第32話 テンプレートパターン

「美味しかったー!」


 共用ギルド詰所に鍵を返し、詰所のおじさんに聞いたお勧めの飯処で魚介類を堪能した。

 こっちの世界に来てからずっと肉食だったから、久々のお魚はすごくすごく美味しかった。そして改めて思った。

 お米が食べたい! と……


「ボクも久しぶりに魚食べた気がする。すごく美味しかったね」


「うむ。素材の味がよくわかるいい料理だった」


 部屋に戻っても晩ご飯の感想は続いていた。それぞれのベッドに腰掛け、今日の料理それぞれを褒め尽くす私たち。


「ノティアではほとんど魚を食べられなかったけど、やっぱり輸送に時間かかるから?」


「そだね。氷付けにしたものを運ぶのに魔術士を雇う必要があるし、そうなるとお金がね」


「干物なんかは大衆酒場では見たことがあるぞ」


 あー、私もルルも宿屋で食べてて、酒場とか行かなかったからかな。確かにお酒の肴には干物だもんね。


「ねえ、二人は『米』って食べたことある?」


「「こめ?」」


 やっぱり知らないかー……


「米っていう穀物なんだけど……小麦みたいな。やっぱりこっちの世界にはないのかな」


「ミシャのいた世界の穀物?」


「うん。こっちにも小麦があったから米もあるかなって思ったんだけどね。魚と一緒に食べたいなって思ったんだ」


「なるほど。まあ、西の方へ行けばあるかもしれない。もしくは東だが、あちら側は寒さもあってあまり豊かではないから望み薄だと思うぞ」


 なるほど。寒いところはだいたいそばとかじゃがいもとかになるよね。


「じゃ、西へ行った時に探してみましょ」


 魔素手帳を取り出してメモしておく。


「見つかったらミシャが料理してくれるんだよね。期待してるよ?」


 う、うーん、素直にご飯を炊くか炒飯ぐらいしか思いつかないけど……料理だよね?


「ま、まあ見つかったらね」


「やたっ!」


「ふむ、それは楽しみだな」


 うう、もっとこう女子力を高めるために料理とかやっておけば、こっちに来て料理無双とかできたのかな……


***


 ノティアから王都への旅、ラシオタの次に立ち寄るのはルシウスという街。この街にはルルの希望で二泊する予定。

 その希望とは一日を『ルシウスの塔』という登っていくタイプのダンジョンにチャレンジすること。で、その塔が街道から見えてきた。

 うん、塔が二十階層もあると見えるよね。こっちの世界って高層建築がほとんど無いから余計に高く見える。


「ねえ、本当にあの『ルシウスの塔』にチャレンジするつもりなの?」


「もちろん!」


 塔が見えてきてテンションの上がったルルが笑顔で答える。その『ルシウスの塔』はなんとも不思議なダンジョンらしい。


「ミシャは心配性だな。ルシウスの塔は命を落とすようなことは滅多にない場所だし、そんなことになる前に外にはじき出されると聞くぞ」


 どういう理屈かはわからないが、ダンジョンが自発的に挑戦者たちを外に弾き出すらしい。力量不足だと判定した瞬間に。


「心配性って……。聞いただけでそんなの信じられないよ。ルルだって初めてなんでしょ?」


「んー、そうだけど、じーちゃんもあそこは最初に行っておけって言ってたよ。撤退の判断をする訓練になるからって」


 聞けば聞くほど訓練施設っぽいんだよね。出てくる魔物もゴーレムだけらしいし。


「はあ……。私は旅がしたいだけで、別にダンジョンに行きたいわけじゃないんだけどなー」


「だが、このダンジョンのコアには会ってみたいんじゃないのか?」


「うっ……」


 会ってみたい。すごく会ってみたいけど、一番上までとても一日で行けるとは思えない。


「大丈夫だって無理はしないから。今日はルシウスについてゆっくりして、明日は塔に行くけど第十階層までって約束したじゃん」


「うん、絶対に行くなってわけじゃないから。まあ、その……私も少し楽しみにしてるし……」


「ふっふー」


 ルルがニヤニヤしているが気にしないことにする。

 まあ、そのゴーレムにも興味あるし? それが魔法付与なんだったら……とか思わなくもないし?


