第6話 マルリーさんの年齢は定数です
「ただいまー!!」
めちゃくちゃ元気の良い声が遮った。
「あらー、ルルさんー、ちょうど良かったですー」
あっさりと説明をキャンセルし、その声の主に来い来いと手招きする。
「あれ、新人さん? やー、ボク以外のギルドメンバー初めて見たよ!」
……なんか不穏な言葉が聞こえた気がしたが、それはいったん置いておく。
歳も背丈も私と同じくらい?だが、赤毛のショートカット、褐色の肌にメリハリの効いた凹凸がついている。
金属と革を組み合わせた動きやすそうな鎧、コンポジットアーマーがそれらの自己主張を控えめにしてくれているが、それ以上に目立つのが腰に下げたハンマーだ。
柄の長さは彼女の肘から先ぐらい、その先端には……凶悪な鉄の塊。
そこまで見て気がついた。多分、彼女はドワーフなのだと……
「ボクの名前はルル。よろしくね!」
差し出された手を取り握手する。『握手ってこっちでもあるんだ』って握手してから思った。
「ミシャと言います。よろしくです」
「ワフッ!」
クロスケが忘れるなと言わんばかりに声を上げる。
「私の相棒のクロスケです」
「よろしくね!」
と、クロスケにも握手……いやお手かな?をするルルさん。
「えーっと、ルルさんは……ドワーフさんですか?」
「そうだよ! で、ミシャにお願いだけど、敬語とかいらないからもっと普通に話して欲しいかな」
ぐぐぐっと、顔を近づけて迫ってくるルルさん。
「は、はい、わかりまし……わかった。よろしくね、ルル」
「えへへー」
くっ、ボクっ娘ドワーフ破壊力高い……
「ルルさんー、ちょうどいいのでー、終わった依頼の説明してもらえますー?」
「うん、依頼札はこれね」
腰のポーチから会員証ぐらいの大きさの木札がテーブルの上に置かれる。
「これが今朝、ルルさんが受けた『水車小屋の点検』の依頼札ですー。あの受付の向こうにある掲示板にこういう依頼札が出されるわけですー」
「それを選んで、請け負って、仕事して、帰ってくる?」
「そうだよ! で、お仕事が終わったら、依頼主さんのサインをここに書いてもらうんだ」
木札を裏返すと、そこには依頼主さんの署名が書かれていた。その場で署名してもらう依頼もあるし、あとからギルドで署名してもらうものもあるそうだ。
「はいー、ではー、これが報酬ですねー」
マルリーさんが大銅貨五枚を取り出してルルに渡す。銅貨より一回り大きいサイズで純銅ではなく、銀も少し混ざっているらしい。要するに銅貨の十倍、銀貨の十分の一の価値となっているわけだ。
「ありがと。午後からもう一つ依頼こなそうかなって思ってるけど、ミシャも一緒に行かない?」
「それは助かりますねー。できれば後回しっぽくなってる薬草採集の依頼が助かりますねー」
さらっと注文をつけてくるマルリーさんにルルはそっぽを向く。苦手なのか、薬草採集……
まあ、私も最初はどれが薬草なんだかさっぱりわからなかったけど、一度現物を見た上で《鑑定》が使えるようになっちゃうとヌルゲーなんだよね……
クロスケは賢いから教えただけで探せるようになっちゃったので、ルルが苦手でもペアを組めば全然問題ないと思うんだけど……
「ミシャ〜、助けて〜」
「う、うん、全然いいんだけど、その前に私、宿とかとってなくてね?」
さすがに寝る場所ぐらいは確保してから仕事に取り掛かりたいんだけど?
