幕間:もしもフラグが立ってたら:1
ピピピ……という電子音が意識を引き戻した。
あ、そうだった。コーヒーのお湯沸かしてたんだった。
電気ケトルを持ち上げ、フィルター式のインスタントに注ぐと、なんとも言えない香りが漂い、それだけで満たされる気がする。
マグカップ一杯分を抽出してゴミ箱へ。
砂糖とミルクは……出すのが面倒。頭をすっきりさせたいし、このままブラックでいいかな。
「お疲れ様です。美沙さんも休憩ですか?」
「真琴ちゃんもお疲れ」
総務の佐藤さん。真琴ちゃんと主に私から呼ばれている同期。
「うちの会社が買われるみたいな噂がありますけど、美沙さん何か知ってます?」
「全然、私も噂程度だよ。現場よりも総務とかの方が情報早いんじゃない?」
「うーん、こっちも全然ですね」
うちは地方の小規模なIT系人材派遣会社だけど、まあまあ評判もいいせいか全国規模に展開してる大手が買収に動いているという噂がある。
「もし買収されたら真琴ちゃんはどうするの?」
「私ですか? まあ、半年ほど勤めてみて、キツそうなら辞めます」
「えっ、そんなアッサリ?」
思わず飲みかけたコーヒーをこぼしそうになる。
「親がそろそろ戻ってきて、こっちの事務やれってうるさいんですよ」
そう言いつつ、真琴ちゃんは私の手からマグカップを取り、綺麗な布巾で拭いてくれる。
「そうなんだ。でも、その方がいいかもね。その大手の会社ってのは結構厳しいらしいし」
「はい、どうぞ」
改めてマグカップを受け取る。
「あーあ、真琴ちゃんが羨ましくなってきたな……」
うちの両親は普通に会社員とパート主婦。八つ下の妹がもうすぐ大学受験だし、そんな時に自分が無職になるのは避けたい。
今のところに入れたのだってかなりラッキーだった感じあるし……
「じゃ、美沙さんもうちに来ましょう。総務のためのプログラムしてください」
「あはは、それもいいかも」
まあ、社内SEだとあんまりプログラミングすることはないだろうけど、それはそれで安定職な気がする。
もちろん、その会社が安定してればだけど。っていうか、真琴ちゃんの実家っていったい……
「むっ、美沙さん、真面目に考えてくれてます?」
「あ、う、うん。もしものときはお願いします……」
「今、確かに聞きましたからね。絶対ですよ!」
そう言ってずいっと近寄ってくる。
「ちょっ、真琴ちゃん、近いって!」
「いいんです! だって、私、美沙さんのこと……」
「え? ええっ!?」
………
……
…
クワッと目を開けると唇にあてがわれていたのはクロスケの前足の肉球だった……
「ゆ、夢か……」
あの時は『絶対ですよ!』のところでお局が来て解散だったよね。
ちなみに真琴ちゃんは買収された一ヶ月後にはきっちり辞めた。最後にメールで無理する前に連絡するように言われてたっけ……ごめんね……
「ワフ?」
「おはよう、クロスケ。でも、変な起こし方しないでね」
そう言ってみたところ、クロスケはすいっと顔を背けて朝御飯を催促するようにドアの側まで行ってお座りする。
「待って待って。着替えないといけないし、先にルルを」
不意にドアが開き、びっくりして身構えてしまう。
「あ、ごめん、ミシャ。驚かせちゃった?」
「ルル……。大丈夫。それより私、結構寝過ごした感じ?」
「寝顔可愛かったから起こせなくってね、えへへー」
うぐぐ……
「もうすぐ朝御飯の時間が終わっちゃうから、ラーナさんに少しだけ待ってもらうように言ってきたよ」
「う、ごめん、急ぐ……」
慌てて着替え、そのまま出れるように荷物をまとめる。
ルルは荷物の方はもう終わっているのか、装備の位置を確認をしたりしているんだけれど……
そっか、ルルってなんとなく真琴ちゃんに面影が似てるんだ。
赤毛のショートカット、屈託のない笑顔、気を許してる相手にはぐいぐい来る感じ。
昨日会ったばかりなのに、まったく疑ってかかろうという気が起きなかったのも、そのせいなのかな……
***
街中は時間がそれなりにわかる。西地区にあるらしい教会から、毎時で鐘の音が届くから。
ルル曰く、魔法が付与された鐘から、よく響き、でも不快ではない鐘の音が朝七時から夕方六時までの間だけ鳴るそうだ。
昨日も何度か聞いた気がするけど、正直あんまりよく覚えてない。行きは緊張してたし、帰りは疲れてたから……
「教会はこの街の観光名所だから、今度連れてってあげるよ!」
「うん、楽しみにしとく」
そんな話をしているうちに『白銀の盾』ギルドに到着。
「おはよー!」
「おはようございます」
「ワフー」
マルリーさんはカウンターにはおらず、テーブル付近をゆるゆると掃除中だった。
「あらー、おはようございますー。しっかり休めましたかー?」
「ばっちり! ミシャなんて寝坊したしね!」
ルルがすたすたと歩いて行きテーブルにつく。
