第10話 仕事道具は必要経費です
「おばちゃん、ただいまー」
ルルに強制的に相部屋にされた宿屋。名前は『鈴蘭亭』といい女性専用。
ちょっと高めの値段設定らしいが、それなりに繁盛しているとのこと。
「ただいまです」
「あら、お帰りなさい。ルルちゃん、ミシャちゃん」
出迎えてくれたのはこの宿の女将さんのラーナさん。多分、四十路は超えてると思うが口には出さない。
「晩御飯はどうするの?」
この宿、晩御飯は別料金で銅貨五枚の定食と十枚の豪華なやつがある。
「豪華なの二つ、いや、三つで! クロスケにもね」
「ワフー」
うん、まあ、今日は特別がいいよね。お金も入ることだし。
「それでお願いします」
「オッケー、出来上がったら呼びに行くね」
ラーナさんは『特別』を注文してもらって嬉しいようで、さっそく厨房へと消えた。
「とりあえず、部屋で落ち着こ。こっちこっち」
そういえばまだ部屋の中を見てなかった。ダンジョンに行く前に来た時は、ルルとのルームシェアを許してもらいに来ただけだったし。
宿の一階はレストランというか定食屋というか、まあ食事スペースになっている。奥にカウンターと厨房があり、食事はセルフサービスらしい。
左奥に扉があり、そこからが宿スペース。
内玄関のようなここで汚れを落としてから行くように注意されているので、私、ルル、クロスケに《清浄》をかけて汚れを落とす。
「ありがと! 二階だからね」
すぐにある階段を小気味好く駆け上がるルルを追いかけて行くと、板張りの廊下の左右に三室ずつあるのか扉が見えた。
「こっちこっち。一番奥だよ!」
トテトテーっと駆け、その一番奥、右側の扉の前に立ったところで、バッグから取り出した鍵を差し込んで開ける。
フロントに鍵預けるとかじゃないんだなどと前世との違いが気になったりしていたが、入った部屋は八畳ぐらいの洋室で、ベッドが二つあるごく普通の部屋だった。
「あー、疲れたー!」
ルルはそういってベッドの一つにダイブする。なんか先にやられてしまった感があって、私はおとなしくもう一方のベッドに腰かけた。
「この部屋で朝食がついて一人一泊が大銅貨三枚?」
大銅貨三枚は約三千円。二人で六千円だとしてもお安い。
ルルは私が来るまでは大銅貨五枚、つまり五千円で借りてたそうだ。できるだけ、相部屋する相手を探すという条件つきで。
「そうだよ。今月分はもう払ってるから大丈夫。来月分からお願い!」
一月分、銀貨十五枚を前払いしているらしい。宿泊一泊五千円だと安く感じるけど、賃貸で月十五万と考えると高いって思えてくる不思議。
「うん。銀貨九枚だよね、わかった。でも、これなら借家の方が安いんじゃない?」
「えー? 家を借りたら全部自分たちでやらないとダメだから、ギルドで仕事してる時間が減っちゃうよ」
「うーん、確かに……」
社会人になってしばらくは自炊生活してたけど、仕事が厳しくなってきたあたりから夕飯作ったりするのも辛くなってきたんだよね。
一日二日と外食で済ませ始めると、買ってきた食材もだんだんと無駄になってきて、仕方なくずっと外食になる。というか、その方が安くついてしまう。
今日の薬草採集の報酬は二袋採って銀貨二枚。銀貨一枚ずつだから、宿代と特別な晩御飯でも十分に黒字。それを考えるとやっていける気はする。もちろん毎日こんな仕事があれば、だけど。
「それに……、むふふ、今日の戦利品すごかったし、毎日、晩御飯が豪華なのでも問題なし!」
宿代と豪華な晩御飯で大銅貨五枚。一月で銀貨十五枚。一年で銀貨百八十枚……金貨十八枚だから、白金貨二枚あればお釣りがくる。
つまり、アレが売れさえすれば一年は遊んで暮らせるっていうことだ……
あれ? なんか転生チートでも無いのに、意外と順風満帆なスタートになってるような?
