第17話 煮詰まったら気分転換

 出したものを入れ直すのに特に困ることはなかった。明日以降に運び出される武具なんかを出口に近いところに置くぐらい。

 さくっとそれを終えて、依頼完了を確認してもらって、今はギルドへの帰り道。


「早く終わったねー」


「そうだな。帰る前にどこかに寄っていくか?」


「んー、ロッソおじさんのところに行きたい気もするけど、邪魔しちゃいそうだし」


 ルルとディーがそんな雑談を楽しんでいるのだけど、私は一人微妙な物足りなさを感じていた。そう、倉庫整理の依頼に。

 ちゃんと倉庫整理はしたけど中身はほとんどが売り払われることになっている。だが、依頼を受ける前に想像していた『倉庫の中身を綺麗に仕分けして、いつでも取り出せるように片付ける』が実現できなかったことが肩透かしだった。

 もう一つは『不死者の氾濫』とかいう過去イベント。領主様=ルルのおじいちゃんなら知っているらしいけど、なぜそれの戦利品が今まで倉庫に燻っていたのかもよくわからない。謎。


「どうしたミシャ?」


「あー、いつものだね」


 いつものとか言わない。


「ふむ、ミシャは細かい部分も気になるタイプなのだな」


 細かいかなぁ。なんかこう……


「ワフッ!」


「うわっ、クロスケ?」


「もうギルド着いたよ、ミシャ」


「あっはい……」


***


「はい、依頼完了ですねー。大銅貨三枚ずつ分けてくださいねー」


 受け取った九枚。ルルとディーに三枚ずつ渡す。日本円にして三千円相当かな。時給にして千円。食料品が割安なこの世界なら十分な、いや、結構多い気がするんだけど……


「どうかしましたかー、ミシャさんー」


「あ、いえ……。んー、ちょっと今日の依頼で気になったことがあって」


「なるほどー。じゃ、お茶にしつつ聞きましょうかー」


 マルリーさんがお茶の用意に奥へと消え、私たちはテーブルへと。


「今日のこと聞くの?」


「聞くっていうか、何があったか報告しておいた方がいいかなって」


「そうだな。ミシャは《解析》の魔法も使ったからな」


 そうだった。魔法を使う手数料?っていくらぐらいなんだろ。追加料金を請求して良かったのかもしれない。


「はいー、どうぞー」


 お茶が配られ、マルリーさんも席につく。


「ディー、説明よろしく」


「私がか? まあいいが……」


 先制して丸投げ。ディーもテンパってなければ優秀だしね。


「マニュア商会の商会長は非常に腰の低い人だった……」


 ゆっくりとお茶を楽しみながらディーの報告を聞く。ルルと違って私への誇張が入ることもないので安心して聞けるね。


「なるほどー。不死者の氾濫ですかー……」


「マルリーさん知ってるの?」


「私も領主様に聞いた話ですけどねー。確か百年に一度ぐらいのタイミングでノティアに大量のアンデッドが押し寄せるっていう話ですねー」


「え……。ひょっとして今年が百年目とかじゃないですよね?」


「違うと思いますよー? ちょっと待ってくださいねー」


 マルリーさんが立ち上がり、二階へと足を運ぶ。


「調べ物だろうか?」


「そんな感じっぽいね」


 年表みたいなものでもあるんだろうか。というか、私、この街=ノティアの歴史とかまったく知らないよね。図書館とかないのかな?


