第16話 精霊魔法は知的エージェント

「とりあえず今日はどうするの?」


 あけて翌日。私とルルは宿からギルドに向かっている途中。


「今日は普通に依頼こなそうよ。昨日の倉庫整理の依頼、結局できなかったんだし」


「むー、ダンジョンに行く準備とかは?」


「それは今日のダッツさんの結果次第でいいんじゃないかな。それ聞いてから打ち合わせしよ?」


「はーい。あ、ダッツさんたちだ! おはよー!!」


 ちょうどギルド通りに来たところで、これから出発しようとするダッツさんパーティーに遭遇。


「おお、おはよう!」


「おはようございます。これから出発ですか?」


「ああ、嬢ちゃんたちに大物取られちまったからな。期待しててくれよ?」


「あはは……。こっちはホントにまぐれだったんで。頑張ってください」


「頑張ってね!」


「おう、じゃあ、またな!」


 ダッツさん一行はにこやかに南門の方へと向かっていった。

 ふむ。ダッツさんが大剣で、片手剣と盾の戦士、短剣の斥候?、魔術士、戦槌に白ローブは神官なんだろうか。


「白ローブの人って神官さん?」


「うん。エディーさんは月白教の神官戦士だね」


「おー、初めて見たよ」


 月白教かー。正直、宗教にはあんまりいいイメージはないけどどうなんだろうね。ダッツさんの仲間ならおかしな人ではないと思うけど。

 やっぱり、近いうちにちゃんとこの世界の宗教について勉強しとかないとまずそうかな……


「ミシャが住んでた場所は教会とかなかったの?」


「うん、無かった」


「ふーん、珍しいねー」


 まあ、素の世界では教会じゃなくて神社があったけどね。あの村にあった神社、誰が管理してたんだろう。

 そんな雑談をしているうちにギルドに到着。


「おはよー!」


「おはようございます」


「やあ、ルル、ミシャ、おはよう」


 と、出迎えてくれたのはディー。一応、昨日の一件から無理矢理こっちのギルドに引き込んだのもあって、保護観察扱いでギルドに宿泊中。ギルドっていうかマルリーさんの家だけど。


「今日はどうするんだ? 模擬戦でもしておくか?」


「いやいや、普通に依頼こなすからね?」


 ルルもディーもやる気満々だけど、今日のダッツさんたちの成果次第でどうするか変わるから、それまではたいしてやる事ないんだよね。


「昨日の倉庫整理のやつでいいんだよね?」


「うん、それー」


「わかった。私ももちろん行こう」


 カウンターの奥を覗くとマルリーさんがいたので伝えておかないとね。


「マルリーさーん、行ってきますねー」


「あ、はーいー。よろしくですよー」


「クロスケはどうする?」


 そう問いかけると、ふいっと行かない意思表示なのか階段前に寝っ転がった。そこお気に入りポジションなのかな。


「じゃ、三人で行こー」


 依頼にあった倉庫は南門の近く。ノティアと本国のベルグを行き来する商会の倉庫とのこと。

 ずーっと使ってない古い倉庫があって、代替わりしたのを機に整理、というか棚卸ししたいらしい。中に何があるのかもわかってないとか。

 三人でのんびりてくてくと歩いていると、透き通った鐘の音が響き渡る。これが教会が鳴らしてくれる時の鐘かな。教会かー。


「この鐘の音を鳴らしてる教会って、月白教の教会なの?」


「んん?」


「ミシャは教会のことを知らないのか?」


「ああ、そうそう。ディーから教えてあげてよ」


「まあ、私もそんなに詳しくないのだが……」


「田舎者なんで全然です。よろしくお願いします」


 そういうとディーは苦笑しながらも簡単な説明をしてくれた。


「ノティアを含むベルグ公国は彩神教を推奨しているんだが、その宗派の一つが月白教だな。他にも翡翠教や紅緋教、まあ、色の名前の宗派があるという感じだ」


「おおー、なるほどー」


「彩神教は人や亜人に緩やかに支持がある宗教だからな。エルフには翡翠教徒が少なからずいるし、ドワーフなら紅緋教だな」


「だね。でも、ほとんどは何となく信じてるってぐらいだよ」


 なるほど。日本と似たようなものなのかな。


「じゃ、特に色違いで仲が悪いとかも無さそうだね」


「そうだな。お互いがお互いの得手・不得手を認め合って協力しようという感じか」


 異世界物だとだいたい宗教が悪者って感じだったけど、ここはとりあえずそういうことは無さそうね。


「あ、あそこだよ!」


 ルルが駆け出す。どうやら雑談してる間に目的地についてしまったようだ。


***


「マニュア商会の商会長をしております、アラフ=マニュアです」


 深々とお辞儀をしてくれたこの人、商会長って一番偉い人なのでは?


