第12話 インターン?

 いかにもな長机が置かれた会議室的な大部屋。

 奥の議長席に座るのは、この前あの依頼を伝えに来た小役人だ。


 長辺の奥側に座るのは覇権ギルドの人たち。

 小太りで『え、このおっちゃんが?』って感じの人がギルドマスターらしい。絵に描いたように汗をハンカチで吹きまくっている。

 その隣に例のリーダーともう一人。リーダーの方はこれもまた絵に描いたようなイケメンで剣士だ。もう一人が右肩を吊っているのはあの時のオーガに一発もらったんだろうか。

 さらにその隣に座っているのがダッツさん。めっちゃ不機嫌な顔をしていて、その不機嫌オーラが目に見えそうなくらい。


 さて、机を挟んでこっち側にはまずマルリーさん。すごくニコニコしているが、外套を脱いだいでたちは完全に聖騎士なので、多分、覇権のギルマスはそれを見て怯えてるんじゃないかな……。

 ルルと私が続き、クロスケは私の足元に控えている。っていうか、ルルは既に飽きてきてるというか、机の下でクロスケと遊び始めてるんだけど。


「そろったようだな。では、始めるとしようか」


 小役人が咳払いをしたのちそう言った。

 私がルルの左手をがっちりと握ると、ルルは一瞬驚いたようにこちらを見たがニコっとして向き直る。

 えーっと……不安になったから握ったとかじゃないからね? あんたが暴れそうな話になる気がするから抑えただけだからね?


「では、フランツ君、説明してくれたまえ」


 そう言われて立ち上がったイケメン剣士が立ち上がり、前髪をふっと払うとこう言った。


「それでは、昨日、我々が襲撃され、第十一階層発見の手柄を奪われたことについてお話しいたしましょう」


 アッハイ。握った手に力をこめる準備。

 イケメンが語ったのはこうだ。


 第十階層でボスと思われる強敵オーガに果敢に立ち向かった。激戦だったが、あと一歩で勝てるというところまで追い詰めたところで突然背後から強襲を受けた。

 襲ったのはそこの二人、つまり私とルル。

 負傷した者を助けることを優先してその場を離脱したが、オーガは私たちによって倒されたのだろうと。なぜなら、私たちがダッツさんに見せた魔石は大きさからしても、オーガのものであったろうから。


 あとはまあ、このような卑怯な行為がうんぬんかんぬん、不逞の輩をメンバーにしているギルドはうんぬんかんぬんと……よくそんなに続くね。

 ちなみにこの演説が始まって三度ぐらいルルが激昂しそうになるのを止めた。グッと手に力を入れて。なんだけど、四度目以降、ルルが我慢するために握り返す力が強くて泣きそうになってた。


「えー、おっしゃりたいことはそれで全てでしょうかー?」


 ニコニコしたままの顔でマルリーさんが問いかけると、イケメン君は鼻息荒く、


「そうだ。これ以上、醜態を晒したくなければ、罪を認めて戦利品を返すんだな」


 と言い放って席についた。

 小役人はにやけ顔だからあっち側かな。覇権のギルマスは『なんでそんな話に』みたいな顔でますます汗を拭くペースがあがっている。多分、シロ。

 ダッツさんは完全にキレそうになっていて、怒りゲージ的にはルルよりもヤバいかもしれない。


「ではー、ミシャさんー、こちら側の説明をお願いしますー」


 といきなり私に丸投げされたが想定内。逆の立場でもそうするだろう。ルルっていう選択肢はない。


「では、失礼して」


 立ち上がり全体を見回す。慌てて言い訳しているように見えないようにするのがポイント。

 そして一呼吸してからこう言った。


「私たち、そもそもあのダンジョンに入ってませんよ」


「な、何を言っている! お前たちが!」


「だって、私たち、第十一階層を発見する依頼は受けてませんし」


 そう言った瞬間、小役人、覇権ギルマス、イケメン、おまけが『は?』みたいな顔をした。


「ルル、ギルドカード出して」


 自分のギルドカードも出し、


「ダンジョンに入った記録がないのを確認してもらっていいですよ」


 と長机の中央に押し出す。

 あのオーガロードが現れる前にルルと交わしていた会話はちゃんと覚えている。

 例のしょぼい看板が実は魔導具でダンジョンに入ると、看板とギルドカードに記録が残ると。


「た、た、た、確かに記録がありません」


「ルルさんはともかくー、ミシャさんは昨日うちのギルドに入ってくれたばかりの人ですよー。そんな新人さんにー、危ない依頼なんてしませんねー」


 デスヨネー。


「私たちが依頼を受けていたのは薬草の採集です。それがダンジョンへと続く小道にあると聞いたので採りに行ってたんです。採取を終えてさあ帰ろうっていう時に、ダンジョンから……そちらのパーティーの方々とオーガロードが出てきました」