「なんだ、じゃあ、私が泊まってる宿に来るといいよ! っていうか、二人部屋を一人で使ってるからシェアしよう。決定! じゃ、行ってきます!」
ルルは私の腕と薬草採集の依頼札をかっさらってギルドを飛び出した……
***
結果から言うと、宿はルルのところでシェアするし、クロスケも清潔にしてれば一緒に部屋に入っていいし、お代も安くすむことになって万々歳だった。
ルルに引っ張り回された右腕は痛いけど……
「で、なんでギルドに戻ってくるの? そのまま行かないの?」
「だってボク、今の季節でどこに薬草取りに行けばわからないんだもん。ミシャは知ってるの?」
「……知らない」
ということにする。北門からでて北西に進んで森に入ればあるのは知ってるけど、なんで知ってるか説明に困るから……
ギルド通りに戻ってきたところで『白銀の盾』ギルドに役人っぽい人がお供を連れて入るところに出くわした。
「なんだろね?」
「……ミシャ、裏に回ろう」
ルルがそう言ってギルドの建物の裏口に案内してくれる。
マルリーさんの家庭菜園っぽいものを通り、裏口を少し開けて二人して覗き込んだ。
「そういう決まりですので、一応こちらにも依頼書をお渡ししておきます。まあ、覇権の方々はすでにメンバーを厳選して準備していたようですし、無駄になると思いますがね」
四十ぐらいの痩せぎすの役人は趣味の悪いちょび髭を撫でながら、依頼書と思われるものをカウンターに投げおく。周りのお供もニヤニヤしていて感じ悪いったらない。
「ご丁寧にありがとうございますー」
マルリーさんの態度は相変わらずだ。
「しかし、このギルドもそろそろ閉じたほうがよろしいのではないですかな? メンバーもここ以外に旅立ってしまった者ばかりでは運営も大変でしょう?」
「大丈夫ですよー。全然問題ないですからー」
ニコニコ顔でそう答える。
「強がりをお言いになる。私の方から覇権の方に話を通してもよろしいのですよ?」
「いえいえ、本当に問題ないんですよー。ここの土地と建物はすでに私の資産ですし、領主さまへのギルド税も三年先まで前払いずみなんですー」
うわぁ……マルリーさん、顔に似合わずやり手なんだなー……
「くっ、しかし、マルリー嬢もそろそろ身を固めないとまずいお歳……」
「あ、ヤバい」
ルルが思わず呟くのと同時に建物の中に濃密な殺気が充満する。それは裏口の隙間から私たちにも直撃し、クロスケが思わず戦闘態勢に入るレベルだ。
「私は十七歳ですよー?」
おいおいと思わず心の中で突っ込んだ。いや、それくらいにも見えなくもないけど、無理すれば!
「し、失礼した!」
お役人と取り巻きは冷や汗をだらだら流しながら退散していった。
「ミシャも気をつけてね。マルリーさんに歳の話を……」
「二人ともどうしたのー?」
その声に思わず背筋を伸ばす私たち。
「は、はい! ルルが今の時期に薬草が採れる場所を知らないっていうので……」
「そ、それよりさっきの役人はなんだったの? すっごい無礼だったけど!」
ちょっとルル? 今、話逸らしたよね?
「この前からノティア南ダンジョンに新しい階層が見つかったとか言う噂があったでしょー。あれが本当だったらしいからー、その新しい階層を調査する依頼ねー」
「うちにも来たんだ!」
テンションが上がるルル。私としては、見返りのないお仕事は避けたいところだけど……
「領主さま直々の依頼なのでー、その新しく見つかった第十階層を踏破して、第十一階層を見つけたら金貨十枚出すそうよー」
む、金貨十枚……。自分の換算レートで金貨一枚が日本円で十万円ぐらいなので、だいたい百万円ぐらいか……。
意外としょぼい報酬の気もするけど、物価を見る感じ五百万ぐらいの価値がありそうだから、そう考えるとすごい額な気もする……
まあ、この前のゴブリン駆逐で金貨十枚以上にプラス銀貨と銅貨も稼いでるし、無理してでもお金稼ごうって気分でもないんだよね。
「ふーん……、まあいいや。それよりもボクたちが薬草採集の依頼を終わらせた方が助かる人も増えるよね」
「うんうん、そうですよー。あっちは覇権さんが張り切ってるそうだからお任せすればいいかとー」
マルリーさんも大して乗り気ではないようだし、お任せお任せ。
「それで、薬草が採れそうな場所ってどの辺でしょう?」
