第11話 土下座よりも再発防止策を
「うーん、美味しかったー」
「はしたないよ、ルル」
ポコっと膨れたお腹をさするルルに言ってみたが、まるで聞いちゃいないって感じ。
まあ、今、宿の食堂に居るのは私たち二人……とクロスケだけ。そのクロスケもガッツリと食べて、お腹を横に寝そべっている。
「んー、コーヒーが飲みたい……」
こちらに来て飲んでいるお茶、前の世界だとハーブティーっていうやつだと思う。
嫌いではないし、どちらかというと好きだけど……。やっぱりコーヒーが飲みたい。それがダメならせめて紅茶……
「こーひーって何? お酒?」
「違いますー」
そういえばさっきの食事でもルルは普通にワインを飲んでた。未成年飲酒……ってわけでもないのかな。普通に誰も止めなかったし。そもそも成年は何歳からなんだろ?
「コーヒーっていうのは、西の方にある不思議な……お茶の一つかな……」
「ふーん、そんな珍しいもの飲んだことあるんだ」
前世では一日三杯は飲んでた気がする……
こっちの世界でも大陸の西、ラシャードにあるということをシルキーから聞いているので、いつかそのうち飲んでみたいと思っている。
それはそれとして……
「ねえ、ルル。さっき言ってた『魔法の付与には時間がかかる』ってなんでなの?」
「時間かかる理由? ボクもじーちゃんから聞いた話なんだけど『魔法を正確に唱える必要があるから』らしいよ」
「うーん、正確にって言われてもなー」
比較しようにも今までロゼお姉様以外に魔法を使ってる人を見たことがなかった。
多分だけど、ロゼお姉様は完璧に近いんだろう。そしてロゼお姉様以外を知らないから、正確ではない詠唱っていうのがどういうものなのかよくわからない。
館で魔法の練習をしていた時、ふとした出来心で同音異義語を使って魔法を唱えてみたことがある。《氷槍》を《表層》で唱えてみたけど、結果としては何も起きなかった。
転生後、私の日本語は入出力のところでこの世界の言葉に変換されている。だから、日本語で同音異義語でも変換後に全く違うものになっている可能性が高い。
「それで正確じゃないとどうなるの?」
「付与された魔法が全然発動しないとか、発動しても効果が低いとかそういう風になるんだって。だから、何度も何度もやりなおしになって時間がかかるんだよ」
そういうことかー……
「じゃあ、完璧に正確に唱えることができたら、一回で出来ちゃうってことだよね?」
「そう! だからミシャは凄いんだって!」
うん、理解した。理解しましたー。
私に日本語とこの世界の言語との変換フィルターがあるから、魔法も完璧に正確に唱えることが出来てるんだ、これ……
初心者パックの一部だと思ってた言語変換フィルターがチートレベルの効果を叩き出してるのは反則っぽいなぁ。
そういえばロゼお姉様が転生してくる人は結構いるって言ってたけど、その人たちはどうなんだろう。
「とりあえずこのことは内緒ね。バレたらどんな目にあうか……。うん、ロクなことにならない気がする」
「了解だよ。でも、ミシャって意外と常識的なこと知らないよね」
「だって、田舎者なんだもん」
とごまかした。嘘じゃない。日本でも実家は山奥だったし。
「じゃ、そろそろ部屋に戻りましょ」
私が席を立とうとしたところで玄関の扉が開いた。こんな時間にっていう客の顔は見覚えのある顔だった……
***
あー、あの時のエルフさんかー……
扉の向こうから現れたのは、あのオーガロードを引っ掛けてきたパーティーにいたエルフのお姉さん。
まあ、このエルフさんは最後まで私たちの援護に来ようとしてくれてた気がする。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
客が来たのを聞きつけたラーナさんが現れてエルフさんに問う。
「いや、すまない。そちらのお二人に話があるだけなのだ」
「あら、そうかい。まあ、ゆっくりしていきな」
おかみさんはにこやかにそう言うと、奥へと洗い物に戻っていった。
うーん、話があるとか言われても……っとルルを見ると、さっきまでのダラけた姿はどこかへ行ってしまったようだ。
クロスケはいつのまにか私の足元でお座りをしたまま、エルフさんをじっと見つめている。
そこまで深刻なことにはならないと思うので、クロスケの頭を軽く撫でてあげた。
「こんな時間に押しかけてしまって申し訳ない。私の名はディアナ。ディアナ=フォレスターニアという」
そう言いながらこちらに歩き始め……
「きゃ!」
何もないところで躓いてこけたよ、この人……
「うぐぐぐ……」
しかも、顔から突っ込んで、Gみたいな体勢なんだけどナニコレ……
「えーっと、大丈夫ですか?」
もう空気に耐えられなくなって聞いてしまった。
「だ、大丈夫だ。い、今そちらに……」
ディアナさん!? 伏したままカサカサと近寄ってくるのやめてください!
