第29話 検収完了待ちの間に

「んー、いい天気!」


「だねー」


「だな」


「ワフッ!」


 私たち三人+一匹はノティアの南にある港町ラシオタを目指して歩いている。

 ルルが街を出る許可は、マルリーさん、ナーシャさんをなんとか味方につけたことで無事に出たんだけど、マルリーさんを味方につけるのに随分と時間を消費してしまったのだった……


***


「ミシャさん『いんたあん』について知りませんかー?」


 ダンジョンと『不死者の氾濫』の騒動が一段落し、薬草採集や倉庫整理、水車点検といった雑務をゆるーくこなす日々を送っていた私たち。

 ナーシャさんは私が例の圧縮火球と白氷球を教えることと、旅先でルルをほっぽりださないことを前提に賛成してくれることになった。なお、ロッソさんはナーシャさんに逆らえない模様。


 そんなわけで、北の森の館には薬草採集の依頼が出るたびに訪れているのだが、やっぱりそれを知ってたマルリーさんも今日は一緒に来ている。

 採集自体は早々に終えて、館で読書タイムを過ごしていたところで、マルリーさんから『インターン』への質問が飛び出した。もちろん、私が異世界から来たことを知ってるからだと思う……


「まあ、知ってます」


「どういうものか教えてもらえますー?」


「えーっと『職につく前の若い人を職業体験のために一定期間雇い入れる』っていう感じでしょうか。雇われる側の若い人たちはちゃんとお金を稼げて職業体験ができるし、雇う側は足りてない人員の確保だったり、そのまま雇用すれば研修の手間も省けるし、とか双方メリットがある話です」


「なるほどー。別に悪い話ではないんですねー」


「そうですね。ちゃんとそういうふうに運用されてれば、ですが」


 インターンシップって言っておいてただ働きさせたあげく、そのまま雇用もしないような会社もあったりなかったりしたわけで……


「そうなるとー、王都では続行ということで決定したそうなので大変ですねー……」


「え、あんな不祥事があったのに続行するんです?」


「ですねー。『ノティアの傭兵ギルド担当が悪かった』とか『選ばれたメンバーが悪かった』という話になればー、それらを変えれば上手く行くという話になるかとー」


 担当もメンバーも私欲に走って無茶をしたら酷い目にあったっていうのは正しいんだよね。

 それに……


「もう次のメンバーが決まってて今さらなかったことにできない、とかもありそうですね」


「そうなんですよー」


 送り出す貴族だって、別に悪いことをしてるわけじゃなくて、息子や娘に箔をつけてあげたいっていう親心だよね。


「……ひょっとしてうちのギルドで引き受けろって話が出てるとか?」


「それはないですよー。うちは小さいですしねー。でも、覇権さんは大手ですしー、この国だけでなく有名ですからー」


 箔をつけるにしても、大手の方が価値があるってことかな。


「なんだ。じゃ、別に気にしなくていいじゃん!」


 話を聞いていたのかルルが割り込んでくる。気にしなくていいかもしれないけど、巻き込まれる可能性だってあるわけで。実際、巻き込まれたし。


「うちのギルドには関係ないけど、失敗続きだと王都での領主様の印象が悪くなるよ」


「うっ……」


「そうなんですよー。ノティアが平穏であるためには普通に成功して欲しいところですねー。ということでー、見識のあるミシャさんに案がないかなーとー」


 なるほど、そういうことですか。


「実現可能かどうかは別として聞いてくださいね。私の知ってることを当てはめてみたらどうかなってぐらいなので。

 まずはインターン中だということをハッキリさせるために、ギルドの登録証は仮のものを首からぶら下げるぐらいした方がいいですね」


「なるほどなるほどー」


「次に必ず指導官が依頼内容を指定し、実際に依頼をこなして達成するまでを見守ること。ずっとは辛いならせめて最初の一月ぐらいは。

 無茶な依頼を受けないようにするのと、着実に依頼を達成し、感謝されて報酬をもらえるという成功体験を刷り込む必要がありますし。

 あ、見守る相手が貴族のご子息なので、金にものを言わせたりする可能性も考えて、そのあたりに厳格な人でないとダメかな。ダッツさんとかミュイさんとか」


「ふむふむー」


「で、ちゃんと指定期間のインターンを終えたら、正規の登録証がもらえるって形で無理させないことですね。依頼をたくさんこなせば早く終わるとかにしちゃうと無理するでしょうし。

 うーん、そんなところですかね……」


「ありがとうございますー。領主様、ダッツさんと相談してみますけどー、来週には次の『いんたあん』の人たちが来るのでー、ミシャさんにはしばらく同行してもらいますねー」


