第34話 タスクシステム

「いやー、助かったぜ! 今から馬を飛ばせば日が暮れる前に王都に戻れそうだ。冗談のつもりだったのにマジになるとはな!」


 そう大笑するエリカ。

 私たちはちょうど昼の一の鐘が鳴る頃、私たちは第十階層をクリアして撤退を選択した。


「こっちもありがとね! エリカがいてくれて楽勝だったよ!」


「だな。エリカ殿がいなければ、もっと苦労してただろう」


 うん、ホントそれね。もう少し休憩取りつつ登っていくつもりだったのに、休憩もそこそこにガンガン登ってくし。


「じゃ、わりーけど、あたしは帰るぜ」


「ホントありがとうね。私たちも王都に行くから、また会ったときはご飯でも奢らせて」


「ワフッ!」


「お、マジか! じゃ、またな! 絶対だぜ!」


 手を振りながら去っていくエリカを見送った後、私たちは大きくため息をついた。


「不思議だよね、エリカって」


「ああ、どう考えてもおかしい。あの強さならとうの昔に第十階層はクリアできてるはずだ」


「っていうかさ、ディーは王都の覇権ギルドでエリカを見たことないの?」


「ああ、見たことがないな。いや……ミシャは王都の覇権ギルドを知らないんだったな。あそこは人が多すぎて関わりがない人など覚えていないのが普通だぞ」


 あ、ああー、そういうことかー。何度かめっちゃ大手のIT企業に派遣されたことあるけど、入ったチーム以外の人とかまったく覚えてないもんね。


「王都に行けば会えるのかな?」


「うーん、王都にはしばらく滞在する予定だし、うまくすれば会えるんじゃないかな」


「とりあえず今日は引き上げよう。時間もあるし宿に戻る前に街を見てまわるか?」


 そんなこんなで街を見てまわったものの、ルシウスはこの塔とノティアと王都の中間点以外に特に何も無いのがわかっただけでした……


***


 夕食を済ませて部屋に戻ると「今日も一日お疲れ様でした」って感じに。


「うーん、昨日と同じメニューだといまいちだよね」


「え、同じだったっけ?」


「同じだったな。ちなみにノティアに行くときに泊まった時とも同じだった……」


 そうだったのね。ラシオタの時はお魚が出たからテンション高かったけど、こっちの普通の食事だと印象が残らないからなー。


「セラードもご飯はあんまり変わらないから、明日は馬車で一気に王都まで行く方がいいかも」


「私も賛成だな。朝の馬車に乗れば、日暮れまでには王都につける」


「じゃ、そうしましょ」


 王都も早くみたいし、王都に行けばもっと美味しいものが。あ、ひょっとして既に来てる迷い人から日本食が伝わってる可能性があるかも?

 というか、王都でやるべきこともやりたいことも結構あるなあ。ちょっとタスク整理しないとダメかも。えーっと……


『王都に来た依頼であるルルの父上に領主様からの親書を届ける』


 とりあえずこれからかな。書かれてる内容は既に王都に伝わってると思うけど、直接ルルから話すことになってる。あとはルルが旅に出ることの話ぐらいかな?


『依頼達成の報告を白銀の短剣ギルドに行う』


 普通に依頼達成の報酬もらうだけなんだけど『白銀の短剣』ってギルドについては少し心配。マルリーさんの知り合いがやってる零細ギルドらしいけど……なんで短剣? 剣でよくない?

 マルリーさんからその『白銀の短剣』のギルドマスターへの手紙を預かっている。紹介状みたいなものですよー、とのこと。


『ディーの弓を作ってもらえる鍛治ギルドのクラリティさんに会う』


 ロッソさんが言ってたディーみたいなはぐれエルフの人。果たして作ってくれるかどうかはわからないけど、できるだけいい弓を作ってもらいたいところ。


 絶対にやっておきたいことってこれくらいかな? あとは、日本食を探すとか魔術書を探すとかいろいろあるけど優先度は低めかな。


「ミシャ?」


「あ、うん、どうしたの?」


「思索に耽るのはいいが、まったく聞いてなかったな?」


「う、ごめん……。もう一回お願い」


 魔素手帳のメモを更新してサイドポーチにしまい二人に謝った。完全に聞いてませんでした……


「今日、塔の第十階層ででっかいウッドゴーレム倒したでしょ? あれって、ホントは背中にある魔法付与を壊して倒せってことだったんじゃないかな、って」


「あー、そうかも。なんていうか、上の階に進むにつれて連携を試すような感じだった気がする」


「実際、ルシウスの塔の位置付けはそうだからな」


「でもさ、既にクリアしてる人が攻略方法を教えてたりしないの?」


 日本ならあっという間に攻略wikiが作られて、相手の編成とか弱点とか共有されちゃうんだけどなあ。こっちにそんな技術が無いのは知ってるけど、書物とか口伝とかありそうなもんだけど。


