三人娘の異世界メンテナンス紀行 〜旅と出会いと時々ダンジョン〜
紀美野ねこ
辺境都市ノティア
終了と再起動
第1話 人生が不正終了しました
気を失って倒れていたようだ。ネトゲ中に寝落ちしちゃったかな?
いや、自宅はありえない。納期前で徹夜作業という絶賛デスマ中だったはず。ネトゲなんて出来てたのは2年以上前だった。
多分、事務机に寝落ちして、寝相が悪くて椅子から転げ落ちたとかその辺。だが? 体に伝わる感触は……草むら? 夢?
痛っ……
少し体勢を変えようとしたところで、腕と足に痛みが走った。感覚的には軽い打撲と擦り傷かな。ともかく目を開けよう。
へっ?
目の前に降りかかる軽いウェーブが掛かった金髪。おそらく『今の』自分の髪なんだろう。『以前の』黒髪ストレートはどこへ行ったのか。徹夜でボロボロだったけど。
着ている服も……どこのお姫様って感じ。ヨレヨレになってたスーツはどこへ?
目を瞑る。これは夢かな。その割には体のあちこちが痛いんだけど。
と、なると、ありがちな転生……転移? どっちでもいいか……
それにしても、転生する前に神さまと面接してチートなスキルとかもらう過程がすっ飛ばされている気がするんだけどどうなんだろう。まあいいか、あのデスマから逃げられた時点でチート。
二日連続徹夜。その前は三時間眠れたかどうかという日々が三ヶ月近く続いてた。もちろん無休で。倒れない方がおかしい。
あー、死んじゃったか。無理もない。ごめんね父さん母さん、そしてニート中の妹よ……あんたは派遣SEなんかになるんじゃないよ……ニートのほうがマシだから……
そして派遣元と派遣先にはご愁傷さま。私がいなくなると、今のプロジェクトは確実に回らなくなる。本当なら可能な限り引き継ぎできるように他の人にも読めるプログラムにしておきたかったんだけど、度重なる仕様変更の嵐がそれを粉砕してたしね……
再び目を開ける。まずは状況を確認した方が良さそう。転生してすぐゲームオーバーは避けたい。
入社したてのころは『この就職氷河期に拾ってくれたご恩を返さなくては!』とか張り切りすぎてこの有様なので慎重に。慎重に……
倒れた姿勢のまま体に少し力を入れるとまた少し痛みが走る。生きている証拠だと思い我慢。
あと若返っている気がする。多分十八歳ぐらい? これがチートだったのかもしれない。鏡を見てみたいところだ。美人になってるといいなぁ。
浮いた話一つなくブラック残業中に三十路喪女となった直後だったので嬉しい限り。まあ、恋愛関連は『めんどくさい』が先にあって全然興味がないので歴史は繰り返しそうだけど。
うつ伏せになっていた顔を少しあげ、目だけで周りを見渡す。どうやら森の中のようだけど、少し開けたところなのか明るい。前世は深夜で終わった気がしたが、倒れて半日ほどもったのかもしれない。今さらどうでもいい話。
とりあえず見える範囲に脅威となりそうなものはなかったので、もう少し上半身まで起こしてぐるりと見渡す。右手側二十メートルほど先に馬車が横転していた。その先は崖だが、崖上に道があるのだろうか。そこから落ちた?
体を気にしつつ起き上がる。擦り傷と打撲程度なのか問題はなさそう。体の持ち主、死ぬほどではなかった気がするんだけど……心臓が弱かったとかなんだろうか。
周囲を気にしつつ、馬車の方にゆっくりと歩を進める。積み荷がこぼれ落ちているようだ。所有者は?というか馬は逃げたかもしれないとして、御者らしき人も見当たらないんだけど……
!
馬車の向こう側、森の中から何かが来る!
