問題解決の大改修

第23話 大改修はじまります!

 翌日、会議までの時間にすることもない私たちを訪れたのはナーシャさんだった。


「邪魔するよ。ミシャはいるかい」


「あ、おばちゃんおはよ!」


「おはようございます」


 朝の五の鐘がなってすぐに現れると私をご指名に。


「お茶ぐらいだしてくれもバチはあたらないよ」


 テーブルの席に着くとお茶を催促される。


「あ、はい、少々お待ち下さい……」


 マルリーさんとディーは家庭菜園の手入れをしてるし、ルルはこういう事には向かないから私が用意するしかない。


「ミシャ、ボクにおかわり!」


「はいはい……」


 今更ナーシャさんの前で普通にお湯を沸かしてもしょうがないので、魔法でさっとお茶を入れる。


「ちょっとは心のこもった淹れ方はできないのかい」


「味が変わらないなら、手間がかからない方がいいと思いますので」


「……普通の人の前でやるんじゃないよ」


 そう言いながらお茶に口をつけるナーシャさん。


「えーっと、それで今日の御用は? マルリーさん呼びましょうか?」


「あんたに用があってきたんだから問題ないよ。それより渡した腕輪はどうだったんだい」


 あ、そうだった。腕時計できてたのに、前はゴタゴタしてて忘れてた……


「あ、はい、これです。前に来られた時に渡し忘れてました」


「あの時もうできてたのかい。まったくあんたは……」


 そう言いつつ手にとって腕に巻いてくれる。

 私がルルたちにしたのと同じ簡単な説明をすると、ナーシャさんはあっさりとそれを理解したようだ。魔術士同士なら理解も早いってやつかな。


「しかし、器用なもんだねえ。ま、あたしも参考にさせてもらうよ」


「あはは……」


 そんな話をしているとマルリーさんとディーが裏庭から戻ってきた。


「あらー、ナーシャさんいらしてたんですねー」


「おはようございます」


「マルリー、あんたは農家にでもなった方がいいんじゃないかい?」


「こういうのは趣味でやるから楽しいんですよー」


 マルリーさんはそういって席についた。ディーが二人分のカップを持ってきたので、お茶を入れてあげる。


「すまないな、ミシャ」


「ありがとうございますー。で、ナーシャさんは今日はどのような用件でー?」


「まあ、ミシャに頼んでた魔導具の件だね。それと……昨日はどうだったんだい?」


 やっぱりそっちが本命だったのかな。


「ええー、それがですねー……」


 マルリーさんが昨日の顛末を仔細漏らさず話してくれる。


「という感じでしたがー、他の皆さんから補足することはありますかー?」


 首を振る私たち。


「良かったー。じゃ、私はこの説明を会議でしますのでー、あとはミシャさんにお任せしますねー」


「待って待って! ひどくないですかそれ!!」


「でもー、第十階層でのアンデッド群と『不死者の氾濫』の関連性に思い当たったのはミシャさんですよねー」


 う、うう、確かにそうだけど……


「へぇ、じゃ、あたしは今から質問を考えておこうかねえ」


「それはいい。私もよくわからない点があったし、私とクロスケは留守番だからな。聞いておきたいことがあるぞ」


 そんなこんなで解説&質問タイムが会議の時間まで続くのだった。


***


 前にも来た覇権ギルドの会議室。やっぱり広いなあ。

 先に来ていたのかダッツさんが末席に座っている。マルリーさんはそれを確認して向かい側に座った。私とルルはその後ろに立つことにしたんだけど、


「おっと、ちょっと待ってろ。隣から椅子持ってくるわ」


 ダッツさんが出て行ってしまう。なんか申し訳ないけど甘えることにしよう。


「ありがと!」


「ありがとうございます」


 運んできてくれた椅子をマルリーさんの後ろに置いて座る。


「ダッツさんがギルドの代表なの?」


「あー、まあな……。うちのギルマスがこの間の件でまいっちまってなー。当面は俺が代行ってことで無理やりだ。めんどくせえ……」


 なんとなくわかるよ。ダッツさんは現場にいたいタイプだと思うし。


「ふむ、兄貴はまだか」


 次に現れたのはロッソさん。おもむろにダッツさんの隣に座る。


「偉そうなこと言うんじゃないよ。最後に来るのが正しいんだよ」


 続いてナーシャさんがロッソさんの隣に座った。


「失礼します」


 あれ、あの人は倉庫整理の時の……名前が出てこない!


