第30話 リリースされました
【SubThread:ウィナーウルフのクロスケ】
僕のご主人は優しい。
ゴブリンに捕まってた僕を助けてくれた。
僕のご主人は賢い。
冷たくて不快だった首輪をちゃんとはずしてくれた。
僕のご主人は強い!
ゴブリンたちをあっという間に倒しちゃった!
僕のご主人はとっても強い!!
すごくでっかいオーガを黒コゲにしちゃった!!
でも、僕のご主人は朝が苦手。
だから毎日僕が起こしてあげる。
「クロスケ、ゴー!」
「ワフッ!」
【SubThread:はぐれエルフのディアナ】
私は物音にかなり敏感だ。今朝も足音がして目覚めた。
意識を覚醒し、音の方向を向くと、ベッドから起き上がったルルが着替えようとしているところだった。
「おはよう、ルル」
「おはよう!」
ドワーフの少女ルルはいつも元気で、そして真っ直ぐだ。彼女はエルフである私にまったく嫌悪感を持たない。それは出会った時からずっとだ。
「そうか、昨日は館に泊まったんだったな」
体を起こして周りを見ると慣れない風景に戸惑う。ここ一月弱はギルドの客間にお世話になっていたので、すっかりそっちに慣れてしまっていたかな。
「ミシャを起こしに行ってくる!」
楽しそうな顔をして出て行く彼女を見送り、私は手早く着替えを済ませる。
おそらく朝食はシルキーが用意してくれるのだろうと思い、私は部屋を出て階下へと降りた。
「おはようございます」
「おはよう」
「朝食はもう少ししてから。準備が出来ましたらお呼びいたします」
「ありがとう。少し庭を散歩させてもらうよ」
突然現れたシルキーにそう返し、私は中庭へと出る。昨日の夜にお茶をしたテーブルや椅子は片付けられており、綺麗な芝生と生垣が私を迎えてくれた。
しっかりと手入れされている中庭は、ちょうど季節も相まって素晴らしい状態を保たれている。エルフですら、ここまできっちりとした庭を作れる者は少ないだろう。
「ミシャはいったい何者なんだろうな……」
彼女の素性は全てを本人の口から聞いている。
この世界には稀に『迷い人』と呼ばれる、異世界からの訪問者が現れることがあり、彼女もそういう人間なのだろう。だが、普通の『迷い人』は異世界からそのままこちらの世界にやってくる。有名なのは『勇者召喚』という儀式で呼ばれる者だ。
だが、彼女は向こうの世界では『死んでから』こちらに来たらしい。それがこちらの人間の体に魂だけで迷い込んだ。おそらく東のパルテームの貴族令嬢あたりだと思われる。
そんな体験をして正気でいられるのだろうか?
彼女には前の世界に両親や妹がいるらしいが、特別戻りたいとも思わないらしい。自分が死んでしまったという現実を受け入れたうえで、こちらの世界を楽しもうとしている。
そんなに前の世界に未練がないものなのか? 聞けば随分と平和で魔法など不要な発展した世界だったらしいが。
『なんていうかな。冒険しづらい世界だったんだよね、いろんな意味で。だから、こっちに来て、見たことも聞いたこともない場所にワクワクしてるよ? ディーだって、変化のない日々が嫌だから森のエルフの集落から出てきたんでしょ。一緒だよ』
あっけらかんとしてそう言ったミシャを……恐ろしいと思った。私はいつだって帰れるところを出るだけなのだから、それと同列な訳がないだろうと。
わずか一日にしてロゼ=ローゼリアという森の賢者を超えた少女が、これからこの世界で何をするのか。私やルルが背負った役割はとてつもなく大きいのではないか……
「ディアナ様、朝食の用意ができましたのでお越し下さい」
「ああ、ありがとう」
シルキーの呼びかけに意識を引き戻された私は中庭を後にした。
【SubThread:永遠の白銀マルリー】
「じゃ、行ってくるね!」
街に戻ったのはちょうど昼の鐘が鳴ったところですね。
そんなに急がなくてもダッツさんは怒らないと思うんですけどね。ミシャさんが厳しいんでしょうかね。まあ、ルルさんはちょっとアバウトなところがあるからちょうどいいですかね。
それにしても……ミシャさんのことを頼むと言われたときはもっと軽く考えてたんですけどね。
私のときのように子犬でも拾ったんだと思ったんですが、まさかご自身以上の存在を弟子に……いや、この場合は何て言うのでしょう。
走っていった三人と一匹が路地の向こうに消えてしまいました。若いですね。いや、私だって若いですけどね。
そうですね。私ももう少し若ければ、あの子たちのこれからの旅について行けたのかもしれませんね。羨ましい……そんな感情が少しだけあります。
「戻ってきたところかい。ちょうどよかったさね」
ギルド前で出迎えてくれたのはナーシャさんでした。
「こんにちはー。ミシャさんに御用ですかー?」
「あの子たちはいないのかい?」
「はいー。例の『いんたあん』の初期研修に付き合ってもらってるやつですー」
「ふーん、まあちょうどいい。あんたに話があるから中に入れておくれ」
ナーシャさんに促され、ギルドを開けて中に入ってもらいます。
ちょっと込み入った話かもしれないので、二階の方がいいでしょうか。
「今、お茶を淹れますねー」
「ふむ、いただこうかね」
カップを二つ取り出してお茶を淹れました。ナーシャさんはそれを少し飲まれると、改めて私の方に向き直りました。
