第14話 自分に今必要なリソースは?

「ここだよ!」


 まったく看板も何もない入り口。


「え、ここ?」


「普段からお店として構えてるわけじゃないからね」


 さくさくと入り口をくぐって進むルルを私とディーが追いかける。土間が入り口からずっと続いていて、田舎のお爺ちゃん家を思い出させる作り。

 左手側が住居になっているようだけど、木戸が閉まっていて中を伺うことはできない。空いててもしないけど……


「ロッソおじさん、いる?」


 ルルがそう大声で呼ぶと、土間の奥にある鉄の扉の向こうから声が返ってきた。


「おー、ルルか? こっちこーい」


「親戚?」


「そうだね。お爺ちゃんの弟って何て言うの?」


「大叔父というはずだ」


「おお、ディーすごい!」


 そんな無駄話をしつつ、ルルが鉄の扉を開けると、むわっとした熱気が噴き出した。この先が鍛冶場なんだろう。


「久しぶりじゃのう!」


 ルルをハグで出迎えたのは確かに領主様、ルルのお爺ちゃんに似たドワーフ。ただ、背丈はルルより少し大きいぐらいで、私がイメージしていたドワーフ像にぴったり合致する人だった。


「久しぶりって、一ヶ月も経ってないでしょ」


「んー、そうじゃったかの。で、今日はなんの用じゃ?」


 私とディーが睨まれた。兄の孫娘って大姪?かつ領主様の孫娘。当然ですよね。


「まずは二人を紹介するね。二人ともこの間『白銀の盾』のギルドメンバーになったミシャとディー。一緒に仕事してるから良くしてあげてね」


「はじめまして、ミシャといいます」


「ディアナです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる私たちにロッソさんが少し驚いた表情を見せ、


「はっはっは! 人とエルフに同時に頭を下げられる日が来るとは思わなかったわい」


 大声で笑いだした。


「もう! そういう言い方するから、いつまでたっても仲良くできないんだよ!」


「すまんすまん。まあ、年寄りじゃから許してくれ。ほら、座った座った」


 そう言いつつ近くにある椅子に私たちも座るよう促してくれた。


「しょっと。まずはこれ! 直るかな?」


 ルルが座りながら取り出したのは、例の大きく凹んだ円盾。


「おいおい、こりゃ一体……」


「オーガロードの棍棒を受け止め……受け流したら、かな」


「はぁっ!?」


 そりゃ驚くよね。


「あ、ちゃんと倒したからね。ミシャと二人で!」


「運が良かっただけなので…」


「……」


 無言でそれをあちこちから眺めたロッソさんはため息交じりに言う。


「ルル、兄貴には話してあるんじゃろうな?」


「うん、朝からいろいろあって、じーちゃんは全部知ってるよ。このあと、もう一回お屋敷の方で説明すると思う」


「ならいい。この円盾はもう直せん。新しいものを用意しよう」


「むぅ、了解。これ先に渡しておくから目一杯いいものが欲しい」


 ルルが金貨3枚をテーブルに置く。


「おいおい、随分景気がいいな」


「オーガロードの魔石がすごい大きさだったからね。どうやっても高く売れるからって、マルリーさんが先に渡してくれたんだ」


 白金貨5枚=金貨50枚は確定らしいので、その一割はルルの円盾の修理もしくは新規購入に、そして……


「あと、ミシャ用の新しい杖が欲しいんだ」


 ともう2枚の金貨を置いた。


「金貨5枚とは、こりゃ気合いれんとだな。さて、ルルのはオーダーメイドにするとしてだ。そっちの嬢ちゃんの杖はワシの専門外になるから……ん、まあ……ちょっと待っとれ……」


