第8話 フリーズからの強制終了

「グルルルル……」


 クロスケがダンジョンの入り口を睨む。

《防衛機構》からの《索敵》が反応していないのはなんでだろうと思ったんだけど、どうやらダンジョンに勝手に入れない為の結界がそれを阻止しているっぽい……

 地響きが重い金属音、多分、金属鎧で全力疾走している音に変わり、だんだんと大きくなる。


「ミシャ、気をつけて。来るよ!」


 ルルが右手に戦槌を、左手に円盾を構え、私の前に割り込もうとした。その時!


「う、うわぁぁぁ!」


 なんとも情けない声を上げながら出てきた人影が五つ。と、間髪入れずに異様に大きなそれが……


「ウガァ!!」


「オーガ!?」


 筋骨隆々で大人の脚ぐらいあるような棍棒を持ち、私の倍はある背丈、額には二本の角。


「ひいぃぃぃ!」


 転んで尻餅をついた戦士?っぽい男が涙目で後ずさるが、オーガはまさにその男に振り下ろさんと棍棒を振りかぶる。


《起動》《氷槍》


 とっさに唱えた《氷槍》がオーガの左胸に……


「うっそ……」


 当たったはずなのに、突き刺さるでもなく弾き返された。


「グガァ!!」


 やばい! 無駄にヘイト取ってしまった!


「ミシャ、危ない!」


 タゲを私に変えたオーガの棍棒でのなぎ払いをルルがシールドで受け止めようとして吹っ飛ぶ。


「ルル!」


 まずいまずいまずいまずい!


「オオンッ!」


 クロスケがオーガの左脚を引っ掻き、そのまま後ろへと距離を取る。

 オーガはそれを無視して私の方に近寄ろうとしたが、クロスケは今度は後ろから右脚を攻撃して、また距離を取った。


「ルル! 大丈夫?」


 クロスケの機転でタゲがそれた私は慌ててルルの元へと駆け寄る。


「いてて、大丈夫。まともに受けたら腕が折れる気がしてわざと飛んだから……」


 なんかすごいことを言ってるが突っ込んでる場合じゃない。サイドポーチからポーションを取り出してルルに渡す。

 そうだ、先に出ててきた五人はと見回すと、すでに随分遠くまで逃げてしまっているのが見えた。なんだかこっちに戻ろうとしているエルフを戦士風の二人が無理矢理引きずって離脱していく……


「ちょ……おま……」


 思わずネットスラングが出ちゃったけど、そんなことよりクロスケは?


