第24話 ガベージコレクション

「どうやらやり切ったと思うんだがどうだい?」


 ナーシャさんが隣に来てそう問いかけてくる。

 戦闘開始から鐘三つ分の時間が経った。地球的に言うと三時間。土壁を乗り越えてくるスケルトンがいなくなった。


「おそらく四千以上は倒したと思います。この部屋の大きさがまだよくわからないので……ずっと向こうにまだ残っているかもしれませんね」


「そろそろ次の手はず?」


「そうだね、ルルお願い」


 ルルが陣地内に向かって叫ぶ。


「工作兵! 土壁を破壊!」


 その命令と共に、工作兵三人が土壁の一部を壊し始める。安全面を考え、弓兵の警戒と近接職の護衛がつく。程なくして土壁の一角が開放された。


「前衛、警戒しながら前進!」


 その声にマルリーさんとダッツさんを先頭に土壁を越える。ダッツさんが少し先に行ったところで手を振った。


「大丈夫そうだぞ!」


「わかった! 全部隊で行こう!」


 魔術士や弓使いも足場を降り、全員で隊列を組み直す。工作兵たちはロッソさん含め、自力でも戦える面子ばかりだが、今回は後方警戒に陣地に残ってもらった。


「ディー、明かりをお願い」


「了解だ」


 ディーが呼び出した淡い光の塊がゆっくりと前方へ飛んでいき、薄暗かった部屋の奥が照らし出される。


「いましたねー」


「あいつらがラストだろうな」


 あれがスケルトンナイト……整列してるんだけど。その後ろになんかでかいスケルトンがいて、そいつらが二体並んでる。あれはひょっとしてオーガが元になったスケルトン? さらにその後ろにいるのは……何あれ、スケルトン……キメラ? いや、正しくはキマイラだっけ?

 向こうもこちらを認識したのか、スケルトンナイトが動き始める。


「前衛警戒。弓隊構え!」


 いつ走ってこられても大丈夫なように前衛が盾を構えると、弓隊はその合間に位置取って弓を構えた。ダンジョン内で使う短弓だが、有効射程は火球より長い。


「打て!」


 勢いよく放たれた矢がスケルトンナイトに届くが構えた盾に阻まれる。ぐぬぬ……


「魔術士隊!」


 ルルの声に私はナーシャさんの方を見た。実はあんまり攻撃魔法使わないように言われてたんだよね。あんたはヤバいからとか言われて……


「しょうがないねぇ。やっていいよ」


 よーし、せっかくだから魔改造した火球を実戦投入しちゃうぞー。


《起動》《火球》


 他の魔術師さんと同様に普通に火球を撃ったように見えてるはず。からのー


 圧縮!


 着弾前に可能な限り火球を圧縮することでより大きな爆発が起き、スケルトンナイトがバラバラになって吹き飛ばされる。

 この間、ポーション作ってた時に元の世界の圧力鍋を思い出したんだけど、そういえば圧力鍋の爆発ってすごかったなって。

 動画で見たやつ鍋の蓋がすごい速度ですっ飛んでたし。

 本当は液体ガスを混ぜるとか色々と考えたんだけど、安全性に難があるんだよなー。間違えて当たった時に洒落にならなくなるし。


「呆けてないで続けて撃つんだよ!」


 ナーシャさんが圧縮火球の威力に驚いていた魔術士たちを叱咤して正気に戻した。というか、スケルトンナイトの奥にいたオーガスケルトン?が走り出している。

 私も慌てて圧縮火球を二つ放ち、左右に迫ってくるスケルトンナイトを吹き飛ばす。その骨や武具の残骸がオーガスケルトンに襲いかかるが、そいつらは全く意に介さず進軍してきた。


「ルル、もう魔法は危ないから無理」


「魔術士隊、撃ち方止め! 近接戦準備!」


「俺とマルリー嬢がでかいのを受け持つ! 残りは骨を砕いていけ!」


 ダッツさんから尤もな指示が出されて近接職が準備を始める。スケルトンナイトは手負いが三体。それぞれ戦士二人と神官戦士一人がサポートにつけるから問題なさそう。


「マルリーさんとダッツさんなら大丈夫だよね?」


「うん、すぐ終わるんじゃないかな」


 となると、問題は後ろにいるあいつかー。

 未だ動かずに伏せているキメラスケルトン。マルリーさん、ダッツさんが相手するオーガスケルトンが騎乗できる大きさがある。できれば、油断してるところをバッサリ行きたいところだけど、まずは目の前の敵を排除しないと。


