第36話 typeが不定な人ばかり

「なるほど。そんなことがあったか」


「とーさんには伝わってるかと思ってたんだけどなあ」


 エリカ=ベルゼ、それが彼女の名前だそうで。

 三十歳にもならずに早逝した前国王の一人娘。現国王の姪ということらしい。

 早くして両親を亡くし、現国王夫婦に育てられたエリカは、王族でありながら王位とも関係なくなったことで自由気ままに育ったらしい。育ってしまったというべきかも?

 一人でフラッとルシウスの塔に来ちゃうぐらいだもんなあ……


「ルシウスでの一件は大公姫様が握り潰したんだろう。お前を驚かせるためにな」


「そうでしょうね。いかにもそういうことしそうな人でした」


「うーん、悪い人じゃないと思うんだけど」


「まあ、悪い人ではないが、悪戯好きではあるだろうな」


 ディーが何とも言えない顔で苦笑いした。

 正直、子供みたいな人だったなって思う。純粋で真っ直ぐだからこそ、ルルもクロスケも彼女のことを気に入ったんだと思うし。


「はあ、やっぱり出ないとダメかな? エリカと話すだけなら全然いいんだけど」


「こら、ルル。大公姫様と呼びなさい」


「ぶー……」


 テーブルに突っ伏すルル。


「ま、そうやってルルが困ってるところを見たいってことだと思うよ?」


「悪戯好きとはそういうことだ。あきらめろ、ルル」


「えー! じゃあ、せめてミシャもディーも出てよ!」


「それは流石に無理でしょ」


 二人とも貴族でもなんでもないし。

 まあ、私の前の体の持ち主は貴族だったかもしれないけど、それだって別の国の話だろうし。


「ミシャ君もディアナ君も招待されていると言えなくもない。『ご友人も一緒に』と言付かっていてな……」


「やった!」


 えー……、そういうのホント勘弁して欲しいんだけど……


「ただ、本当に申し訳ないがディアナ嬢は辞退願いたい。第一陣のご子息の関係者が来られる可能性が高い。揉め事はできるだけ避けたいのでな」


「はい、私もそう思っております」


「なんで!? 向こうが悪いんじゃん!」


「ダメだよ。私はディーが謂れのない中傷を受けたらちょっと冷静でいられないかもだから、そうなるといろいろとまずいよ。そんなことしたら、エリカにも迷惑かけることになるでしょ?」


 ワーゼルさんが深く頷いてくれる。

 あと、純粋にディーは顔にいろいろ出過ぎるので、ああいうところはまずい。


「……わかった。ボクだってそんなことあったら怒っちゃうと思うし」


「うう、ありがとう、ルル、ミシャ……」


 はいはい、涙と鼻水でぐずぐずなエルフは残念度がすごいから程々にね。


「さて、二人は出席してもらうにあたって気をつけて欲しいことがある」


「気をつけるって何を?」


「大公姫様は独身だ。つまり……」


 えー……、そういうのホント勘弁してほしいんですけど……


「エリカってそういうの大嫌いだと思うんだけど?」


「ああ、今のところ本人にそんなつもりは全くない。周りが勝手に盛り上がってるだけだ。が、本当に悪い虫がつかれても困る」


「うーん、大丈夫だと思うんだけど」


 私もそれには同意かな。なんていうか、エリカってそういう相手には一発食らわせかねないタイプだし。


「本人はいい。が、ルル、ミシャ君、君たちが心配なんだ」


 え? ええー??