「よろしく!」


「「よろしくお願いします」」


 そんな相手に力こぶを作ってそう宣言するルル……は領主様の孫娘だから別におかしくはないのか? 私とディーはごく常識的な対応。つまり、普通に丁寧な挨拶を返す。


「ルル嬢は領主様のお孫様ですよね?」


「あ、うん、そうだけど、あんまりそういうことは気にしないでね?」


「わかりました。こちらとしては手付かずだった倉庫を整理していただきたいだけですので」


「えーっと、整理するにあたって何か書いておけるものありますか?」


「端切れで申し訳ないのですが、この布に大雑把な品名を書いて巻いてもらえればと」


「はい」


 受け取った白っぽい布は亜麻かな、これ。インクは滲みそうなので、あんまり細かくは書け無さそう。


「それでは扉の関を外します。中に何があるかは先代である父しか知らないのですが、もし鍵のついた小箱がありましたらお伝えください。先代から言いつかっていた物になりますので」


 商会長さんがそう言って倉庫の扉に掛かっていた関を外した。


「ではお願いします。私は事務室の方で仕事をしていますので」


 と礼をして去っていく。こっちが恐縮しちゃうんだけどなあ。


「開けるよー!」


 倉庫自体の大きさはテニスコート一面分ぐらい。中にみっしりと詰まってなければ半日で終わりそうかな。


「空気が淀んでしまっているな……」


 扉を開けた瞬間、なんとも言えない空気感が漂ってくる。


「あと暗くてよくわからないね」


「ふむ、それなら任せてもらおう。二人に私が何ができるかを伝えておかねばならないと思っていたしな」


 ディーが二言三言呟くと、淡い光の塊があらわれ、倉庫の天井付近まで浮遊していった。


「おー、すごい。あれって何?」


「光の精霊の力を借りた。照明がわりには十分だろう」


「ディーは精霊魔法が使えるんだ! やるね!」


 精霊魔法! うわー、習ってみたいけど、あちこち手を出しすぎるのも考えものだよね……


「まずは中にあるものを全て外に出そう。中身の確認と仕分けはミシャにお願いしていいか?」


「あ、うん、それは任せて」


「おっけー、じゃ、どんどん運び出すよ!」


 今日がいいお天気で良かった。雨だと倉庫番状態だったよね、これ。

 ルルとディーが片っ端から中の荷物を運び出してくるので、私はそれを開けて中身を確認する。ほとんどが麻袋か木箱なのでかなり大変だ。

 途中から開けるのが大変なのに気づいてくれた二人が、運んで開けてくれるところまでやってくれたので楽になったけどね。


「木箱に壊れた武器とか鎧とかなんでこんなにあるんだろうね」


「ふむ、なんだろうな。先程のご主人も詳しい事は知らないようだったが」


「麻袋の方は古道具かなあ。でもたまにお金とか魔石入ってるんだけど……」


「ひとまず全部を出したところで判断を仰いだ方がいいだろう」


 私もルルもディーの案に賛成し、たんたんと作業をこなす。

 小一時間ほど作業し……


「これが最後の一個だね」


 ルルが運んできたのは木製の飾り箱。これ結構いい物なのでは……


「鍵かかってるね。これが言ってた小箱かな?」


「そうだろうな。きりもいいことだし、ご主人に伝えに行っていいのではないか?」


「だね。ルル、ちょっと行ってきてくれる?」


「おっけー!」


 ダッシュして行ってしまうルルを見送り、私とディーは一息つくために空いた木箱へと座る。

 空になった倉庫を眺めると、ディーが出した精霊照明?は光量も変わらず光り続けている。


「ねえ、ディー。あれはずっと光ってられるの?」


「ああ、私が近くにいて意識があれば問題無い。離れてしまったり、寝てしまったりすると消えるだろう」


「んー、元素魔法と似たような感じ?」


 魔素が尽きると消えるのと似ているような気はするんだけど。


「どうだろう。私は元素魔法はいっさい使えないからな」


「ええっ!?」


「ん? 驚くことではないと思うが。森で生まれて精霊魔法を主に使ってきたエルフは元素魔法を避けるものだからな」


「えー……それは相性とかそういう問題で? それともただの文化?」


「相性だろうな。精霊魔法は精霊との契約で術者の魔素を渡すことで助力をえるという形で成立しているから」


「契約してるのに頼まないで元素魔法を使うと精霊が拗ねる?」


「まあ、そういう見方もできる……」


 ディーが苦笑する。