「ねえ、ルル。この街に図書館ってないの?」


「えー、そんな贅沢なものはないよ。確か王城には書庫があったような気がするけど」


 ないんだ。本が貴重品だからしょうがないか。


「本がたくさんありそうなのは、じーちゃんとこか魔術士ギルドじゃないかな」


「うっ、魔術士ギルドか……」


 ロゼお姉様から直接言われたわけではないが、自分が色々やらかしてることを考えると、あんまり付き合いたくはない相手だ。

 軟禁状態でひたすら魔導具を作り続けるとかブラックな未来が見える。っていうか、それはもう前世でやったからノーサンキューだ。


「よいしょっとー。これですねー」


 戻ってきたマルリーさんが羊皮紙でできた本を開き、その一部を指差す。


「第三次不死者の氾濫。七十年ぐらい前か?」


「えーっと、ノティアの南東から多数のアンデッドが街に襲来。城壁の一部が壊されるなどの被害があったが撃退した、と」


「多分、これがじーちゃんが言ってた話だと思うよ」


「でも、第三次っていうことは……」


 私がページを戻していくと予想された記述が現れる。


「第二次不死者の氾濫。第三次からちょうど百年前だね」


「ふむ。ノティアの南東から多数のアンデッドが街に襲来。大きな被害を出すも、ギルドによって撃退された、と。む? これはなんとも……」


 ディーが詰まった先の記述はこうだ。


『来襲時に街を捨てて逃げ出した領主は、ノティア南ダンジョンから現れたと思われるアンデッドにより殺害された』


 おいおーい……


「今の領主様が言ってた『前の領主は逃げた』っていうのはこれだったんですねー」


「もう一つ前も探してみよう」


 今度はディーがページを戻っていってそれを見つける。


「不死者の氾濫。これは第二次の百年前だな。ベルグの東端の村(現ノティア付近)に多数のアンデッドが襲来。村は壊滅。か……」


「ダンジョンについての記述は無さそうね」


「あのダンジョンってまだ無かったとか?」


「そうだな。まあ、無かったか、あっても確認されてなかったかはわからないが……」


 確かにそうか。まだまだ村って段階だったし、それも壊滅したって話からすると、書かれていることも怪しいかもしれない。


「今日の依頼で見た物は第三次の物でしょうかねー」


「あ、はい、多分そうだと。そのさらに前の物だとは考えづらいですね」


「しかし、なぜ放置されていたか不明だな。すぐに処分しても良かったと思うのだが」


「じーちゃんのことだから、忘れてたんじゃない?」


 そう言われると説得力がありすぎて困る。


「まあ、それについては正解が分かるわけでもないからいいか。それよりダンジョンからアンデッドが出たってことの方が気になるかな」


「ボクはそんなの聞いたことない!」


「ダンジョン内にいたこともないんです?」


「ないと思いますねー。あそこはゴブリン、ホブゴブリン、オーク、オーガといったあたりの目撃例のみですねー」


 うーん、謎だ……


「あっ、オーガロードがいた階層なら出る可能性は?」


「そっか。十階層目は最近見つかったから、そこならいるかも? ディーは行ったんだよね。そこってどういう場所だった?」


「む、ちょっと待ってくれ。記憶を整理する……」


 こめかみに指をあてて考え込むディーだが、思い出したように目を開いた。


「階段を降りて最初の部屋にオーガロードがいた。部屋の広さは……このギルドの一階とほぼ同じだったな。入り口の反対側に……多分あれは扉だったと思うが閉じられていた。それ以外の出入り口は……なかったはずだ」