「さて、あんたがロゼ様からミシャのことをどう頼まれたか聞いてなかったからね」
「なるほどー」
「あんたは知ってたのかい。あの子がとんでもない子だってことを」
「いえいえー、正直、私と同じで子犬でも拾って預けるぐらいだと思ってたんですがー、オーガロードを倒しちゃったのには驚きましたねー」
あの話の前までは、ちょっと魔術の才能があるぐらいだと思ってたんですけどね。
「ルルだけだったら危なかっただろうし、感謝しておくべきなのかねぇ……。で、ロゼ様が来たのはいつのことだい?」
「一ヶ月と少し前ぐらいですねー。夜突然来てー『弟子が来るからよろしく』とだけー」
「ホントにそれだけかい?」
「ええー、まあ『弟子』って聞いたのは初めてなのでー、そういう意味だったのかもしれませんー」
「ああ、なるほどねえ……」
ロゼ様は聞いた限りでは弟子は一人もいないはずですし、弟子入りに行っても絶対にことわられるし、弟子を騙ろうものなら生きてないらしいですからね。
「知識量は経験不足もあってロゼ様には及ばないようですがー、魔素コントロールなんかの素質は弟子として十分でしょうねー」
「十分どころじゃないよ。あの子は素質で言えばロゼ様より上さね。しかもおかしな魔法をいくつも作るし、魔法付与も失敗しない。見張ってないと心配なぐらいだよ」
おかしな魔法は多分、元の世界の知識が入ってるんでしょうね。でも、ナーシャさんにはそのことは黙っておかないとですね。
「そのわりにはルルさんと旅に出るのに賛成なんですねー」
「はっ、あの子をこんな辺境で腐らせたらあたしがロゼ様に怒られるよ。まあ、ルルを守る立場にいると慎重になるようだし、常識面はエルフっ子になんとかしてもらうしかないね」
なるほど。確かにいいバランスですね。
「でも、ホントにそれだけなんですかー?」
「ボーッとしてるわりに勘だけは相変わらずだね。王都の南西にある荒野、あんたらも行ったことはあるよね?」
「あそこですかー。何が起きてるのでしょうー?」
「ここ半年ほどで魔物の目撃が増えてるそうだ。まあ、人里にまで溢れてるわけじゃないそうだがね」
あそこにはカピューレの遺跡があって、かつての私たちが諦めた場所。
……めんどくさい話ですね。とはいえ、
「ルルさん、ミシャさん、ディーさんが巻き込まれるとー?」
「どうだろうねえ。でも、ルルはそれを見過ごすような子じゃないからね」
「そこにミシャさんが絡むとロクなことにならない気がしますがー?」
「それも承知の上さ。ことが大きくなったとしても、それが彩神様の思し召しだよ」
そういってニヤリと笑うナーシャさんですが……
「苦労することになっても知りませんよー。ミシャさんの建前上の師匠はナーシャさん、あなたなんですからねー」
「はっ! 久しぶりに楽しいことになりそうで、あたしは楽しみでしょうがないね!」
はあ、やっぱり、私はこの国を離れることはできないようですね……
【MainThread】
「あの『いんたあん』の子たちはうまくやってるだろうか?」
「大丈夫だよ、素直な子たちだったし!」
一週間の予定だったんだけど、結局、二週間使ってインターンの初期研修に付き合った。
「二週間付き合って思ったんだが……人にものを教えるというのは大変なんだな……。あらためてミシャはすごいと思ったよ」
「あはは。まあ、ルルの言うとおりいい子たちだったからね」
最初のルルと私に食ってかかってきた子たちはなんだったんだっていうぐらい、普通にいい子たちだったので助かった。歳も十五ぐらいだったし……ちょっと妹のことを思い出しちゃったけど。
「あとはダッツさんたちが上手くやってくれてるって信じましょ。私たちは私たちで依頼があるんだから、予定通りに王都を目指すよ」
「はーい!」
ぶっちゃけ依頼って言っても、領主様が王都の息子、つまりルルのお父さんに手紙を届けて欲しいっていう……それお小遣いだよね?
ただ、一応、内緒にしてあるダンジョンの件を直接話すための口実、ってことになっているし、断るわけにもいかない。……ちゃんと全員分の報酬出るし。
「この坂を登り切ると、向こう側に海が見えるよ!」
そう言ってはしゃぐルルを追いかける私たち。ディーは健脚だが、私にはちょっと辛いものがある。素直に乗合馬車に乗ればよかったかな。
ノティアからラシオタは徒歩で鐘四つ。つまり四時間と聞いていたので、のんびりペースで歩こうということにしたんだけど、ダンジョンに続く道を越えたあたりからアップダウンが……
「ルルー、海が見えたところでちょっと休憩しよー」
「わかった!」
王都までの道のりは四日。それぞれ鐘四つぐらいで着くということで、野営の道具なんかは全然持ってないんだけど……。
館で過ごしてたときは周りの森にアップダウンがなかったから平気だったんだろうなー。
「お、ミシャ、登り切ったみたいだぞ!」
足元に落としていた目線を上げると、そこにはなだらかに降る坂、その先にある港町、そして広がる海が飛び込んでくる。
「うわ、すごい!」
この世界で初めて見た海は青く、そして、緑に煌めいていた……
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