元の場所まで戻り、大きめの茂みを探してそこに飛び込んだ。よくわからないがヤバい気がする。頭の中の危険信号が真っ赤だ。
ほどなく荒れた足音が複数近づく。茂みからこっそりと覗くと毒々しい緑の肌をした不気味な二足歩行者が現れた。
ゴブリン……だよねぇ……
しかもぞろぞろと何匹も、いや十匹以上は確実にいる。前にいるのは雑魚というか下っ端っぽいボロボロの服だ。後ろの方には偉そうな感じの奴がそれなりの服と貴金属までつけている。
これは見つかったらゲームオーバー。サクッと殺されるならまだしも薄い本コースは絶対に避けたい。とにかくやり過ごすしかないか……
「グギャ、ギャギャギャ」
横転している馬車から積み荷を引っ張り出して品定めしているのか。偉そうゴブリンが積み荷の箱をあっちに置けとかこっちに置けとか指示しているようだ。
「ギャギャグギャ!」
いったん積み上がった箱をまた別の場所に置き直させている。思いつきで仕様変更ですか。下っ端ゴブリンは大変そうですね。
バレてない。バレてない……
そう思った瞬間、空気が割れるような轟音が響き渡り、下っ端ゴブリン数匹を雷の柱が貫いていた……
***
いくつもの轟音がその余韻を終わらせた時、ゴブリンは全て黒こげとなって地に伏せていた。生きているはずもないだろう。
なにこれ……
茂みに身を隠したまま悩む。ここで動いていいものか。ダメだよね。
馬車の方を再度じっくり覗いていると、急に陽だまりが陰り、その影の主が姿を現す。
それは大人の背丈ほどもありそうなフクロウ。馬車の上空を数度旋回し、ふわっと着地するところで淡い光とともにグラマラスな美女へと変化する。
!? 思わず声をあげそうになったのを無理やり飲み込んだ。
ゴブリンに見つかるよりは人に見つかった方が……いやいや、そもそも人? フクロウだったよね? いやでも、ゴブリンよりはフクロウのほうが優しそうだし、なんならワンチャンモフれる? モフ……そういえば死ぬ前にもう一度クロスケをモフりたかったな……
思考が脱線しつつも、美女からは目を離せそうにない。なんだかキョロキョロしていて、やっぱり自分は探されている気がしている。
やはりここは見つかっておくべきなのかと悩んでいると、美女はすっと俯いて……その瞬間、全身の肌を撫ぜられるような感覚が走った。これは……
「あ、あの! ここにいます!」
そう勢いよく立ち上がると、美女は驚いたようにこちらを向いて目を見開いた。
「まあ! まあまあまあ!」
そう言いつつズンズンと歩み寄ってくる。
「ねえ、気づいたの? 気づいたのよね?」
「は、はい。何か変なもので撫でられた気がしたので……」
と、さらに全身をぶわっと撫でられた。
「きゃっ!!」
「素晴らしい! 素晴らしいわ、あなた!」
がばっと抱きしめられ、美女の双丘が私の息の根を止めに……くそう、十八ぐらいに転生したんだから、まだ成長期はあるはず、あるはず……
「むぐぐぐ……」
「あらあら、ごめんなさい。そうそう怪我はないかしら?」
「ぷはっ……は、はい、ちょっとした擦り傷と打ち身ぐらいでしょうか……」
『窒息攻撃』を解除した美女は、少し屈んで私の体の傷を確認してくれる。
「大丈夫そうね。一応、これを飲んでおきなさい」
「は、はい……」
渡された小瓶、これはポーション……ってやつかな。もう飲まない選択はできそうにないから飲むんだけど。
覚悟を決めてぐいっと一気飲み。傷口や打撲箇所が淡く光ったかと思うと、その痛みと傷を引き受けるように消えていく。
「すごい……」
「効いたようで良かったわ。さっ、行きましょう!」
空いた小瓶ごと手をがっちりと握られた私は、争うわけにもいかず従うほかなかった……
***
森の中を拐われるような形で美女に手を引かれている。どこに向かっているのかは、引いている美女にしかわからないんだけど、ここで手を振り払っても、行くあてもなくこの森をさまようしかないんだよね……
「ちょっと待っててね」
十分ほど歩いたところで立ち止まって右手をかざす。と、目の前の鬱蒼としていた木々が消え、気合の入った洋館が現れた。
「すごい……」
思わず出てしまった声に美女は満足げに胸をはる。でかい果実が揺れるのが羨ましい……
これが彼女、この美女の自宅ということなんだろう。これは結構なお金持ち……魔法が使えればお金持ちになれる?
