資格取得という寄り道
第31話 リングバッファ
ラシオタは南側が海に面した漁村……港町? そのちょうど中間ぐらいの規模。
半円の北側に街並みが広がっていて、海辺近くには漁師さんが、北側には北西の森を猟場とする猟師さんが多く住む。
ノティアは穀物と野菜が主体であったのに対し、ラシオタは肉と魚が主体。この二つがノティア領であり、ルルのおじいちゃんである領主様が治めている地域。自給率は余裕で百%を超えていて、余剰分は王都へと輸出されてるらしい。
そう聞いて「かなり黒字財政なのでは?」って思ってたんだけど、なんだかんだと国におさめないといけないので実質トントンだとか。
そういえば『不死者の氾濫』の話があるのに、ノティアは防衛面では傭兵ギルドに頼っている部分が大きかった。普段から外壁や各門に配備されてる人もあんまり多くなかったし、領軍としての数は少なめなんだろう。まあ、地方領があんまり大きい軍を持ってても睨まれるだけかな。
ラシオタもそんな感じというか、まず街壁が無い。見えてきた街への入り口は小屋があって、衛兵に見えなくもないおじさんが軽いチェックをしてるようだ。なんというか緩い。
「街の入り口も見えてきたけど、ギルドカード見せればいいんだよね?」
「ああ、それで問題ないぞ」
首からぶら下げているギルドカードを手に取る。今まではベルトポーチに入れてたんだけど「旅に出て、違う村や街に行くのであればそうしておけ」というナーシャさんのご指導により、革製のネックストラップで携帯することにした。
このスタイル、前の派遣スタイルを思い出して、微妙に嫌なんだけどな……
「ふーん、これ見せて入るものなんだね」
ルル、あんた知らなかったの……って領主様と一緒にしか来てないからか!
「はいはい、じゃ、行きましょ!」
と気合を入れるも、
「お、仕事かい。頑張れよ!」
っていう励ましをもらっただけですんなり入れてしまった。なんならお座りしたクロスケを褒めてくれたぐらいだ。
「どうしたんだ、ミシャ?」
「いや、もっとこう……」
「同じ領内から来てて、かつ、傭兵ギルド『白銀の盾』のカードを持つ者に余計な詮索なんてしないだろうに」
「うん、そうね。ホントそうね……」
「ミシャ、まだ昼の一の鐘がなってすぐぐらいだけど、これからどうするの?」
ルルはすっかり腕時計となった魔導具のブレスレットに慣れたようだ。
「そうだね。宿屋街と共用ギルド詰所ってどっちの方が近いんだろ。近い方から済ませたいかな」
「宿屋街の方が近いな。先に宿を押さえてからにしよう」
「おっけ、じゃ、それで」
馬車が通ることを想定されている道はそこそこ広いけど、ノティアほどではない感じ。
まっすぐと南へと進んでいくと、海岸に届く前に大きく右へと曲がっており、そこからが宿屋街のようだ。
「ディーがノティア来るときに泊まったところってどうだった?」
「まあ、普通だな。ルルとミシャがノティアで泊まっていた宿と似たような感じだ。食事はせっかくなのだから外で食べた方がいいだろう」
「じゃ、そこにしましょ。案内お願い」
「わかった」
しばらく進んで目的の宿『
「クロスケ、お腹空いてない?」
「ワフッ!」
「はい、どうぞ」
ベッドに腰掛けた私がバッグから干し肉を取り出してクロスケに渡す。クロスケはそれを美味しそうに食べ始めた。私も小腹が空いていたので小さいのを取り出してかじる。こっちの世界は昼食って概念がないので、間食扱いになるんだよね。
「ミシャ、ボクも欲しい!」
「はいはい」
もう一つ小さいのを取り出してルルに渡すとダイナミックにかじり始めた。
「ふぇ、ほれはらどーしゅるにょー」
「もう、食べながら話さない。とりあえずナーシャさんに頼まれた件を終わらせたいかな。明日でもいいんだろうけど、それだとバタバタしそうだし」
「そうだな。共用ギルド詰所はラシオタ灯台に行く途中にあるし、ちょうどいいだろう。早く終わったら海岸付近の屋台でも見て回ろうじゃないか」
「いいね!」
ルルのいいねは屋台の方だよね、それ?
