第20話 経緯不明では対処困難です
「昼の一の鐘、もうすぐ鳴るよね!」
「はいはい。じゃ、行きましょうか。クロスケはお留守番お願いね」
「ワフ」
早々に腕時計に慣れたのかルルが急かしてくる。
「ディー、行くよー」
裏庭の家庭菜園の手入れを手伝っているディーに声をかける。さすがエルフというか、樹の精霊を介して植物の成長状況を調べてから水やりなどしてるようだ。
「わかった。すぐ行く」
手早く装備を身につけてディーが出てくる。
「じゃ、いってきまーす」
「はーい、いってらっしゃいー」
ギルドを出たところでちょうど昼の一の鐘が街に鳴り響いた。
「早く早く!」
「ルル、はしゃぎすぎ……」
「気持ちはわかるがな。新しい装備というのは心躍るものだ」
ディーは大人だなあ。普通にしてれば。最初に会った時のあの土下座のイメージが強すぎて、ねぇ……
「ディーは弓持ってないけど、エルフって弓が得意なんじゃないの?」
前世の知識的にエルフには弓。なんかすごい似合いそうだし。
「ん、あー。オーガロードに壊されてしまってな……」
「え? じゃ、買おうよ。それか既製品だとダメなの?」
「いや、その……金が無い」
がっくりとうなだれるディー。は???
「ルル! ディーの弓も買うよ!」
「おっけー!」
「ちょ、待ってくれ! 私はまだ何もしていないんだぞ!」
慌てて止めるディーだけど、これは譲れない線。
「関係ありません。ディーにはこれから頑張ってもらうので、その実力を十分発揮できる装備を渡します。ちょっと酷い言い方ですが、装備が足りないからといって手を抜かれても困るということですよ?」
「な、なるほど……」
「だいたいですね。その能力を見込んだ人に対して、しょぼいCPUにメモリも少ないマシンでプログラミングしろとかハゲろってことです。それに『デュアルディスプレイとか意味あるの?』みたいな上司はホントどっか飛ばされろって話ですよ……」
「ルル……ミシャがよくわからないこと言い始めたんだが」
「たまにあるから慣れて」
おっと、ついつい昔の理不尽現場を思い出してしまった……
「ともかく! 弓以外でも不足が、いや、これがあればもっと助かるというものがあれば言ってね。ルルもだよ。必要経費として皆で負担していくからね」
「わかった」
「はーい」
あらためてお金まわりは自分がきっちりと管理した方がいいかな、これ。ちゃんと出納帳でもつけるか……
***
「どうだ? 違和感はねぇか?」
「うん、バッチリ!」
ルルの左腕に装着された円盾は前より一回り大きくなっていた。
「ねえ、それ重く無いの?」
「うーん、前とあんまり変わらないかな」
「そりゃそうよ。金貨五枚分、ギリギリまで魔銀を増やしてある。軽量でかつ硬さも段違いよ!」
なるほど。それで何だかほのかに光ってるように見えるのか……
さすがドワーフというか、魔銀が炎の模様を形どっていて芸術性も高い。右隅にはロッソさんの銘も魔銀で打たれていて、いかにも名工の作品ですという感じだ。
「ちょっと素振りしてくる!」
裏庭に出て行ってしまったルルを見送るともう一つの目的を告げる。
「ロッソさん。弓って置いてます? ディーが得意らしいので持たせたいんですが」
「なんだ、エルフの嬢ちゃんはやっぱり弓使えたのか。持ってねぇからおかしいとは思ったんだが壊しちまったか?」
「はい、そんなところです……」
「それじゃ、いいやつを、と言いたいところなんだがなあ。ワシらドワーフは弓を使わんからして、あまり出来のええもんはないんじゃ」
頭をかきながらロッソさんが取り出したのは大小二つの弓。
「でかい方がこの街の衛兵らが持っとるやつじゃ。小さい方は南西の森で狩りをする連中のためのやつじゃな。どちらも王都から来たやつだが、正直出来は良くない」
既製品みたいなものなのかな。普通に使えるならとりあえずそれでいける?