「アラフさんー、ご苦労様ですー」


「先日はありがとうございました」


 そうそう、アラフさんだった。挨拶しながらマルリーさんのとなりに座る。


「こんにちは。お待たせしてしまいましたかね」


 現れたのはシスター……ってこの人は教会行った時に話しかけられた人だ。


「サティーさまー、お久しぶりですー」


「マルリー、たまには礼拝に来ないとダメですよ」


「はいー……」


 おお、マルリーさんが怒られてる。めずらしい……

 さて、もうすぐ昼の一の鐘がなるころかな。私、ルル、そしてナーシャさんが腕時計を見ている。


「待たせたな!」


 領主様、ルルのおじいちゃんが現れ、ルルの頭をひと撫でしてから議長席へと座った。ミュイさんはいつも通りに護衛の位置に控えている。


「さて、白銀の盾ギルドから重大な報告があったので集まってもらった。というわけで、詳しい説明はマルリーのほうから頼む」


「はいー、では説明しますねー」


 ………

 ……

 …


「と、いうわけでー、ここは出来るだけ戦力を用意して第十階層のアンデッドを一掃するのが良いかとー」


 一通りの説明が終わると列席者から唸り声が上がる。


「質問がありましたらお願いしますねー。うちのミシャが答えますのでー」


 そんなわざわざ私がって言わなくても良いんですけど?


「じゃあ、あたしから。第十階層のアンデッドの群と『不死者の氾濫』に明確な関連性はまだ無いと思うんだがどうだい?」


「はい、確実に関連性があることを確認するには、ある程度は第十階層のアンデッドを減らし、南東の森からこぼれてくるアンデッドの数が減るのを確認したいです。無くなるといいんですけどね」


「なるほど。確かにそうだね。だが、もっとゆっくり確認してもいいんじゃないかい?」


「そうしたいんですけど、今年に入ってから南東のアンデッド定期調査で発見されてる数が増えてるらしいんですよ。まだ前回から七十年ほどらしいですけど、ひょっとしたら次の氾濫が近いのかもしれないな、と……」


 会議室全体がざわつくが、ロッソさんが一つ咳払いをして話し始めた。


「それはわかった。で、教会や魔術士ギルドが呼ばれるのはわかるが、うちや商業ギルドが呼ばれてるのはどういうことだ?」


「一つは攻略に力を貸してほしい点です。最大五千体のアンデッドを相手にするにあたって、簡易でも陣地構築した方がいいと思うんですよね。そのための資材を融通して欲しいです。

 もう一つはこれがうまく行って街の南東からの脅威が無くなれば、そっち側をもっと開拓できるんじゃないかなって思いまして」


「ほー、それはいいな! そういうことなら助力するぜ」


「いいですね。できれば小麦以外の作物にしたいところです」


「うまくいけば、ですよ」


 一応そこには釘を刺しておく。結果として全く効果がない可能性も十分にあるからだ。


「ははっ、嬢ちゃん、理由が欲しかっただけじゃ。ワシらは最初からそのつもりだったが、周りを納得させるには相応の理由が必要なんじゃ」


 なるほど、そういうことですか。


「それでいつ行われるんでしょうか?」


「ああ、それだな。うち……覇権の方で人数集めることになると思うんだが、王都から帰ってくる連中を待つのに三日は欲しいところだなあ」


「教会としても準備にそれくらいは欲しいところですね」


 各ギルドともすぐというわけにはいかないらしいけど、十分に想定内。

 あとは……「マルリーさん、お願いします」の視線を送る。


「でーですねー、領主様の方からいくらか金銭的援助をいただきたいのですがー。流石に携わっていただく方々全てが無給というわけにはいかないかとー」


「ああ、わかっておる。たとえ関連が無かったとしても、ダンジョンの階層を一つ進めるだけでも国から報償金が出るのだし、ここは出し惜しみはせん。ただし、以前に出していた『第十階層の踏破、第十一階層の発見』という依頼は取り消させてもらうぞ」


 それを聞いて一同が安心した様子を見せる。流石にこの状況で元の依頼も含めて二重取りは……マルリーさんは少し悔しそうだったけど無しでいいでしょう。


 その後、領主様は『後は任せた』と帰ってしまったが、残ったメンバーで決行日とそれに至るまでの準備について詳細を話し合い、会議が終わったのは昼の四の鐘を回ったあとだった……


***


 作戦開始までの三日間、ダンジョン攻略の準備に奔走することになった。

 結局、第十階層のあの通路で戦い続けるのでは人数を集める意味がない。基本は次の部屋まで押し込んで、その部屋に陣地を構築っていう手はずになった。

 それにしても……


「なんだか私の言った方針でどんどん進んじゃってるんですけどいいんですかね」


「いいんだよ。あんたはそんなこと気にしない娘だと思ってたけど、意外と気が小さいんだね」


 ナーシャさんにそう言われてしまうとどうしようもない。なぜなら彼女が今回の討伐のサブリーダーだから……


「さて、ミシャ嬢ちゃん。準備は整ったぜ」


 ここは第九階層の最終地点にある部屋。ダッツさん以下、覇権ギルドのメンバーが三十名。中には魔術士ギルド所属の魔術士さん五名、教会所属の神官戦士五名も含まれている。

 さらにロッソさん以下、鍛治ギルドに所属するドワーフが六名。鍛治ギルドという名前だけど建築や工芸も含まれているので実質的には工業ギルド。今回は工作兵の立ち位置をお願いしている。