「おおー! ダッツさんたちはその奥に行ったんだろうなー」


 どうだろう。多分、行けてないというのが私の推理。


「オーガロード以外はいなかったの?」


「ああ、奴だけだったな」


 うーん、書かれてる方が勘違いなのかな……


「まー、ここで話しててもしょうがないのでー、ダッツさんたちが戻るのを待ちましょうー」


 その一言で何となく気になった依頼内容とそれの報連相は終了となった。


***


 報告会が終わったのはお昼過ぎ。けど、ダッツさんたちが戻ってくるのは早くても昼の二の鐘(午後二時)より後だよね。

 ルルとディーはさっきマルリーさんが持ってきた年表?歴史書?を見て楽しんでいる。


「ミシャ! ほらここ。ダンジョンが見つかったのは最初の不死者の氾濫のあとだね!」


「へー、第二次の少し前ぐらいなんだ」


「ちゃんと調査していれば、第二次で被害もなかっただろうにな……」


 ディーの呟きに思わず頷いてしまう。自分の周りに訳の分からない物があって不安になったりしないのかな。

 でも、自分もあんまり人のこと言えないか……


「ちょっと散歩してくるね」


 私がそう言って立ち上がると、クロスケが起き上がって足にすりすりし始める。


「ん、わかったよ」


「荷物持ちについていかなくていいのか?」


「うん、大丈夫。ちょっと考え事をまとめたいから。ディーは精霊魔法のことをルルとマルリーさんに話しておいてくれると助かるかな」


「わかった。クロスケ殿、頼んだぞ」


「ワフッ!」


 見送る二人を後にギルドを後にする。それにしてもルルは勘がいいというか……


「さて、どこに行こうかな」


 もう少しこの街をちゃんと知っておくべきだろうと思い直しつつ、私は街の中央部へと歩き始めた。


***


「人多いねー」


「ワフー」


 ノティアの街の中央は東西と南北の大通りが交差する大交差点。

 すごいのはロータリー型の交差点になっているところだ。あ、馬車って左側通行なのね。日本とかイギリスと同じなんだ。


「さて、どっち行こうかなー」


 南北の中央道路に近いところは各種ギルドや大店が並んでいる。まあ、この辺は来た時からずっと見てるからいいかな。

 北西側は主に富裕層の邸宅。領主様の館もそっち。あんまりウロウロしてると捕まりかねないのでパス。

 真西にある教会を挟んで南西側は職人が集まっている。ロッソさんの鍛冶屋、ナーシャさんの魔導具屋などなど。そういや偏屈街っていうんだっけ。

 さらに南に行くと今朝行ってた倉庫街とか。馬車広場もあって輸送地区って感じかな。ふーむ、よく考えられた都市設計になってるね。

 と、ちょうど昼の一の鐘が鳴り響いた。


「よし、教会の方へ行ってみよう!」


「ワフッ!」


 西へ向かうと役場なのかな?があって、それを過ぎると公園が見えてきた。教会に向かって駆け上がっていく草原。


「おおー、いいね、ここ」


 こっちの世界にはフライングディスクってあるのかな。木皿とかでもいっか……


「落ち着いたらドッ……ウルフランに来ようねー」


「ワフー」


 登り切ったところで教会が見え……


「すごい……」


 思わず声が出てしまう荘厳さがそこにはあった。


「すいません。そちらは貴方の相棒さんですか?」


「えっ? あっ、はい。そうです!」


 急に声を掛けられてきょどってしまったが、呆けている私に声をかけてきたのは年配っぽいシスターさん。


「クロスケ、シスターさまにご挨拶」


「ワフ」


 綺麗なお座りからのご挨拶にシスターも少し驚いたようだが、ニッコリと微笑んでくれる。


「はい、こんにちは」


「あの、この子と一緒でも問題ないですか?」


「ええ、もちろん構いませんよ。どうぞお進みになってください」


 そう言われ中へと進むと、それなりに人がいるのでちょっと安心する。拝礼の仕方がまったく分からないかったので、前の人をじっくり観察してそれを学習。

 それにしても彩神様って女神だったのか。いろんな色があるみたいだけど女神像は一つだけ。全員同じ顔形なのかな?

 私とクロスケの番が回ってきたので、ゆっくりと前へ。両膝をついて手を胸の前に合わせて祈る。しまった何をお祈りするか全然考えてなかった。


 と、目の前が真っ白になってそこには神の存在が!


 ……なんてことはなかった。このタイミングで異世界転生させた神様が現れたりするものなんじゃないの?

 まあいいや。


『転生させてくれてありがとうございます。好き勝手してますけど怒らないでくださいね』


 そう心の中で呟いて目を開けた。

 隣ではクロスケが伏せて目を瞑っていたが、私の視線に気づいたのか目を開けてこちらを見た。

 私が頷いて立ち上がると、後ろにいたおばあちゃんがクロスケのかしこ可愛さに目を細めていたので会釈しておいた。

 後は何かお土産でも見て帰ろうかな……

 そんなことを思いながら外に出ると、今度は目の前にノティアの街並を一望する絶景が現れた。


「うわっ、すごい……」


 教会の荘厳さもすごかったけど、この景色はそれ以上かも……


「ワフッ!」


「ん、どうしたの?」


 クロスケがついてこいって感じで駆けて行った先は……お土産屋? あ、クッキー売ってる。


「お腹すいたの?」


「ワフ」


「もー」


 とか言いつつ、クロスケにはついつい甘くなってしまう。かわいいからしょうがないね。


「すいません。クッキー一袋ください」


「はーい、銅貨五枚だよ」


 うわ、結構たくさんあった。A4サイズの麻袋にざっくりと詰められたクッキー。寄付的な意味でそんなに量がないと思ってたけど。

 一枚ずつクロスケと食べつつ、他のお土産を見てみると……

 女神フィギュア? 鉄製なのかな、重そう。で、台座っぽいところに魔法付与されてる。


「あの、これって魔導具ですよね。どういう物なんでしょう?」


「ああ、それね。ここの鐘の音が鳴ると光るんだよ」


「えっ、すごいですね!」


「けどお高いよ。金貨五枚だからね」


 むむ、さすがに……無理。


「ノティアの魔術士さんが作られたんです?」


「ああ、そうだよ。ここの魔術士ギルドの支部長、ナーシャさんだ」


「ヴォホッ!!」


「おいおい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」


「す、すいません。クッキーが喉に詰まっただけです……」


 ナーシャさんが支部長だったとか聞いてないんですけど!?


「この聖水を飲んどきな。気分がスッキリするよ」


 手渡された小瓶の栓を抜き、ゴクリと飲み込むと一気に気分が晴れる。聖水スゴイ。


「あ、これおいくらですか?」


「ビンを返してくれりゃ銅貨一枚だ。ビンが高くてな。そっちは大銅貨一枚する」


 確かにそうか。大量生産なんて無さそうなこっちの世界だと、ビン(ちなみに栓はコルクっぽい何か)の方が圧倒的に高コストだろう。

 私は銅貨一枚とビンを返し、もう一本をビンごと欲しいと伝えて、大銅貨と銅貨一枚ずつを渡した。ちなみに、ビンだけ欲しくて買われないように一人一本までらしい。

 ビン欲しさに買われた挙句、中身の聖水を捨てられるとか洒落にならないもんね。まあ、そういう奴にはバチが当たりそうな気がするけど。

 お土産屋の親父さんにお礼を言いつつ、店を後にし、次の行き先を考える。ナーシャさんの魔導具店にしようかな。

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