「ディー、どっちの方が好み?」
「短い方だな。森やダンジョンでは距離よりも取り回しが重要だからな」
「おっけー。じゃ、短い方でお願いします。あ、矢も必要だよね」
「十本ほどあれば助かる。それをもとに自分で作れるから」
「うんうん」
ロッソさんがそれを聞いて矢と矢筒を持ってくる。
「銀貨三枚だな。矢筒はおまけだ」
「ありがとうございます」
私はサイドポーチから銀貨を取り出してテーブルに置いた。
「おう、まいど。弦の調整が必要だろうし裏庭で試し撃ちしようや」
そう言われて私たちも裏庭へ。
ルルがめっちゃ上機嫌で円盾と戦槌を振り回している。
「いい感じ?」
「うん! 体動かし始めると、前よりも軽い気がするよ!」
なんかさっきよりも光ってるよね……。ルルはやっぱり無意識に魔素を体に纏わせてるというか?操ってる感じするなー。
「じゃ、ディーの弓の腕前を見せてもらいましょ」
「わかった」
ディーが矢を番え、弦を引き絞り、放つ。
風切音がしたと思ったら、壁に描かれた的の端に着弾していた。
「おお、やるじゃん!」
「すごいね……」
が、ディーの表情はいまいち。
「ふむ、ちょい貸せ」
ロッソさんが弓を奪って何やら調整を始める。
「あれでダメなんだ」
「さすがエルフって感じだね」
などとルルとこそこそ話をしているうちに弓の調整が終わったのか、ディーが第二射の準備を始めた。
「ふぅー……」
矢を番えてから深呼吸一つ。弦を引き絞り、放たれた矢は的の真ん中に命中した。
「私の魔法なんかよりよっぽど非常識じゃないの?」
「エルフならこれくらいは普通だぞ」
「まー、そうだね」
エルフの基本スペックが高すぎるんだけど……
「さて、もう少し見せておこう。風の精霊よ……」
え? 急に斜め上に向いて放たれた矢が蛇行してから的に当たったんだけど?
「うわー、ディー、器用だね!」
器用ってレベルじゃないでしょ!
「今の何?」
「風の精霊に矢を運んでもらった、というところか」
うん、それ普通に百発百中だよね……
「そこまで扱えるエルフは珍しいのう。もっと良い弓を使わせたいところじゃがなあ」
だが、ディーが首を横に振る。
「いえいえ、十分過ぎます。壊してしまった前よりずっと良い……」
「ふむ、そうじゃ。もし王都に行くことがあれば、鍛治ギルドでクラリティという男を紹介してもらうといい。奴なら嬢ちゃんに合う弓を作ってくれるだろうさ」
「あ、ありがとうございます!」
「ボク、王都でそんな名前聞いたことないけど?」
小首を傾げるルル。はい可愛い。
「まー、知っとるのはワシとかーちゃんと兄貴……領主様ぐらいじゃろうな。それだけ人見知りだってことよ」
「それは……会っていただくまで一苦労しそうですね」
それを聞いてロッソさんは大笑いし始めた。
「ワシの名前を出せば間違いなく会ってくれるだろうて。それにな。奴は嬢ちゃんと同じはぐれエルフ。鍛治を覚えたいとワシらに頭を下げた変人じゃよ。気も合うだろうさ、ハッハッハッハッハ!」
なるほど、ディーと同類ってことですね……
***
うーん、暇……
ギルドに戻ってきてちょうど昼の二の鐘が鳴った。けど、ダッツさんたちの今日の戻りは三の鐘ぐらいらしいし、それまでは待つしかない。
ルルは裏庭でマルリーさんと訓練してるし、ディーは家庭菜園の世話にご執心だ。
「クロスケー。なんか面白いことないー?」
「ワフ」
膝に頭を預けてくるクロスケをモフるぐらいしかすることがない。
「ナーシャさんがいれば腕時計渡せたんだけどなー」
いろいろ質問とかできただろうし。そういえば……
《構築》《元素》《着色》
A4サイズの魔素膜がテーブルの上に浮いた。着色は引数に色を指定できるが、指定しない場合は個人の魔素の色になる。
私の場合はスカイブルー。透明度があって向こう側も見える。アルファ値五十%って感じ?
「さて、どれくらい硬いんだろ」
ティースプーンで軽く叩いてみるとしっかり手応えはある。鉄ぐらいの硬さはないと圧力鍋の代わりにはならないよね。
「クロスケ。これ壊せる?」
「ワフ?」
足元に魔素膜……魔素板を持っていくと、クロスケが前足でガシガシし始めた。
「本気出してもいいよ」
「ワフ……」
おお、目つきが鋭くなった。
シュッ!