 微妙な表情で席を立ったロッソおじさんは、そのまま奥の扉を開けて出ていってしまう。


「おじさんの奥さんが魔術士なんだよ。呼びに行ったんだと思うよ」


「「なるほど」」


 と二人して納得。


 ロゼお姉さま以外の魔術士に合うのは初めてになるんだけど大丈夫なのかな。

 魔術士ギルドに近づかない問題とうまく共存できるといいんだけど……と扉の向こうから怒鳴り声が漏れてくる。


「ルルが来てるって!? もっと早く呼びに来なよ、この宿六!」


「いでっ!」


 バンっと扉が開くと、ルルを二回り太……ふくよかにした女性が走ってきたかと思うと、ルルをがっちりとハグした。


「ルル! 元気そうで良かった!」


「おばちゃん、痛いって!」


「じゃ、もっとだね!」


 私もディーも唖然としていると、ロッソさんが流石にそれを止めた。


「おいおい、ルルの友達もびっくりしてるじゃろ」


「わかってるさ。昨日は大変だったみたいだから心配したんだよ」


「あはは」


「お前、昨日ルル達に何かあったのを知っとっるんか?」


「当然じゃないか。南のダンジョンから戻ってきた子らが騒いでたのは見たし、今朝マルリーがルル達を連れて覇権のギルドに言ったって聞いたしね」


「お前……わしにもそれを言うといてくれよ……」


「まあまあ、おっちゃんもおばちゃんも落ち着いて」


 見かねてルルが止めに入り……しばらくして落ち着いたところで、改めて自己紹介となる。


「ボクの友達のミシャとディーね」


「ど、どうも、ミシャです」


「ディアナです。よろしくお願いします」


 きょどり気味の私に対し、きっちりと礼をするディー。なんか負けた気分。


「あたしはルルの大叔母でナーシャ。まあ、こいつの連れ合いさね。で、いろいろあったみたいだけど説明は良いよ。あたしはだいたい知ってるからさ」


「わしだけ知らんのだが……」


「アンタは黙ってな!」


「おっちゃん、後でじーちゃんと話するなら良いっていったじゃん」


 なんか可哀想になってきたけど、余計なことは言わない方が良さそうなのでスルーで。ごめんなさい。


「で、杖が欲しいのはどっちの子だい?」


「あ、はい、私です」


「ミシャはね、攻撃魔法どっかんどっかん撃てるのに魔術士見習いとか言うんだよ。おかしいよね?」


「ちょ、ルル!? そんな事してないでしょ?」


 まったく……。どっかんどっかんって……まあ、どかんと一発はやった気もするけど。


「ミシャちゃん、前の杖はどんなのだったんだい? 完全に壊れちまったんでなければ、うちのに直させてもいいんけど」


「あ、いえ、杖は持ったことないです」


「は?」


「ほらー、おかしいでしょー?」


 え、えーっと……今の何かおかしかった?


「あー、うん、そうだねぇ。これは実際に見せてもらう方がいいね。こっちおいで」


 先程ロッソおじさんが出て行った扉をくぐると、そこは中庭になっており、反対側には同様の扉があった。つまり、通りを挟んだ向かい側がナーシャさんの店舗?らしい。

 うちのギルドのような家庭菜園のようなものはなく、薪割りをするような場所や、割られたそれらが積まれている。


「あっちに向かって何か魔法を打ち込んでみてもらえるかい。まあ壊れたりはしないはずさ」


 ナーシャさんが指した先に的が描かれた石壁……これは街の外壁かな。なら、多少のことではびくともしないはずだけど……さすがに《火球》はまずいかな。《氷槍》ぐらいにしておこう。


《起動》《氷槍》


 つららをイメージした形に魔素を形成し、それが射出されると同時にその形の氷となって飛んでいく。慣性の力を持った瞬間に氷となるため、その勢いのまま飛んでいく仕組みなのはわかっている。

 氷を水にするといわば《水槍》になるわけだけど、水は形を維持しづらいのか飛距離が出なかった。でなかったというかすぐに飛散してびしょ濡れになった……

 土とか石にすればもっと威力が上がるのかな。オーガロードに通じなかったのはやっぱり問題あるよね……。いっそのこと、鉄や鉛にして初速を上げれば銃といえるレベルになるのでは……


「ミシャ!」


「うわぁ!」


「どうしたの? 魔法撃ったあとボーッとしちゃって」


 あ、ついつい脳内世界に入ってしまった……


「ごめんごめん、ちょっと考え事しちゃってた。えーっと、どうでしょうか?」


 振り向くとぽかーんとした顔のナーシャさんとロッソさん。と、ディーも?


「あのー、なんか問題ありました?」


「あー、あるよ。ホントありすぎだね……」


「は、はあ……」


「おい、アンタ。あたしはこの子と二人で話があるから、ルルたちを連れて戻りな!」


 しっしっと皆が追い払われ、私だけが取り残される。


「さて、じっくり話すよ。こっちおいで」


 当然、私には……説教タイムなのかな、これ……


***


 庭の反対側がナーシャさんのお店となっているということで、そのまま裏口から入らさせてもらう。ようするに、一つ隣の通りのお店で、そっちは魔法や薬関連のお店が並んでいるらしい。


「そこにお座りよ」


「あ、どうも」


 シンプルな木のテーブルに椅子が二つ。テーブルの上にはビー玉ぐらいの魔石が転がっている。ゴブリンのものがこれぐらいなんだろうか?