「なんなの、このエルフ……」
ちょっと、ルル! すごい同感だけど口に出しちゃダメだって!
私たちの足元まで近づいて……這ってきたディアナさんは、頭を下げたまま正座する。そう、土下座だ。E・L・FのDO・GE・ZAをこの世界で見ることになろうとは!
「今日は本当に申し訳なかった! あのオーガをダンジョンの外まで出してしまったのは私たちの責任。本来ならばあの場に残って援護すべきだったものを、あろうことか放置して逃げ去ってしまう始末……」
「あなたが残ろうとしてたのは見ましたよ。でも、結局、行っちゃいましたよね」
厳しいようだけど、それだけで許すわけにはいかない。だって、そういうフリだって出来るわけだし、結果として逃げ出したのは一緒。
「ああ、私も逃げてしまった。それはメンバーが一人負傷していたから……、いや、違うな。私も恐ろしかったのだ、あのオーガが。そして勝てる気が全くしなかった……」
「ふーん、それで? ボクたちに許してもらうためにここに来たっていうの?」
「あ、ああ、そのとおり。そして、あなた方がどうやってあのオーガを倒したのかを、教えてもらえればと……」
「えー……」
ルルがこちらを見る。その表情は『謝ってるからボクは許してもいいけど、ミシャに任せるよ』ってあたりかな。優しいよね、ルルは……
「はあ……。じゃ、はっきり言いますけど、こんな私たち二人しかいないところで謝っても許さないですよ。さらに言うと、どうやって倒したかなんて論外です」
頭を下げたままだがピクりと反応するディアナさん。
「私たちが戻ってきた時、あなたたちギルドで追加人員募集してましたよね。あの時、私たちにオーガを押し付けたこと言ってなかったでしょ?」
ルルが『あ、そういえば!』みたいな驚いた顔をしている。
「は、はい……」
「私はあなたがたパーティーメンバー全員がダッツさんを含めた皆さんの前で事を明らかにしない限り許しませんから」
「り、了解した! ひ、日を改めてそういう場を……」
がばっと顔を上げて言うディアナさんだけど、
「あなたリーダーじゃないですよね、ディアナさん?」
「は、はい……」
「言い方悪いとは思いますけど、無理だと思いますよ」
また、がっくりと顔を伏せてしまう。まあ、無理なのを理解できてるならマシな方かな。
と、クロスケがスタスタと歩いていって、右前足でディアナさんの肩をぽんぽんと叩いた。
「ぶっ!」
私はあまりにそれが自然過ぎてポカーンとなってしまったが、ルルはツボに入ったのか吹き出したのを必死に堪えている。
「本当に申し訳ない……。今回の件に関して、私のいるパーティーが謝罪を行う可能性は低いだろう、恥ずかしい限りだが……。いずれ、私個人としてなんらかの形で謝罪させてもらえればと思う」
「何にしても今日ここで返事をすることはないのでお帰りください。私たちももう疲れてるので解放してもらえると助かるんですが」
と言ったところで、またクロスケがぽんぽんと肩を叩く。
やばい、私もツボに入りかけてる。君、肩たたき上手すぎじゃない?