「えー、じゃあ、ミシャは『いんたあん』に来てた子たちがルシウスの塔に挑むとして、その前にどういう敵でどう倒せばいいか教える?」


「……教えないかな」


「そういうことだ。結局、実力が伴わないことには意味がない」


「でも、塔の攻略は傭兵としての実力の証明にもなるんでしょ? 名誉だけ欲しい貴族とかがそういうの欲しがったりしないの?」


 そういうのはいかにもありそうな気がしてるんだけど。


「第十階層のクリアは傭兵としてはベテランと呼ばれるぐらいのレベルらしいからな。あそこだって素人がいたら足手まといどころではなかろう」


 あれ倒してベテランなのか。んー、ルルが言ったように弱点攻略が出来て、それで勝てるのならそんなものなのかも?


「でも、第十階層でベテランだとすると、あそこより上はかなり厳しそうだね。最上階まで突破した人っているの?」


「おじーちゃん! あとロッソおじさんにナーシャおばさんもだね」


「領主様ってやっぱり強かったんだね。ナーシャさんはまあ納得かな」


 領主様、ルルのお爺ちゃんはあの体躯から更に身体強化された戦槌の攻撃とか考えるとゾッとするよね。実際に『不死者の氾濫』を二度も抑え込んだ人なんだし。

 ナーシャさん。ルルの大叔母のドワーフで私の名目上の師匠である魔術士。ノティアの魔術士ギルド長なのですごいと思うんだけど、あの人自身の実力は見せてくれなかったんだよね。もうあれは「ミシャに迂闊に攻撃魔法を教えない」って感じに違いない。


「ボクだって絶対に突破するんだからね!」


「はいはい、でも、まずは依頼を終わらせてからだよ」


「それとミシャ、例のウッドゴーレムの魔法付与は解析したのか?」


「あー、解析はしたけど時間かかりそう……」


 さすがにアレを短時間で把握するのは無理。じっくり数日かけて設計から把握していかないことには危なくて動かせないかな……


「むー、ミシャならすぐにゴーレム作って動かしちゃうかと思ったんだけどなー」


「人をなんだと思ってるの……」


 いやいや、ゴーレムの基本的な動作がライブラリに隠蔽されちゃってるから、そこで何ができるか全部把握するだけでも一日はかかりそうなのに。


「だが、いずれはゴーレムを作る気でいるんだろう?」


「まあ、その、機会があったら……」


「ワフッ! ワフッ!!」


「あ! うん、もちろんクロスケの方が大事だからね? ね?」


 このあとめちゃくちゃ笑われた……


***


 ルシウスの街には鐘の音が響かない。

 一日の始まりは日の出。朝起きて装備を整えて降りると、とても簡単な朝食が出てくる。

 食べ終えてチェックアウトし、街の西門に向かうと荷馬車が集まっているのが見えた。ノティアから王都へ向かう荷馬車はここルシウスで荷の一部を売って一泊してから王都に向かう。その売って空いたスペースに乗せてもらえるって話。

 空荷よりは全然いいので料金はお安く一人大銅貨三枚、私たち三人とクロスケで銀貨一枚で乗せてもらえることになった。


 春を過ぎて初夏ぐらいかな。こっちに梅雨があるのかどうかはわからないけど、街道を西へと進む馬車の右手には新緑が広がり、左手には穏やかな海が広がる。

 やがて馬車は港町セラードに着き、小休憩を取ることになった。ラシオタはどちらかというと漁村っぽさが抜けない感じだったが、セラードは小洒落た感じが強い。やはり王都に近いから?

 河口付近にある街は水路を跨いだ橋がいくつもり、ヴェネツィア……ヴェニスだっけ? ちょっとああいう感じがある。


 セラードでも積荷を下ろした荷馬車は、十分な休憩を取ったあとに王都に向かって北上する。

 ノティアとラシオタの間のようなアップダウンはなく、川沿いに緩やかに登っていく感じ。それに道が二車線と広く、石畳で舗装までされている。

 右手に緩やかに流れる川そして対岸には森が見えるが、左手には……しばらくは草原が続いていたが、やがてゴツゴツとした岩が多い荒れた風景が広がっていった。どうやら地平線の先まで荒野のようで右手側に比べて殺伐さが半端ない。


「ねえ、なんでこっち側は荒れちゃってるの?」


「ああ、王都の南西は遺跡の影響とやらで荒野となってしまっているらしいぞ」


「何それ?」


「かなり昔の話なので真実かどうかはわからんが、遺跡が暴走して周りから徐々に荒野になったという話だな」


 何それ怖い……


「ミシャも魔導具の暴走は気をつけてね?」


「私はそんなこと……。いや、気をつけた方がいいね」


 絶対に大丈夫だと思ってるところにバグが潜んでるものだしね。

 一定量の魔素が通過したら魔法そのものを停止されるような安全装置を組み込んでおくべきかも?

