納品したので検収を
第9話 バグ対応は上長報告で
帰り道。ルルの質問が始まったところで先手を取った。
「まあまあ、長くなるから街に戻ってからゆっくりとね。それより、私たちにオーガを押し付けて逃げちゃった人たちってどうなの?」
「えー、あいつらのことー……。どうってどういう意味?」
「ああいう風に魔物を他人に押し付けて逃げる行為ってどうなのかなって」
MMOだとMPKとか呼ばれる行為だ。まあ、モンスター釣り過ぎて処理できずにみたいな不慮の事故もなくも無いが、そういうときは一緒にデスペナコースだし……
「ダメに決まってるよ! 街に戻ったら文句言いに行こう!」
「はいはい、落ち着いて。それとあの魔物の戦利品は私たちだけのものでいいんだよね。一般的にだよ?」
いわゆるラストアタックはルルが取ったが、ファーストアタックは多分、彼らのうちの誰かだろう。それが果たして意味があったかどうかは別として、戦利品を受け取る権利があるかもしれない。
「全部ボクらの戦利品だよ。だって、彼らはオーガが倒されるところにいなかったんだもん」
「彼らが先にダメージを与えてたから勝ったのかもしれないよ?」
「それは関係ないよ。倒した後に戦利品を回収する場にいなかったら、もらえる権利を放棄したってことになるから」
なるほどなるほど。じゃあ、魔石も腕輪も正しく私たちのものだね。
「じゃあ、ルル。街に帰ってから彼らに会っても基本は無視してね」
「えー……。ボク、あいつらに一言いいたいんだけど?」
気持ちはわかるんだけど、どうも引っかかる点がある。
「ダメだよ。ダッツさんにも今日あったことは内緒ね」
「なんで!?」
「確証はないけど……。ダッツさんたちを困らせるような状況になるかなってね」
実力があり第一発見者を差し置いて『上からの命令』で依頼を任されたメンバー。
やっぱり何かしら裏がある気がするんだよね……
「う、うーん……」
何とか納得してくれたようでなにより。
「マルリーさんには全部話してもいいんだよね?」
「うん、それはね。相談しておかないとこれから一悶着ありそうだなーって思うし」
ルルが訝しげな顔をしてこちらを見た。
「ミシャってさ……腹黒なの?」
「そこは用心深いとか言ってよ!」
そんなことを話しているうちに街の外壁が見えてきた……
***
「はー、帰ってきたねー」
外壁の中に入ると一気に緊張感が緩む。
オーガとの戦いは勝てはしたけど紙一重だっと言ってもいい。ルルとクロスケが居なかったら多分……
「ミシャ、晩御飯どうするの?」
「うーん、先にギルド戻ろ。マルリーさんに事情を話すの優先で」
「わかった!」
大通りを進み、ギルド通りの角まで来る。
「あいつら帰ってきてるかな?」
「んー、覇権ギルドにいるかは微妙じゃない。まあ、何気なく覗くぐらいでね?」
無事に帰れているとは思うが、彼らがどういう行動に出るかは正直わからない。
角を曲がり、覇権ギルドの前を『ごく自然に様子を伺いながら』通り過ぎようとしたところで、何やら揉めている声が聞こえてきた。
「はあ!? お前らがサポートはいらない、自分たちだけで余裕だっつったんだろ! 今さら手を貸してくれとはどういう了見だ!」
この声は……ダッツさん? 声でかすぎじゃないですかね。あ、わざとなのかな?