「グルルルル……ガゥ!」


 低いうなり声でヘイトを稼ぎつつのヒットアンドアウェイでオーガの脚に攻撃しているが、どうにも効果は薄い模様。


「ルル、どうするの? 今のうちに離脱すれば……クロスケならあいつから逃げ切れると思うけど……」


「それはダメだよ! このオーガが街道まで出ちゃう!」


 あー、うー、それは確実にマズい。


「倒すしかないのか……」


「ふー……ちょっと本気出すね」


 ルルはなんかカッコいいことを言って立ち上がると大きく深呼吸する。

 次の瞬間、ルルは弾けるようにオーガに飛びかかった。


「はっ!」


 背後から左腕に加えられた一撃に骨が折れたような鈍い音が発せられる。


「ウゴァァァ!」


 相当なダメージがあったのか、右腕の棍棒が即座に薙ぎ払われ、ルルにターゲットが移る。


「ガアァ!」


 今度は上段から振り下ろされた棍棒だったが、ルルは俊敏なバックステップでそれを回避した。

 先ほどからの動きを見ていると、どうやらルルには身体強化が発動しているっぽい。

 索敵で放たれる魔素は、当然ルルを敵とは認識しないけど、その密度が上がったような感覚がしているからだ。


「クロスケ! ルルをサポートするよ!」


「ワフッ!」


 ルルばかりに負担をかけるわけにはいかない。身体強化だって当然いつかは切れるだろう。その前に決着をつけないと本当にマズい。


《起動》《土壁》


 クロスケの執拗な脚への攻撃が再開され、たまらず振り向こうとしたオーガの足元を一段高くする。

 二足歩行でバランスを取るには脳内での予測が超重要。思っていたよりも上に足が接地してしまうと簡単にバランスを崩す。


「上手い!」


 ルルはその隙を見逃さず、今度は棍棒を持っている右腕にハンマーを振り下ろした。

 が、乾いた音だけが響く。オーガが骨が折れるダメージを恐れて棍棒を手放したからだ。

 さらに、そこから素手でルルに殴りかかった。


「くっ!」


 円盾でそれを受けて後ずさるルル。

 流石に棍棒ほどの威力は無いようで一安心だけど……


「クロスケ!」


 その声に反応してクロスケが左脚を爪で薙ぐ。

 それが腱に近い場所にヒットしたのか、オーガは思わず前屈みに倒れる。


「ウガガガガ……」


《起動》《土壁》


 私は慌てて《土壁》を作り、オーガが手にしそうになった棍棒をこちら側に転がり寄せた。


「くっ!」


 棍棒に伸ばしていたオーガの手にルルがハンマーを振り下ろすが、すんでのところでそれをかわされる。だが、お陰で棍棒を取り戻されることはなくなった。


「ミシャ、何か決め手を考えて……。ボク、もうそんなに長く持たない……」


 うう、まずい。ルルの限界が近い。

 何か……決め手……何かあるはず……何か!