「で、あんたがどれくらい非常識なことをしたかなんだけど、その自覚はあるのかい?」


「ごめんなさい、正直、全然ないです」


 素直に答えたら、ナーシャさんが頭を抱えてため息をついた。


「いろいろとやらかしてるんだろうなって思ってはいるんですが、普通がどれくらいかわからないんです……」


「そうかい。じゃあ、一つずつ聞いていくよ。まずは、杖も魔導書もないのに、どうやってあの魔法を発動できたんだい?」


「あ、なんだ、それですか。それはこの指輪のおかげです!」


 そうそう確かにそれはビックリするやつだった。

 私にはロゼお姉様からもらった指輪があって、それにかなりの攻撃・防御呪文が刻まれている。

 もらってすぐ右手の薬指にはめたんだけど、それだけで特に何も持たなくても魔法を扱えるようになったので、それが普通になっちゃってたなあ。


「もう少し近くで見せてもらえるかい?」


「あ、はい」


 はずしても良かったんだけど、それで変装が解けるかもしれないので、ナーシャさんに右手を伸ばすことに。


「はあ、ますます驚きだよ。あんた、この指輪いくらぐらいすると思ってるんだい?」


「うっ……それは、お……師匠様からもらったものなので……」


「あたしなら白金貨十枚以上は出すね。そんなお金持ってないけどね」


「えええっ!!」


 ロゼお姉様……なんてものを渡してくれてるんですか……


「で、次だよ。あんたが撃った氷の魔法だけど、誰が見たって中級以上の魔法だよ。それを杖もないのに完璧に発動させた。この国の宮廷魔術士にだって無理なレベルでね」


「えーっと……」


「普通はね、こういう杖を持って、魔素の扱いにムラが出ないような補助が入って、はじめて安定した魔法が使えるようになるんだよ」


 ナーシャさんはそういって近くに立てかけてあった長杖を机の上に置いた。


「木目が真っ直ぐな木の杖は魔素の震えを抑えてくれるし、金属とガラスを層にした飾りの部分は魔素出力を一定にしてくれる。まあ《視覚化》してみればあんたにもわかるかね」


 そういって魔素を視覚化してくれたナーシャさんが杖の先に淡い赤色の魔素を集め、球や立方体、円錐といった形に切り替えていく。

 ナーシャさんの手から出る魔素には揺らぎがあるものの、その先の杖を伝うにしたがって綺麗に流れているのも面白い。そうか、杖ってスタビライザーなんだ。


「あんた、これぐらいは杖なくてもできるでしょ? ちょっとやってみな」


 まあ……出来ると思う。


《起動》《視覚化》


 よし、えーっと……机の上空あたりでいいかな。思いつく多面体出してみよう。


 三角錐、立方体、正八面体、正十二面体、正二十面体、球、円錐……あとなんかあったかな……

 うーん、もうちょっとモデリングソフトとかちゃんと扱えるようになっとけば良かったな。単体テストやデバッグに使う程度のポリゴンモデルぐらいなら作れたけど、こんなことなら戦車とか戦闘機ぐらいは作れるようになっとくべきだったか。


「はいはい、もういいよ」


「あ、す、すいません!」


「いや、こっちこそごめんよ。ちょっとした嫉妬だよ、あんたの才能へのね。それで癇癪起こすほど若くはないから安心おし」


「はい……」


「で、さっきお師匠様って言ってたけど、あんたの師匠ってよっぽどなお人なんだろうとは思うけど一体誰なんだい?」


 当然、その質問来ますよね。はい。

 ここは覚悟を決めるしかないかな。どうせルルにはバラしちゃってるし、この後、ルルのお爺ちゃん=領主様にも話すつもりだったし。

 あちこち言い触らさないという前提を承諾してもらって、私はロゼお姉様の名前を告げるのだった。


***


「構えてみるだけで微妙な違和感があることを見抜かれるとは、ロッソ殿は本当にすごい方だな」


「ロッソおじさんの武具にはじーちゃんだって頭が上がらないからね!」


 ギルドへの帰り道。私の前を歩く二人が上機嫌すぎて困る。

 いや、別に困らないけど、あの後、ルルのハンマーやディーのレイピアを手入れしてもらったそうで、それが神業だったらしい。羨ましいかぎり。


 私はというと、ロゼお姉様の名前を出した瞬間にすっごい生暖かい目で見られ、よくわからない同情をもらい、普通の魔術士がどういうものなのかの説教を受けたあと、やっと中級者用だけど魔素の蓄積に特化した短杖をお勧めされた。

 普通のスタビライザー要素がある杖は、そんな機能が必要がない私にとって無意味。なので、自身の魔素をできるだけ蓄えることができる杖がいいだろうということになった。

 そうなると蓄積量が多そうな長杖の方がいいかなと思ったのだが『結構重いし、普段は邪魔になると思うけどねぇ』という一言があって却下。

 無難にお勧めされた短杖にし、ウエストホルダーを合わせてもらった。ところでこのお勧めされた短杖、ガテンワンドって呼ばれてるらしい。なんでも魔素を大量に消費する土木魔法御用達だからだそうで……


「それでミシャはどうだったんだ?」


「だいたいお説教だった」


「まあ、しょうがないだろう。あれを見て驚かない人はいないと思う」


「ルルはたいして驚いてなかったと思うけど?」


「ボクはミシャがすごいのは、その前からわかってたもんねー」


 そう得意げに言うルルだけど……


「その前に何かしたっけ?」


「薬草見つけるのに魔法使ったじゃん」


「あっ……、そうだった……」


 がっくりと肩を落として歩いているうちにギルドが見え、その家先に馬車が止まっているのに気づく。どうやらもう領主様のお迎えが到着してるようだ。


「もう迎え来ているようだな」


「だね。急ご!」


 ルルにつられてディーも私も走りはじめた……

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