「さっ、入って入って」
美女が後ろから私の背を押すと勝手に玄関の扉が開かれる。自動ドア……って中世の人から見ると魔法に見えるんだろうなとか思いながら館へと入ると、そこは想像どおりのホールっぽい場所となっていた。
「お帰りなさいませ、ロゼ様。そちらはお客様ですか?」
「ひっ!」
居なかったはずの右脇からの声に思わず震え上がった。おばけとか幽霊とかは怖くないけど、びっくりさせられるのにはいまいち耐性が無い。
「ええ、そうよ。お茶にしましょう。シルキー、よろしくね」
「かしこまりました」
軽く頭を下げてお茶の用意に行くメイドさん。ヴィクトリアンである。素晴らしすぎる。一万点あげたい。でも、なんか若干透けてる気が……
「シルキーは幽霊じゃなくて館の精霊だからね。間違えると酷い目にあわされるから気をつけてね」
アッハイ。頷く。思い出した。聞いたことある気がする。お金持ちの屋敷とかに沢山いるメイドの一人なのに名前も顔も思い出せない人。実は家事大好きな精霊らしい。
「こっちよ。いらっしゃい」
「は、はい」
流石に玄関ホールでお茶会はしないようで、右手奥のとびらから来客室のようなところに通される。
そこには大きめのテーブルに椅子が八脚あったのだが、美女ーロゼ様は上座に座り、私はその右隣へと座らされた。
「こほん。まずは自己紹介ね。私はロゼ=ローゼリア。あなたのご想像どおり魔術士よ」
ニッコリと微笑まれると本当に美人すぎて、同性の私もこの胸のときめきを抑えきれない。
自己紹介。名前が先で苗字が後な気がする。が、ここは無難に名前だけがベストとみた。
「わ、私はミシャ……美沙といいます!」
「いい名前ね! よろしくね、ミシャ!」
この世界ではミシャで行こうと今決めました。
***
シルキーさんが無言でお茶を用意している間、ロゼ様はニコニコ顔で私を眺めている。正直、すごい気まずいというか照れるというか……
「あ、あの、ロゼ様?」
「『お姉様』で」
「は、はい……ロゼ……お姉様」
その言葉に満足げにカップを手に取り口をつける。
はぁ、とりあえずこの人に助けてもらったのは間違いないかな。であれば、ここは……
「その、助けていただいたようでありがとうございます……ロゼお姉様!」
両手を胸の前で合わせ、少し下から覗き込むように、潤んだ瞳でえぐりこむように。
「ぐっ……やるわね、ミシャ……」
「ロゼ様、鼻血が出ております」
すっとシルキーさんから出されたハンカチで鼻血を拭き取るロゼお姉様。
「ミシャを助けたのは偶然というわけではないのよ。あなたを助けるよう……お告げがあったからこっちの方に来てたのよ」
「私を助ける?」
「そうね。一週間前だったかしら。ここしばらくはお告げなんてなかったし、もう私は好きにしてていいんだと思ってたんだけどねえ」
「はあ……」
一週間前……ちょうど無茶苦茶な仕様変更が入った日かな。ちゃぶ台返しレベルの奴。うん、それが原因な気がしてきた。にしても、いったい誰が?
「それでこの別荘に来てたんだけど、しばらく来てなかった間に臭いゴブリンどもがどこかにねぐらを作っちゃってるしで大変だったのよ」
これ別荘なの!? 超お金持ちっぽいお姉様を持ってしまった私はもう勝ち組なのでは?
「そういうわけだから、この館は中身ごと全部あげるからゴブリンたちはねぐらごと始末しておいてね。そのあとは好きにしていいわ。
あ、館を売るのはやめてね? シルキーが怒るし、私もたまに使いたいし」
「え? ゴブリンを私が始末するって……どうやってです?」
「え?」
そんな顔を見合わせてもどうやって倒せと?
「見てたと思うけど、雷撃の魔法でも使ってもらえばいいのだけれど」
「いやいや、私、魔法使えませんし……」
「うそ……でしょ……」
本当にぽかーんと言っていい顔をするロゼお姉様。普通女子がそんな簡単に魔法使える世界なのかな……
「ミシャは探索の魔法を使ったの感じとったわよね?」
探索の魔法? なんだろう……。ああ、あれかな。体を撫ぜられたやつかな?
