第19話 ヘルプは人の為ならず

「おはよー!」


「おはようございますー」


「ワフッ!」


 朝の二の鐘が鳴ってすぐにギルドに到着。準備ができたら東門から薬草採集に行く予定。


「おはよう。マルリー殿ももうすぐ降りてこられるそうだ」


 ディーも準備万端といった感じ。

 あ、そうだ。忘れないうちに渡しておかないと。


「これ、皆つけておいてくれる?」


 昨日、ナーシャさんからもらった腕輪を腕時計にしたものを渡す。


「お! 昨日作ってたやつだね!」


「ルルはこれ。ディーはこっちね」


 一つ一つ手渡ししていくのは、それぞれ誰用かをちゃんと設定しているから。

 自分がつけているものには更にいろいろ足してある。ホストマシン的な意味で。


「おはよーございますー」


 マルリーさんが白銀の鎧を着て降りてきた。相変わらずすごい威圧感だ……


「おはようございます。マルリーさん、これを」


「ミシャさんの新作ですねー。どういう機能がー?」


「腕につけておく時計です。えーっとですね……」


 編み込みの皮と金属片でできてる腕輪なんだけど、金属片がうっすらと光っている。この光が金属片全体を満たすと鐘が鳴る時間。


「あと個人を識別するようになってるので、私の魔法の探索範囲内なら見えてなくても場所がわかったりします」


「なるほどー。複数の魔導具を連携させるのは面白い試みですねー。とても珍しいですよー」


「そうなんですか?」


「うむ、私は聞いたことがないな」


「ボクもー!」


 ふーむ。ナーシャさんの女神像も複数の魔導具の連携だと思うんだけど……。まあ、個人で使うにはお高いからかな。


「さてー、準備できてるようですしー、さっそく行きましょうかー」


「「「おー!」」」


***


 東門が見えてきたんだけど……この小さいのが東門?


「ノティアの外壁は東側が特に分厚いんだよ。やっぱりあっち側を警戒してるからね」


「ふむ。昨日話したアンデッドの襲来の話も想定してだろうな」


 近づくとホントに人二人が通れるレベルの門だった。ただの通用門だよね、これ。


「おはようございますー」


「おお、マルリー殿!」


 外壁の上から衛兵さんが降りてくる。


「最近どんな感じですかー?」


「週に一度ぐらいアンデッドが現れるのは変わりないですが、個体数が増えている気がしており、注意が必要かと」


 確か前回から七十年目ぐらいだっけ。じわじわと来るものなんだろうか……


「わかりましたー。薬草採集のついでに間引いておきますねー」


「ありがとうございます。お気をつけて」


 衛兵さんに見送られつつ東門を出るとすぐ先に森が見えていた。意外と近いっていうか……


「ここってもう少し切り拓いておかないんですか?」


「そうですねー。何度か言ってるんですが、手が回ってないんでしょうかねー。さっきの見張りさんもお一人でしたしー」


 うーん、人手不足なのかな……


「早く行こ!」


「森の道案内なら任せてくれ」


 先行する二人を追いかけつつ、いつもの魔法を発動させる。


《起動》《防衛機構》《静音》《索敵》


 よしよし、みんなの位置もわかるね。


「一応、道っぽいものがありますのでー、それに沿って進んでくださいねー」


「わかりました」


 枝を切り払いながら進むディー。道……道かなぁ……

 十分ほど進むと少しだけ開けた場所に出た。


「この辺りに薬草がありますのでー、気をつけながら採集してくださいねー」


「クロスケ、前と同じでルルを手伝ってあげてね」


「ワフッ!」


 全員が手分けして採集に励むこと半時間。結構な量の薬草を採集できた。


「うわぁ!」


 と、ルルがすっとんきょうな声を上げる。左腕に振動が伝わったからかな。朝の三の鐘の時間になったからだろう。


「これがミシャが言ってた鐘を知らせる機能か。驚いた……」


「教会の鐘の音が微かに聞こえますねー。ぴったり合っているようですー」


 一応、今朝もデバッグしたからね。問題ないはず。


「それにしてもなんも出てこなかったね」


「こらこら。つまらなそうに言わない」


「だが、実際、拍子抜けな感じはあるな」


「そうですねー。ああ言ってしまった以上、少しはアンデッドを間引いておきたかったんですがー」


 マルリーさんまで何言ってるの……


「ねえ、もう少し先まで行ってみない?」


「ルル、本気!?」


「うーん、ダンジョンの予行演習ってことで少し行ってみましょうかー。ちゃんと隊列を考えて進みますよー」


 ダメだ。止めるどころじゃなかった。


「前衛がマルリーさん、ルル。後衛がディー、私。で、クロスケが最後尾で後方警戒がいいんじゃないですか?」


「ふむ、理にかなっているな」


「オッケー!」


「ワフッ!」


 特に異論もなく隊列を組んで東へと進み始める。

 と、数分進んだところで、


「止まってくれ。南東方向に何かいるようだ」


「ごめん。私の索敵ではまだ掴めてない」


「行ってみよう!」


 ルルの提案に従って南東へと進路を取る。


「うっ、何これ……」


 すっごい気持ち悪い反応が索敵から返ってくる。これがアンデッドの反応?