マルリーさんはそれを確認して、お茶を淹れに奥へと向かった。私はその手伝いにマルリーさんの後を追う。
「お茶の葉はその棚の扉のところにあるのでー、出してもらえますかー」
「はい」
私がお茶淹れを手伝うのを見て手持ちぶたさになったのか、ルルは依頼掲示板の方へと歩いていく。
「何か街中のお仕事あった?」
マルリーさんが淹れてくれたお茶を運び、テーブルに置くとちょうどいい感じに茶葉が開き始める。
「西地区で古い倉庫の整理のお願いがあったと思いますー」
とマルリーさんが追加用のお湯をポットに入れて持ってきてくれた。
「うん、やっぱりそれかな!」
ルルは依頼書を取って戻ってくると、テーブルの上にそれを置く。
「どれどれ……」
依頼書に書かれていた内容は単純な倉庫整理に加えて、不要なものは廃棄して欲しいというもの。
「廃棄ってどうすればいいんでしょ?」
「サイズによりますねー。その時に相談しましょー」
ひょっとして粗大ゴミ券とか売ってたり……はしないよね。
「失礼するぞ」
声が掛かって現れたのは見知った巨躯に厳つい顔。
「ダッツさん、おはよう!」
「おはようございます」
「あらー、いらっしゃいー。うちに移籍する気になってくれましたー?」
「はっ、気が向いたらな」
マルリーさんがいきなり不穏なことを口走っているが、さらっと受け流される。
「それでは他に何かご用事が?」
「ああ、すまんが全員うちのギルドに来てくれねえか。移籍しろって話じゃないぜ。お役人が例の若い連中に何か吹き込まれたらしくて、昨日の話を説明しろってことらしい……」
割と本気でうんざりした顔をして言うダッツさん。
今日呼び出しがかかるのは想定の範囲内だけど、さて、何を言い出すのかな。
「なんでここじゃないのさ!」
ごもっとも。
「まあ、そういうな。うちのギルドマスターも出るし、俺も昨日の件があったから出るつもりだ。そうなると、ここにむさ苦しい男がみっしり詰まっちまうぜ」
「そうですねー。手狭なところではお話もしづらいでしょうしー、伺わせていただきますー」
そう言うとマルリーさんはお出かけのためにいったん二階へと戻る。
「そういえば、件のパーティーもいるんでしょうけど、その中にエルフさんはいました?」
昨日の夜、かなり頑張って誠意を見せてくれたわけだけど、果たしてその後どうなったことやら……
「ん? いや、見なかったな。リーダーとサブリーダーの二人だったぜ。まあ、あいつらが万が一にもあんたらに手を上げるようなら、俺が容赦しねえから安心しな」
「あはは、助かります」
その厳つい顔でニヤリってされるとマジ怖いので勘弁してください……
「ミュイ姉もいてくれるの?」
「いや、あいつにはちょっと別の用事を任せてある」
ミュイ姉……ルルがそういうからには知り合いなんだろうとは思うけど、ダッツさんのパーティメンバーあたりなのかな?
「お待たせしましたー」
と、階段から降りてくるマルリーさんの姿を見て絶句してしまった。
「お、おう、気合い入ってんな……」
ダッツさんも思わず怯むその威容。
白い外套に包まれてはいるが、その中には凝った意匠の全身鎧が見える。腰に履いている剣も柄の細工が半端ない。
「あれ? マルリーさん、盾持ってこなかったの?」
「ええー、迷ったんですがー、場所取りすぎるかなーってー」
場所取りすぎる盾って何? まさか大盾?
「マルリーさんって……メイン盾だったんですね」
「はいー?」
驚きすぎて思わずオンゲスラングが……
「まあなんだ。そのカッコで来てくれりゃ、うちの馬鹿どもも少しは大人しくなるだろう。助かる」
「いえいえー、あくまでお二人のサポートですからねー」
そんな会話をしつつ、マルリーさん、ダッツさんが建物を出る。ここ、鍵とかかけて行かなくていいんだろうか。
「ボクたちも行こ」
「えっと、鍵とかかけなくていいの?」
例の魔石ってマルリーさんが自宅で保管してるんだと思うんだけど……
「ああ、ミシャは知らないんだっけ。マルリーさんの魔法の金庫は絶対に盗まれない金庫って有名なんだよ」
先を行く二人を追いかけながら、ルルは私にその魔法の金庫についていろいろと語ってくれた。
なんでも『マルリーさんでなければ絶対に開かない』『持ち運ぼうにもマルリーさんが許可を出さないと絶対に持ち上がらない』らしい。
じゃあ『マルリーさんを脅して』となるわけだけど……。前を歩いているマルリーさんはダッツさんよりもかなり強い気がする……
ちなみに、今まであのギルドハウスに忍び込んだ泥棒は、例外なくマルリーさんに……な結末を辿っているとか。
そんな恐ろしい話を聞いているうちに、目的地である『未来の覇権』ギルドへと到着した。
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