「ボクたちに迫ってくるってこと!?」


「ああ、大公姫様と仲が良いとわかるとそうなるだろうな」


「あー、私たち、用が終わったらすぐ西へ向かっちゃっていいですか?」


「う……む……」


 ワーゲイさんがすごく寂しそうな顔をしたところで、執務室のドアが突然開かれた。


「父上! ルルが西側に行くことについて意見よろしいでしょうか!!」


 ワイルさん、領主様、ルルのおじいちゃんの手紙読んだのね。うん、これもう収拾つかないね。


「じゃ、私たち、今日着いたところで疲れもあるので、お先に失礼しますね」


 ルルとディーの手を引いて、私たちは早々に執務室を退散した。


***


 客間のベッドに腰を下ろし、魔素手帳を確認する。

 領主様から預かった親書っていうか手紙は渡し終え、依頼書にサインももらったので、明日はこれを『白銀の短剣』ギルドに持っていって報酬をもらう。

 多分、午前中には終われると思うので、午後からはディーの弓を頼むのに鍛治ギルドに行けるといいんだけど。


「うーん、エリカの件は完全に予想外だったなー。もう少しフラグ管理をしっかりしておくべきだった……」


 両手を上げてベッドに倒れ込むと、


「むぎゅ」


 ルルのお腹が私の頭を受け止めた。


「ルル、こっちで寝るつもりなの?」


「うん、だって、自分の部屋にいるとにーちゃんがやって来てうるさいんだもん」


 ワイルお兄さん、執務室で随分やりあってたみたいだしね。


「まあいいけど、いつかはちゃんと説得しないとダメだと思うよ?」


「いつかね。でも、今日はミシャと一緒に寝るの!」


「はいはい」


 ルルに並ぶように寝転び、魔素手帳をルルにも見れるように掲げる。


「明日は依頼の報告とディーの弓の件ね」


「え? あ、ああ、弓の件だな」


 部屋にもう一つあるベッドに腰掛けていたディー。彼女はクロスケの頭を膝に乗せて撫でるのに忙しいようだ。


「どういう人なのかわからないけど、エルフだって話だし、ディーがちゃんと対応してね?」


「もちろんだ。私の弓を作ってもらうのだからな」


 そう言いつつもクロスケを撫でるのをやめないディー。そんなにウィナーウルフ好きかね、君。


「あと多分、うちに戻ってきたらミシャはドレスの話しなきゃダメだと思うよ」


「あ、あー……」


 最初に着てたドレス、館に置いて来ちゃったんだよね。持って歩くわけにもいかないからしょうがないんだけどさ。


「とりあえず、ルルより目立たないドレスになるはずだから、そこは甘んじて受け入れるよ」


「えー!」


 招かれた人でかつ伯爵令嬢より目立つドレスなんて着れないでしょ。


「……ミシャ、髪戻してみない?」


「おいおい、それはダメだろう」


「うん、やらないからね」


「ちぇ、金髪でふわふわなら可愛いドレスも似合いそうなのになー」


 そう言って私の今のストレートな黒髪をいじる。


「それより私はルルがああいう場所を問題なく過ごせるかどうかの方が心配だよ……」


「だいたい知らない人ばっかりだから大丈夫だって。そういう人はとーさんから紹介が入るから『初めまして。よろしくお願いします』って言って終わりだよ」


 なるほど……。あれ? それって私が新規の派遣先に初めて挨拶するのと変わらないような?


「そういえば、その晩餐会に例の『いんたあん』を始めようと言った子爵令嬢も来るのか?」


「どうだろ。エリカ……大公姫様だから子爵令嬢は微妙じゃないかな」


「そだね。エリカと歳の近い男性なら無理にでも来るのかもしれないけど」


 それにしても、エリカも別にお相手を探そうとかいう感じの人じゃなかったし、本当にルルや私たちに会いたいだけなのかな。どうも面倒ごとの予感しかしないんだけど……


「ミシャー、ディー、眠くなってきたー」


「ん、寝よ」


「ああ、明かりを消すよ」


 ディーが出してくれていた光の精霊が次第にその輝きを失い、その日の終わりを告げた。


***


 王都のギルドは街の中央から西側にかけて集まっているということで、今朝からみんなでそちらにむかっているところ。

 四車線近い広さがある大通りは人と馬車で溢れている。住人たちも朝食を終えて動き出したところなのかな。


「ミシャ、あれが覇権ギルドの本部だ」


「でかっ!」


 日本だとデパートとかいうレベルの大きさがあるし四階建てだよね、これ。


「ま、ボクたちには関係ないけどね!」


「そうだね。で、『白銀の短剣』はどこにあるの?」


「覇権ギルドの裏通りだって。中小の傭兵ギルドはそっちに固まってるらしいよ」


 えー、それでどうにかなってるの、それ?


「そこの先から裏通りに入れるようだぞ」


 ディーに従って裏通りに入ると、こちらも結構な人通りがあってびっくりする。ただ、表通りよりはずっと庶民感が溢れていて歩きやすい。

 あと、建物がどれも二階建てなので圧迫感も少ない。もちろん、反対側を向いたら覇権ギルドのでかい建物の威圧感が半端ないんだけど。


「あれかな?」


 ルルの指差した先にそれっぽい短剣の紋章の……飾り看板だっけ?があった。うんうん、ノティアでも見たけど、こういうの海外旅行っぽくていいよね。


「そのようだ。だが、誰もいないように見えるのだが……」


 確かに開け放たれた扉から見る限り誰もいないみたい。


「中に入ろうよ。誰かいるかもだし、外で待つのも邪魔になりそうだし」


「あ、そうだね。とりあえず入ろう」


 ふーん、中は『白銀の盾』とほとんど同じかな、これ。カウンターがあって、テーブルと椅子が何組かある。中庭か裏口につながる扉が奥に見えている。


「誰かいますかー」


 しーん……


「誰もいないのー?」


 しーん……


「どなたか…うわっ!」


 気がつくとディーの後ろに……幼女?が立っていた。


「くっくっくっ……何か用かね?」


 セリフ、おかしくない?


