第3話 ゴブリンの洞窟を空にしますか?
「よし、じゃあ行ってくるね!」
私がこの世界に来てから二十日目。
今日、ロゼお姉様から頼まれた、この森のゴブリン退治を成し遂げるつもりだ。
「ミシャ様、何も問題ないかとは思いますが、油断なさらぬようお気をつけください」
「うん、ありがとう。ダメでも夕飯までには戻ってくるつもりだからよろしくね」
この二十日間でシルキーとも随分仲良くなった。
最初は共通の話題とかないなぁって思ってたんだけど、魔法の勉強に付き合ってもらったり、この世界のことをいろいろと聞いているうちに。
今、私が着ている服もシルキーが用意してくれたもの。流石にこっちに来た時に着ていた『ちょっとお嬢様風のお出かけ着』で森歩きは厳しい。
館に置いてあったロゼお姉様の服を手直しして作ってもらった。主に丈の長さと……バスト部分を……
「さて、始めましょ」
胸元にある魔銀のペンダントに右手を添え、ゆっくりと深呼吸したのちに唱える。
《起動》《防衛機構》《静音》《索敵》
ペンダントに埋め込まれた宝石ートルマリンーから魔素が放たれ、私の周りを流れる。その流れは一周してまたペンダントに吸い込まれ循環する。
二十日の間、基本的な魔法を学び、試し、その結果を組み合わせた応用を試してみることで、独自の魔法の開発に成功した。
それらの今のところの集大成がこのペンダントに付与されていて、《防衛機構》は体の周りを循環する魔素の流れを作っている。
自分自身で魔素を操るのは簡単だったけど、それを付与した先で再生するのには苦労した。
いくつもの魔法付与の魔術書を漁って見つけたのが、魔素の操作を記録して、それを付与した先で再生する方法。
簡単に言うと『表計算ソフトのマクロの記録・再生』だけど、実際には『ゲームエンジンでよくある3Dアニメーションの記録・再生』の方が正しい。
ループ再生する方法も分かったので、魔素の循環は止めない限り永遠に繰り返される。
次に《静音》はその魔素を使って、私が出している音をできるだけ抑える働きをしてくれる。
最後に《索敵》はその魔素の一部をさらに外周に飛ばすことでレーダーの役割を果たしてくれている。
相手がゴブリンとはいえ、不意打ちで頭とか一発殴られたら終わりだもんね……
索敵反応に警戒しつつ、とりあえず館から北東方向を目指す。
最初の目標は私がこの世界に落ちた場所だ……
***
うーん、馬車も中の荷物も全部回収されたかな……
索敵に反応はないけど、目視でも確認しながら馬車が転がっていたあたりに近寄った。
あの時の馬車も運ばれかけてた荷物も、ロゼお姉様にやられたゴブリンも含め、何もなくなっている。が、荷物を運んだと思われる跡は残っていた……
予想通り西か……
ロゼお姉様に処分されたゴブリンたちも西側から来ていたし、シルキーの話でも館の結界には北西方向からゴブリンがやってくることが多いとのこと。
ロゼお姉様が雷撃でやったゴブリンは十匹以上いたよね。
あれが実働部隊だとすると、本体も同じぐらいの数はいそうだし、非戦闘員もいるだろう。全てやってしまう必要はないだろうけど、森から追い出すには半数以上はやらないとかな。
気合いを入れ直して西へ慎重に歩を進める。
十数分進んだところで……索敵の範囲の端、五十メートル先に反応あり。
「ふう……」
深呼吸してからさらに進むと、もう一つ反応が増えたので立ち止まる。
動きがないし見張りに立っている?
この感じだと、崖沿いのどこかに洞窟か何かがあって、その中に住んでいる感じなのかな。見える位置まで進もう。
中腰になって藪の中を索敵先に進むと、少し開けた場所が見えてきた。
いた……やっぱり洞窟がある……
洞窟内は索敵がうまく通ってるか自信ないから不安があるなぁ。
ともかく、ゴブリンどもが洞窟にこもっている場合も想定済み。プランBで行く。Aは無いけど。
大き目のビー玉ぐらいの魔素を二つ作り、ゴブリンたちの鼻先に誘導する。
《起動》《睡眠》
そう呟いて数秒も経たずに、ゴブリン二匹は崩れ落ちる。効き目が睡眠ってレベルじゃないんだけど……昏倒って名前の方が良くない?
