはいけない気はする。ただのポンチ絵だし。


「正直、頼んだ側が諦めてくれるしかないだろうな」


「私、あれの設計をちゃんとできると思う」


「「えっ?」」


 弓の両端に描かれてるのは滑車。だけど、本当は偏心滑車とかいうやつだったはず。

 完璧な正確な設計図を描けって言われると困るけど、どういう理屈で複合弓が『強力な弓』なのかは知ってるので、クラリティさんにそれを教えればできると思う。


「あれはね。私が元いた世界で作られた強力な弓なんだ」


「すごい! じゃ、ミシャがクラリティさんに教えてあげればいいじゃん! で、ディーにもそれを作ってもらおうよ!」


「待て待て。それは色々とまずいだろう……」


 そう、まずい気がする。

 そもそも、この複合弓を作るように指示した貴族とは一体誰なのか? そして、その人はかなりの確率で私と同じ世界からきた迷い人。

 こっちには伯爵令嬢のルルがいるとはいえ、妙なところで揉めると色々と説明しないといけないことが雪だるまになっていく気がする。

 最悪、私がどういう風にこっちの世界に転がり込んだかまで、全部を話さないといけなくなってしまう。

 ……というようなことを二人に説明。


「うーん、ミシャのことがバレると……国外に出るのも難しくなりそうだよね」


「わかった。では、このまま隠し通すということでいいのか?」


「いや、ちょっと考えたんだけど、エリカを通してうまくいかないかなって考えてる」


「「なるほど!」」


 もちろん彼女が『本当に信頼できる相手だったら』だけどね……

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