「お、見えてきたぞ」


「おー、ルシウスの街だ!」


 見えてきたのは石でできた街壁。ノティアの街壁ほど高くはないが、少なくとも人や飛ばない魔物なら十分に防げそうだ。


「ここもギルドカード出すだけで終わりなんだよね?」


「そだよ!」


 街の東門が見えてきて門番も数人いるようだ。ルシウスは王都領だからか人員もしっかり足りてるみたい。

 私たちは馬車が通っていく大門ではなく、その右側にある通用門に向かう。少しだけ待ち行列があったけど、ギルドカードの提示だけですんなりと中へと入れた。


「さて、今日もディーに宿のことを聞きたいんだけど」


「そうだな。ノティアに向かう時に泊まった『花籠亭』は女性も多かったからそこでいいんじゃないか?」


「夕飯は美味しい? 量は?」


「ノティアの変わらない感じだな。量は……ルルには少し足りないかもな」


「じゃ、何か買ってこ!」


 結局、花籠亭の料理は美味しくて普通の量だったけど、ルルには物足りなかったようだ。

 部屋で明日の予定を確認してる間、ずっと干し肉をハムハムしてたのだった。


***


「近くで見るとそんなに高くないか……」


 スカイツリーをその足元で見たときほどのインパクトはないかな。


「いや、十分高いだろう……」


「ミシャだしね」


「そうだな。さて、まずはあそこで塔への入場許可をもらうぞ。一人銀貨一枚だから四枚……だろうな。各々、ギルドカードが必要だ」


 ディーがクロスケもカウントしてるのは、ウィナーウルフへの尊敬なのか、相棒も一人と定義されてるのか悩むんだけど。


「了解。ルル、銀貨四枚お願いね」


「おっけー」


 結局、入場許可は三人で銀貨三枚。クロスケはカウントしなくていいらしい。

 朝の三の鐘がなる前ぐらいの時間だが、先客がいるようで入場には少し待つとのこと。


「なんで待つんだろ?」


「一つのパーティーが入ると、しばらくは入り口が閉まるからな。先に入ったものが上層へ行くと入れるようになるらしい」


「ふーん。ま、順番が来るまで座って待ってましょ」


 ダンジョン自身で混雑しないように調整してるのか。完全に娯楽施設のノリだよね、これ。

 待機者用のベンチに腰掛け、膝に頭を乗せてきたクロスケをなでなでする。

 ディーはその様子を羨ましそうに見ているし、ルルはバッグから干し肉を……


「よう、お嬢さん方は初めて塔に登るんだろ? 俺たちが守ってやるからパーティー組もうぜ」


 そう声をかけたのはいかにもという感じの戦士三人。わかりやすいいやらしい笑いが雑魚味を引き立てている。


「「……」」


 なんだこいつって顔のルルとディーだが、私は『こ、これはテンプレ!』と口に出そうになり、慌ててそれを押し留めた。


「ん〜? 俺たちが男前すぎて返事できないのかい、子猫ちゃんたち?」


 うごごごご、や、やめて! それ以上、雑魚セリフ吐かれると笑いをこらえきれない!!


「あー、君たち。我々はもう四人いるのでな。今からパーティーメンバーを増やす気はないんだ。悪いが他をあたってくれ」


「はあ? 俺たちが手伝ってやるって言ってんだ。いいから銀貨三枚寄越せや。それが嫌なら、今夜付き合ってくれてもいいんだぜ?」


「ぶふぉっ!」


「あぁ?」


「い、いえ、なんでも……」


 こらえきれずに吹いちゃったじゃん!


「ねえ、キミたちはどこのギルドの人なの?」


 ルルが干し肉をしまい終わると、ゆっくり立ち上がってそう問い正す。


「へへっ、俺たちは王都の大ギルド『未来の覇権』さ。大人しく大ギルドの先輩に従いな。悪いようにはしねーからよ」


 これダッツさんがここにいたら半殺しどこじゃないと思うんだけど、王都の覇権ギルドって大丈夫なの?


「うん、ゴメンね。ボク、足手まといはいらないから」


 ルルが満面の笑みでそう告げる。こういう時は煽っていくスタイルがお約束!


「てめぇー! こっちこいや!」


 雑魚男Aが突き出した手はルルの左腕の円盾に弾かれて鈍い音が発せられる。


「ってぇ! こいつっ!」


 はー、雑魚ムーブここに極まれりだよ!

 雑魚男BとCが剣を抜いたので正当防衛成立でいいかな。圧縮空気の破裂で鼓膜でも破っておくかな……ん?


「なに雑魚いことしてんだこらぁ!!」


「おぶあぁぁ!」


 突然のケンカキックが雑魚男Aの顔面を襲う! ってこのでっかい女性は誰?


「何事だ!」


 っと、警備員の人たちが来ちゃったか。これまたお約束っぽいけど……


「この男たちが『パーティーに入ってやるから入場料を出せ』と脅迫してきたんです。向こうが先に手をあげて、彼女がやむなく盾で受け止めましたが、勝手に痛がって勝手に激怒し始めました」


 こういう時は事実だけをわかりやすく告げるのが一番。


「な、なんだと、てめぇ! 俺らは好意で言ってやっただけだ! こいつらが先に!」


「お、俺たちは『未来の覇権』のギルドメンバーだ。先に手を出すわけないだろ!」


 もう喋り方の時点で『雑魚側アウトー』なんだけど、王都の覇権さんの名前は権威ある感じなのかな?