 会議中、オーガと言われてたが、あえてオーガロードだと言うとダッツさんの顔がさらに厳つく変わる。あの凶悪さを知ってるんだろう。


「怪我をしていた人……多分、そちらの方ですね。皆さん逃げていたようですが、危ない場面を見てしまって思わず手を出してしまったのは確かです」


「ダンジョンから出てしまった魔物は例外なく討伐対象だ、問題ない」


 そう言ってくれたダッツさんに頷き続ける。


「私とルルが時間を稼げば、そちらのパーティーも立ち直せるだろうと、その後は協力してなんとかと思っていたんですが……。私たちに押し付けて逃げましたよね?」


 イケメンを睨んでみたが顔を背けられた。弱い。さっきまでの劇がかった嘘八百はどこいった……


「しょうがないのでルルと私とクロスケでなんとか倒しました。ホント、ギリギリでしたけど……。こちらの主張は以上です」


 すとんと椅子に座ると、クロスケがよくできましたと言わんばかりに手をペロペロと舐めてくれた。


「さて、俺はうちの阿呆共を今からぶちのめせば良いんだよな?」


「それではー、私たちはお邪魔でしょうからー、特に問題はなかったということでー、帰っていいでしょうかー?」


 覇権のギルマスさんが青ざめていて大変申し訳ない気が……しないけど、とにかく話は終わり。帰ろうと立ち上がりかけたところで小役人がわめき始めた。


「ま、待ちたまえ! はあ……君たちは事の重大性を理解しておらんようだな」


「何も言われてないのに知るわけないじゃん」


 ルルがぶつぶつ言うのでとりあえず手を握って止める。


「今回、彼らパーティーに依頼をしたのは、高度な政治的判断があるのだよ」


 高度な政治的判断って……現実世界で聞くと思わなかったよ、そんなセリフ。


「彼らは王都の貴族のご子息たちなのだ。ここで一定の功績を残したのちには王都に戻り、それなりの役職を目指すことになる。こんなところでつまづいてもらっては困るのだよ」


 うーわー……開いた口が塞がらない……

 さて、マルリーさんもどうしたものかという顔になってしまう。


「じゃあなにか。倒しもしてないオーガロードをこいつらが倒したことにしろってのか?」


 元々、第十一階層の発見っていう依頼そのものを奪われていたダッツさんは、ギロりとイケメンとおまけを睨みつける。


「花を持たせてやって欲しいのだ。彼らに恩を売る事は先々の見返りも期待できよう」


 いやー、それはどうかなー。絶対にこの黒歴史を消したくて始末しにくると思うんだけど……

 個人的には『オーガロードを倒した』って件に関しては譲ってもいいんだけど、あの魔石をただで寄越せと言われると……微妙。


「ルルさん、ミシャさん、どうしますかー?」


「私はルルの意見に任せるよ」


 先に決定をルルに丸投げした。


「うっ、ミシャずるい。そうだなあ、あのオーガロードの魔石を買い取ってくれるならいいけど」


「なるほどー。では、あの魔石を白金貨十枚で買い取っていただけるのであればー、手柄に関してはお譲りしていいですよー」


 うわ、マルリーさん鬼だな。さらっと値段を倍にしたよ。

 白金貨十枚ってことは日本円で一千万円。なにこのインフレ……


「うっ、白金貨十枚とは足元を見おって……」


「いやいや、あの大きさの魔石なら安いと思うぜ」


 さらっとダッツさんがフォローを入れる。本心なのか煽っているのか、私にはアレの相場がそもそもわからないのでなんともだけど。

 ちらっとイケメンの方をみた小役人だったが、イケメンの方は首を振る。つまり、そんなお金はないですよってことだ。


「ぐぐぐ、なんとか白金貨一枚で手を打たんか? このいんたあん手法が確立すれば白金貨二十枚にして返そう」


 え、一枚って随分じゃないっていうよりも、今、この小役人『インターン』って言ったよね?

