幕間:魔法世界のコーディング規約:1

【言葉・数・暦・星】


 ロゼお姉様が出て行ってから気がついた。やだ、私、気づくの遅すぎ? ……ホント、ボケてた。あまりに会話に違和感がなかったから……

 ロゼお姉様が話した言葉は全て理解できる『日本語』だったし、私が喋っているのも『日本語』のはずだけど、それが絶対なのかって言われると自信がない。自分以外に『日本語』を証明できる人がいないから。


 そして本だけど『ゴブリンでもわかる元素魔法』と『日本語ではない言語』で書かれていた。でも、それを日本語のようにまるで違和感がなく読めた。読めてしまっていた。

 気がついたあとに自分で文字を書いてみたら、やっぱりそれは『日本語ではない言語』で書かれており、シルキーがちゃんと読んでくれた。どういう理屈なのかわからない。

 いろいろな可能性を考えたけど、なんか哲学的なところに達しそうになってやめた。元の体の持ち主がちゃんと勉強していたからということにしよう。


 次に数のこと。

 普通に十進数だった。アラビア数字でもないし、加減乗除の記号も違っていたけど、記法がまったく同じだったのでそのまま理解できた。

 ただ、やっぱり九九という概念はないみたいだった。ロゼお姉様の書棚にあった算術書にもシルキーの知識にもなかったので、少なくとも一般的ではなさそう。


 数から思い出して暦。

 微妙に違って六日で一週間。五週間で一ヶ月。十二ヶ月の後、月に数えない日が五日あった。四年に一度だけ六日らしい。うるう年。

 曜日は光闇地水火風で『光の日』がおやすみ日。年末の五日は全て『時の日』というらしい。で、年末休暇ってことで、やっぱりみんなおやすみだとか。他にも国ごとに祝日にあたる日がそこそこあるらしい。ちゃんと休みがあるのはいいこと。

 シルキーに聞いたら、私がこの世界に来た日はこちらの暦での三月八日らしい。換算すると元の世界と同一日。でも、光暦七十三年とのこと。


 暦から星。太陽と月。

 太陽は同じ。東から昇って西へ沈む。月も同じ。でも二つある。月が二つ。


『暗い方の月を暗月あんげつ。明るい方の月を明月みょうげつといいます』


 とシルキーに教えてもらった。

 名前の通り、暗月はうす暗く、明月はやけに明るい。

 暗月の後を明月が追いかけるように動き、並んでるぐらいに近いので月齢もほぼ変わらない。

 あと『明月の光には魔素を活性化させる作用があり、五分浴びれば二十日は活性状態が続くと言われています』という話らしい。

 実際に試してみたら確かにそういう感じがした。

 自身への影響が濃いのか、外の魔素への影響も大きく、薄まりも小さいので、より長い間操っていられる。忘れないようにしておこうと思う。


【魔法付与】


 書架とにらめっこし、初級の魔導書を片っ端から取り出しては中身をあらため、それらがほぼ一冊で足りることを把握したのち、空いている角へと片付けた。

 初級の魔道書はほぼ全て自身で発動する簡単な魔法ばかりで、本当に入門書という位置付けらしい。


 次に少し内容に専門性があるものを見ていく途中で目にとまったのが、魔法付与が書かれていた魔導書。

 魔法付与は最後に《付与》ってことね。

《付与》するさいに対象に触れ、そこから流し込むイメージ。わかりやすい。ただ、付与する対象にはいろいろと面倒な制約があるみたい。

『一般的には硬度があるものほど付与できる魔法が多く長持ちする』か……

 部屋を見回すとシルキーが花瓶に生けた花が目にとまる。少し悪い気がしつつも、風を起こす単純な魔法を付与してみる。


《構築》《元素》《風》《付与》


 発動時のイメージとともに指先から魔素が花に伝わっていく。そのまま《起動》と唱えると花を中心に風が起き髪を弄んだ。

 繰り返していなかったため、風はすぐにおさまったけど……付与された花はもはや萎れたと言えるレベルだった。

 生物に魔法を付与すると付与された者の魔素も利用してしまう、と。

 これは……危ない。犯罪者には半永久的な脱力を目的として魔法付与をすることもあるらしい。人権とは……いや、前の世界じゃないんだからそういうものと思っておく。


『鉱物は魔素を持たないが付与された魔法が実行されるたびに疲労して脆くなる。おそらくは鉱物の内部を魔素が吹き荒れるためであろう』


 なるほどなるほど。だから硬いほうが良いわけだ。


『希少ではあるが魔銀や神金といった魔素を蓄えることができる鉱物は疲労しない。魔素の自然な通り道が構築されているという説が有力である』


 魔銀ミスリル神金オリハルコン。欲しいけど高価なんだろうなぁ、とんでもなく……。あ、師匠はこの館は中身ごと全部くれるって言ってくれたよね!

