第28話 うん、旅に出よう!
「いろいろ話して納得した感じかな?」
その呟きにシルキーがこそっと頷いてくれる。
私が席につき、クロスケが足元に侍ると、シルキーがお茶を淹れ直してくれたので、あらためて二人に聞いてみる。
「だいたいはシルキーに聞いたと思うけど、何か質問あったりする?」
「はい!」
「じゃ、ルル」
「ミシャのいた世界ってどういう感じなの? ここと似たようなところなんだよね?」
「ううん、全然違うよ。そもそも魔法なんてないもん」
「えっ? ミシャは魔法がない世界から来たのに、あんなに魔法が得意なの!?」
「みたい。元々適性はあったんだと思うけどね」
適性っていうか原理が分かってるからだと思うんだよね。なんだっけか昔聞いたことある言葉。
『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』
SF作家アーサー・C・クラークの言葉だったかな。多分、この世界の魔法ってそういうことなんだと思う。
「ふむ。だとするとこちらの世界で魔法をそれだけ自在に操れると、ずいぶん便利に感じているのではないか?」
「あー、それは逆。まったく逆なんだよね」
「ええっ!」
確かに今のこの世界から魔法が無くなった世界を想像したらそうだろう。けど、地球には、日本には発達した科学があった。それがどれほど便利だったか……
「私がもといた世界は『科学技術』っていうものがあってね。なんていうか……誰でも、本当に子供でもお年寄りでも使える魔導具が街中に溢れてる世界なんだよ」
「なん…だと……」
ディー、雑魚キャラみたいなセリフやめよ?
「ミシャは……元の世界に帰りたいと思わないの?」
「うーん、どうだろ。正直、そんなには未練とかなくてね。あの世界ってなんて言えばいいのかな、生きてて余裕がない感じ?」
「余裕?」
「例えば会議するっていう時に、こっちだと鐘が鳴ったら集まるでしょ。前の世界は鐘が鳴った時に全員着席してないと怒られるんだ」
「なんなんだそれは。囚人の生活でもそんなに酷くないと思うのだが」
囚人か……。確かにそうかも。苦笑いするぐらいしかできないや。
「でも、ミシャは家族に会いたいって思ったり……しないの?」
「あっちじゃ、私はもう死んじゃってるからね。まあ、両親と妹には……ごめんって言いたいぐらいかな」
「ミシャぁ……」
抱きついて泣き始めたルルの背を優しく撫でる。
「なあ、ミシャ。魔導都市に行ってみないか?」
「え、うん、行ってみたくはあるけど、どうして?」
「ミシャの元の世界に……手紙でも送れるような魔法を探してみるのはどうだろう。知識の宝庫たる魔導都市になら何か手がかりがあるかもしれない」
「あ、それ! それいいね! じゃ、王都行って、次は魔導都市かな。ルルもそれでいい?」
「うん……」
それにしても、ディーの発想は無かったなー。
ただ、今のところその手の魔法には出会ってない……はず。
この世界が前世の平行世界、それか、すごく前かすごく後の地球の可能性もあるのか。
だとすると、時空とか次元とか空間とかそういう魔法が絶対に必要になると思う。なので、あるなら絶対に習得したいところ。
魔素っていう謎元素?が存在するんだから、そっちのチート魔法があってもおかしくない。ダンジョンの発生なんて絶対関係ありそうだし。っていうか、あのダンジョンはアンデッドを転移?転送?で回収してたよ!
ああ、そうそう、旅に出ちゃう前にダンジョンコアに質問しておきたいこともいろいろあるや。なんかやること結構あって、ルルが領主様を説得するまでに終わらない気も。
他には……そうだ!
「ルル、落ち着いたら座り直そ? 旅のことで思い出したんだけど、聞いておきたいことがあるんだよね」
「うん、わかった!」
まだ少し目が赤いルルが席に戻ったのを確認し、私はシルキーに一着の服を持ってくるようにお願いする。それは私がここに初めて来た時に着ていたもの。
「これ、私が最初に着てたんだけど、どのくらいの身分の服かわかる?」
「うわ、すごいねこれ。これだと最低でも伯爵令嬢じゃないかな……」
「ミシャが、いや、ミシャの体だったお嬢様は東から来たという話だったな?」
「うん、そうだと思う」
「だとすると、侯爵以上だね。東のパルテーム帝国は今は財政難が続いてるって聞くし、こんな服を着られるって……へたすると王族かも?」
そのレベルの令嬢が荷馬車に乗って隣国へ? 誘拐っていう感じではなかったよね。
ロゼお姉様の話だと御者の人だけいたっぽいけど。となると自力で亡命しようとした?
