第2話 自動的に再起動します
夕飯は何かビーフシチューのようなものと固めのパンで、ここ最近まで良くてコンビニ弁当だった自分に食事の素晴らしさを思い出させてくれた。
異世界ものというと、どうしても『現地の飯が不味いので日本食無双』ってイメージがあるけど、少なくともこの世界のご飯は普通に食べていけそう。
「それで、ミシャ。あなたはこの後どうするつもり?」
食後の紅茶を嗜みつつ、ロゼお姉様が尋ねる。
「えっと、魔法すごく興味がありますし、まだまだお姉様に色々教えてもらうつもりでいるんですけど?」
「さっきも言ったと思うけど、私が教えることはもうほとんど無いのよねぇ……」
なんだかあっさり言われてしまった。いやいや、まだゴブリンマジシャン未満だと思うんだけど?
「魔法を知らなかったなんて未だに信じられないわ。だって、本当は本を渡す前にもっと教えないといけないことがあるのよ?」
「はぁ……」
「あなたが無意識に、しかも思い通りに操っている魔素だけど、それが出来るようになるまでが大変なの。まず、体にある自分の魔素を感知できるようになるのに普通は一ヶ月ぐらいかかるわ」
うん、そりゃ驚くし、私が魔法をすでに使える人間だと思われても仕方ない。
「そこからその魔素を自在に操るようになるまでにさらに最低三ヶ月はかかるものよ。それをあっさりやってのけておいて『私、魔法使えません』とか言われてもねぇ……」
「あはは……すいません……」
普通なら半年ぐらいかかる基礎を全部すっ飛ばしてるにもかかわらず、魔法のことは全然知らないとかおかしすぎる。
半目で睨んでいたロゼお姉様だが、ふっと顔を緩め微笑んだ。
「まあいいわ。そんなわけで教えることは何もないかなって。あとは本を読んで魔法を習得すれば、あなたの理解力ならほとんどの魔法が使えるでしょうね」
「なるほど……」
ただ、いまいち腑に落ちない。元プログラマとしては『コードを仕様通りに組めば期待している結果が得られます』だけだとすごく気になる……
「あの……質問に答えてもらう形で教えてもらうのはダメですか? 魔法は使えるようになったとは思うんですが、原理がさっぱりわかってないのは問題かなって」
「原理ってあなた……失われた秘術の解明をするつもりでいるの?」
ロゼお姉様、今日何度目かの驚きと呆れ。
というか『失われた秘術』? 魔法の原理そのものが失われてるけど、行使はできるっていうことなのかな。
「あの……例えばさっきの火を出す魔法の原理って、今はもう誰も知らないということでしょうか?」
「え、ええ、そうよ。古代の魔術士が組み上げた秘術とその秘文だけは朽ちることなく受け継がれたけれど、その意味するところは誰も知らないわ……」
まさかライブラリ部分が『秘伝のたれ』になってしまっているとは……
まあ、バグが無いからこそ使われ続けてるのかな。いや、バグがある部分は封印されてる気がするなぁ。だとしても……
「なんだかもったいないですね……」
「そうねぇ、失われた秘術の痕跡は古代遺跡の最奥で見つかることがあるらしいから、そういうところを探すとか。あとは王家かしらね。きっと何かしら手がかりになりそうなものは持っているでしょうね」
いきなりハードルがめっちゃ上がった!
「ぐぬぬ……それじゃ、せめて魔素の扱い方ぐらいは教えてほしいんですけど……」
「教えろって、もう扱えてるじゃない」
「でも、目に見えてないものをうまく扱えてるとか言われても……」
最初にやったライターっぽいアレ。ロゼお姉様から見るとイメージしたとおりに魔素が動いているらしい。
が、全然そんな実感がわいてない。プログラマは用心深い生き物なので『なんとなくやったらうまく動きました』とか怖すぎる……
「なるほど、確かにそうよね。じゃ、ちょっと見せるわね」
《起動》《視覚化》
その詠唱でロゼお姉様の周りに淡いピンクの光が溢れる。これが魔素?