「は?」


 目が点になるが、マルリーさんはニコニコしたままだ。


「マルリー殿、それは酷くないか? 我々はルルへの許可がおりればすぐにでも街を出たいところなのだが」


「最初の少しの間だけですよー。それが終われば、私もルルさんたちが旅に出るのは賛成しますからー」


「ううっ、ずるいよ!」


 ディーもルルも反対というか抗議する。が、逆に一人落ち着いて考えると、マルリーさんとしては何か別の意味があるような気がしてきた。


「ワフ」


 足元で丸まっていたクロスケがなでなでを要求してきたので、なんとなく頭を撫でていると、ふと一つのことに思い至る。


「うーん、最初の一週間ってちゃんと期限を区切ってくれるならいいです。あと、私だけとかナーシャさんに怒られそうなので、ルルもディーも一緒にかな」


「「ミシャ!?」」


「まーまー、落ち着いて。はやる気持ちもわかるけど、急いだって王都が逃げるわけでもないしね。あとちゃんと報酬は貰えるんですよね?」


「ちゃっかりしてますねー。三人ともには出せませんがー、一日銀貨一枚ならなんとかー」


「少ない!」


 ルルは文句を言うが、銅貨一枚でも出れば御の字。さすがマルリーさん。


「ミシャ……。報酬が出るとはいえ、ルルの件を条件に取られるような依頼のされ方は問題があると思うのだが」


「んー、これはルルのためだけじゃなくて、ディーのためでもあるんだよ。前のインターンのメンバーの件が王都でどう伝わってるかわからないからね」


 マルリーさんの狙いはここなんだと思う。

 一応、ちゃんとした事の顛末は領主様から王都に伝わってると思うけど、先に帰ったお嬢様がたやその後で送還されたご子息がたから、ディーのことが悪く伝わってる可能性ありそうだしね。

 それをきちんと解消するには、ディーがきっちり次のメンバーのインターンを終わらせることなんだけどね。ただ、ディーはもううちのギルドに所属してるので、マルリーさんの提案に乗るのが一番かな。


「ううっ、そういうことか……すまない……」


 椅子から頽れてがっくりと両手をつく。


「そういうわけだし、ルルもよろしくね」


「わかった!」


 この街に来てからまだ一月経ってないんだし、慌てずゆっくりでいいよね。



【SubThread:ノティア伯の孫娘ルル】


 ボクは目覚めがすごく良い方だ。朝の一の鐘が鳴るとスッと目が覚める。


「うーん、スッキリ!」


 向かいのベッドを見るとミシャはまだ穏やかな寝息を立てている。そのまま寝かせておいてあげたいところだけど、起こさないと起こさないで怒るのでしかたないんだよね。


「ミシャ、朝だよ!」


「う、うーん、あと五分、五分だけ……」


 いつもの返事が返ってくる。『ごふん』って何だかわからないので聞いたことがあるんだけど、鐘の音が鳴る間隔の十二分の一の時間だって。ミシャがいた世界だとそんな短い時間を基準に行動してたらしい。すごいせっかちだよね。


「もう、起きてご飯だよっ!」


 毛布を引き剥がすとようやっと半身だけ起き上がってくれる。けど、ここからもう一度毛布を被って寝てしまうので気をつけないとね。


「クロスケ、ゴー!」


「ワフッ!」


 クロスケのダイブがミシャを直撃!


「お、起きたから! もう、これやめてって言ってるじゃん!」


「ミシャがすぐ起きないのが悪いんだよー。ねっ、クロスケ?」


「ワフ!」


 うんうん、いつもどおり。


 食堂で朝ごはんを食べたあと、一度部屋に戻ってからギルドへ。

 ミシャは昨日ロッソおじさんに作ってもらったっていう、掌ぐらいの大きさのミスリルの板を持って何かしているんだけど……


「昨日のそれって何か魔法付与したの?」


「うん、で…魔素手帳っていうべきなのかな。私、忘れないようにメモを取る癖があるんだけど、紙と筆記用具がこっちだと手に入りづらくってね。だったら、一足飛びでいいかなって」


