第15話 要件再定義のお時間です

 ノティアの街はそれなりにしっかりとした石畳が敷かれている。

 大通りは二車線、馬車二台がゆったりとすれ違える幅があるのは、しっかりとした都市計画があったのかなと思える。

 その大通りを四人乗りの馬車がゆっくりと進んでいる。

 乗っているのは私、ルル、ディー、マルリーさん。クロスケは私の足下に寝そべっている。そして御者をしているのが例の人、ミュイさんだ。そのミュイさんなんだけど……確かに、確かにダッツさんの妹って感じなんだけど!


「その……すっごい人だね、ミュイさん」


「ん? どういう意味?」


「いや……」


 だって、ミュイさんって……すごくヅカなんだもん……


「ダッツ殿を男前にした女性という感じだな」


「それ! それだ!」


「二人とも何気にひどい事言ってますよー」


 ニコニコしながら冷静につっこむマルリーさん。今日はちょっとおめかししている。武力方向ではなく女子力方向に。

 その傍らには少し膨らんだトートバッグが置かれている。多分、あの膨らみは……


「それってあの魔石ですか?」


「そーですよー。どうせなら今日もう領主様に買い取ってもらおうとー」


「白金貨十枚……ですか?」


「いえー、十二枚ですよー」


「増えてる!?」


 鬼畜やで、このギルドマスター……


「でも、十二枚でも安いと思いますよー。このサイズの魔石を本国に渡せば、半年分の税は免除になるでしょうからねー」


 え、税の代わり?


「そういう仕組みがあるんです?」


「そだよ! ノティアは魔の森に接してて魔物の数も多いから、魔石を税の代わりにできるんだ」


「ふーん……。で、本国ってその魔石をどうしてるの?」


「教会で浄化したのちに魔導具の素材として使われると聞く。魔導都市に輸出することで財を得ているのだろうな」


 魔導都市! これは旅の行き先リストに追加しておかねば……


「その魔導具っていうのは特別な設備がないと作れないから輸出してるの?」


「いえー、単純に魔導具を作る魔術士なんてめったにいないのでー、魔術士が集まる魔導都市だけの産業になってる感じですねー」


 同業種が特定の地域に固まるのはこっちも一緒なのかな。日本でもソフトウェア開発はだいたい首都圏だったし、アメリカならシリコンバレー?