「おらぁっ!!」


 ダッツさんの大剣の横なぎがオーガスケルトンに直撃。よろけたところに更に追撃が入ると、それの両腕があっさりと砕き折れた。


「すっご……」


 あとは棒立ちで突っ込んでくるしかない相手を上下に分割して終わりだった。想像してた以上に強いな、ダッツさん。

 で、マルリーさんはどうかというと、オーガスケルトンの骨棍棒?での強烈な一撃を大楯で軽々と受け止めている。やっぱり人間じゃない気がするんだけど。


「これで終わりですねー」


 と右手の長剣を相手の胸元に刺して、その核となる魔石だけを貫いた。なんですかそれ……


「他も終わったみたいだな」


 残っていたスケルトンナイトもどれも手負いだったせいかあっさりと倒されたようだ。


「あとはあいつだけだね」


 ルルが睨んだ先。キメラスケルトンが微かに動いた。


「囲んだ方がいいですねー。正面で私が引きつけるので、ミシャさんはまず一発撃ち込んでくださいー」


 マルリーさんに促され圧縮火球を放つ。とりあえず鼻先だと思われるところに着弾したそれは奴の頭部に激しい衝撃を与えたはずなんだけど……


「おいおい、もう少し効いてくれないと困るぜ」


 ダメージが少し入った感じではあるけど効いたって感じにはほど遠いかな。


「どんどん撃って!」


 ルルが叫び、私以外の魔術士もどんどん火球を打ち込む。やはりダメージはそれほどでも無さそう。むむむ……

 キメラスケルトンは火球の攻勢に怯まずに立ち上がるとゆっくりと口を開く。その口内には小さい炎が。あ、これまず!


《起動》《白氷球》


 拳大の白い氷の球が口内に飛び込む。ジュッっという音と共に炎が消えた。


『グオォォォ!!』


 ブレス?の不発に怒ったのか咆哮をあげて突進してきたキメラスケルトンをマルリーさんがガッチリと大楯で受け止めた。


「「「月白神の加護!」」」


 神官戦士が一声にそう唱えると、マルリーさんの体が淡く光る。


「はああああっ!!」


 普段からは全く想像できない声がマルリーさんから発せられ、キメラスケルトンが大きく押し返される。

 そこにすかさずダッツさんの追撃が叩き込まれるが、若干の傷を与える程度のようだ。


「私たちが引きつけますので、ルルさんたちは何か上手く倒せる方法を!」


 振り向かずにそう言われ、私は慌てて思考を再開する。


「四つ足の獣は後ろ足を刈ると動きを制限できるって聞いたけど」


「なるほど」


 だとすると……


「ディー、矢を二本貸して」


「わかった。何をするつもりだ?」


 矢筒から二本の矢を取り出して渡してくれるディー。


「ちょっと鏃に魔法を付与するんだけど、危険だから触らないでね」


 私は急いで鏃に白氷球の魔法を付与する。


「これを奴の膝、骨と骨の継ぎ目に打ち込んで欲しいんだけど」


「わかった。風の精霊を使えば確実だろうが……ダメなんだな?」


「うん、精霊の魔素に反応しちゃうかもしれない。普通に、でも命中させて」


 我ながらひどい注文だと思うけど、ディーならやってくれるはず。


「ボクは?」


「ディーが集中できるように防衛を。その後は奴の足を粉砕して欲しい」


「わかった!」


 私は魔法付与を終えた二本の矢をディーに渡す。彼女はそれを慎重に受け取った。


「左側からね」


 頷く二人と左側に回る。左を先にしたのはルルの円盾が左腕についてるから。正面はマルリーさんとダッツさんがヘイトを取ってくれてるので問題なさそうだけど怖いのは……


「行くぞ!」


 放たれた矢は一直線に飛んでいき、見事に膝関節に吸い込まれた。


「やった?」


 ルルが壮絶なフラグを立ててくれるが、どうやら上手くいったみたい。

 白煙とともにギシギシとひどく軋む音が聞こえ始め、白い氷塊が膝関節から溢れ出した。

 が、こちらからの攻撃に気づいたのかキメラスケルトンの尻尾が襲い掛かってくる。


「くっ!」


 ルルがそれを受け流して弾き上げた。ここ数日、マルリーさんから教えられていた『強い打撃を逸らす』受け流しだ。

 右後ろ足の自由を奪われたキメラスケルトンはそれに耐えられずに体勢を崩す。


「ディー、尻尾の付け根に目標変更!」


 返事の代わりに第二射を放つディー。尾てい骨に着弾したそれが氷塊に成長して奴の尻尾からその機能を奪った。


「これは……ミシャだけは敵に回したくないな……」


 ディーがなんかひどいことを呟いているがとりあえず無視。

 二箇所の白氷球の正体は接触したものの魔素を使ってできたドライアイスだ。

 元々、魔法を使うスケルトンに火球を使われると困ると思って準備してたんだけど、こんな使い方をすることになるなんて思ってなかったよ。

 けど、このまま際限なく成長されても問題だよね。というわけで、


「ルル、あの氷の塊をくさびがわりに打ち込んじゃって」


「わかった!」


 ルルの渾身の一撃が膝にめり込んでいた白氷球を打ち抜くと、膝下は切り離されて粉砕される。更には太ももにあたる骨も砕け散った。

 なるほど。魔素が筋肉であり骨組織だったのか。で、それを吸われてしまってただの骨になってしまった、と……


「もういっちょ!」


 尾てい骨にめり込んでいた白氷球に戦槌が振り下ろされて腹側へと撃ち抜かれる。あっさりと尻尾が切り離され、骨盤は完全に粉砕された。そのまま背骨に沿って亀裂が入っていく。