「メモ? 何が書いてあるの?」


 覗き込んでみたけど、全然わからない記号がならんでる。


「この一行目には『お昼まではインターンの研修手伝い』って書いてあるんだけど、ルルは読めないよね」


「うん、全然わかんない……。これはミシャの国の言葉なの?」


「そうそう。すごく難しいでしょ? 元の世界でも一二を争う難しい言葉だったはずだよ」


「ミシャって元の世界だと賢者とかだったり?」


「いやいや、私のいた国はそれなりに教育が充実してたからね。最低でも十五歳までは学校に行く義務があるんだよ」


「えっ、そんな年まで!?」


「私はもっといたよ。それでも足りなかったかなって気がしてるけどね。はあ……もっと真面目に勉強しておけばよかった……」


 ボクも王都にいたときに学校に行ったけど十二歳までだよ……


「二人ともおはよう」


 最近はずっと朝の掃除中のディーが私たち二人を出迎えてくれる。その分、マルリーさんがダラけてるような気がしてるんだけど……しばらくしたら三人とも街を出るんだけど大丈夫なのかな。


「マルリーさん! ボクたちもう行くよ!」


「あ、はーいー。いってらっしゃーいー」


 二階の奥から返事が聞こえてきた。一応、ちゃんと起きてはいるみたいだ。


「じゃ、ダッツさんも待ってるだろうし早く行きましょ」


 ミシャは人を待たせるのがすごく嫌いみたいなんだよね。自分が待つのは平気っぽいのに不思議。


 ………

 ……

 …


「ただいま!」


「おかえりなさいー」


 昼の二の鐘が鳴り終わるころにはギルドに戻ってこれた。


「予定より早く帰ってこれました」


「今回の『いんたあん』の人たちは優秀みたいですねー」


「そうなんですよね。最初からああいう子たちなら、ディーだって苦労しなくて済んだのにね」


 ミシャはそういうけど、ボクとしてはいろいろあったお陰でミシャともディーとも仲良くなれたから良かったかなーって。


「で、今日のお泊まり会はやるってことでいい?」


「うん、私はオッケー。ディーも大丈夫だよね。マルリーさんは?」


「はいー。私も行けますし、行きたいですねー」


 やった!!


「じゃ、食材買ってから向かう感じかな。日が暮れる前に着きたいし、三の鐘までには出発したいし、それでいい?」


「うん!」


「次の日のお昼までに帰れば、明日の研修参加に間に合うかな……」


 ミシャが魔素手帳?を見ながらそんなことを呟いてる。別にちょっとぐらい遅れたってダッツさんも怒ったりしないと思うんだけどなあ。


 ………

 ……

 …


「ふー、ごちそうさまでした! 美味しかった!」


「お粗末様でした。ミシャ様、お茶は庭の方に準備しますか?」


「うん、そうだね。お願い」


 ミシャは気安くシルキーに話しかけてるのを見ると、やっぱりすごいんだなって気がしてくる。

 シルキーなんてボクは物語でしか知らないし、そのお話だと大賢者さまのお家を管理してるっていうすごい精霊だ。そんな精霊がミシャの言うことを嬉しそうに聞いてる。


「それでは先に庭の方へどうぞ」


 勝手口の扉が音もなく開く。


「今日はいい明月だから、たっぷりと月光浴しないとね」


 ミシャ、ディー、マルリーさんに続いて扉を出ると、そこには白いテーブルと人数分の椅子が用意されていた。


「これはまた……手入れの行き届いた庭だな……」


 ディーが感心していて、ボクもすごいなって思うけど、どこがどうすごいのかはちょっとわからない。芝生が綺麗だとか、生垣?が整ってるとかそういうぐらい?


「まだまだシルキーさんには勝てませんねー」


 マルリーさん、ギルドの裏庭は訓練スペースだからあんまり菜園にしないで欲しいんだけど?


「お茶をお持ちしましたので、皆さまお座りください」


「ねえ、シルキー。キミってミシャと精霊契約してるの?」


 前から聞きたいけどなんとなく聞けなかったことを聞いてしまった。


「はい。そうです」


「やっぱりミシャはすごいんだね……」


「いやいやいや、ロゼお姉様が館を譲ってくれただけだからね?」


 それはそれですごいと思うんだけど。


「それで精霊契約もミシャに移ったということだな?」


「ええ、その通りです」


 静かに答えながら各々のカップにお茶を注いで行くシルキー。


「普通は簡単に移ったりしないものだがな。シルキーがミシャをちゃんと認めているということだ。誇っていいと思うぞ」


「そうだよね!」


「そうですよ」


 ミシャが苦笑いしてるけど、もうちょっと自信持っていいと思うんだよね。不思議なくらい自分の評価が低いと思う。


「ミシャ様は私に『もっと広くて良いお屋敷を用意してくれる』とお約束してくれましたし、ロゼ様以上に期待していますよ」


「はい……」


 うんうん、それくらいはミシャならきっとやれるってボクは信じてるからね!

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