私もルルも思わず立ち止まってガン見したところ、ダッツさんの後ろ姿とその向こうに、私たちにオーガをなすりつけた奴らがいた。
「ミシャ……」
「ルル。ダッツさんだけに『薬草採集から帰ってきた』ってだけ伝えて」
「わかった!」
ルルが覇権ギルドの方に駆け寄り、開けられた窓からダッツさんに声をかける。
「ダッツさん、ただいま! 何かあったの?」
その声に振り向くダッツさん。……よりも驚愕の表情がその向こうに見れる。
ざまぁと思わなくもないが、あの表情、私たちが生きて帰ってきたことが不思議だって顔だ。酷い話だ。
「まあ、ちょっとな。お二人さんは薬草採集はできたのか?」
苦笑いしつつ話を変えにくるダッツさん。身内のいざこざに巻き込むつもりはないという気遣いが心に沁みる。が、もう少しだけ意地悪をさせてもらおう。
「ルル……」
私も駆け寄って耳打ちするとルルはパアッと嬉しそうな顔をしてバッグを漁る。
「薬草採集はバッチリだったし、見てよこれ! こんなものまでゲットしたんだよ!」
「おお! そ、その大きさはお前……」
とオーガの魔石を取り出すと、ダッツさんが驚愕し、その向こう、私たちを囮にした連中から顔色が失せる。
「あはは、まあ、いろいろあったんですよ。それじゃ、私たち依頼の報告がありますから!」
私はルルを引っ張って自分たちのギルドへと撤収開始。
これ以上、ルルを調子づかせると全部喋ってしまいそうなので……
「お、おう、今度詳しい話を聞かせてくれよ?」
「はい、それではー」
「むぐーっ!」
右手でルルの口を塞いだまま撤収。
見るとあの連中はどこかへ去ってしまったようだ。これでまたダッツさんの怒りゲージが上昇しそうだね……
***
「ただいま!」
「ただいま帰りましたー」
カウンターで何か書類仕事のようなものをしていたマルリーさんが顔を上げた。
「あらー、お帰りなさいー」
ぽわぽわ姉系キャラの癒しパワーが私たちをリラックスさせてくれる。
「どうでしたかー、薬草ありましたー?」
「あったよー、はいこれ!」
ルルが麻袋を取り出したので、私も同じようにそれを取り出してカウンターに置く。
「わー、ふた袋採ってきてくれたんですねー。助かりますー」
袋を開けて中身を軽く確認したマルリーさんはニッコリ。
「ちゃんと育ってるコプティだけを採ってきてくれてますねー」
「えへへ、ミシャがうるさかったからねー」
とか言うので、ジト目で見てあげたのに、可愛く微笑みを返してくる。くっ……許そう。
「で、ですね。薬草採集の依頼は問題ないと思うんですが、ちょっと帰る前にいろいろあったので相談したいんですけど……」
「そうそう! ダン……むぐぅ……」
私はまたルルの口を塞ぐ。
「できれば、落ち着いて話せるところで……」
「なるほどー……。では、応接室に行きましょうかー。ミシャさんに二階もお見せしたいですしー」
マルリーさんがカウンターから離れ、階段へと促す。
「ぷはっ! もう、言えばわかるってば、ミシャ!」
いや、その前に喋り切っちゃうでしょ、ルルは。
そのルルがマルリーさんを追いかけ、それについていこうとしたところで、クロスケを思い出した。
「クロスケ、階段のところで誰も来ないように見張っててくれる?」
「ワフッ!」
そう答えたクロスケは、階段を上っていく私に納得して、その登り口にごろんと横になった。
「ワフー……」
一つあくびをしてだらーんとする姿を見るに、今日はかなり疲れたんだろう。さもありなん。
「この登ったすぐのところが応接室ですー。後の部屋は私の私室なのでー、入る前には必ずノックしてくださいねー」
なるほど、マルリーさんはここに住んでるんだ。店舗兼住居ってちょっと憧れる。
「さー、どうぞー。私はお茶を入れてきますのでー、先に座っててくださいー」
そう言われて入った応接室には、結構なお値段がしそうな二人がけソファーが二組。その間に木のローテーブルが置かれている。
壁は建物がそうなので煉瓦造りだが床は木製で、見た感じコーティングされているよう。タンニンか何かかな?