うーん……
「……この事は無かったということで」
服をシルキーに預けて仕舞い込んでもらうことにする。
「というか、この髪も封印ね」
さっくりと《地味化》をかけ直し、黒髪ストレートに戻した。
「ミシャはそっちの方が似合ってるよ!」
「そうだな。ふわふわの金髪だとどうも違和感がある」
笑いながらそう言ってくれる二人を嬉しく感じる。
「あと東に行くのもなしね。よっぽどのことがない限り」
「「了解」」
「ワフッ!」
クロスケも東に行く気はまったくないみたい。
「そういえばクロスケ殿は、ミシャにあとから助け出されたそうだが、もともと一緒の馬車にいたのか?」
「うーん、どうなんだろ。確かにクロスケがゴブリンたちに捕まったなんて思えないよね。助けた時は檻に入れられてて、変な首輪つけられてたし……」
「だとすると、その馬車で運ばれていた可能性は高そうだな」
「うっ、私だったお嬢様がクロスケを持ち出そうとしてた?」
「それはないと思うよ。だって、それならクロスケがミシャに懐いたりしないでしょ? むしろ、売られそうになってたクロスケを助けるのに連れ出した、とかじゃない?」
なるほど。それなら、クロスケが最初からやけに懐いてたのも理解できるかも。
「ま、昔のことは私もよくわからないし、あんまり考えたくないかな。元の持ち主には悪い気もするけど」
「ふむ、そうだな」
「これからが楽しみだもんね!」
「ルル、良いことを言ったのでこれを読んでね」
身体強化の魔法の本をスッとルルの前に押し出す。
「え、これ? ボク、魔法とかわからないんだけど……」
「身体強化はそんな魔法っぽくないからルルでも大丈夫。魔素を意識して体に巡らせるっていう感じだしね」
「ほほう、それは私も興味があるな」
ディーが乗り気のようだけど、多分、ルルにしかできないと思ってる。ずっと体を鍛えてた人だからこその部分も多いし。
あと、精霊魔法との相性の問題もあるんだけど、そもそも精霊魔法に身体強化の類があったりしないのかな。
「これはルルの方が向いてるかな。種族的にも、もともと鍛えた体とそれに順応した魔素が必要だからね」
「ふむ、なるほど」
「ボクだけ向いてるってこと?」
「そう。あと、ルルはたまに無意識で身体強化を使ってるっぽいんだよ。オーガロード倒した時もそうだったし、キメラスケルトンの時も使ってたよ」
「えっ、まったく自覚ないんだけど?」
だろうと思った。それだけセンスがあるんだろうから、きっとすぐに使えるようになると思うんだよね。ルルって天才っぽいし。
「そういうわけで頑張ろ?」
「う、うん、ミシャもフォローしてくれるんだよね?」
「もちろん。一緒に使えたりはしないけど、アドバイスはできると思うよ」
そう言うとルルは安心したのか、その本を読み始めた。
「なあ、ミシャ。私には……」
そんな子犬みたいな目をしないで欲しいんだけど……
「あ、うん、私は精霊魔法には詳しくないから、ディーも書庫に来て欲しいかな。読みたい本があったらいいんだけど」
「そうか! 是非お願いする!」
ただ、本をこの館から貸し出すのはダメだと思うんだよね。どれもこれも禁書というか現存しない本っぽいし、ナーシャさんに見つかったりしたら大目玉くらいそうだし。
どうやってその話を切り出すか考えながら、私はディーを書庫へと案内した。
***
今日のところはまっすぐ帰ってるけど、時間があるようなら閉鎖したゴブリンの洞窟がどうなってるか見ておきたいところなんだよね。
まあ、行きも帰りも全然魔物と遭遇しないから、新たに問題が起きてるとは思えないけど。
「本を借りていけないのは残念だったな……」
「さすがにロゼお姉様の本だからね。街を出るまでに何度か来ようと思ってるから」
「そうしてもらえるとありがたい!」
帰り道、そんな話をディーとしているのだけど、ルルは黙々と戦槌を振っている。
少し心配してたんだけど、ルルは意外と真面目に本を読んで内容を理解しようとしているようだ。
「ルル、危ないから帰ってからにしよ?」
「あ、うん!」
「マルリーさんにも相談してみるのも良いと思うよ」
