ハケンはやめときます

第5話 ギルドという認証局

「いい天気になって良かったねー」


「ワフー」


 一応、最後の確認ということで、北西の洞窟前に来たが、やはり特に変わったところはなかった。

 強いて挙げるとしたら、埋めた土壁のところにつた草が履い始めていい感じになりつつあるぐらいかな。

 そのまま西の方に散策しながら進む。

 途中でオレンジににた果実を採ったりしたのだが、これがかなり美味しく、

 たくさん採っていけば稼げるのでは? とか思ったりしたんだけど、寒村から街に出てきた(という設定の)少女が果物を抱えてるのもおかしいと気付いて思いとどまった。

 ……また今度採りに来ようと思う。


 南北に延びる街道が視界の先に現れたので、改めて《索敵》が感知していないかを確認する。

 森から少女と黒狼が飛び出してきたら、誰が見てもおかしいから……


「周囲確認……ヨシ!」


 軽くジャンプして街道へと出る。

 道幅は車道一車線ぐらいで、当然舗装はされていない。轍の跡が彫られているから馬車とかは通るのだろう。


「乗合馬車みたいなのが来たら乗せてもらえるかもしれないねー」


「ワフワフー」


 クロスケとそんな事を話しながら南へと歩く。

 四の月の中頃ということもあって寒くはなく、むしろ少し暑いくらいのいいお天気。

 左側の森の端にはちらほらと春めいた花が咲いているし、右側はゆるい土手の先に道と同じくらいのサイズの川が流れていて爽やかだ。

 元の世界の基準なら確実に『清流』と呼ばれるレベルなので、きっと川魚なんかも居て、美味しいに違いない……鮎の塩焼き食べたい……

 そんなことを考えながら小一時間ほど歩いたところで、川の向こう側に畑が見えてみた。


「おおー、すごーい!」


 思わず声に出してしまう。そんなサイズの一面の小麦畑だ。

 多分、春小麦かな。発芽してすくすくと育っているようで何より。

 そんな畑のずっと向こう側に、私がこの世界で初めて訪れようとしている都市の外郭壁が見えたのだった……


***


「北の山にある小さい村から出稼ぎに出てきました。その、身分を証明するものとかは特にないです……」


 という設定を門番さんに話した。

 自分がいる門の左手は『この街の人ではない』者用のゲートだ。右側のゲートは外の小麦畑の農家さんやこの街の人が通るものらしい。

 ちなみに真ん中の大きいゲートは馬車が来ない限りは開かないらしい。


「ふむ、そうか。まあ、その歳でここまで来るのは大変だっただろう。途中で魔物にあわなかったかい?」


「はい、あいませんでした。クロスケが居てくれたからかもしれません」


 きちんとお座りしているクロスケの頭を撫でてあげる。


「出稼ぎってことは領民になるつもりは?」


 門番さんは五十歳ぐらい?で人の良さそうなおじさん。意地悪な門番の想定を何通りか考えていたのに拍子抜けだ。


「いえ、まだそういうことは全然……」


「そうかそうか。では、この札を持ってギルドに入るといい。どこかのギルドの会員証があれば、次からは右の門を使えるようになる」


 おじさんはそう言って木札を二枚渡してくれた。私とクロスケ用だ。


「ありがとうございます」


「門を抜けた先を真っ直ぐ行って、二つ目を左に曲がればギルドの建物がある通りに出る。札はギルドで回収してくれるよ」


「はーい、どうもですー」


 ペコペコと頭を下げつつ門をくぐる。どうしてもブラック時代のクセが抜けない。

 門番おじさんもそんな私が珍しいのか、ニコニコしながら最後まで見送ってくれている。

 と、門を抜け、前を向くと、そこにはファンタジーな街並みが拡がっていた!


***


「ふおぉー」


「ワフー」


 二人して奇声を上げてキョロキョロする様はどうみてもお上りさんです。本当にありがとうございました。

 まあ、そういう設定なので問題はない。はず。


「よし、クロスケ、行きましょう」


「ワフッ」


 右側のゲートをくぐっていた農民さんたちの『あー、初めて街へ来たんねぇ』的な生暖かい目に気付いたので、取ってつけたように襟を正す。

 ここで改めて街での予定を確認しよう。

 ギルドに行って会員証ゲット。ついでに手頃な値段の良さそうな宿屋を紹介してもらう。

 次の日からはギルドで簡単そうなお仕事をもらって日銭を稼ぎつつ、余裕ができてきたらこの街を観光。

 一ヶ月ぐらいはここで生活して、その後は飽きてきたら次の街へ旅立つ。

 うん……ざっくりしすぎだとは思うけど、実際にその場にならないとわからないことが多すぎるし……


「えーっと、ここを左に曲がればギルドがある通りだよね……」


 左を向くと、少し行った右手に確かにそれっぽい建物……というか人だかりが見つかった。


「おおー、冒険者だー」


 円盾ラウンドシールド小剣ショートソードの軽装戦士っぽい人や、弓を背負った……あの耳の感じはエルフ!?