 キョロキョロと見回した私の視界にオーガの棍棒が写る。


「これだ! クロスケ! 少しだけ時間を稼いで!」


 返事を確認せずに棍棒に近寄ると、決め手をその棍棒に刻み込む。


《構築》……


「オオーン!!」


 クロスケが少しでもタゲをそらそうと高らかに吠え、脚ではなく顔に向かって飛びかかった。

 落ち着いて、落ち着いて……これに失敗したらチャンスはほとんどゼロになる。


 ……《付与》


「できた! ルルはこっちへ! クロスケは離れて!」


 クロスケが間合いを取り、オーガはこちらを向く。

 ルルが私をかばうようにゆっくりと後ずさってきた。


「ミシャ、何するつもりなの?」


「まあ、任せてって言いたいけど、上手くいかなかったらごめんね。その時は撤退の合図を出すから」


「うん、わかった」


 神妙な顔つきで頷くルル。

 オーガは私たちの方へゆっくりと歩を進め始める。


《起動》《氷槍》


「行けっ!」


 その先端に棍棒を咥えた氷槍がまっすぐ進み、オーガの胸板に当たって弾けた。

 棍棒だけが重い音を立てて地面に落ちる。


「ええっ!? ミシャ、今のって……」


 ルルが『期待はずれ』と言わんばかりの顔で振り向くが、もちろん狙いはそんなことじゃない。


「ウガガ」


 無駄な抵抗しやがってみたいな感じでニヤついてる風のオーガは、自分の得物である棍棒を拾うと、一気に走り寄ってそれを大上段に振りかぶった。


「ミシャ!」


 ルルがとっさに私に抱きついてそのまま押し倒すが、オーガの棍棒は振り下ろされない。

 そう。そうなるように《付与》したから。


「かかったね」


 日常では使わないけど一度は使ってみたい言葉。

 オーガはその体表を白く覆われ始めていた。皮膚の水分と近くの空気中の水分が凍結している証拠だ。

 その凍結による拘束を免れようと棍棒を持つ手に力を込めるほど凍結が進む。


「ミシャ、これって……」


 その不思議な様に驚くしかないルル。種明かしは簡単。


「あの棍棒に《魔法付与》して、力を込めるほど《冷却》がかかるようにしたの。リミット無しでね」


 クロスケが縛られていた首輪。あれを思い出して再現しただけ。棍棒を力を込めて握ると《判定起動》で最大パワーの《冷却》が発動する。


「でっかいの一発打つから。ルル、最後に一撃お願いね」


 私はルルの背中をぽんと叩いてから立ち上がる。


「ふぅ……」


 呼吸を整えて集中。

 このまま放っておいても凍死するような気もするけど、それを待つのはちょっと危ない。あと一時間もすれば日が暮れるから。

 だからといって、暗くなる前に帰ってしまったあと、何かの拍子に《冷却》が止まってオーガ復活とかシャレにならなすぎる……

 一撃で可能な限りのダメージを出すために、最低限を残して最大の魔素を引き出す。


《起動》《雷撃》


 眩い閃光と天が割れるような轟音が響き渡る。

 その後には黒こげとなったオーガが振り上げた棍棒をそのままに崩れ落ちようとしている。


「ルル!」


「任せて!」


 目一杯振りかぶったルルのハンマーはオーガのこめかみにクリーンヒットし、そのまま首がもげて頭だけが飛んで行った……


***


「か、勝てた……」


 首から上を失ったオーガが倒れたところで、気が抜けて思わず座り込んでしまった。

 ルルが振り返り、戦槌を手放して抱きついてくる。


「ミシャ、すごい!」


「ルルがいなかったダメだったよ。最初ので死んでたと思う……」


 それは間違いないことだろう。あの《氷槍》が弾かれた時点で頭が真っ白になりかけてたし……


「そんなことないって! 最後の雷とかすごかったよ!」


「あれは、ちょっと予想外っていうか……」


 正直、あの《雷撃》は想定以上の威力だった。前にゴブリンどもに撃ったのと同じくらいだったはずなんだけど。


「それにあの棍棒はどうやったの!?」


 あ、はい、それも説明しないとだよね。


「えーっと……。帰ってからにしない?」


「ワフッー!!」


 とクロスケが飛びついてきた。


「クロスケもお疲れさまー……って、ちょっと!?」


 クロスケの《毛色変化》が解けて、ウィナーウルフのカッコいい金毛が浮き上がっている。


「うわっ! クロスケ、君って……」


「あー、うん……。それも帰ってから説明するから……」


 クロスケの首に腕を回し、首輪をつなぎ直す。これで再起動して《判定起動》から《毛色変化》が発動する、はず。


「ワフッ」


 ゆっくりとクロスケの金毛が黒毛へと変化した。


「おおー……」


 ルルが目をキラキラさせて、その様子を見ている。

 それにしてもなんで《毛色変化》が切れたんだろう。首輪は外れてたわけでもなかったし。

 あ、ひょっとして……


「ねぇ、クロスケ。《雷撃》撃つ時に魔素足してくれたりした?」


「ワフッ!」


 褒めて!と言わんばかりのドヤ顔で答えてくれる。


「なるほど。どうやって私の魔素と混合させたのか気になるけど、それならあの威力も納得かな。……っていうか、クロスケは魔素の使い方上手だねー」


「クゥー」


 クロスケをわしゃわしゃして褒めてやると、嬉しそうな声を出してくれる。


「じゃ、帰ろうか」


 と立ち上がったところで、


「え、ちょっと。あいつから戦利品取らないと!」


 ルルも立ち上がり、さっさとオーガだった物へと駆け寄る。


「戦利品って?」


 私とクロスケが追いかけると、ルルは放り出していたハンマーを拾い直し、それをオーガ(死体)の胸へと振り下ろす。


「うっ……」


 血が噴き出すんじゃないかと顔を背けたが、黒こげになった胸部がまるで木炭のように割れ、その中からはソフトボールぐらいある黒い塊が現れた。


「うわ、それ何……」


「え、ミシャ知らないの? これは魔石だよ。魔物の核っていうのがわかりやすいかな」


 よく見ると若干の透明度があって、なんだっけ……紫水晶?ってこういうのだったかも?