「待った! あたしも覇権のギルドメンバーだが、先に手を出したのはこいつらだぜ」


 おや? おやおや?


「な、お、お前……」


「ほら、これ見な!」


 大女さんが放り投げたギルドカードを受け取った警備員さんがそれを確認する。


「ふむ。お前ら、他に言いたいことはあるか?」


「なっ! この女だってコイツらとグルだろ!」


 うん、模範解答ありがとう。しかし、めんどくさいなぁ。どうしたもんだか……


「はあ……。これ、ボクのギルドカードね。ノティアの『白銀の盾』っていうギルドに所属してるから。で、ボクの名前はルル。ルル=ノティア。ワーゼル=ノティア伯爵の孫娘だよ」


 おっと、ルル、さくっとそれ言っちゃうんだ。ルルが躊躇するようなら私が言おうかなって思ってたんだけどね。


「し、失礼しました!」


 慌てて敬礼する警備兵さん。伯爵様の孫娘だもんね、しょうがないね……


「お、俺たちは……」


「これでも嘘だとか偽物だとか言いそうだからこれね。ボクがルル=ノティアであることの証明」


 サイドポーチから取り出したのはベルグ王国の紋章を刻んだメダル。魔導具でノティア一族以外の魔素では光らないというそれは、当然淡い光を放っている。

 ナーシャさん曰く、古代魔導具から作られるそのメダルは魔導都市リュケリオンで発行され、孫娘なら伯爵以上の爵位の家族にしか持てないものらしい。


「きょ、恐縮です。この男たちはこちらで対応いたしますので!」


 そういうわけで身の程をわきまえない哀れな雑魚三匹はしめやかに退場していった。警備兵さん、ご苦労様です。


「お姉さん、助けてくれてありがとうね」


 メダルとギルドカードをしまったルルが大女さんにニッコリと笑って告げる。

 怒濤の展開に驚いていた大女さんだったが、まるで子供のような楽しそうな笑顔に変わった。


「おめーら、すげーんだな!」


「いやいや、ルルだけだから」


 そう言ったがルルもディーも『えー?』みたいな顔しないの。


「真っ当な証言をしていただき感謝する。王都の『未来の覇権』ギルドに悪い印象を持ってしまうところだった。かたじけない」


「気にすんな。ああいうダセェ男はギルドとか関係なくいるもんだと思ってくれ」


「あれ、ダッツさんが見たらボコボコにされてるよね!」


 いや、今頃警備兵の皆さんに……自業自得だからいいか。


「で、その、なんだ。今更言いづらいんだが、初めて塔に登るんならあたしも加えてくれねえか? ああ、自分の分の入場許可は払ってるから問題ないぜ」


 む……、悪い人ではなさそうなんだけど、ルルが伯爵様の孫娘だって聞いてたのに。度胸があるのか、ひょっとして何か企んでる?


「ボクたち、今日順調に行っても第十階層をクリアできたら帰るつもりだけどいい?」


「ああ、あたしもそれでいい。一気に頂上を目指す気はないし、あたしもできれば今日のうちに王都に戻りたいしな」


 え、今日中に王都って……。隣はまだ王都じゃないセラードっていう街でその次が王都。

 歩きは絶対に無理だし、乗合馬車でも無理だと思う。馬をがっつり飛ばして帰る予定なのかな。


「ミシャ、ボクは良いと思うよ!」


「あ、うん。じゃ、よろしくお願いします。私はミシャ。魔術士です」


「ディアナだ。ディーと呼んでくれ。弓と精霊魔法を扱う」


「エリカだ、よろしくな! あたしの得手はこれだ!」


 と顔の前で金属製の籠手ガントレットをかち合わせる。なんと格闘家。打撃系はストライカーだっけ? よく見ると足もそのための装備。というか、全体的に見ると聖闘……げふんげふん。


「ワフッ!」


「あ、ごめんね。この子はクロスケ。私の相棒」


「あ、ああ……」


 ちょっと声が上擦ってる? 犬……狼だけど、苦手なのかな。


「ワフ?」


 スタスタとエリカの足元に近寄り、お座りして見上げるクロスケ。


「か……」


「「「か?」」」


「かわいいな!」


 しゃがみ込んでクロスケの首根っこにしがみつくエリカ。いや、ちょっとギャップ出すのはやすぎじゃないですか?


「ワフン」


 嫌がってないようだし、この人は大丈夫かな。クロスケは相手に黒いところがあるようなら敏感に反応するしね。


「おーい、そこで待機中のパーティーの番だぞ!」


 呼び出しがかかり、私たちは気を引き締めて塔へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る