 ちょっとした感動でじろじろ見てしまったせいか、エルフの人に気づかれて『珍しいものみたいにじろじろ見るな』って顔でそっぽを向かれてしまった。ごめんなさい……

 それにしてもごった返してて……ノリというか雰囲気というか苦手な感じ……南側にダンジョンがあるとか聞いたし、そこにチャレンジしてる人たちなんだろうか?


「とりあえず通りを歩いてみよ……」


 左に折れ、この『ギルド通り』と呼ばれる通りをゆるゆる歩いてみる。

 建物は概ねレンガ造りの二階建てでヨーロッパ風。入り口の看板を見ると、だいたい何のギルドなのかがわかる。


「この天秤のは商業ギルドか。あっちのハンマーは鍛治ギルドだね」


 商業ギルドや鍛治ギルドは『専門ギルド』と呼ばれている。それぞれが職人(商業ギルドなら商人だけど)の横のつながりをサポートしてくれる、国をまたいだ組織だそうだ。

 で、なんでも屋的な……いわゆる日雇い人夫をまとめるのが傭兵ギルドと言われている。『冒険者ギルド』とか言われたりはしない。


「おっと、あれが魔術士ギルド……」


 六芒星が描かれた看板に『ノティア支部』と書かれている。

 最初にシルキーからギルドについて聞いた時、じゃあ魔術士ギルドに入ればいいのではと思ったけど止められた。

 理由。ロゼお姉様がとても大変すごく嫌っているから。


「『権威を笠に着るばかりで非生産的。ロクに勉強もしないバカの集まり』と申しておりましたので、ミシャ様も近づかぬ方が良いかと……」


 とのこと……

 まあ、最初はもっとまともだったんだろうと思うけど、それがずっと続くとかないよね。なまじ権力を持っちゃうと余計に。

 魔術士ギルドはスルーする。ロゼお姉様と魔術士ギルドは『たいそう仲が悪い』そうなので、弟子の私が大事にされるわけがない。

 生活に使える魔法ぐらいしか扱えないレベルでは入れてくれないらしいので、万一、魔法が使えるとバレても問題ないと思う。

 君子危うきに近寄らずですよ。


「ん? ここも傭兵ギルド?」


 通りの端っこに佇む小さい二階建て。『白銀の盾』と書かれた看板には傭兵ギルドである絵が描かれているのだけど、開け放された木窓から中を見た感じ誰もいなさそう……

 うーん、どうしたものかなー。もう一回、あっちのギルド見てくるかな……

 クロスケと回れ右して戻ってきたが、『未来の覇権』と書かれた傭兵ギルドの看板……に辿り着くには、あの冒険者っぽい人たちの中をかき分けて行く必要がある。


「なんかさっきよりも人増えてる気がするんだけど」


 やっぱりもう一度回れ右をし、『白銀の盾』ギルドに戻ってきた。変わらず誰もいない……

 ウェスタンドアを開けて入ると、左手に受付っぽいカウンター、右手にはテーブルとイスがあるだけで、やはり人の姿は見えない。


「すいませーん、誰かいますかー?」


 少し大きめの声で呼んでみたのだけど……


「はーい! いますー、いますよー!」


 いた。どこに? と受付カウンターの奥の方にあった扉が開き、美人のお姉さんが農作業姿で現れた……


***


「どーもー、はじめましてー。『白銀の盾』ギルドのギルドマスターをしているマルリーと言いますー」


 ぽ、ぽわぽわ姉系キャラだー!


「ど、どうも、ミシャです。こっちはクロスケ。よ、よろしくお願いします」


 内心の動揺を隠して自己紹介。クロスケも隣で「ワフッ」と自己紹介した。


「はいー。それで何かご依頼ですかー?」


「い、いえ、私は北の山の寒村から出稼ぎに来たところでして、その、ギルドに登録したいんですけど……」


「あらあらあら、それは嬉しいですねー。あれ? でもこのギルドで良いんですか? 覇権さんの方がお仕事はたくさんあるかと思うんですがー」


 顎に人差し指をあてて首をかしげるのがこんなに似合う人初めて見た……


「あの……なんか、あそこには入りづらくてですね……」


「なるほどー。あのギラギラした感じが苦手ということでしたら、私もわかりますよー。でも、うちだと討伐系のお仕事は滅多になくて、農作業のお手伝いとか薬草取りとかそういうのがメインになりますけど、それでいいですかー?」


 それ! それです! なーんか、あの集団に苦手意識があったのは、いわゆる『体育会系』な感じ!