「中に入っちゃってすいません。私たち依頼書の精算に来たんですけど」


「ほほう……。我がギルドに混沌をもたらす汝らは何者ぞ?」


 セリフ、おかしくない?(二度目)


「ボクたちは『白銀の盾』ギルドのメンバーだよ。ボクがルル。こっちがミシャとディーと、この子がクロスケね」


「ワフッ」


 クロスケが幼女の足にすりすりしているので悪い人ではないと思う。


「なんと! 汝らはあの『永遠の白銀』マルリーの手の者か。ならば歓迎しようぞ!」


「すいません。その話し方、疲れませんか?」


「うん、疲れた。ま、その辺座って」


 諦め早いな!


「で、では失礼して」


 ディーは展開についていけてないようだ。

 私たちが席についたところで、幼女さんは自分用の高椅子を持ってきて座った。


「さて、それでは汝らの原罪を聞こうか」


「それ、やり直すんだ」


「うるさいぞ。早う言え」


「すまないがお名前ぐらいは教えてもらえないだろうか?」


 ディーが再起動したのかまともなことを聞いてくれた。っていうか、私も失念してた……


「ふっ、我の名は『不可視の白銀』サーラ。ギルド『白銀の短剣』のギルドマスター!」


 ……こっちの世界にも例の病気あるんだな。


「ルル、依頼書出して」


「おい、反応薄いぞ貴様ら!」


「はーい」


 取り出した依頼書がテーブルに置かれると、サーラさんはぶつぶつ文句を言いつつもそれを手に取る。


「手紙の配達にこの報酬額とは。ただのお使いか?」


「まあ、それは間違いではないんですが、マルリーさんからの手紙を預かってるのでそっち見てください」


 ルルがもう一つ手紙を取り出してテーブルに置く。一応、紹介状らしいけど、何を書いたのか教えてくれなかったんだよね。


「ふむ、『永遠の白銀』からとはな。珍しいものよ」


 そう言ってサーラさんは手紙を読み始める。

 それにしても『永遠の白銀』かー。いろいろ聞きたいところだけど、聞いちゃいけないことなんだろうなー。


「なるほどな。汝らが不死者の氾濫を滅せし者たちか。して、ルシウスの試練はどうであったか?」


「第十階層の敵を倒して来たよ!」


「ほほう、素晴らしい! 白銀の名に恥じぬ力量を持っておるようだのう。第十階層を突破できるのであれば、どこへ行っても問題なかろう」


 そう言って席を立ち、カウンターの裏まで行って何かを探し始めるサーラさん。


「なんか変な人だね」


「そう? 私は慣れてるかな。ああいう人は」


「非常に高度な比喩を用いているのだろうか。なかなか惹かれるものがあるな」


 ディーやめて! あなたは既にポンコツ属性があるんだから、そこに厨二属性まで付与されたら全クーデレエルフ好きが泣いちゃうから!


「あっれー、どこにしまってたかな。最近使ってなかったしなー」


 おーい、素に戻ってますよー。


「あ、あったあった」


 サーラさんが持って来たのは、私もお世話になったギルドカードを発行する魔導具。

 そういや、これって解析したことなかったよね。魔法に認証周りの機能追加をしたいので、参考のために解析できるといいんだけど……


「さあ、汝らの運命の札を捧げよ。しからば試練の導きを刻み込まん」


 ギルドカード出せってことね。ルシウスの塔の結果でも書いてくれるってことかな。

 私がまずギルドカードを渡すと、サーラさんはそれを魔導具に挿して手元のボタンを押す。

 なんらかの魔法が発動したようで、淡く光ったのちに吐き出されたギルドカード。それをサーラさんが返してくれる。


「裏面の右下に刻まれてるでしょ?」


 またキャラ付けどっか行ったよ、この人……

 そう思いつつ言われた場所を見ると、確かに紋章っぽいものが刻まれている。これ最上階までクリアしたら変化あるのかな。


「ボクもボクも!」


 ルル、ディーと続いて刻印?してもらって……うん、それで?


「これって刻まれてると何かあるんですか?」


「くっくっくっ……その刻印がある者のみが侵略を許される迷宮が存在するのだ」


「あー、入る条件にルシウスの塔の第十階層突破が条件なダンジョンもあるんですね」


 ルルとディーのために意訳してあげると、サーラさんは拗ねたようで口を尖らせつつ、金貨三枚をテーブルに置いた。


「これは依頼の報酬のやつね。王都にしばらくいるようなら、あなた達ができそうな依頼も請け負っておくけどどう?」


 うーん、どうしよ。ずっとルルのところにお世話になるのもなんだし、旅を続ける以上、お金は稼げるなら稼いでおきたいところなんだよね。ただ、エリカからの晩餐会の件もあるしなあ。

 ルルとディーの顔を伺うが、二人とも『任せた』みたいな顔してるし……


「えーっと、しばらくは王都見物をしたいので、その後にまた来ることにします。たまに遊びに来ていいですか?」


「うむ、かまわんぞ。汝らとの魂の共鳴もまた美味であったしな!」


 キャラどっちかに固定して欲しいなあ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る