 商業ギルドの援助は長期戦に備えての食料やダンジョンまでの輸送といった部分だ。


「はい。じゃ、ルルお願いね」


「みんな、行くよー!」


「「「おおー!」」」


 この作戦のリーダー、ルルからの合図で討伐隊が出発する。なんでこうなった。いや、理由はわかってるんだけど。


 ………

 ……

 …


「ミシャ、お願い」


「了解」


《起動》《送信:解錠:4725:開門》


 第十階層の魔導扉を開けると、待機していた人たちから歓声が上がる。


「よーし、行くぞー!」


 と突っ込もうとするルルの首根っこを掴んで止める。


「ルルは指揮官なんだから先頭じゃないでしょ。マルリーさん、ダッツさん、お願いします」


「ぶー」


「俺らに任せとけって!」


「行きましょー」


 二人を先頭に近接戦部隊が進軍を開始する。ルルと私、ディー、クロスケが魔術士部隊と共に続き、その後ろにロッソさんに率いられたドワーフ工作兵が続く。最後尾はナーシャさんとミュイさんだ。


「この前作った土壁もディーが支えてくれた樹木も消えちゃってるね」


「ああ、ダンジョン内では魔素で作られたものは一日程度しか持たず、魔素に還元されて消える」


「スケルトンの残骸も消えてるし……」


「魔物の死骸なども同様だ。ダンジョンは全てを無垢な魔素に変える……と言われているな」


 なにそれ怖い。


「さあ来たぞ。一気に押し上げるからフォローを頼む」


 前線が走り始め、つられて私たちも足を早める。


「そりゃぁ!!」


 ダッツさんの大剣が薙ぎ払われるとスケルトン数隊が吹っ飛んで行く。これは強い。

 先に見える部屋まで一気に攻め上がり、第一歩をダッツさんが踏み込んだ。


「これは壮観ですねー」


「ははっ、マジかよ!」


 追いついた私たちもその部屋の広さ……そして人口密度、いや骨密度に驚く。これは二千は確実にいるし、部屋の奥が薄暗くなっててそれ以上は視認できない。


「陣の構築を!」


 ディーが叫んでくれたので呆けていた体に心が戻る。

 私が慌てて土壁を作り始めると他の魔術士も同様に土壁を構築しはじめた。幸いなことに部屋の角に近い場所とつながっていたので、防壁は二辺作れば囲える。


「ディー、よろしく!」


 頷いたディーが精霊魔法を放ち土壁に樹の根が生え始める。仕上げにポーションをかけないとね。


「魔術士ども、準備しな!」


 希釈されたポーションを浴びた土壁にいっせいに緑が生えるのを見るとナーシャさんから怒号が飛ぶ。それを合図に事前に配布された魔石を持った魔術士たちが呪文を唱える。


《起動》《石壁》


 土壁の内側に二メートルほどの石壁が出入り口を残して出来上がる。こっちが陣地の本壁だ。


「よーし、お前ら! 足場組むぞ!」


 続いてロッソさんの掛け声で工作兵部隊が石壁の内側に足場を組み始める。いやー、熟練したドワーフ職人ってすごいスピードで仕事するんだね。


「ルル、準備できたよ」


「全員! 配置につけー!」


 かっこいいよ、ルル!


「「「おお!!」」」


 石壁裏の足場から土壁の向こうを狙う魔術士と弓使い、土壁を越えてきたアンデッドを迎え撃つ近接職、その後ろには回復サポートに神官戦士が持ち場につく。全員ではなく、それぞれ休憩を取れるように交代要員を石壁の内側に残しておくことにしてある。


「予定通りにできたかな?」


「バッチリじゃないかな。予想よりも敵が密集してたけど、そのへんはダッツさんたちが全部解決してくれたし」


 ルルと私は石壁の角にある足場から戦況を見渡す。

 土壁を乗り越えようとするスケルトンが火球を食らって燃え落ちる。火球をすり抜けたやつらは土壁を越えたところで各個撃破されていく。


「戦果も順調のようだな、っと!」


 ディーの弓も絶好調。陣地内で工作兵による矢の補給が行われているので、弓使いも残弾数を気にせず攻撃中だ。


「ねえ、ミシャ。ボクもちょっと戦っておきたいんだけど」


「んー、わかった。でも、無茶はダメだからね。ミュイさん、ルルをお願いします」


「了解しました」


 ここで無理やり止めて後で暴発されるよりはガス抜きしておいた方が良さそう、という私の心境を理解してくれたのか、ミュイさんも素直に従ってくれる。

 さて、一分あたり三十体は倒せてる感じかな。一時間で千五百体。ペースが落ちたとしても四時間。今が朝の五の鐘の時間だから、昼の三の鐘までには……


「このまま何事もなく終わってくれるといいけど」


 そう願いつつ、土壁の先に目をやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る