 ネットもないこっちの世界で技術力……もとい魔術力?を高めようとしたら、学研都市的な魔導都市に集まるのも納得はできる。


「でも、魔石なんてゴブリンからでも採れるんでしょ? ギルドから集まる量とかすごい数になりそうだし、あんまり儲からないような気がするんだけど……」


「ん? ミシャは魔導具の作り方、何かに魔法を付与する難しさは習っていないのか?」


「あ……、あー、そういうことかー、理解したよ……」


 ルルが『ほらね!』ってドヤ顔でこっちを見ている。マルリーさんはちゃんとは話してないけど、やっぱり気付いているのか生暖かい目をしてるし。

 でも、ディーにはそのことはまだ伝えてないんだった。そのうちちゃんと話さないとダメかな。


「あ、着いたよ!」


 ともかく、まずは領主様とご対面。まあ、その時に突っ込まれたら全部話すことにしよ……


***


「失礼します。ルルお嬢様と皆さまをお連れしました」


 おー、ミュイさんの声、やっと聞けたけど、マジでヅカだこれ。イケメンボイス過ぎる。


「おお、待っとったぞ!」


 扉の向こうから聞こえるのは領主様、ルルのお爺ちゃんの声。ここが執務室的な部屋なのかな。


「じーちゃん、来たよー」


 お気楽なルルに続いて部屋に入ると、そこはまさしく執務室といった部屋。部屋の中央にあるローテーブルとソファーに案内されて座る。

 クロスケも特に止められることなく通され、ソファーに腰掛けた私の足元に丸まった。ただ、ミュイさんだけは扉を背にして立っているようだが……


「さて、そこのエルフのお嬢さんから大まかなことは聞いておるが、実際どうだったかを聞かせてくれるか?」


「ボクはいいけど……」


「ミュイにも全て伝わることになるんですがー」


 マルリーさんがチラリとミュイさんのほうを見る。が、見られた側は平然としたものだ。


「ある程度は外に情報を出さねば皆納得しないだろう、特にダッツあたりはな。もちろん、どうしてもということに関しては考慮するから安心してくれ」


「むー、嘘ついたらじーちゃんのこと嫌いになるからね!」


「あ、安心せい!」


 慌てっぷりが酷いんだけど、孫娘に弱すぎじゃないかな……


「じゃ、ルルよろしく。この前の会議の時?ぐらいの説明でいいと思うよ」


 というわけでルルに丸投げした。領主様も孫娘に話してもらう方が嬉しいでしょ。


「おっけー。えーっと、偉そうな役人がギルドに来たあたりからでいいかな」


 ポイントポイントを押さえたルルの語り口はなかなかしっかりしていてすごいなって思う。ディーも私たちの視点からの話は初めてだからか、話にのめり込んでる感じだし。

 ちらっとミュイさんを見てみたが全く表情の変化がない。興味があるのかないのかさっぱりわからない感じ。

 逆に領主様はコロコロと表情を変え、特にルルが活躍したところでは露骨に相好を崩す。例の会議で領主様が現れる直前までのやりとりには大笑いしている始末だ。


「はー、わしが出ていかんでも良かったのではないか?」


「その時は私がここに来てましたけどねー」


 ニッコリ微笑むマルリーさんだが、それって半分以上脅しですよね?


「あー、その、あれだ。ミュイの方は何か質問などあるか?」


「そうですね」


 表情一つ変えずルルの話を聞いていたミュイさんにいきなり睨まれた。めっちゃ怖いんですけど。


「ルルお嬢様とミシャ殿、クロスケ殿でオーガロードを倒されたとのことですが、正直信じられませんね。オーガロードはかつて兄が六人がかりでようやっと倒した相手と聞いていますし」


「そこはミシャの魔法がすごかったからだよ!」


「そこが信用できませんね。見たところルルお嬢様と年齢もあまり違わないでしょう?」


「ミシャの魔法がとんでもないのは確かだ。私も先程目のあたりにしたし、その技量はナーシャ殿も呆れるレベルだった」


 ディーがフォローしてくれるのはありがたいんだけど、なんか褒められてる気が全くしないのは気のせい?


「ナーシャ殿が……。では、もう一つ。オーガロードが持っていた棍棒に咄嗟に魔法付与を施して凍らせたとのことですが、そのようなことは不可能かと思います。何か別の魔導具でも持っていたのでは?」


 デスヨネー。うーん、これどう説明したものかなー……


「じゃ、今から何か魔法付与すれば信じてもらえます?」


「……いいでしょう。できるものなら」


「じゃ、危ないことはしないと誓うので、ちょっと魔法使いますね」


 それにしても周りの視線が痛い。ルルやディーは期待に満ち溢れた目をしてるけど、マルリーさんやミュイさんが無表情で怖い。

 うーん、とりあえず……これでいいか。


《起動》《探索:水》


 ん? んんん? あー、はいはい……


「ちょっとこれ借りますね」


 ローテーブルに置かれていた飾りがついたペーパーウェイトっぽいものを拝借する。


《構築》……《付与》


「できた。かな」


「なになに? どういう物なの?」


「これはこう使うんだよ」


 私はそれを持って立ち上がると棚の方に歩を進める。さっきの探索でこの棚の奥に何かを隠してるのわかっちゃったんだよね。

 領主様はドワーフなんだし、棚の奥に隠しそうな物というとお酒だろうね、多分。


「この辺だったかなー」


 下から二段目あたりに近づけるとペーパーウェイトがうっすらと発光する。


「えっ?」


 ミュイさんから驚きが溢れたようだが、光った程度で驚かれても困る。これは魔素の放出先に一定以上の水があると自身を発光するようにしたもの。


「あ、これか。この隠し扉作った人すごいですねー」


 手前にあった謎な置物を退けると本当に小さい取手が見える。


「あ、あ……」


 領主様が困ってるようだけど気にしない方向で。

 取手を引くと念入りに隠された物、ボトルに入った琥珀色の液体があらわになる。これはブランデーかな。ま、お酒も水とアルコールの混合物だからね。


「あった。おー、これはかなりお高いお酒ですかねー」


 息抜きのための取っておきなんでしょうけど諦めてね!