「はい、あなたもやってみて」
言われるままに
《起動》《視覚化》
今度は自分の周りに淡いスカイブルーの光が溢れた。個人個人で色が違うの? ロゼお姉様がロゼワインの色なのはとてもしっくりくるけど。
「これが私の魔素なんですね」
「ううん、厳密には違うわ。あなたの魔素は体内にあるの。今見えてるのはそれに影響を受けている外の魔素よ。それも一部ね」
むむむ、外のっていうのは大気中にも魔素があって、それが私に触れると感化される……みたいな感じなのか。
「自分の魔素はイメージで操るもの。もちろん、それなりの修練を積んでできることだけど」
指先からピンクの光が溢れビー玉ほどの大きさに丸まる。
《構築》《元素》《炎》
ぽふっと火が着いて消えた。なるほどなるほど。
同じように自分でやってみる。そしてそれは簡単に動かせた。遠くに近くに。高く低く。
机を突き抜けたのにはちょっと驚いたけど、体から出てきたんだから当然だよね……
というようなことを思っていると、ロゼお姉様が魔素の球を作り、私の魔素にぶつけた。
「うわっ!」
ぞわっとした感覚とともに、私の魔素が弾かれる。その反応をロゼお姉様がクスクスと笑っててなんとも気恥ずかしい。
それにしても……他人の魔素とは妙な干渉が発生する? だから探索魔法で撫ぜられたような感覚があったのか。
それと大気中にも魔素があるって言ってたけど、それとは干渉しない? そこにある違いとは意思の有無? うーん……
「まあ、詳しいことはこの本を読みなさい。シルキー?」
いつ本を取りに行ったのか、いや取りに行かなくても手にできるのか。すっと出された本のタイトルは『実戦で役立つ魔素の操作・定石』であった……
***
「まあ、そういうわけだから、あなたなら少し本を読めばゴブリンどもに負けることなんてないと思うわ」
「はあ……」
納得いくようなそうでないような。確かに技術としては問題ないのかな。あとは経験を積むしかない感じなんだろう。
この先、この世界でやっていくにあたって、ゴブリン程度で手こずってちゃダメでしょってことか……
手にしたカップに口をつけたが空になっていたのに気づく。と、いつのまにか側にいたシルキーがお茶を注ぎ直してくれた。
「ミシャはしばらくこの館にいるでしょうから面倒を見てあげてね?」
「はい、わかりました、ロゼ様」
向き直り、
「ミシャ様、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
シルキーさん、別に怖いわけじゃないけど緊張する。人間っぽさがないからだろうか?
「で、改めてなんだけど、ゴブリンどもを退治したあとはどうするつもりなの?」
「うーん、とりあえずゆっくりと楽しく生きていければと思います。あとは、旅に出てこっちの世界のいろんな所を見てまわったりとか?」
ロゼお姉様が急にクスクスと笑い出す。何かおかしなこと言ったっけ?
「やっぱりあなた別の世界から来た子なのね?」
あ……バカすぎるな、私。普通は『家に帰りたい』とかでしょ……
「はぁ……私、転生者……っていうんですかね、違う世界からの。気がついたら馬車のところに倒れてたので、ひょっとしたら打ち所が悪くて妄想入ってるだけっていう可能性も……」
そこまで言ったところで大笑いを始めるロゼお姉様。そんな笑わなくても……いや、笑うなこれ……
「はー、ごめんなさい。あまりに無防備だなって思ったらホントおかしくなっちゃって」
「ですよね。まあ、なんていうか運が良かったと思いますお姉様に拾われて。私が今の私になったのは、おそらくあの馬車が崖を転がり落ちた時なんだと思います。なので、その前のことはまったくわかりません。馬車に乗っていた理由どころか名前すらもです……」
どうやら落ち着いた風のロゼお姉様が少しだけ寂しそうな目をする。
「正直、この体の持ち主だった私には申し訳ない気がしますが……」
「そのあたりは気にしても無駄よ。今ある生を楽しむのもその持ち主への恩返しだと思いなさいな」
気にしたところで何ができるわけでもないしその通りかな。それにしても……