「わかった!」
おそらくだけどマルリーさんも身体強化を使ってるっぽいんだよね。いくら鍛えてるっていっても、あの大楯を軽々と扱えて、かつ、重撃を受け切る力は身体強化があるからだと思う。
「ディーにはあんまり助言とかできそうになくてごめんね」
「それは仕方なかろう。精霊魔法が使えるのは我々エルフか、あとはフェアリーぐらいしかいないからな。しかも書として残っていることもなく口伝のみだ」
少し自嘲的に言うディー。
「長寿な種族だから伝えていけるってことなんじゃないの?」
「そうだとは思うが、私みたいなエルフが新しく知ったことは伝わらずに消えていくことになってしまうな。それに森で一生を終えるエルフが新しい何かを得ることはないだろう……」
確かにそっか……
「ワフッ!」
クロスケが吠えたので何事かと思ったが、どうやら森を抜けて道に出るようだ。結局、ゴブリンは一匹も出なかったので、きっちり駆逐できてたっぽいかな。
「そういえば、この道を北に進むと、先で東に折れて続いてるんだよね? そのまま行って、どれくらいで次の街に着くの?」
ディーは全然わからないのか首を横に振るだけ。
「確か……馬車で二日ぐらい行って、ようやっと帝国の西の端の村だって聞いたことがあるよ」
「結構遠いんだ……」
私が乗ってた馬車も途中どこかで野宿したとかいうことなのかな。
やめよ。謎が深まるだけだし、東へはまず行かない、西へ行って楽しむことだけを考える!
***
「ただいま!」
「遅かったですねー。薬草採集、どこまで行ってたんですかー?」
「北です。とりあえず先に依頼完了確認をお願いします」
ルルとディーがそれぞれ持っていた麻袋を渡し、マルリーさんがそれを確認する。
「問題ないですねー。はい、これー」
確認を終え、ルルとディーにそれぞれ銀貨一枚ずつを渡す。
「ミシャ、この間の弓の分もあるし、これは渡しておこう」
「んー、ルルに預けておいて。リーダーはルルだし、共通で使う分はルルに持っておいてもらいましょ」
ディーが差し出した手をそのままルルにパスする。
「いいけど、収支はミシャが把握してくれるんだよね?」
「うん、それは私がやるね」
とは言ったものの、あんまりちゃんと把握してない。自分がやるつもりだったの忘れてた。
えーっと確か、オーガロードで白金貨十枚…金貨百枚もらって、ルルの新しい円盾に金貨五枚、私の短杖に銀貨三枚、ディーの弓も銀貨三枚だったよね。んで、今、銀貨二枚が追加っと。
「それでー、楽しそうなところに行ってたんでしょー?」
「それは後で話しますから、会議がどうだったか教えてください」
追加報酬はどれくらいもらえることになったのか、私、気になります!
「じゃー、ミシャさんが気になる追加報酬ですがー、一人金貨三枚ずつになりましたー」
そう言いつつ、一人ずつ金貨三枚を渡してくれる。
「やったね! じーちゃん、奮発してくれた!」
「じゃ、このお金は前金と同じで各自でね」
「ありがたい!」
ディーもこれで当面の資金繰りに困ったりはしないかな。今はこのギルドで寝泊りしてるし、多少の貯蓄はあったとは思うけど、銀貨三枚の弓を躊躇してたから少し心配ではあったんだよね。
共有財産にはかなり余裕があるから、いざとなったらサポートするつもりだったけど、プライドの問題もあるしね……
しかし、金貨三枚を二十人以上にか。キメラスケルトンの魔石が大きかったからなんだろうなー。オーガロードで白金貨十二枚=金貨百二十枚だから、百五十枚ぐらいの価値はあるのかな。だとすると、その半分をみんなに配っても……
「さてー、では聞かせてくださいねー」
多分、っていうか、マルリーさんは知ってるよね、森にある館のこと。ロゼお姉様がわざわざ私のことを頼みにくるぐらいだし。
「じゃ、上でお願いします。いろいろと……ホントにいろいろ大事なことも話しますから」
私が覚悟を決めてそう言ったのを聞いて、マルリーさんはニッコリと微笑んでくれた。
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