 書棚のいくつかについている引き出しを漁っていくと目的のものがあらわれる。それは間違いなく魔法付与の対象となってそうな装飾品。

 ……先に解析できるような魔法を覚えないとダメじゃん。

 また書架とにらめっこする必要がありそうだ……


【本・紙・インク・ペン】


「本って高価だよね?」


「ロゼ様から聞いた話ではそのようですね」


 そうだろうなぁとは思う。だって手書きなんだもの。

 活版印刷のテクノロジーは未開発。ということは、本は全て手で写本してるってことだよね。

 写本なんて人海戦術しかないから、数も少なくなるし、必然的に高くなる。

 それに……


「紙って普通に作られてるものなのかな? 私が知ってる紙って、もっとこう真っ白くて整形が綺麗で……って、わからないか。でも、この紙は手作りっぽいよね」


「紙は主に西側諸国で作られていると聞きます。私は作り方は存じませんが、植物を使うそうですね」


 植物で紙っていうとケナフを思い出す。あれは確か麻だったはずなので、この紙も似たようなものなんだろう。


「インクは煤とニカワからできてそう」


 においがなんとなく墨に近いので間違い無いと思う。


「インクはどこが特産というわけでもなく、業者が各国に工房を持っていると聞きます。原料はミシャ様の推察どおり煤と動物から取れるニカワですので、街で調達できるというのもあるのでしょうね」


 わざわざ国をまたいでまで一ヶ所に集めるメリットないもんね。


「あと、このペンは?」


 いわゆる羽根ペン。いかにもファンタジーって感じで好き。


「リバーグースと呼ばれる鳥の風切羽根から作られたものです。リバーグースは肉も美味しく、羽毛は寝具などに使われます」


「おお、凄い。リバーグース優秀だねー。でも、狩り尽くされたりしないの?」


「今は定かではありませんが、国によって狩猟可能な期間が定められていたかと」


 なるほどね。狩り尽くさないぐらいの良識はあるんだ。


「ところで紙ってさ、普通の人でも使ってるもの?」


「どうでしょう? ロゼ様もいつも持っているというわけではありませんでしたので、それなりにめずらしいものなのではないでしょうか?」


 そいや、紙が発明されるまでは、木簡だったり竹簡だったりに書かれていたんだっけ。

 この館には白紙が結構置いてあるんだけど、持っていくのは数枚にしといた方が良さそうだ。


「読み書きができるって普通だと思ってたけど、ここはそうでもないんだね……」


 この世界の識字率がどれくらいなのかは全然わからないけど、紙がそれなりに貴重ってことは、言葉を話せても、文字は読めない書けない人のほうが多そう。

 となると……口約束で働いたりしてるってことだから、いろいろと慎重にならないとね……


【解析・鑑定・判定起動】


《解析》は魔法を解析する魔法。《鑑定》は物質を鑑定する魔法。ややこしい。

『普通に《魔法解析》と《物質鑑定》でよかったじゃん』って思うんだけど、多分、作った人が別でしかも年代も違うんだろうね。


《解析》は『魔法解析の実践入門』から覚えた。

 方法は割と簡単で、魔法付与された対象にごく微量の魔素をゆっくりと流して、そこで何が起きているかを確認する。ただし、最後まで流し切りはしない。その加減が重要。

 こう、『ダミーデータを流し込んでステップ実行する』みたいな?

『ごく微量の魔素』の調整が難しい。少なすぎても反応しないし、多すぎると変なことが起きそうで怖い。

 ロゼお姉様が書棚の引き出しにしまっていた装飾品がかなりあったので、魔法付与がされているもので片っ端から練習。

 魔素の加減も覚えたし、付与されてた魔法もいろいろあって勉強になったのだった。


《鑑定》は『元素魔法による鑑定の教科書』に書いてあったとおりにやってみたら簡単だった。調べたい対象に魔素を浴びせるだけ。

 簡単なんだけど知識が必要。なぜなら鑑定して『何か』がわかるには『何か』を知ってないといけない。

 自分には元の世界の知識があるから『あ、これは銀』っていう風にわかる。でも『銀』を知らない人には当然わからない。

 こちらの世界にしかない金属はまだ見たことがないけど……多分、鑑定不能だと思う。

 金とか銀とか銅とか鉄とか……それぐらいならわかる。けど、化学は苦手だった。

 ベンゼン環より後の記憶は無いです……


 話は飛ぶけど、クロスケに付けられてた首輪を《解析》してわかったのが《判定起動》。

 最初に《解析》したあと、持ち帰ってもう一度ちゃんと《解析》しなおしてみた。

 結果としてはあんまり変わらなかったんだけど、あの首輪の《判定起動》には一方向に魔素を流す仕組みがあって、A地点を通過した魔素がB地点を『一定量』通過しないと発動するっていうもの。

 確かに『全量』だと誤起動しすぎるだろうから、どの程度にするかは、付与する対象に応じてとかなのかな。

 結果としては氷でつないだままにして、それを伸ばしていくっていう手段は正解だったわけだけど、すごく気を使って一瞬も離れないように気遣う必要はなかったっぽい。

 まあ、そうだよね……なんらかの拍子に外れ落ちるわけではないけど、接続部分が緩んだりとかはあるわけだし……

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