「はい……その……お姉様は驚かないんですね、違う世界から来たとかおかしくないですか?」
「そう? 異世界から来る人はそんなに珍しくないわよ。といっても、数年に一人あるかどうかぐらいだけど」
「え、そうなんです!?」
驚いた。そんなに異世界人がほいほい来る世界なのか、ここは……
「魔王に対抗するために勇者を召喚する王家とかあるわよ。ここから東に行ったパルテームって国。まあ、前々回のその召喚は勇者がころっと魔王側に寝返っちゃったけどね」
何それ……『世界の半分をお前にやろう』に目が眩んだのか……
「じゃ、ひょっとしてその次に召喚された勇者が討伐したんです?」
「いえ、にらみ合いが続いてるわ。勇者召喚もそう何度も続けてできるものじゃないらしいし、お互いその切り札を無くすと後がないから」
勇者っていうからには個人の力量はすごいんだろうけど、それだけに死んじゃうとどうしようもないのか。相手も勇者だったから五分五分だろう。
「ただ、そういう意味ではあの場所にあなたがいたのはかなり変ね」
「そうですよね。私、勇者でもなんでもないし……」
「いえ、あなたの場合は召喚じゃなくて転生でしょ? そういう例は珍しいと思うわ。今まで無かったわけじゃないみたいだけど」
あ、そうか。召喚はそのままの体で来るのか。私は向こうで死んで、こっちの体に入っちゃったから違う? うーん……
「そういえばあの馬車には御者もいなかったんでしょうか? 馬車に女の子一人だけ乗ってるって変……ですよね」
「いたけど、上の街道のところでゴブリンにやられちゃってたわね。街道を通る馬車を曲がり角の先で待ち構えて襲ったんでしょう。かなりの歳の男性だったわ」
ロゼお姉様が目を伏せた。思うところがないわけでもないけど……いや、ないな。私にとっては全然知らない人だし。
「ここにしばらくいるでしょうけど、その間に髪の色を変えられる魔法ぐらいは覚えておいたほうがいいわね。ひょっとしたら捜索されてるかもしれないし」
頷く。これから『私』として楽しく生きていくのに、元の素性は正直必要ない。いや、ちょっと事によってはまずい予感もするし、早々に対処できるようになろう……
***
「さて、それじゃ私は行くわね」
ロゼお姉様がいそいそと席を立ちつつそんなことを言い出した。
「え? どこへですか?」
「うーん、自宅? まあ、今、主に住んでるところよ。ここでお仕事できるならそれでもいいんだけど、ちょっと依頼主と遠すぎるし、やっぱり帰らないとね」
「い、今からですか?」
私も立ち上がる。純粋にもう少し話がしたい。多分、いや、間違いなく……
「ええ、そのお仕事、途中で放り出して来ちゃってるから急がないとね〜」
「あの……お仕事って何ですか?」
とにかくなんでもいいので話を続ける。
「ちょっとしたお薬の調合よ。まあ、貴重な素材が必要だったりするし時間も手間はかかるわね。ミシャも少し覚えておいた方がいいわ。魔術士っていう肩書きは今のこの世界だと結構重いから、楽しくやってくなら薬師ぐらいがおすすめよ」
「なるほど……目立つとろくなことなさそうですもんね……」
「ええ、ろくなことないわよ〜」
ニッコリと睨まれた。はい、すいません……
「いや、その、私の場合は中身と合ってないという意味で……えっと……」
「……寂しい?」
あ……
「はい……」
覆いかぶさるように抱きすくめられた。
「ミシャ、この大陸の西端にラシャードっていう商業国家があるわ。私はそこにこっそり厄介になってるの。会いたくなったら、ゆっくりと旅を楽しみながら来なさい」
ぽんぽんと背中を叩かれたのち、ゆっくりと抱擁を解かれる。
「これを渡しておくわ。ラシャードに入りやすくなるし、なにより魔術書の代わりになるから」
右手の薬指から外した指輪を私の手に握らせた。
「あ、あの、ありがとうございました! また……」
「そうよ、またね」
ロゼお姉様はニッコリと笑うと、手を離し、窓際へと歩を進める。
いつの間にか開け放たれていた窓から一羽のフクロウが飛び去っていった……
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