 オーガロードを倒した時の棍棒もあそこまで強力な必要はなかったし……


「ミシャ?」


「よく考えたら、キメラスケルトンを倒すときにディーに打ってもらった特別な矢も、結構危なかったなって。これからは危ない魔法はルルやディーが間違って触っても発動しないようにしておくね」


「なるほど。それはありがたい話だな」


 個人を特定する方法は多分ギルドカードあたりを絡めればうまくいきそうな気がするし、これも調査しておかないとかな。


「お嬢ちゃん方、王都が見えてきたぞ」


 御者さんにそう声をかけられて進行方向に目をやると、丘の上に立つ大きな城とその裾に城下町、さらに平野に広がる街並みが見えてくる。


「うわ、すごいね……」


 そんな月並みな感想を言うのが精一杯だった。


***


 下町の外周には壁も堀もないんだ。治安がいいのか無用心なのか、荷馬車はそのまま進んでいく。


「王都って門とかないの?」


「あるぞ。この外町の先だな」


 ああ、城下町だけで治らなくなったから溢れちゃってるのか。ということは、かなり繁栄してるって感じなのかな。


「あれが門だよ!」


 ルルが指差した先に見えるのは二階建ての家屋の高さにも満たない石壁と門。入国審査官?っぽい衛兵がいるが、基本的にギルドカードがあれば通してもらえる風だ。あ、一応、積荷のチェックぐらいはしてるかな。


「ふーん、ギルドカードって便利だね」


「まあな。だが、王都では持ってないと中に入れないぞ。無くしたりしていたら、他の街でどうにかするしかないし、それにはかなり金がかかる」


 馬車の通過時に私たちもギルドカード、クロスケはギルドタグ?を見せて問題なく城下町へと入った。馬車はこの門近くの停留所っぽいところで荷を下ろすそうなので私たちもここまでとなる。料金は乗るときに払い済みだ。


「嬢ちゃんたちお疲れ様だな。また縁があったら乗ってくれよ」


「「「ありがとう(ワフッ)」」」


 そうお礼を言ってわかれたのち、私たちはまっすぐと大通りを進む。

 チラチラを見られているのはクロスケかな。まあ、大型犬が鎖なしで歩いてるとちょっと怖いか。


「クロスケ、ちょっとごめんね」


 私はバックパックを漁って、こんなこともあろうかと用意していた太めの革紐を首輪に繋いだ。

 拘束する気はまったくないので体裁だけだけど……


「ワフッ」


「ありがとね」


 喜んでリードを受け入れてくれたクロスケの頭を撫でる。まあ、これ以上は知らない。

 そのまま大通りを北上しつづけると、今度はかなり立派な城壁が見えてきた。


「えっと、ルルのお父さんのお屋敷ってどこなの?」


「お城の東側が貴族街だよ。ちなみに西側は教会ね」


 ふむふむ。教会は彩神教の教会かな? そのうち行ってみることにしよ。

 東側、右側に向かって歩くと貴族街が見えてきたんだけど、城壁と同じレベルの壁に金がかかってそうな大門が現れた。


「え、ここにも門があるんだ」


「貴族街は警備も厳重だ。まあ、国の要人がまとまって住んでいるのだから当然だろう」


「その理屈はわかるけど、私たち入れるの? ルルはともかくとしても」


 まあ、ルルは例のメダルを見せれば余裕で入れると思うけど、私たちただのお付きみたいなもんだよ?


「大丈夫だって」


 そう言って門番のところに駆けていくルル。ホントに大丈夫なのかなあ……


「すいませーん。ノティア伯爵邸に手紙を届ける依頼で来ました!」


「ん、ああ、ギルドカードを見せてもらえるか?」


 ルルに続き、私もディーもギルドカードを見せる。クロスケのギルドタグも一応見えるように。


「ふむ。門を潜るときにそこの魔導具にギルドカードをかざしてくれ。相棒もな」


「わかりました」


 門番の言う通りにギルドカードとタグを魔導具……バーコードリーダーっぽいものにかざすと、淡く光って何かが起きたらしい。っていうか、これでっかいビジネスビルとかにある入館証システムみたいなやつだよね? これも古代魔法具?

 ああ、でも認証システムとかってダンジョンの入り口にも非接触型のがあったから、あれとおんなじなのかな。


「はあ……よくわかんない。よくわかんないよ……」


「ミシャ何悩んでるの? 行こ?」


「ワフッ!」


 私はそれ以上考えるのをやめて、ルルの後を追いかけた。

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