「人が逃げているようだ。二人か?」


「どっちに逃げてるの?」


「街の方だ。進路を南に変えよう」


「了解ですよー」


 速度を上げて真南へと突き進む。だんだんと反応が真東に、そして近づいてくる。確かに人のような反応が二つ。走って逃げてきている?


「うわあぁぁ!」


「すまない! 助けてくれ!」


 現れたのは三十代前半ぐらいの男二人。覇権さんのメンバーかな?


「ボクたちが引き受けるから後ろへ!」


「止めますー」


 続いて現れたのは骨……スケルトンってやつかな。えーっと、十体以上いるっぽい? 二十はいないと思うけど。


「ディー、左右に抜けられないように」


「了解だ。樹の精霊よ!」


 おお、すごい!

 左右の木々が枝をはわせ、ネットのように壁をはる。これは負けてられないかな。


「後ろの転ばせるよ」


 土壁を詠唱して敵の後方の足元をかち上げると、半数近いスケルトンが体勢を崩して転ぶ。


「えいー」


 マルリーさんの気の抜けた掛け声のシールドバッシュがスケルトンを粉砕する。なんだあれ……


「よっと!」


 ルルは今は円盾がないのでマルリーさんが裁いたスケルトンを確実に叩いていく。

 程なくして十体以上いたスケルトンは全てただの骨に解体されていた。


「クロスケ出番なかったね。ごめんねー」


「ワフ」


 私の後ろをずっと見てくれていたクロスケにお礼を。


「さてー、お二方は大丈夫ですかー? 落ち着きましたかー?」


「あ、ああ、助かった。いや、助かりました。マルリー殿」


「申し訳ない。偵察だけして帰る任務だったのだが、見つかってゾロゾロと現れてしまって」


「覇権さんで受けてるいつもの偵察任務ですかー?」


「それです。慣れて油断していたようで面目ない」


 なるほど。『不死者の氾濫』の件があるから、定期的に偵察に出てるのか。


「さて、いったん帰った方がいい気がするのだが?」


「そだね。ボクたちも用事は終わってるし帰ろうか」


 覇権の二人からはもちろん異論が出ず、私たちは街へと戻ることになった。


***


「ここ最近もあんなにアンデッドがー?」


「そうですね。今年に入ってから徐々に増えている感じですね」


 街に入るまでは結構ピリピリしていた覇権の二人も街に戻って緊張も解けたのか気安い感じになっている。


「私は事情説明に付き合って来ますのでー、ルルさんたちは先に準備を進めてしまってくださいー」


「わかったよ!」


 マルリーさんと分かれ、とりあえずギルドに戻って一休み。

 ちょうど朝の四の鐘が鳴って腕輪が振動する。まだ午前十時だよね。早起き生活になってるから午前が長いよ……


「さて、ミシャがポーションを作るところを見たいのだが」


「もう少し休ませてよ……」


「じゃ、ビン取ってくるよ」


 ルルも休ませてくれる気はないらしい。


「はー、しょうがないなあ。よっこいしょ」


「ミシャ、年寄りくさいよ……」


 うっ、精神年齢が出てしまった。


「うるさい。採ってきたコプティ持ってきて」


「はーい」


 さて、やりますか。


「まずは水洗いするから裏庭行きましょ。そういえばザルとかあるのかな?」


「あるよ。マルリーさんの菜園の収穫用のが」


「収穫用……。まあいいけど。水洗いしてくよ」


 ルルと二人で井戸水を汲み上げてコプティを洗い、水を切ってザルにあげていく。


「持ってきたぞ」


 ディーが……何そのでっかい……瓶っていうか甕じゃない?