ローテーブルの下にはじゅうたん……ではなくて、何か大きい動物の毛皮が敷かれている。こういうのは初めて見たからちょっと感動。
「ミシャ、ほらほら、こっち座ろ!」
ルルがさっそくソファーに座り、隣りをパンパンと叩く。
こらこらはしたない。それにその入り口から一番遠い席は上座といって一番偉い人、つまりマルリーさんが……うん、この考えやめよ……
「ねえ、ルル。この部屋、結構すごいと思うんだけど」
私はルルの隣に腰をおろしながらそう言うと、ルルはまるで自分の手柄のように話し始める。
「ふっふっふ! うちのギルドは実は裕福なの! そしてメンバーは精鋭揃い!」
「……精鋭揃いは嘘でしょ、少なくとも私たちは」
そんなバカなやりとりをしているところに、マルリーさんが三人分のお茶を持ってきてくれた。
「お二人とも十分精鋭だと思いますよー」
いやいや、ギルドに入ってまだ半日もしてないのにそれは無いです。
「で、何があったか説明お願いしますねー」
「はーい」
ルルがいい返事をしてくれたので、私は全部任せることに……誇張は訂正は入れることにした。
***
「というわけで手に入れたのが……」
ルルがバッグを漁ってオーガの魔石を取り出す。
「これ!」
「え!?」
マルリーさんが目を丸くして固まり、しばらくして私を見る。
「ええ、これです」
「あの……、オーガの特徴を話してください」
あ、マルリーさんの喋りが素になった。
「身長はルルの倍くらいあったと思います。異様な筋肉で赤黒い感じでした」
「そうそう、これが角」
とルルはさらにバッグから白……いや象牙色の塊を二個取り出す。それは確かにオーガの角だったものだけど……
「ルル、いつの間にそれ」
「ミシャが腕輪に夢中だったときだよ」
ぐぬぬ、確かにあの時は……って私もそれを出さないと。
「これがオーガがつけてた腕輪です。私たちから見ると首輪サイズですね」
それをテーブルに置くと、魔石と角をじっくり観察していたマルリーさんがため息をついた。
「ミシャさん、この腕輪は解析しました?」
黙って頷く。
「では、だいたい想像がついている感じでしょうか?」
再度、黙って頷いた。
「むー、どういうこと?」
ルルがぶーたれるが今は無視。
「貴方達が倒したのはオーガではなくオーガロードですねー。この魔石の大きさといい、角の成長具合といい、間違いないでしょうー」
「おー! やっぱりそうだったんだ!」
ルルは嬉しそうにそういうが、ことは単純ではない、と思う。
「オーガロードってあのダンジョンにいるような魔物なんでしょうか?」
戦ったからこそ言えるんだけど、あんなの初心者に倒せるわけがない。多分、ダッツさんたちのパーティーでもちょっと苦戦するんじゃないかな。
「今までからするとありえない強敵でしょうねー。でも、地下への通路が見つからないまま放置されていたせいでーっていう可能性はあるかとー」
なるほど。第九階層から第十階層への通路がずっと塞がれてたせいで、第十層以下が予想外の状態になってるってのはありそう……
「ま、ボクとミシャが倒したけどね!」
「だから、まぐれだってば。調子に乗ってると足をすくわれるんだからね?」
「はーい」
もう一回やれって言われても絶対嫌だし。
「やっぱり、閉じ込められてたのが出てきちゃって、大暴れした挙句、あいつらがダンジョンの外まで連れ出ちゃったってことでしょうか」
「でしょうねー。いやー、お二人ともお手柄ですねー。放置してたら一大事でしたよー」
ふふんとドヤ顔のルル。
「で、この魔石、売れば白金貨五枚は確実ですけど、どうしますー?」
「は?」
えーっと、白金貨一枚が金貨十枚だから、日本円にして五百万!? あれ? 第十一階層を発見するって依頼が金貨十枚だったような……
「やったね、ミシャ!」
「あ、うん、やったぁ?」
「なんで疑問形なの?」
私、前世は小市民だったんだよ! そんな単純に喜べないよ!
「えーっと、マルリーさんのほうでさばいてもらうでいいよね、ルル?」
「もちろん! 白金貨一枚は手数料としてギルドに寄付だね!」
「うん、というか持ち歩くの怖いので、私は白金貨一枚でいいです……」
正直、大金持ち歩く方が怖いんだよね。他に方法があればいいんだけど。
「あと、この角も金貨五枚ずつぐらいにはなりますねー」
「やった!」
私はもう驚きを通り越していたので声も出ない。
そりゃ、こんな報酬がポロっと手に入るなら一攫千金狙いでダンジョン潜るよね。私たちが相当ラッキーだったんだろうけど……。いや、危うく死ぬところだったんだし、ラッキーも何もないや。
「かなり貴重な薬の原料になるそうですよー」
「じゃ、腕輪は?」
腕輪は多分、別の意味での価値になると思う。っていうか、付与されてる魔法を解析したいし売るつもりはない。