「この季節なら、そのノティア南ダンジョンに向かう小道の付近でしょうねー。コプティが採れるはずですよー。ちょうどダンジョンに行く人たちが露払いしてくれてるわけですしー、ゆっくり追いかければいいと思いますー」
なるほど。それはとってもありがたい。
「じゃ、向こうがもう出発したか確認に行こー!」
とまた腕をひっぱるルル。
「い、行ってきます!」
「はいー、気をつけてー」
手を振るマルリーさんに見送られ、再びギルドを後にした……
***
「で、確認ってどうするの?」
「ん? 簡単だよ」
ルルは『未来の覇権』ギルド前に来ると、そこで立ち話をしていた大男に声をかける。
「ダッツさん!」
「ん? おお、ルル嬢か。ちょっと待ってくれ」
ダッツさんと呼ばれた人は立ち話の相手に何か指示を出して送り出すと、ルルの方を振り返った。
「ごめんね、じゃましちゃったかな?」
「いや、大丈夫だ。おっと、そっちのお嬢さんは新人さんか?」
無精髭がワイルドな三十前後の大男。振り返りニコっと笑った顔はとても人懐っこく、昔はかなりモテたのでは?って感じだ。
「は、はい。ミシャといいます。よろしくお願いします」
「ダッツだ、よろしくな!」
握手を求めた手を握り返す。手、でか……
「ワフッ!」
「クロスケです」
「おお、いい子だな!」
しゃがんでクロスケをわしゃわしゃするダッツさん。背中に背負っている大剣が地面に触れて硬い音を立てる。
「ワフ〜」
クロスケが気持ちよさそうに鳴く。何この良い人……
「で、どうした? お前さんがたがダンジョンに行くことになったのか? 俺たちが選ばれてれば一緒に行ってやれたんだがなぁ……」
「え!? ダッツさんのパーティーが行くんじゃないの?」
ルルはこのダッツさんがダンジョンに行くんだと思っていたようだ。まあ、普通に強そうだしね、この人。
「参加希望者多数ってことでギルドのお偉いさんが決めるってことになってな。まあ、俺たちじゃなかったってことさ」
苦笑いしているが随分と悔しそうだ……
「第十階層への入り口を見つけたのってダッツさんたちだよね! 酷くない!?」
「上の言うことだしなぁ。若いもんに花を持たせてやれってことなんだろうよ……。連中はもう行っちまったし、お前さん方も早く行った方がいいぞ」
なんとも遣る瀬無い話だが、ポイントがちょっとズレた。
「あ、いえ、私たちはダンジョンの依頼を受けたわけではなくて、薬草採集にそのダンジョン近くまで行くので……」
「ああ、なるほど……。マルリー嬢の入れ知恵か?」
怒り出す感じでもなさそうなので頷く。
「くっくっく、あの嬢ちゃんは本当に謎だな」
「そういえばさ、うちのギルドに来たのって痩せててすっごい感じ悪い役人だったけど、いつのまにあんな人になったの? 前は気の良いおじいちゃんだったよね?」
「ああ、あいつな。うちに来た時も酷い態度だったぜ」
覇権でもそうだったのか……。ああいうナチュラルに敵を作るタイプは可能な限り関わりたくないんだけど。
「マルリーさんに婚期の話した時は本物の馬鹿だと思ったよ」
「……あいつよく生きてたな」
うちのギルマスが不穏です。勘弁してください。
「あー……そうだな、身内の恥になりそうな気もするが、お前さんがたには伝えておくか。今回の依頼に選ばれた若手連中はあの役人に取り入ってたようだぜ。どうも気に入らないんで調べさせてる」
なるほど……、報酬の何割かをあの役人にバックするってパターンはありそう。そういう小物臭はすごくした。
「あーあ、ダッツさんたちがダンジョンに行くから、例の依頼はいいかなって思ったのになー」
つまらなそうに腕を組むルルだが、ダッツさんはちょっと真面目な顔になって、
「薬草採集も大事なことだ。実際、うちらのギルドのメンバーも『白銀の盾』が卸した薬草から作ったポーションに頼っているしな。しっかりやってこい」
と告げる。
「もちろん! じゃ、そろそろ追いかけるぐらいでいいかな?」
「そうだね。近づき過ぎても変な目で見られそうだし、私たちはゆっくり行こ」
ルルが頷き、南門の方へと歩き始める。
「じゃ、ダッツさん、またね!」
「おう、たまにダンジョンの入り口から魔物が飛び出てきたりするから気をつけろよ!」
手を振るルル……につられて、私も手を振ると、ダッツさんはサムズアップして送り出してくれた。
ああいう人とはいつか一緒に仕事してみたいな……
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