幕間:もしもフラグが立ってたら:2
「美沙さん、お疲れ様です。コーヒーどうぞ」
「ありがとうね、真琴ちゃん」
大手人材派遣に買収されてしまった途端、ブラック企業の歯車の一つと化した会社からは、ボロボロと退職者が出た。
私もギリギリまで付き合ったけど、風邪で数日ダウンしたら減給を通告されたので、あっさりと折れた。今までだって大してもらってなかったというのに……
「ところで、今日の晩は空いてます?」
「え、あ、うん、いいよ」
「良かった!」
ずっと先に辞めていた真琴ちゃんに連絡すると、本当に彼女の実家の建設会社に転職するよう誘われ、あれよあれよという間に総務部保守課のトップにいる。もっとも、保守課っていう部署がなかったし、私一人しかいないんだけどね。
真琴ちゃんとの関係は……まあ絶妙な関係という感じ? 多くは語るまい……
入ってからやったことというと、部署ごと、人ごとにバラバラに購入され、管理も個人任せだったPCを、よりハイスペックなレンタルに一括変更した。
もちろん、個々人の業務を止めるわけにはいかないので、それぞれの休暇のタイミングに合わせてリプレースしていったりと、それなりに大変だったのは確かだ。
フロアでぐちゃぐちゃだったLANケーブルを取りまとめたり、古くなったスイッチングハブを交換したりとか、まあやることがあって良かったと思う。でないと、完全に真琴ちゃんのヒモだし……
三ヶ月かけてそれらを刷新して落ち着いた今は、勤怠管理システムを選定しているところ。
自分で作ってもいいんだけど、まあこういうのは実績があるやつを導入したい。
それと無理に導入しても、ご年配の方々には「わからん」の一言で拒絶されてしまうので、今までのタイムカード形式も残して両立させたいところ……
さてどうしたものかなと悩んでいたところで内線が鳴った。
「はーい、保守課です」
『すいません! 設計室で問題が!』
「すぐ行きます」
***
設計室。真琴ちゃんの家はそれなりに大きい建設会社で、自社でのデザインハウスにも力を入れている。
そのデザインが行われているのがこのデザイン課が使う設計室だ。高性能のPCとCADソフトという、保守課としても最も気を使う部署なんだけど……
「どうしました?」
「す、すいません! 私がケーブルを引っ掛けてしまって、慌てて元に戻したんですが、それからみなさんパソコンの調子が!」
泣きそうな、いやガン泣きでそう話してくれたのは……派遣の人かな。デザイン作業の補佐に雇っているという話は聞いてたし。
「どういう感じです?」
近くにいるデザイナーさんに聞いてみると、どうやらネットワークが死んだようだ。
最近のCADソフトは高価なのでネットワークで起動認証がかかっている。昔使ってた古いやつはUSBドングルでの起動認証だったからなー。
さて、ケーブルを引っ掛けたって言ってたっけ。LANケーブルを引っ掛けて抜いちゃったから挿し直した?
「えーっと、どれを引っ掛けたんです?」
「は、はい……、このケーブルを……」
やっぱりLANケーブルか。えーっと、このケーブルが繋がる先のスイッチは……ああ、なるほど。
スイッチをじっくりと確認し、ケーブルタイに書かれたメモを見ながら繋ぎ直していく。
LEDランプが正常に点滅し始めたのを確認。
「これでどうでしょう?」
私がそう言うとデザイナーさんたちがPCを確認し、正常になったのを確認できたようで「おおー」と声が上がる。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ」
さっきの派遣さんが深々とお辞儀をするが、どっちかと言うと私がもう少しちゃんとモールを這わせておくべきだったかなと。
私は倉庫に予備のモールがあったはずだし、早々に貼り直しておくかな……
***
「え? なんでそんなことになってるの?」
「えーっと、森さん……、あ、そのケーブルを引っ掛けた人ですね。正直に派遣元に出来事を報告したらしいんですけど、それで派遣先が交代させるって話が来たんですよ」
その日の夜。私は真琴ちゃんに誘われるまま夕食を共にしている。
高級レストラン、というわけではない。地方にそんな小洒落た店はないので、私が住んでいるマンションで。
「え、でも、森さんだっけ? 結構長い人なんでしょ?」
「うん、あと二ヶ月ほどで三年になるんですよね。それで雇用安定措置が適用されるかと」
派遣先で三年勤めると「そのまま派遣先に転職する」か「違う現場に派遣される」かを派遣元が保証する必要がある、らしい。私も詳しいことは知らないけど。
「デザイン課の人たちも別に怒ってなかったと思うけど?」
「はい、全く。むしろ困ってる感じですね。森さん自体はデザインをする人ではありませんが、デザイン課のみなさんを良くアシストしてくれていたようですし」
うーん、元々ギリギリまで派遣させて戻すつもりだったのかな。
派遣元としては高給を稼いでくれる人を手元に置いといて、あちこちで稼いでもらう方が助かるんだろう。
代わりに新人を派遣して、その教育はこちらに任せるんだろう。彼らとしてはマッチング以外のコストを嫌うものだし。
そんなことを真琴ちゃんに話すと……やっぱりぷりぷりと怒り始めた。
「美沙さん! どうにかできませんか!」
あ、うん、はい。
まあ、そろそろアシスタントは欲しいかなって思ってたからいいかな。
***
「も、森由香里といいます! よろしくお願いします!」
直角のお辞儀をした彼女は、この前、ケーブルを引っ掛けるというやらかしをした森さん。
結局、派遣元を辞めてもらって、この会社に正式に転職してもらった。
真琴ちゃんから上の方……創業者で会長、真琴ちゃんのお爺さんにまで話が行ったらしく、向こうもあっさりと陥落したらしい。こわっ!
「えーっと、よろしくお願いします。保守課の山崎美沙です」
「総務部全体アシスタントの佐藤真琴です。お辞儀はその辺で」
真琴ちゃんの言葉に森さんが頭を上げる。
年齢的には同期の彼女は細身でスレンダーな美人で、小柄でグラマラスな真琴ちゃんとは正反対なタイプだ。
「美沙さん?」
「あ、うん。しばらくは以前と同じデザイン課のサポートですけど、新しい人に引き継ぎが終わったら保守課の手伝いに入ってもらいます」
「はい!」
背筋をピンと伸ばしてそう答える。真面目だなあ……
「固すぎです。総務は全体的にもっとフランクなので……そうですね。名前で呼ぶように。いいですね、由香里さん?」
「え、ええ?」
「そうだね。私のことは美沙で、真琴ちゃんのことは真琴ちゃんでいいかな?」
「ええ、それで。美沙さんなら『真琴』と呼び捨てにしてもらっても」
真琴ちゃんがそう言って私の腕を抱え込む。
いや、あの、会社でそういうことはちょっと……
ほら、森さん、由香里さんがすごく驚いてるし……
………
……
…
ハッとして目を開けると……ルルが私のベッドに潜り込んで、私の腕をガッチリとホールドしていた。
夢、なんだけど、そういう可能性もあったってことかな。
で、由香里さんってディーだよねえ……
思ったよりも前世に未練あるのかなあ、私。
そんな気持ちは全くないんだけど……
木窓の隙間から光が漏れていないようだし、まだ夜中なのかな。
っていうか、ルルはいつ潜り込んできたの?
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