四肢を踏ん張った戦闘態勢から右前足が振り抜かれると、魔素板にはその爪痕の形がくり抜かれていた。
「すごい!」
「ワフッ」
ドヤ顔するクロスケ。惜しみなくわしゃわしゃしてあげよう。
「何やってるの?」
「あ、うん……」
裏庭から戻ってきたルル、ディー、マルリーさんに説明。また呆れた顔をされる……
「なるほどー。そうですねー。皆さんは魔法障壁というものはご存知ですかー?」
手を上げたのはディーだけ。私はまあ言葉からなんとなく想像はできるけど。
「どの魔法でも扱える。魔素と魔素を紡いで壁となす。そう、聞いたことはある」
「正解ですー。が、使い勝手が良くなくて消えてしまった魔法と言われてますねー」
あれー、そうなのか。しょんぼり。
「ミシャが使えばすごくなったりしないの?」
「それには期待してますよー」
「期待されるのはいいんですけど、なんで使い勝手が悪いんです?」
改善しないとダメな点がわからないことにはなんともなんだよね。
「私が聞いた話ですがー、魔法障壁はより濃い魔素をぶつけられると壊れるそうですよー」
「なるほど……」
さっきクロスケが爪でえぐることができたのはそれかな。どうもあの子は本気出すと魔素を帯びた攻撃をしてるっぽいし。
マルリーさんの聞いた話が確かなら、魔素の濃度を上げればもっと硬くなって、多少の魔素の攻撃でも持ち堪えるようになるはずだけど……
確かに使い勝手悪いなあ。相手の攻撃を防げるようそれ以上に魔素を濃くする必要がある。でも、それって常に最大濃度にするしかない。死にたくなかったら。
んー、複数枚使うとか? いや、結局、濃度を上げるのと一緒かー。
あ、一枚目を破られたら二枚目を倍の魔素濃度で発生させる、とかどうだろう。いや、最初からその二枚作っておいて、一枚目を破られたら三枚目を作る方が安全かな。
二枚目を破られたら四枚目を作る。一、二、四、八……。これならどこかで止まれば、それなりに無駄は減る。けど、止まらなかったら……スタックが溢れるやつだこれ。
「ミシャー?」
「あ、はいはい、ごめんなさい」
「いつものだな」
魔法障壁に関しては今後の課題にしよ。
「邪魔するよ」
「あれー? もう戻られたんですかー?」
ギルドに現れたのはナーシャさん。とミュイさんが後ろに控えていた。
私は腕時計を見て確認。まだ昼の二の鐘から半分たったあたり。昨日の話だと昼の三の鐘よりも後だった気がするんだけど。
「予定よりかなり早く撤収になりました」
「では、さっそく報告を聞きましょうか」
またクロスケに留守番をお願いし、私たちは二階の会議室へと向かった。
***
報告自体は至ってシンプルだった。
前回と同じで『先へと進む扉を開ける魔法装置を動かせなかった』ので、どうしようもなかったらしい。ナーシャさんもダメだった、と。
で、なんでうちへの報告にナーシャさんがいるかというと……
「ミシャ、あんたならアレを動かせるだろうと思ってね」
「はー……。ナーシャさんも解析されたんですよね?」
「したさ。アレは昨日の女神像と似たようなものだね。誰かしら、何かしらから送られた命令を受け取って実行する分、だいぶ高度な作りさね。ま、おそらくは扉を開けるような命令が必要なんだろうさ」
「試さなかったんです?」
「試したさ。けど、開かなかった。ここからは推測だけどね。鍵が掛かってるんだよ、ありゃ」
流石ナーシャさん、鋭い。
「私なら開けられる、と?」
「そうだね。あんたがルルとオーガロードを倒したそうじゃないか。そいつはあの扉のところにいたんだろう?」
「そういう話は聞いてますけど、ルルと私がオーガロードを倒したのはダンジョンの外です」
うんうんと頷くルル。ディーは複雑な顔をしているが、何も言わないようにお願いしてあるので無言だ。
「そうなのかい?」
ナーシャさんが後ろに控えていたミュイさんに確認を取ると、ミュイさんは特に何も言わずに頷いた。
「……そういうことなら『私の思い過ごし』だったかね」
「いえいえー、私たちも明日行ってみますのでー、そこでミシャさんに見てもらいますよー」
「ああ、そういうことなら頼んだよ」
ナーシャさんはニヤリと笑って席を立つと、ミュイさんを連れて退室した。
しばらくして、扉の向こうから、
「ワフ」
という声が聞こえる。
「クロスケ、ありがとー」
私がそう言うと、クロスケは階段を降りて行ったようだ。
「あれで良かったのだろうか?」
「大丈夫だよ。ナーシャさんは完全にわかってたっぽいし」
「ですねー。まさか、今回の騒動をちゃんと説明せずに同行をお願いしていたとは思いませんでしたー。ダッツさんはそういうところがまだまだですねー」
ホントそれ。ヘルプ頼むときはやってもらいたいことだけ言われても困るんだよね。どうしてそういうことになったかわからないと納得して仕事できないから。
「ねえ。もしちゃんと説明があって聞かれてたらどうしたの?」
「もちろんちゃんと答えてたよ。っていうか、最初から『オーガロードが魔法装置を動かす何かを持ってなかったか?』って聞かれてたら、例の腕輪を見せるつもりだったんだけど」
準備もしてたし。
「ナーシャさんはー、自分にちゃんと説明されてないことに気がついたのでー、話を切り上げちゃった感じですねー。例の腕輪が売れるかなーとか思ってたのに残念ですー」
「えっ! 売っちゃうと明日ボクたちが困らない?」
「大丈夫ですよー。優秀なミシャさんのことですからー、すでに付与されてる魔法は把握済みですよねー?」
「まあ、その通りなんですけど、なんだか褒められてない気が?」
最悪、腕輪が取り上げられても良いように、付与されてた魔法は早々にペンダントの隅っこにコピーしてある。いい加減、魔法研究用に大容量の保存領域を探さねば……
そんなことを考えていると、ディーが申し訳なさそうな顔で、
「あの、例の腕輪とは一体……」
って……ディーに言ってなかった!!
「うん、本当にごめん。えーっと……」
私は例の腕輪を取り出してディーに一から説明を始めるのだった……
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