 あー、貴族の子女を集めてインターンって名目で手柄を立てさせて、王都での就活を有利にするっていうビジネスモデル?

 親の貴族から初期投資でいくらかもらって、あとはギルドに丸投げして自活させれば経費はほぼかからない。そこからおいしい依頼をやらせれて箔をつけることで就活に有利に!

 これ考えたの私と同じ転生者か転移者かだよねぇ。王都にいるんだろうか。


「交渉は決裂ということで帰りましょうかー」


 とマルリーさんが『話にならない』という決断をして立ち上がった。


「ま、待て! 言うことを聞かんか! 私はこの領のギルド管理の長なのだぞ!!」


 もはや金切り声というレベルでの叫びが室内に響き、次の瞬間、会議室のドアがバンっと開かれた。

 うぇ!? あの小役人の手下かな? まさか、この状態から襲ってくるとか想定外なんだけど!


「ルル! わしの可愛いルルや!」


 入ってきたのは大柄なドワーフなんだけど……ルル?


「えー、じーちゃん、何しに来たんだよぅ……」


「おお! ルル!」


 ぐばっとルルを抱きしめて持ち上げる。

 ドワーフってゴツくて背が低いイメージだったんだけど、ゴツくて背が高いってのは威圧感すごいね。

 ふと周りを見ると、私とマルリーさん以外、みんな跪いてるんだけど……


「領主様ー、一応まだ会議中なのでー、その辺にしておいてもらえるとー」


 へー、領主様かー……


「ええっ!?」


「んもう、降ろしてよ、じーちゃん!」


 なんとかハグを脱出したルルは改めて私を紹介してくれる。


「昨日、うちのギルドに入って、ボクの親友になったミシャだよ」


「ど、どうも」


 そういうとドワーフ……もとい領主様はニッコリと笑ってこう言った。


「ルルの祖父、ワーゼル=ノティアじゃ。まあ、ここの領主もやっとるが、今はルルの祖父として礼を言わせてもらおう」


「え? 礼って?」


「あそこにおるエルフの嬢ちゃんから昨日のことを聞いておる」


 と振り向いた先には、あの土下座エルフさんが……涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃだよ! 台無しだよ!


「ようルルの隣にいてくれた。感謝する」


「あ、いえいえ、こっちこそ助かったというか……」


「じーちゃん、続きは後でいいよ。そろそろ帰りたいからなんとかして!」


 うわー、ルルのこのムーブは強すぎじゃないかなー。


「うむ。さて、マインズ男爵よ。事は全て聞いておるゆえ、しっかりとした報告書を出すように。それがギルド管理長としての最後の仕事じゃ。嘘偽りない事実だけが、そなたの次の立場を保証するであろう」


「し、承知いたしました……」


 がっくりとうなだれる小役人。マインズっていうんだね、もう本当にどうでもいいけど。


「トムソン子爵家の三男フランツ、イランド男爵家四男マイク。今回のことは不問とするが次はないと肝に銘じよ。そして、少なくともわしの領内で同じようなことが起きぬよう、その方らもわかっておるな?」


 同様にうなだれるイケメンとおまけ。覇権ギルマスとダッツさんは領主様の問いかけに神妙に頷いた。


「終わったようですしー、帰りましょうかー」


 マルリーさんが相変わらずの緊張感のなさを発揮してくれることで、やっと一件落着といった感じになりそうだ。


「はぁ……マルリーよ。そなたがもう少しこちら側に関わってくれれば楽になるのだがな?」


「えー、よく聞こえませんねー」


「ふん、それはもう歳のせい……」


 ドゴォ!!


 え、今、うちのギルマスが領主様に腹パンしたんですけど……


「はいはい、終了終了ー」


 崩れ落ちる領主。その横をスタスタと歩き去るマルリーさん。唖然とする私。とその背中を押してくルル。


「ルルや。今日はあとで呼びに行くから待っておるんじゃぞ……」


 そのかすれ声を聞きながら、私たちは会議室を後にした。

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