「じゃあ、精霊魔法は後回しでいいかな……」


「そうか? ロゼ様はどちらも使えると聞く。ミシャだってできるんじゃないか?」


 えー、ロゼお姉様そんなことできるの? あ……シルキーって精霊だったね……


「ん、ディーがいるからいいや。私はできる人がいるならその人に任せる方針だもん」


「む、そうか……」


「あれ? 頼りにしてるからよろしくね?」


「あ、ああ、そうだな! 頼りにしてくれていいぞ!」


 うん、チョロすぎじゃないかな、ディー……


「おまたせー!」


「すいません。お待たせしてしまいました」


「お手数かけます。これが多分、聞いてた小箱だと思うんですけど」


 私は手にした小箱を商会長さんに渡す。


「おお、これですか。少々お待ちいただけますか」


 懐から取り出した鍵を挿して捻ると、小箱は何の問題もなく開いた。


「これは……」


 さすがに覗くのもなんだろうと、大人しく見ている私たち。


「ああ、すいません。どうやら亡くなった父が残した物のようです。落ち着いて確認したいとおもいます」


「は、はい。えっと、それ以外なんですが……」


 木箱に入っていた武具のこと、麻袋に入っていた古道具類・お金・魔石のことを伝える。


「そのような物が……。うちの商会はずっと王都へと穀物を持っていき、王都から日用品を持ち込む商会ですので、それらがなぜここにあるのかもわからないですね……」


「どうしましょう。整理して戻しましょうか?」


「……少し待っていてもらえますか? この小箱にあった手紙に何か書かれているかもしれません」


「なるほど。何か書かれている可能性は高そうですね」


「はい。皆さん、いったん応接室の方へどうぞ。お茶でもお出ししましょう」


 そう言われて断れるわけもなく、私たちは応接室でのティータイムになった。


***


「うわっ、このお茶美味しい……」


「うむ、かなりいい茶葉を使っているようだな」


「そうなの?」


 とまあ、ゆっくりとお茶をいただいていると、商会長さんが少し慌てた感じで戻ってきた。


「ああ、お待たせしました」


「いえいえ、何かわかりました?」


「はい。それでお願いなんですが、お嬢さんは魔術士ですよね。この小箱に入っていた指輪を解析してもらえませんか?」


 ん? 解析ってことは《魔法付与》された魔導具ってこと?

 ちらっとディーを見ると小さく頷いてくれた。


「じゃ、ちょっと見ますね」


 指輪を受け取って《解析》を発動する。じわじわと魔素を流し込んで行くと……


「これは《鑑定》が付与されてるようですね」


「おお、ありがとうございます! では、こちらをご覧ください」


 そう言って手渡された羊皮紙。なるほど、倉庫にあった物の一覧かな。ただ、そのタイトルが……


「不死者の氾濫? 戦利品?」


「ん? それは一体何のことだ?」


 ディーも知らないんだ。ってそうだよね。


「ルルは何か知ってる?」


「んー、じーちゃんが言ってた昔アンデッドがたくさん襲ってきた奴のことかな?」


「はい、ルル嬢のお話通りかと。私も父から聞いたことがあるので」


「それの戦利品……ってことは、アンデッドが持ってた武具とかそういうことですよね」


 うへ、なんかどれも呪われてそうな気がするんだけど……


「ええ、あっ! どれもちゃんと月白教に浄化してもらったと記載されているので大丈夫ですよ」


「なるほど。それで結局あれはどうするんでしょう?」


「武具は鍛治ギルドに魔晶石は魔術士ギルドに渡すようにと」


 魔晶石? 魔石じゃなくて魔晶石だったのか。そういや浄化したって言ってたからそれでかな。


「しかし、結構な量があったと思うのだが」


「うーん、何往復かしないとだね」


「急に持って行っても驚かれるし、向こうも困るんじゃない?」


 っていうか既に倉庫整理っていう依頼じゃ無くなってる気が……


「そうですね。先方にはすぐ連絡しようと思いますが、運ぶのは明日以降になるかと。物はそれぞれをまとめて倉庫に戻していただいて、皆さんの依頼はそれで完了ということでよろしいでしょうか?」


「おっけー! じゃ、さくっと片付けちゃおう!」


 ルルが勢い良く立ち上がり、私たちもそれに続くのだった。

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