「クロスケ、これ食べる?」
「ワフッ!」
私は残った干し肉をクロスケにあげて立ち上がる。
「じゃ、行きましょ」
「「了解!」」
***
共用ギルド詰所。中規模以下の街にいくつもギルドの受付があっても効率が悪いということで、その機能をまとめて取り扱ってくれるところ、らしい。
傭兵ギルドだけでなく、魔術士ギルドや鍛治ギルド、商業ギルドといったあらゆるギルドが少しずつお金を出し合って運用してくれてるので場所もいいところにあるようだ。
「さっき右に曲がったところを左に行くと共用ギルド詰所だな」
ディーに案内をお願いして五分も歩くと目的地に到着。こじんまりとした石壁造りの二階建て。
「すいませーん」
「おう、どうかしたかい?」
カウンターに備え付けの椅子に座っていたおじさん。この人が受け付けてくれるのかな?
「ノティアの『白銀の盾』ギルドの者です。今日は魔術士ギルド支部長のナーシャさんの依頼で灯台の定期点検に来ました」
「おおー、白銀の人が来るのは随分と久しぶりだな。ちょっと待っててくれ。今、灯台の鍵を持ってくるよ」
久しぶりかー。そういえばルルの他にもギルドメンバーっているんだよね? 寄付がどうこうとか話あった気がするし。
と思っていたら、ディーがそのことを聞いてくれた。ナイス!
「聞いていなかったが、うちのギルドにルルより古いメンバーはいるのか?」
「もちろんいるよ! でも、ボクが名前を知ってるのはディオラさんぐらいかな?」
「ディオラさん?」
「あれ、ミシャには言ってなかったっけ。マルリーさんと冒険してたこともある魔術士でナーシャさんの弟子でもあるんだけど」
聞いてないよ!
「あれ? 前にギルドの他のメンバーには会ったこと無いって言ってなかったっけ?」
「うん! 実際に会ったことないよ? ナーシャおばさんから聞いたことあるだけ」
ナーシャさんからも聞いてないよ!
「その様子だとナーシャ殿からも聞いていないようだな……」
ディーの残念な目が痛いよ!
「待たせちまってすまんな。って何かあったのか?」
「いえ、いつものことなので」
「そ、そうか? まあ、これだ。無くさないでくれよ」
「ありがと!」
鍵を受け取ったルルがそれを私にパスする。いや、ルルが持っててもいいんだけど……
「ありがとうございます。今から行って、昼の三の鐘ぐらいには戻ると思います」
「ん、ああ、まあ日が暮れるまでには帰ってきてくれよ」
あ、そうか。こっちまで鐘の音は届かないから何時かわからないのか……
「はい、それまでには必ず」
「おう、しっかりな」
暖かく見送ってくれるおじさんに見送られ、私たちはラシオタ灯台へと向かった。
***
「ラシオタの灯台の定期点検?」
「ああ、そうさ。点検ってことになってるが、実際には魔晶石に魔素を込めてもらうことになるよ」
そんなやりとりを思い出す。
元の世界の灯台というと普通に電気で光っていたと思うんだけど、こっちだと魔素で光る魔導具扱いらしい。
「古代魔導具なんですか?」
「いや、あそこにあるのはあたしと旦那で作ったもんだよ。ロゼ様に頼まれてね」
「は、はあ。ということは……」
「解析してもかまわないけど壊すんじゃないよ?」
というわけで、正式に解析許可が出ているので楽しみ。月に一度、指定された魔晶石に魔素を込めるらしい。今回は『三の魔晶石』と言われているので、それをやったら解析タイムの予定。
それにしても魔素補充式かー。
ノティアの神殿にあった時を知らせる鐘。ナーシャさん曰く古代魔導具だそうだ。
あれは周囲の魔素を取り込んで動くらしいけど、その部分がオーパーツなのかな。太陽光発電に近い感じではあるけど、効率的には無限機関って言えるレベルだもんね……
魔素補充のやり方はノティアのダンジョンの件が一段落したあとにナーシャさんに教わった。教わったっていうか手伝わされた。
まあ、旅に出るまでの間、普通の魔術士に頼まれることは全部できるようになったのでありがたい話なんだけど。その手の魔法なんかはロゼ様からは全然学べなかったし……
ちなみにポーションの作り方、あの『圧力鍋方式による抽出』は知らない人の前で絶対にやるなって釘を刺された。あの方式で作った方がポーションの効果も高いってわかったのに!