 取り出したボトルをルルに渡し、ペーパーウェイトは机に戻した。


「じーちゃん、これもらうね!」


「あ、ああ、うん……」


「やっぱりミシャは無茶苦茶だな……」


 白目になってる領主様。そしてディーの言い分が酷い。


「……これは?」


 ミュイさんがペーパーウェイトを手に取り、魔法が刻まれたあたりを確かめている。


「水を見つけると発光する魔導具って感じです。そっち側をぎゅっと持ってもらうと、反対側の先に水があると発光するようにしました。探索距離は……部屋の広さぐらいですかね」


 言われた通りにペーパーウェイトを操り、ボトルに向けるミュイさん。発光するその先端を見て驚きを隠せないようだ。

 ちなみにある程度の水に反応するので人に対してもそこそこ反応する。人間って確か七割ぐらい水だしね。


「これで信じてもらえます?」


「あ、あなたは自分が何を作ったのか理解しているんですか!?」


 なんかプルプルし始めたミュイさん。魔導具作ってみせろっていったから作ったんだけどね。


「水発見機? 水発見魔導具っていうのが正しいんですかね」


「これを使えば井戸を掘る前の調査が恐ろしく楽になりますね……」


「ああ、なるほどー。でも、今だと水源までの距離がわからないから、距離に応じて光量を変える方がいいかな。

 いや、光よりも音とかの方がそれっぽい気がする。いやいやその前にまず探索距離が短いかな。地下水源って結構深かったりしますよね……」


「ミシャさーん、帰ってきてくださーい」


「あ、すいません、つい……」


 つい、動作確認からの要件再定義をしていました……


「ミュイも納得しましたかー?」


「え、ええ、納得しました。納得はしましたが……」


「ミシャさんはあのロゼ=ローゼリア様のお弟子さんですからねー」


「「「はあ!?」」」


 驚くミュイさん、領主様、ディー……なんだけど……


「私、マルリーさんにそれ言ってなかったと思うんですけど……」


「一月ほど前にロゼ様がふらっと現れてー『世間知らずな弟子がここに来ると思うからよろしく』って言われてましたのでー」


「なんですかそれ……」


「とはいえー、ミシャさんのことだと確信したのはー、オーガロードの件があってからですけどねー」


「まあ……そういうことですので、私のことに関しては出来るだけ話さないでもらえると助かります……」


 そう言ってぐるりと見回すと、誰もが首を縦に振ってくれたので、ロゼお姉様には感謝しておくべきなのかもしれない……釈然としないけど!

 その後、白目な領主様に例の魔石を白金貨十二枚で確約させたマルリーさんのほうが、よっぽどだと思うよ。ホントに……


***


 報告はいったん終わりとなり、夕食をご馳走してもらうことになった。

 予想通りの豪華な夕食を堪能し、食後のお茶をいただきつつ後半戦開始である。


「南のダンジョンは進展はほぼ無いということかの?」


「そうですねー。覇権さんは明日はどうするんでしょうー?」


「兄のパーティーが明日から向かうと聞いています」


 むむ、意外と動きが早いなー。二、三日は様子見になると思ってたんだけど……


「えー、ボクも行きたいんだけど。うちにも依頼は来てたから行ってもいいんだよね?」


「待ってくれ。ルル、ミシャ、私の三人では危険だと思うのだが」


「ワフッ!」


 うんうん、クロスケもいるけどね。


「ミシャもダメ?」


「とりあえず、ルルの円盾ができるまではダメなんじゃない?」


「うっ、そうだった。で、でも、明後日にはできると思うよ!」


「うーん……」


 反対ってわけじゃないんだよね。条件があるだけで。

 ちらっとマルリーさんの方を見ると、意図を組んでくれてるのか頷いてくれる。


「円盾が出来上がって、かつ、マルリーさんが参加してくれるなら、かな。あと、できればミュイさんも参加して欲しいけど」


「そうですねー。ミュイも来てもらえると助かりますー」


 ニコニコ顔で賛成してくれるマルリーさん。


「……なぜ私を?」


「領主様の護衛をしてると聞いてます。ルルの口ぶりからしてもダッツさんぐらい力量があるんだろうなって。あとはいざというときにはルルを守って逃げてくれそうだとか、報告するときに丸投げできていいなとか……」


「あなたという人は……」


「ダメですか?」


「まあ、いいでしょう。ですが、それまでに兄が依頼を終わらせていた場合は無効ですよ」


「はーい。まあ、その時はミュイさんがいなくても大丈夫なんじゃないかと」


 そう答えると微妙に嫌な顔をされた。気持ちはわからなくもないけどね。

 隣でルルがガッツポーズしてるし、ディーも一安心みたいな顔してるので大丈夫かな。そして、


「あー、わしはルルが行くことを許したわけではないのだが?」


 豪快にちゃぶ台を返そうとした領主様は、即座にマルリーさんとミュイさんに手刀を食らって悶絶した。

 それを見て流石にルルも可哀想に思ったんだろう。


「じーちゃん……。さっきのお酒飲んじゃったからボトルだけ返すね」


 でも、それはフォローになってないと思うよ……

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