「へー、そんな大きいものなんだ」


「大きさは強さによって変わるんだ。この大きさだと、ただのオーガじゃくて、オーガロードだったかもしれないね……」


 魔石をハンマーを使って転がしながら手繰り寄せると、バッグから取り出したタオルで包んで持ち上げた。

 うん、素手で掴むのはちょっと嫌だよね……


《起動》《清浄》


 ふわっとした光が魔石とタオルに降りかかると、焦げつきだか煤汚れだかがスッキリ消え落ちた。

 この《清浄》の魔法を使うとき毎回不思議なんだけど、どこからどこまでを汚れと判断してるんだろ……


「ありがとう! ミシャ、いろいろ魔法使えるんだねー」


「そ、そんなことないよ?」


 生活魔法に類するのは日常的に使うから忘れないっていうだけなんだよね……


「この棍棒って触っても大丈夫なの?」


「あ、そうだった。これ処分しないと危険だった。ハンマー使っていいから、そいつの手から離してくれるかな?」


「任せて!」


 魔石をタオルごとバッグにしまい込んだルルは、ハンマーを持ち直してオーガだった物の右手を粉砕する。


「ん?」


 手首に巻かれていたのか、銀色の腕輪が現れ、地面を少しだけ転がって倒れた。


「こいつ、こんなのつけてたっけ?」


「うーん、わかんない。見る余裕なんて無かったし」


「そうだよね。とりあえず先に棍棒を処分しなきゃ……」


《起動》《付与削除》


 何かしらの魔法を付与するのは面倒だけど削除は一発で出来る。どんなに苦労しても一瞬で削除可能なのは、プログラムも魔法も同じ……


「削除完了。一応、確認しましょ」


《起動》《解析》


 結果はもちろん『何もなし』とわかる。


「大丈夫?」


「うん。もう触っても大丈夫だよ。もともと、柄を握らないと起動しないようにしてたしね」


 と答えたが、ルルはハンマーを使って棍棒をダンジョンに放り込んでいた。なかなか器用だ。


「さて、これなんだろ……」


《起動》《解析》


 腕輪に解析をかけてみたところ、


「え、これって……」


《送信:解錠:4725:開門》


 魔素を使った通信の仕組み!? とにかく回収して、後でもう一度解析しよう。


「ミシャ、どうしたの?」


「あー、うん、この腕輪もらっていい? ちょっと面白い魔法が付与されてるから、もっとちゃんと調べてみたくて」


「もちろん!」


「ありがと」


 腕輪を回収してバッグに入れる。

 さて、他にも何かあったりしないかな……。無いかな……


「このオーガの死骸は埋めたりした方がいいのかな?」


「うん、そうしたいんだけどね。魔物の死骸を放置してアンデッド化するとボク等の責任になっちゃから……」


 あれ? 前にゴブリンをやったときってそのまま放置……してないな、土壁で埋めたんだった。


「ダンジョンの中に放り込んだら処理してくれたりしないのかな?」


 とよくあるパターンを聞いてみる。ダンジョンがスライムとかスカベンジャーを使って綺麗にする的なのがあればいいんだけど。


「あー、そうだね。それが一番なんだけど、ボクたちは中に入れないしなぁ……」


「そうだった……。じゃあ、もうこのまま埋めるね」


《起動》《土壁》


 オーガの死骸を覆うような広くて背の低い土壁、自分的には土蓋でそれを覆う。

 ダンジョンの入り口からは少し離れた草むらだし、そんなに不自然でもないかな。


「ミシャ、何でもできるんだね!」


「何でもはできないから……」


 期待の眼差しがだんだん強くなってくるので、ほどほどにしておかないと……


「じゃ、帰ろ! 帰りにいろいろと聞きたいこと増えたし」


「ワフッ!」


 ただの薬草採集だったはずなのに、どうしてこうなったんだろ……

 オーガとの死闘があったとは思えないぐらいに平穏を取り戻したダンジョン前。

 ルルがいて、クロスケがいて、幸運だったんだろうなぁ……

 多分、次に来るときは、ダンジョンの中に入ることになりそう。


「ミシャ?」


「あ、ごめん。よし、帰ろうか」


 その入り口に背を向け、私たちは帰路についた……

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