「お姉様が何か?を使って体を撫ぜるような魔法?を使われたのはわかりましたけど、それが探索の魔法なんですか?」
「……なるほど、これはお告げがくるわけだわ」
呆け、訝しみ、そして納得したかのようにロゼお姉様は微笑む。まるで子どもが面白そうなおもちゃを手に入れたように……
そんな微笑みを私がこの世界でできるようになる日は来るんだろうか。
そんな日が来るといいなと純粋に思った……
***
「ミシャが私の探索の魔法で感じ取ったのは魔素なの」
「魔素? 魔法のための要素?」
「そう、己の体内にある魔素から周囲の魔素に影響を与えて力を行使するわけ。こういう風にね」
手のひらを上に向け、小声で何かを呟くとその掌に炎がたゆたい始めた。
「それ……手は熱くないんですか?」
炎が現れたことよりも、その手は熱くないのかと不思議に思ったがロゼお姉様はぎゅっと炎を握って消した。
「これは手のひらと炎の間に干渉して熱を閉ざしてるから熱くないの」
「な、なるほど……」
断熱的な何かがあるのだろう。それも込みの魔法か。
自分が魔法を使えるようになったとしても、その暴発で痛い目にあうのは勘弁したいなぁ。まず自分の安全確保が最優先。
「呪文の詠唱? みたいなものがあったような?」
「簡単なものよ。もちろんコツはあるけれどね」
ロゼお姉様がシルキーさんに目をやると、彼女はスッとどこからか本を取り出し、手渡してくれる。
『ゴブリンでもわかる元素魔法』
ぐったりした。そういうタイトル文化はこっちにもそういうのあるんだ……
「これ、わからなかったらゴブリン以下ってやつですよね……」
「うふふ、本の名前なんてなんでもいいじゃない」
新人向けなのは確かなんだろうなとその本を開いて序章を軽く読む。そして、それは思った以上にプログラム言語だった。
であれば、この序章はとりあえず動かす例だ。
「ちょっと試してみていいです?」
「あら、もう理解したの? じゃ、やってみて」
左手に本を持ったまま、右手を少し前に出し、人差し指だけを立てる。そして、指先にイメージを保ちつつ、ゆっくりと詠唱を始めた。
《構築》《元素》《炎》
指先にボッと小さい炎が現れて一瞬で消えた。
ロゼお姉様はびっくりしたのか目を丸くしているが、コードの丸写しなんて簡単なもの。ましてキーボードをタイプするのではなく、読み上げるだけなんだし。
これって魔法の『ハローワールド』的なものなんだろうなぁ、などと考えながら、もう一度詠唱を始める。今度はすぐに消えずに持続するイメージ。
《構築》《元素》《炎》
先ほどと同じような炎が現れ、今度は消えずにたゆたっている。
ライターだなぁとか思っていたら、少しだけ指先が暖かくなったので魔素を断つと炎が消えた。
「……じゃ、次は本を置いてやってみて」
ロゼお姉様が少し悔しそうに言うので、本を置いて同じ詠唱を行う。が、炎はまったく現れなかった。
「この本……に詠唱を簡素化ができる仕組みが?」
ライブラリという言葉を飲み込んで尋ねる。
「はぁ……物分かりが良すぎて教える必要はもうなさそうねぇ」
ロゼお姉様は置かれた本の最後の方を開くと、そこには全く読めそうにない記号の羅列がビッシリと書かれていた。
なるほど……やっぱりライブラリ的なものかな。最小化……なら少しは読めそうな部分がありそうだけど、バイナリ化している気がしなくもない。
「それなりの魔術士は大抵、杖か指輪にそれを刻んでるの。私ならこれ」
ロゼお姉様が左手を見せてくれる。いくつかある指輪のどれか、もしくは全部でそうなのかもしれない。
「そういえばあのゴブリンも本を持ってましたね……」
あの彼らとともに焼かれてしまった本はやっぱり『ゴブリンでもわかる元素魔法』だったんだろうか、などとどうでもいいことを考えていたところにシルキーさんが現れた。
「ロゼ様、ミシャ様、夕食のご用意ができました」
「ありがとうシルキー。さあ、続きは後にしてご飯にしましょ」
そう言われた途端にお腹が鳴った。恥ずかしい……
気がついてからは二時間ほどだが、その前からとなると、だいぶ時間もたったのだろう。
『せっかく転生したんだから、今度は普通の食生活と睡眠を取ろう』
もうデスマはこりごりだよ……
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