周囲を警戒しつつ、倒れたゴブリンに近づき、
《起動》《氷槍》
首を貫く。切り口を氷つかせることで血も出ていない。
無抵抗の相手にっていう気持ちがゼロではないけど、この世界で生きていくための覚悟はもうできている。
五日前、シルキーから食材調達のお願いでフォレビットという野ウサギみたいなやつを狩りに外に出た。その時、たまたま遭遇した偵察ゴブリンが私を見つけた瞬間に迷いなく手斧を投げてきたのだ。
防衛機構を動かせていたこともあって、瞬時に土壁で弾き、火球をぶち込んで倒せたが、あの瞬間に『やらないとやられる』っていう感覚を得た。実際、あの時に迷ってたら手斧が体にめり込んでいただろう……
さて、交代が来る前に始めなきゃ、だ。
ゴブリンたちの身ぐるみを剥ぎ、洞窟の前に積み重ね、さらにその死体を積み上げる。
少し離れた茂み付近まで戻って身を隠し、
《起動》《火球》
炎の塊が直撃して燃え始めたのを確認、
《起動》《送風》
追加の燃焼要素『酸素』をプラス&煙を洞窟内へと誘導。
自分の魔素……魔力も一割も使ってない感じかな。
火を消しに出てくるはずだけど……
索敵に神経を集中させる……感あり、六匹かな……
《起動》《火球》
洞窟出口に火球を三発打ち込む。
「グギャァァァ!!」
ヒット!
茂みから顔を出すと、炎に包まれて悶え苦しんでいるゴブリンたちが見えた。
《起動》《氷槍》
楽にしてやって、これで八匹。安全圏からやれるし、もう少し来て欲しい。
焦る気持ちを落ち着かせて待つことしばし……
来た。これが本命かな。八匹……いや十匹以上いる!
深呼吸して循環魔素の濃度を高める。
手前で止まった。と火の勢いが弱まり始める。
残党にゴブリンマジシャンがいるかどうかは賭けだったけど、消火に水魔法使ってくれるの待っていた。
「グギャグギャギャ!」
消火作業を終えたゴブリンたちが出口で黒焦げとなった仲間を見つけて沸騰しだしたところで、
《起動》《雷撃》
空間が割れるような音というのが一番かな。
ロゼお姉様の雷撃よりも魔素を多くした一発を撃つ。
直撃したゴブリンマジシャンが焦げるだけでなく、水たまりを伝ってその場にいる全てのゴブリンが硬直した。
やったか? とフラグを立てつつ茂みを出る。
一応、警戒しつつ近づいていくんだけど、流石に臭いが……
《起動》《土壁》
低くて幅の広い、もはや土壁というよりは土蓋を作って、もはや元が何だったかわからなくなったものを封じ込める。洞窟の入り口はちょっと狭くなってしまったけど、少し屈めば入れそう。
さて、気を抜かずに行こう!
両手で頬を軽く叩く。《雷撃》と《土壁》でだいぶ魔力使っちゃったから、残りは五割ぐらいか……
屈んで入った洞窟だが、少し進むと普通に立ち上がれる高さがあった。横道のようなものは無く、わずかに下りながら北北西へと延びている。
索敵には感なし……ん? すごい微弱な反応なのかな、これ……
うーん、ゴブリンの赤ん坊とかだと流石にちょっとやりづらいものが……
と、道の先に少し開けた場所が見える。ゴブリンたちの居住区なんだろう。
けど、微弱な反応はなんなんだろ……
慎重に覗き込んだ先は半径十数メートルのほぼ円形の広場のようなところだった。
北東の端に湧き水が流れているところがあり、その隣に雑多なものが積まれている。多分だけど馬車から盗んだと思われる荷物もあるみたい。
あの荷物の中にいるっぽいんだけど……
それ以外の敵はいないようなので、広場へと踏み込んだ。
「ここに住んでたのは全部やれたかな。ん?」
部屋の左側に焚き木の跡があり、その先にゴブリンがギリギリ通れそうな道を見つける。
警戒しつつ、その道を覗いてみると、道というよりは排気口のようなものだった。おそらく煙を外に逃がすための煙突がわり。
だが、灰で煤けたそこに新しい足跡がいくつかあり、先へと続いていた。
二〜三匹ぐらいかな。まあ、逃げちゃったか。追うリスクは……ないよね。
《起動》《土壁》
排気口の出口を土壁でぴっちりと埋める。
戻ってこないとも限らないし、ゴブリンどもを駆逐したら洞窟は完全に塞いでおくつもりだった。
せっかく追い出したのにまた住みつかれたら意味がないしね。
さて、あそこにいる何かを調べるしかないよね……
《起動》《送風》
まずは直接触る前に強風で飛ばせそうなものを剥がす。
あの時の馬車の幌をバラしたやつだと思うけど、それが強風に煽られて飛んでいった。
現れたボロボロの木箱っぽいものに入っている黒い塊……
「クロスケ!?」
思わず近寄って覗き込むと、そこには黒柴……とは違うか。
うちで飼ってた黒柴ークロスケーになんとなく似てるけど、もっと野性味があるというか……この子まだ子どもだよね。手足と顔のサイズからして。すでに黒柴なら成犬ぐらいの大きさあるけど……
眉間の間を軽く撫ぜてやるとうっすらと目を開いてくれたが、これは……だいぶ衰弱してるような……
「ちょっと待っててね」
ざっと見回し、ゴブリンどもが使っていた粗末な食器を見つけ、それをざっくり洗って水を汲む。
「飲める?」
鼻先に持って行ってやると、少し顔を上げてそれを舐め始める。がっつき気味に。食べさせてもらってなかったのかな。
このクロスケ(仮)が私と同じ馬車にいたとして二十日……うん、かなりヤバい……
慌てて周りの木箱を片っ端から探る。肉、なんか肉があれば……干し肉か……これ塩分凄そうだけど……ってか固すぎじゃない?