「いいです! 元々そっちがやりたかったので!」


 せっかく《地味化》までして来たのに、魔法ぶっぱして大活躍とか無いです。目立たぬようにはしゃがぬように……無理をせずにこの世界を楽しみたい。


「わー、ちょうど人が足りてなくて助かりましたー。それじゃ、登録の準備しますのでお待ちくださいねー。あ、名前は書けますかー?」


「はい、読み書きはできます」


 そう答えるとマルリーさんはにっこりと笑って受付カウンターの奥にある棚から、紙とペンとインク、あと謎の道具を持ち出してくるとテーブルの上に置く。


「名前書いてもらいますのでー、こっちに座ってくださいー」


「は、はい。えっと、この子も……」


 しっぽふりふり期待の眼差しをマルリーさんに送るクロスケ。


「はいー、クロスケさんも登録しましょうねー」


「ワフゥ」


 座った私の前に付箋ぐらいの紙とペンとインクが置かれる。ということは当然、


「これに名前お願いしますねー」


 頷き、できるだけ丁寧にミシャと書いた。


「クロスケさんの分も代理でお願いしますねー」


 ということで、クロスケの分も丁寧に。


「では、先にミシャさんからー。ここに手を乗せてくださいー」


 と筆記具をどけ、謎の道具……家庭用の小型複合機っぽいものを前に置く。いや、もう一回りは小さいかな……


「こう、ですか?」


「はい、いいですよー。そのままでー」


 何かのボタンが押され、その瞬間に掌から魔素を吸われた。


「うひゃっ!?」


「あらー、ミシャさん、その反応は魔法が使えるんですねー?」


 ……いきなりバレた。


「は、はい、生活の手助けになる程度ですけど……」


「大丈夫ですよー、誰にも言いませんからー。でも、魔法が使えるってだけでダンジョンに連れて行こうとする人もいるので気をつけてくださいねー」


 物騒なことを聞いた。というか、やっぱりあっちのギルド行かなくて正解だったよ!


「生活のための魔法でも、何日もダンジョンを攻略しようって人たちには、とーっても有用なんですよー。火も水もそうですしー、清浄なんて使えたらもうねー」


 なるほど……。地下深く潜るっていってもゲームじゃないから、飲んだり食べたりするし、出すものだって出さないとってことだよね。


「クロスケさんはミシャさんの相棒登録になりますのでー、ミシャさんの登録証ができるまでちょっと待ってくださいねー。もうすぐですからねー」


 と謎の道具、いや登録証を作る魔道具を操作するマルリーさん。最後にまた違ったボタンを押すことで魔道具から金属板が吐き出された。


「はーい、これがミシャさんの『白銀の盾』ギルドの会員証になりますよー」


「ありがとうございます!」


 印象が悪くないとはいえ、仮入国みたいな形は居心地が悪い。これで普通の人ぐらいにはなれたかな。


「お渡しはちょっと待ってくださいねー。クロスケさんの登録に必要なのでー」


 会員証を手を乗せた場所に起き、魔法具を地面に下ろす。


「ではー、クロスケさん、ここにお手してくださいー」


「ワフゥ」


 すいっとお手をして、マルリーさんに次を促すクロスケ。


「はーい、ちくっとしますよー」


 クロスケは微動だにせず、私の方を向く。ドヤ顔っぽいのは気のせいですかね?

 今度はふた回りは小さいサイズで小さい穴がある金属片……なんだっけ、これ、見たことあるやつ……そう、ドックタグってやつが吐き出された。


「これで登録終わりですー。どうぞー」


 差し出された二つの会員証を私に渡すと、マルリーさんは近くにある棚を漁ってカードホルダーを一つ取り出した。


「無くさないようにしてくださいねー。これ、余ってるの差し上げますのでー。クロスケさんのは首輪があれば、それにつけておいてもらうのがいいんですがー」


 フォレビットの革紐の予備を持っているので、それを穴に通し、クロスケの首輪に取り付けた。


「こんな感じでいいでしょうか?」


「いーですねー、似合ってますよー」


「ワフー」


 マルリーさんが胸を張るクロスケの頭をなでなでしている間に、私は私で会員証をカードケースに入れ、ベルトポートの奥にしまう。


「さてさてー、登録も終わりましたので、さっそく今あるお仕事をー」


 さっそく仕事の説明を始めようとしたマルリーさんだったが、その説明をとびきり元気な声が遮った。

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