「ミシャ?」
「あ、ごめん、計算してた。アレが売れたら、一年遊んでても問題ないんだなって結果が出たので、異論はないよ」
つい考え込んでいた私を気にしたのか、クロスケが何度も頭を擦り付けてくる。うい奴。
「一年!」
「無駄遣いしなきゃ、だよ?」
ガバッと起き上がったルルだったが、釘を刺すとそっぽを向いた。さっそく無駄遣いの算段でもしてるんだろうか……
「まあ、ルルが何を買っても自分のお金だから何も言わないけどね」
「うっ、そういう言い方はずるいと思うよ!」
「じゃあ、何買うか教えてくれる?」
むくれつつもルルは傍に置いていた円盾を膝の上に置いた。
「とりあえずこれ直さないとね」
「うわ、ごめん。こんなことになってたんだ……」
円盾の中央、普通は丸みを帯びているそこはオーガロードが持っていた棍棒の一撃でひしゃげてしまっている。
「ちょっと古かったしちょうど良かったって感じかな」
「仕事道具は大事だよ。新しいのは良いやつを買おう。私も出すから」
と言ったところでルルが首を振る。
「私の装備だからミシャが払う必要ないよ!」
「だーめ、こういうのは必要経費だから! ケチって危険な目にあうのはルルだし、ルルが倒れたらその次は私なんだよ?」
その言葉にルルが目を丸くする。
「ボクが倒れたら次はミシャなの?」
「そうだよ。違うの?」
「ううん……。そうだね、そうだよね! えへへ……。じゃ、あの魔石売れたら一緒に買いに行こうよ!」
納得してくれたようで何より。
「そうだね。そういえば、私まだこの街に来たばっかりだから、もっと色んなところ見たいんだけど……」
今日いきなりいろいろあったのは確かだけど、それはそれとして、ギルド通りと宿しか知らないので街に何があるかぐらいは知っておきたい。
「うん! ボクが案内するから、あいつらがこの街から出て行くまでは遊んでよ!」
「ダメです。街の中の仕事はします」
「ぶー」
そう言って足をバタバタさせるルル。
その膝にあった凹んだ円盾が気になって手にとって見る。
「やっぱり凄い力だったんだね……」
この円盾は腕に通して籠手みたいな感じで使う奴らしい。確かアメコミでアメリカンなキャプテンが使ってた奴に似ている。
凹んでしまったそれを見る限り、とんでもない衝撃だったんだろう。
「想像してたよりも凄かったね。とっさに足を浮かせたから衝撃を逃がせたけど」
「私から見ると、それも凄い体術だと思うんだけど……」
「そうかな? 盾で受ける時に直感でヤバいって思ったら踏ん張るなって教わっただけだよ?」
直感って……私には無理かなー……
「ともかく、ルルに怪我が無くて良かったよ。私が考えなしに氷槍打っちゃったのが原因だったんだし……」
正直、いろいろと舐めてたんだろうなって思う。
魔法が使えるようになって、最初のゴブリンは一撃で倒した。
洞窟に群れてたゴブリンたちも一方的に蹂躙したし、クロスケの首輪にかかっていた変な魔法付与だって解除した。
なんていうか、この世界はチョロいなって思ってたなあと……
「私もびっくりしたよ。だって、ミシャがあんな魔法使えるとか知らなかったし!」
ルルが自分のベッドから立ち上がり、私の隣に腰掛ける。
そういえばルルの目の前で攻撃魔法を使ったのは初めてだっけ。火球は爆発時に周りに被害が出かねないから、氷槍が刺さればと思って撃ったんだけど。
「うーん、そうかなぁ。氷槍とか全然効いてなかったし、ルルのハンマーの方が凄かったよ?」
「違うの! あの雷! あとなんか棍棒にかけたやつ!」
「雷はいつのまにかクロスケの魔素も混じってたっぽいからなぁ」
ふと足元を見ると、クロスケが私の足先を枕に寝転がっていた。
あれがどういう理屈で起きたのかいろいろ試したいんだけど……落ち着いてからかな……
「むう。でも、あの棍棒のはおかしいよ! あれって魔法をその場でつけたんでしょ?」
「う、うん、そうだよ。《判定起動》と《冷却》っていう簡単なのだし……」
「それがおかしいんだって! 武器とか防具とか物に魔法をつけるのって、どんなに簡単なのでも普通は一ヶ月ぐらいかかるんだよ! 失敗したら壊れちゃうことだってあるらしいし!」
「…………」
思わず固まってしまう。うん、それはないない。
「もう、ルルったら! そんな嘘には引っかからないからね!」
「ホントだってば! マルリーさんに確認したっていいよ!」
「……ホント?」
コクコクと頷くルル。
「あーもー、ロゼお姉様に聞いておくべきだった……」
私はゆっくりとベッドに倒れ込む。
「ロゼお姉様って?」
ですよね。うん、ルルにはもうあらかた言ってしまった方がいいかな。状況が状況だし……
「ロゼお姉様は私の魔法の師匠。ロゼ=ローゼリアってルル知ってる?」
「知らない人なんていないよ! 森の賢者って呼ばれる大魔術士様だよ!」
大がつくのかー。魔術士ギルドと喧嘩する人だからそれくらいなんだろうなー。
そんな大魔術士のロゼお姉様が『教えること特に無いからあとは本読んで勉強して』って言ったってことは、知らないうちにチートを獲得してたと考えるべきかな……
起き上がり、ルルの方に向き直る。
「はぁ……。えーっと、一ヶ月ぐらい前かな……」
………
……
…
流石に私が違う世界から転生?転移?してきたというのは伏せた。
寒村から街へ行こうとして、馬車に乗り合わせたら途中でゴブリンたちに襲われて、なんかロゼお姉様に助けられて、以下略な感じ。
「……というわけだから、少し魔法が得意かもしれないけど、実はよくわかってないからね?」
話している間、ルルはずっと目をキラキラさせてたけど、はっきり言って素人なので。
「うんうん。ミシャが凄すぎて、もうボクが足手まといなのかもってちょっと思ってたけど、まだまだ役に立てそうだね!」
「もう、足手まといはこっちだってば……。私がやらかす前にちゃんと止めてね?」
「任せて!」
ルルはそう言って抱きついてくる。
巡り合わせの良さはまだまだ続いているようでホント良かった……
『ルルちゃんたちー、御飯できたよー!』
階下から聞こえてきた声に、私たち二人、そしてクロスケも急いで夕飯に向かった。
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