「これはミシャさんにしか扱えないものですしー、お二人のためにもしばらくは持っておいた方がいいですよー」
マルリーさんはこれが何かが分かっているようだ。なら、私の考えが間違っていないか聞いておいたほうがいいかな。
「これって、ダンジョンの第十階層、多分、あのオーガロードがいた場所よりも奥に進むための鍵……ですよね?」
「はいー、私もそう思いますー。多分ですがー、お二人が倒したオーガロードは第十階層の番人だったんだと思いますねー」
やっぱり『よくわからないうちにモンスターを押し付けられて、それを倒したと思ったらボスでした』ってことかー……
「ムフ、ムフフフ、フハハハハ!!」
「あ、ルルが壊れた」
立ち上がったルルは両手を握りこぶしにして続ける。
「明日、ダンジョン行ってその鍵を使って先に進んで第十一階層を見つければ、例の依頼も達成できて完璧!」
あ、うん、それね。
「やめた方がいいと思うよ。っていうか、私はついてかないよ?」
「私もー、やめといた方がいいと思いますよー」
「なんで!? しかも、マルリーさんまで?」
いや、ちょっと考えればわかるでしょ。
「あのね、ルル。私たちは全然関係ないのに第十階層のボスを倒しちゃったの」
「うん」
「しかも、そのボスから手に入った魔石も角もすごい価値があるの」
「うん」
覇権ギルド前で魔石出したの失敗だったなー……
「ダッツさんはともかく、あいつらにもこの魔石見せちゃったでしょ?」
「うん」
「ダンジョンなんか行ったら、後ろからこっそり近づいてきて殴られるかもしれないよ?」
「あー……」
ルルもやっと納得の顔になる。
「魔物をダンジョンの外に出しただけでなくー、通りすがりだったルルさんたちに押し付けて逃げたわけですしー、そういう人たちは欲に目がくらんでおかしくなりがちですよー」
「ダンジョンの中で私たちを始末できれば、その件も口封じできて一石二鳥とか考えそうですよね」
「うぐぐ……。はあ……、それじゃどうすればいいんだよー……」
ルルはがっくりと肩を落として席に座りなおした。
「彼らがこれ以上ダンジョンの奥に進むのは多分無理だろうし、あきらめてこの街を離れるまで地味な依頼をこなす方がいいかなーって」
「むー、その腕輪が全然関係ない場所の鍵だったら?」
その可能性は割とあると思ってる。《解析》した結果が《解錠》だったけど、どこのかは一切わからなかったし……
だが、
「それならそれで別にいいでしょ。だって、魔石の方がずっと儲かってるんだし、彼らはどうせその先そんなに進めないだろうから、すぐにどっか行っちゃうよ」
って思ってる。オーガロードをか弱い女の子に押し付けて逃げるやつらだし。
「はー、わかったよ。ミシャの言う通りにしたほうがいいね」
「そうですねー、私も賛成ですよー。街中や近辺の依頼も結構ありますから、そちらをお願いしたいですねー」
「はーい」
ルルはしぶしぶな返事をしつつも一応は納得したのか、出されたお茶を一気に飲み干した。
「お二人は今日はもうお帰りですよねー?」
「はい、疲れたのでそうしたいです」
コクコクと頷くルルが続ける。
「でね、この魔石はマルリーさんに預かってもらいたいの」
「わかりましたー。うちの金庫なら安全ですしねー」
これは街に戻る前に相談してたこと。
ルルが『結構なお金になるのでマルリーさんに任せよう』と言うのに賛成していた。まさかあそこまで大金になるとは思わなかったけど、なおさら宿屋の一室に置いておける物では無くなってしまったし……
ルル曰く、ギルドの金庫は物理だけでなく《魔法付与》による魔法への対策も万全だとか。ちょっと見てみたい気がしている。『魔法への対策が万全な魔法』が気になるから。
「それじゃ、宿に帰りましょ」
「うん、そうだね」
金庫はそのうち見せてもらえるだろうし、今はともかく一休みしたい。
私とルルはそれぞれ腕輪と角をバッグにしまい、応接室を後にする。
「クロスケー、帰るよー」
「ワフー」
私たちが部屋から出たのを察知していたのか、クロスケはすっきりした顔つきでおすわりして待っていてくれた。
「明日にでもちょっかいをかけられる可能性がありますのでー、朝はいったんこちらに顔を出してくださいねー」
「わかりました」
「はーい! じゃ、マルリーさん、また明日ね!」
「ワフー」
つい癖でぺこぺこしながらギルドを出る私と、いかにも元気っ娘アピールな手を振ってギルドを出るルル。クロスケも律儀に挨拶する。賢い。
最初は寂れたギルドだと思ったんだけど、入ってみたらいろいろと濃ゆい感じだったなぁ。
「まあ、楽しそうだからいいかな」
「どうしたの、ミシャ?」
「なんでも。さっ、帰ろ」
外はちょうど夕暮れ。朱に染まる街並みがすごく綺麗で……すごくお腹すいた。
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