で、魔素の圧縮についてはいろいろと応用が効きそうという話もした。圧縮火球はナーシャさんも簡単に習得したんだけど、撃つ度に魔素膜を臨機応変にコントロールするのは大変らしい。その辺は慣れてもらうしかない。
私がやってるような当たる直前でぎゅっと圧縮する方法よりも、発射したあと徐々に圧縮する方が普通の人にはやり易いんじゃないかって話を聞いて「なるほど!」ってなったりした。
逆に白氷球を習得してもらうのにはすごく手間取った。私は前世の知識が……中学生レベルだけどあるので、ドライアイスっていう二酸化炭素が固体化したものを正確に唱えられるんだけど、ナーシャさんにはその概念そのものがない。
意味がわからない単語を正確なイントネーションで唱えるのは難しいよね。知っててもかなり難しいんだろうけど、その辺は私にはわからないので、ナーシャさんには何度も復唱してもらうしかなかった。最終的にはうまく行ったので私もホッとしたんだけど……
「ミシャ、着いたよ?」
「あ、ごめんごめん」
思考の海から戻ってくると、目の間に石造りの灯台があった。この世界、魔法で石壁がつくれるから、意外と背が高い建物があるんだよね。
「じゃ、開けるね」
預かっていた鍵を差し込むと扉は思ったよりも簡単に開く。
「ボクたちはここで待ってるからね」
「え、二人とも来ないの?」
「ああ、そこに『魔術士以外の立入禁止』と書かれているからな。クロスケ殿は……どうだろうな」
「ワフ」
すっと伏せ状態になったクロスケ。行きたいけど待ってるって感じなのかな。
「わかった。じゃ、一人で行くけど遅いなって思ったら扉開けて声掛けてね?」
「おっけー!」
少しだけ心細いけど、普通の灯台だし魔物が出るようなことはないはず。
灯台の内壁に沿った階段、結構あるなあ……
「はあ、ここが一番上かな?」
四畳半ほどの小部屋があり、中央に大理石?の高い台座があって、その上には水晶か何かで作られた光源があった。今も光っているようだけど下から眺める分には眩しくない。ロッソさんが作ったっていう話だから、光を無駄にしないようにかなり細工されてるんだろうなあ。
「さて、魔素補充しないといけないのはと……」
台座は六角柱でそれぞれに魔晶石が埋め込まれているようだ。ちゃんと番号が刻まれているので、三を探せばいいっぽい。
えーっと、これかな。確かに減ってるけど空っぽってわけじゃないのか。右隣の二の魔石は満タンで、左隣の四の魔石は半分ほど減ってるぐらい。あー、そういうことか。
「先に魔素補充しちゃうかな」
三の魔晶石に手をかざして魔素を補充すると空色に薄く光り始める。それが個人の魔素の色になるのは知っていたので問題なく補充されたと確認できた。
両隣の魔晶石を見ると、どちらも薄い赤に光っている。やっぱり青系統の魔素を持ってる人って少ないっぽいなー。ナーシャさんもあまり見ないって言ってたし。
ディーの緑系統は精霊魔法を使える人、エルフだとだいたいそうらしい。一般人とかドワーフとかはだいたい赤系統、まれにルルみたいなオレンジらしいけど。クロスケの金色も珍しいのかな。
「さて、解析しましょ」
《起動》《解析》
ふむふむ、予想通りかな。
三の魔晶石を使って光るのは三月と九月という仕組み。今は四月なので、隣の四の魔晶石で動いてるってことか。
で、今が何月かは教会の鐘から飛んで来る魔素情報で判定しているっぽい。
私はナーシャさんの作った「鐘の音で光る女神像」を解析したとき、「ああ、あの鐘って標準電波の送信局なんだ」って理解して、それで腕時計に思い至ったんだけどね。
魔素補充先を六つに分けてるのは魔晶石に溜めておける魔素の量の問題なのかな。切り替えて使うようにすることで、こうやって補充もできるし、運用して行くために良く工夫されてるなーって感心する。
問題としては「教会の鐘が壊れたらどうなるんだろう」ってあたりかな。今動いてるのがずっと使われ続けるから、そのうち魔晶石の魔素を使い切って消えそうなんだよね。
「今すぐ心配することでもないかな。次にナーシャさんに会った時に伝えるってことで」
魔素手帳にそのことをメモする。あとは特にないかな……
ぐるりと小部屋を見回し、他には特に気になることがないのを確認してから階段を降り始めた。
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