「えーっと、どれだけ作るつもりなの?」


「採ってきた分は全部ポーションにしておきたいのだがな、小瓶は値段が高いしたくさん持ち運べるわけでもないので甕を用意した」


「はあ、わかった。とりあえず小瓶から持ってきて。あとから移し替えるのめんどくさいから」


 ディーに小瓶の方も持ってくるようにお願いしてポーション作りを開始。


「どんな非常識が始まるのか楽しみ!」


 ……ルルの視線が気になるけど、コプティを一束掴んで魔素のコントロールを開始。


《構築》《元素》《水》《圧縮》《加熱》……《膨張》《冷却》


 水球に包まれたコプティが魔素膜で圧縮&加熱されていくと、それぞれが溶け合って濃い緑の液体に変化する。まあ、魔法を使った圧力鍋だよね。流石に熱湯のまま取り扱うわけにもいかないので強制的に冷ますけど。


「できたよ。小瓶貸して」


「う、うん」


 魔素膜に穴を開け、受け取ったビンに八分目ずつ入れていく。一束で小瓶二つくらいかな。搾りカスは畑の隅にでも積んでおけばいっか。


「こんな作り方はミシャだけだな。その……普通の作り方は知っているのか?」


「もちろん知ってるよ。薬草に魔素を混ぜつつ煮て抽出するんでしょ。やってることは同じだよ」


 ロゼお姉様の館で最初にポーション作ったときはその通りやったけどね。火加減だったり洗い物だったりいろいろと面倒だなって思って、全て魔法でやれるんじゃないかなと。

 圧力鍋っていう概念がこの世界にはないみたいでシルキーも驚いてたなー。そいや、他人の前でやると不思議がられるからやめた方がいいって言われたんだった……

 五束処理したところで小瓶は全て使い切ったので、今度は甕を満たしていく。ちょっと採集しすぎじゃないかな、これ。

 それにしても、抽出処理に使用しているこの魔素膜、圧力鍋の代わりができるってことは強度がかなりあるのでは? 魔素としてコントロールがほどほどにできつつ、物質の透過を遮断することができる。少なくとも水漏れはしないレベルで。

 あれ? 魔素膜って空間に固定されてるのかな、これ。もしそうだとしたら、これだけで物理攻撃を防げる可能性が?


 ………

 ……

 …


 百束、小瓶二百本分ぐらい作ったところでさすがにちょっと疲れが。魔素が足りないとかじゃなくて、集中力が切れました……


「キツい。休憩するー」


 残り五十束ぐらいかな。お昼までには終わるでしょう。


「ワフー」


 クロスケをモフって精神力を充填……


「私がお茶をいれよう」


「ミシャ、大丈夫?」


「うん、飽きてきたから気分転換させて。あ、そうそう。甕の蓋はちゃんとしておいてね。埃なんか入ると品質さがるし、空気に触れっぱなしだと成分変化するから……」


 それを聞いたルルがしっかりと蓋をしてくれたので、私は安心してテーブルにつく。


「マルリーさん、帰ってこないね」


「そうだな。報告に付き添ったらすぐに帰ってくると思っていたのだが、何かあったんだろうか?」


 ディーがいれてくれたお茶が美味しい……


「ボク、見に行ってこようかな?」


「うーん、お昼の鐘が鳴ってからでいいんじゃない?」


 朝の六の鐘はお昼の鐘とも言われている。作業に集中してたからか、いつのまにか朝の五の鐘は過ぎてたみたい。


「ロッソ殿のところに伺うのは昼の一の鐘だったか。皆で行くんだろう?」


「もちろんそのつもりだけど……。マルリーさんが帰ってきてないと困るね」


「まあ、その時は私とクロスケが残るから……」


「むー」


 と、マルリーさんが帰ってきた。


「ただいまーですー」


「あ、良かった! もー、遅いよー。何してたの!?」


 ルルをスルーしてマルリーさんは一枚の羊皮紙を取り出してテーブルに置いた。


「これは?」


「ここ二年のアンデッドの観測数ですね」


「ほう、興味深いな」


「一年前から増えてる感じですね」


 それまでは一体か二体だったアンデッドが、今年に入ってから最低でも五体は観測されてるようだ。増えてるよね、どう見ても。


「でも、まだ三十年あるんだよね?」


「そうだけどね。もし原因がわかってそれを取り除ける可能性があるなら、探っておくべきでしょ?」


「そうですよー」


「むー、今はダンジョンの方が先じゃん!」


 ぺしっとルルの頭にチョップする。


「痛い!」


「ルルのおじいちゃんが将来困ったらもっと心が痛いよ」


「うっ、ごめんなさい……」


「まあ、アンデッドの件は今できることなさそうですけどねー」


 ギルマス、いろいろ台無しなんですけど……


「引き続き注意する、といったところだろうか?」


「そうですねー。というわけで、ミシャさんのポーション作りは終わりましたー?」


 あと五十束ありますけど、もう少し休憩させてください……

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