『ゴオォォォ……』


 肋骨の中から現れた大きな魔石がこぼれ落ちると、それはもはやヒビ割れた骨の彫刻でしかなくなっていた。


「ボクたちの勝ちだよ!!」


「「「「「おおー!!」」」」」


 ルルが戦槌を高々と掲げると一気に歓声が上がった。


「はー」


 なんとかなって良かった……。とりあえず、あの鏃は回収しないとまずい。


「ディー、お願い。あの鏃を回収したいからちょっと手伝って」


「ああ、私は膝の方を探してこよう」


 私が一つ、ディーが一つを見つけて無事回収。さっさと付与された白氷球を削除した。折れてしまってるし、このまま捨てちゃっていいか。


「で、それには何を付与してたんだい、ミシャ」


「うわぁっ!」


 振り向くとジト目で仁王立ちしているナーシャさんが。


「えーっと、まあ、ちょっとした奴を……」


 すごい適当に誤魔化してみたんだけど、どうやら今ここで追求するつもりはないらしく。後日詰められることになった……


「それはいいとして、そろそろ浮かれるのも終わりにさせな」


「ワフ……」


 クロスケがそう吠えて向いた先には、ルルを肩車して大喜びなロッソさんが。戦闘が終わったから工作兵の皆さんを連れてきてくれたのはいいけど、収拾つかなくなってたのね。


「クロスケが悪いわけじゃないよ。ありがとうね」


 そう言って撫ぜてあげると嬉しそうに目を細める。


「確かに騒ぎすぎだな。まだ敵が出てくるかもしれないというのに」


 少々呆れた様子のディー、ロッソさんを睨んでるナーシャさんを連れてルルの近くまで行く。


「嬉しいのはわかるけど、馬鹿騒ぎもいい加減にしときな!」


 ビクつくロッソさん。ルルも落ち着いたのか、ゆっくりと肩車を降りる。


「さあ、ちゃんと最後まで片付けてから帰るよ!」


 よく見ると周りは骨の残骸だらけだ。スケルトンナイトが持っていた剣や鎧も散乱している。まあ、あんまりいい品には見えないけど。

 マルリーさんとダッツさんが周囲を警戒してくれているが、これ以上のアンデッドは出て来そうにないかな。

 私たちはディーが出してくれた光の精霊の助けを借りながら、部屋の隅々を見て回ることにする。


「これは壁ではなかったのだな」


 ディーが部屋の最奥に目線をやる。壁に見えていたそれは坂。斜度四十度ぐらいありそうなんだけど、それよりも……これは坂全体に魔法がかかっている? だとしたら、すごいコード量……じゃない術式量なんだけど。まあ、後でナーシャさんに報告して丸投げかな。

 壁に沿って右手に進むと、入口とちょうど対角に位置する場所に……なんだろこれ? 幻影か何かなんだろうか。


「ルル、ディー、ここわかる?」


「なんか変だね。壁に見えるけど通路に続いてる?」


「風は通り抜けているな。だが、先は行き止まりのようだ」


 うーん、どうしようかなー……


「マルリーさんとダッツさん呼んでくる?」


「あ、そうだね。クロスケお願い」


「ワフッ!」


 お使いに行ってくれたクロスケが二人を連れて戻ってくる。


「どうしましたー?」


「ここ、先があるみたいなんですよ」


「んん?」


 指差した先を見て首を傾げたダッツさんがそのままそこに手を突き立てる。


「あっ!」


「なんだこれは。石壁の感覚じゃねーな。んー……」


 ほっと胸を撫で下ろす。なんというか電撃とか流れたら酷い事になってたかもしれないのに。


「ダッツさん、無用心すぎますよー」


「ははっ、大丈夫だって。このダンジョンには初見殺しな罠なんて無かったしな」


 からからと笑う。


「で、どうでした?」


「なんだかよくわからん音がしたな。手を触れただけで音がしたのは妙な感じだぜ」


 ふーむ、触ってみるかな……


「触ってみますね」


 そう言って見回したが、どうやら反対意見はなさそうだ。

 私はゆっくりとその幻影の壁に向かって手を突き出した……

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