「すまない。時間を割いて話を聞いていただけただけでもありがたいことだ」
ディアナさん、顔を上げたところで固まる。
ルルはもう完全にツボってしまったのか、後ろ向いて口を両手で抑えている。
「ワフ」
「あ、ありがとう」
ディアナさんはそういってクロスケの頭を撫でてくれた。
正直、逆ギレされるんじゃないかとちょっとドキドキしてたんだけど、ホントに良い人っぽいね、このエルフさん……
「それでは、失礼」
立ち上がったところで『案の定』転びかけたが、なんとか踏ん張っている。足しびれてるんだよね、知ってるー。
「ワフ?」
「だ、大丈夫だ……」
子鹿のようにぷるぷるしながら歩き、最後に丁寧にこちらを向いて一礼してから出ていった。ガッツあるな……
私は一息ついてからルルに向かう。
「ルル、もう行ったよ」
「……はぁー。もう、クロスケのせいだからね?」
「わかってるって。それよりあれで良かった?」
「あのエルフは悪い人じゃないみたいだけど、ミシャの言う通りだと思うし、ボクは良かったと思うよ」
ルルはそう言いながら、中身の無くなった私のカップにお茶を入れてくれる。
「ありがと。まあ……彼女はなんていうかな、世間知らずってやつじゃないかな。どっかの貴族……エルフで貴族ってあるの?」
「ねぇ、それってドワーフに聞く事?」
それもそっか……。っていうか、エルフとドワーフが仲が悪いのはこの世界でもそうなんだ。
「ごめんごめん。それにしてもよくわからなくなってきたね」
「何が?」
「あの例のパーティーが、かな。ダッツさんが若手だって言ってたけど、どこかで知り合って仲良くなって組んでるような感じじゃないよね」
「えっ、そうなの? ミシャ、あのエルフと話しただけでわかるの?」
「多分って感じ。普通はさ、話の中でパーティーメンバーの名前とか出てくる気がするんだけど、誰一人として出てこなかったんだよねー」
「う……。あのエルフがディアナだよね。んで、他に怪我したのがいて……。名前は……確かに言ってなかったかな」
「そもそもメンバー同士がちゃんとした友人なら、彼女が一人で謝りに来たりしないよ。リーダーのことを煽っても全然だったし、むしろバカだってわかってたみたいだし」
「な、なるほど?」
……わかってないな、ルル。
「例えば、の話だよ。ディアナさんの立場がルルで、逃げる選択をしたパーティーリーダーが私だった場合、ルルは私をボコボコにしてでも連れてくるよね」
「当然! 一緒に土下座させるよ!」
「で、私がルルを返り討ちにしたらここにはこないし、引き分けに終わったんだったら彼女は『次は絶対に連れてくる』って言うんじゃない?」
「た、確かにそうだね」
「そういう必死さみたいなのが、あのパーティーには無いなって話。だから、本当にたまたま何か共通の目的があって一時的にパーティーを組んでるんじゃないかなって」
そういうとルルがまたキラキラした目をし始める。
「ミシャすごい!」
「ワフッ!」
こらこら、クロスケも乗らないの……
「さ、そろそろ部屋に戻りましょ。私もう眠くなってきたし……」
「はーい」
席を立ち、ティーセットをカウンターまで運んだ。
ルルも同じようにしていたが、その表情はやけにニコニコしている。
「んー、どうしたのー?」
あくびを噛み殺しながら階段に差し掛かるところで聞いてみると、
「ミシャはちゃんとボクのことわかってくれてるなーって!」
「あ、当たり前でしょ、生死を共にしたんだし……」
ルルの思わぬ反撃に、赤くなった顔を隠してさっさと階段を駆け上がった……
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