湧き水を少しかけてやることで、板からゴムぐらいにはなったと思う。
「これ、食べられる? 無理はしなくていいからね?」
って言い切る前に食べ始めた。
なんで逃げ出せなかったんだろ……
一心不乱に干し肉を貪るクロスケ(仮)の背を緩やかに梳いてやる。今はあまり毛並みも良くないが、ちゃんと食べさえすれば良くなってくるだろう。
と、指先に引っかかるものがあった。首輪だ。
でもこれ……ただの首輪じゃなさそうな……
毛をかき分けて首輪を見てみると、魔法付与されている風だ。
外せばいいのかなと手をかけたところ、クロスケ(仮)が急に暴れ出し……すぐに落ち着いた。
「クゥー、クゥクゥ、クォーン……」
んんん? 外しちゃダメなの? あ、いや、いきなり外すとダメなのか。
「わかったわかった。ちょっとじっとしててね」
《起動》《解析》
付与されているのは……《冷却》か……これは酷い。装着者の魔素を使って体を過度に冷やし続けてるのか……。強制的にクーラー病状態にされてる。
と、一つだけじゃない……《判定起動》ってなに……あと《爆発》……
「あー!」
思わず大声を出してしまい、クロスケ(仮)がビクっとなる。
「ごめんごめん。でもわかったよ」
頭を撫ぜてやりつつ、解析結果を整理。
つまりこれは、装着者の魔素を使って常に《冷却》をかけ、かつ、多分『首輪が外される』と《判定起動》で《爆発》するんじゃなかろうか……クロスケ(仮)の嫌がり方を見ても、当たってそうな気がする。
これ考えて作った人、性格悪すぎでしょ……
うーん、これどうやって解除すればいいんだろ。
いったんクロスケ(仮)と館に戻ってじっくり考えた方がいいかな。いや、つけたまま連れ歩くのはいろんな意味でリスクがある……
外さずに外したい。外さずに外したい……あ!
「クロスケ! これ、できる?」
《起動》《視覚化》
自分の魔素を視覚化。これをクロスケ(仮)もできれば、思いついた解除方もやりやすい。
「グルルゥ」
「すごい! 完璧!」
賢すぎる! 思わずクロスケ(仮)を抱きしめてしまったが、解除はここからだ。
クロスケ(仮)の金色の魔素が首輪を覆っているのを確認。一方向に流れているのが見える。
「首輪を外さずに大きくするから、確実にゆっくりと首を抜いてね」
《構築》《元素魔法》《氷》
首輪の結合部分の判定起動がまたいで書かれている両端に氷で橋渡しを作る。氷になってしまえばクロスケ(仮)の魔素も流れるので、論理的には首輪は繋がったままだ。
そしてゆっくり……慎重に首輪の結合部を外す……オーケー……少しずつ氷を増やして長くしていくことで……
「ワフッ!」
抜けた! けど、まだ離れすぎちゃダメだよ。いきなり爆発するかもしれないからね。
そーっと地面に置き……クロスケ(仮)を抱き上げて……
「退避!」
出口通路に一気に駆け込む。
しばらくした後、『ポフッ』っていうしょぼい爆発?が起きた。
「はー……良かったねー、クロスケー」
「ワフワフッ!」
クロスケーもう(仮)は無しーと抱き合って喜ぶ。
「さて、改めて戦利品を探しましょ」
例の首輪に近づくと、《爆発》が書かれていた部分が多少焦げていたが、それ以外の部分は大して損傷もないようだ。
氷が溶けて首輪が外れて《判定起動》した時には、もう《爆発》に使えるクロスケの魔素も無かったんだろう。
「ふふふ、この《判定起動》は色々と応用が効きそうだねー」
付与できるということは、付与じゃなくても使えるはずなので、今の《防衛機構》にイベントドリブンな仕組みを作れるはず!
そんなことを考えながらニヤニヤしていると、クロスケは木箱から干し肉を引っ張り出し、湧き水でふやかして食べていた。やっぱりこの子賢すぎる。
その後、片っ端から木箱やらなんやらを漁り、多分この世界のお金、宝石数個、干し肉(クロスケ用)だけ持って帰ることにした。
「クロスケ、私と一緒に来てくれるよね?」
「ワフッワフッ!」
よしよし、可愛いなぁ、もう! 思わず頭を撫で撫でしてしまう。
「じゃ、ここは封印」
《起動》《土壁》
洞窟入り口をぴったりと土壁で塞ぐ。なんとなくカモフラージュしておきたい気がするけど、ほっといたらそうなるでしょ。
「さ、帰ろ!」
「ワフッ!」
クロスケ見てシルキー驚くかなーとか、はじめての冒険の帰路はとても楽しい道のりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます