河西泰一 19歳

河西泰一。19歳の大学2年生。


中2の思い出からか、生理的に性行為を受け付けなくなってしまった。

あの悪夢のような時間、ねっとりと流れる汗と混じる別の液体、触れ合う肌、他人と絡む口内、かき混ぜられるように繋がり、揺れる。

その全てが気持ちの悪いものに感じて、そしてそれ以上に怖かった。


あの出来事の後日談。今もはっきりと覚えている。

彼女は次の日には学校に居なかった。

それ以降も顔を出さないまま一週間が過ぎ、そのまま転校の報告だけを先生が報告し、おしまい。

そしてそのまま。普段と何も変わらない生活が戻った。自分が薫子とどれだけ接していなかったか、周りがどれだけ彼女のことを気にしていなかったか。そういうことを考え、振り替えると、薫子の孤独が、辛さが、今になって分かった。自分が少しでも彼女が距離を離すことを止めることが出来れば…なんてそう思う反面、当時は正直彼女への怒りもその時あったと思う。


今でこそ、それはしょうがなかったと理解出来るし、彼女への手助けにもなったかもしれない、彼女の思いを声に出して吐き出して、そうやって死なないという決意を固められたかもしれない。と彼女の利益を考え消化できるが、少年である俺の未熟な心には、なぜリスクを背負ってまであそこで俺に話したんだ。なんて思って、どこにも当てられない怒りを親にぶつけ、そのまま反抗期が始まった。


あの日は確かに俺のターニングポイントだった。


今は夜9時の渋谷。

大学での同い年の友人達と飲みに行った。

勿論俺だけ飲まなかった。3月生まれは辛いなぁ。しかしあと1ヶ月で飲めるようになるか。今まで飲めない俺のために早めに解散してくれているんだが、なんとなく申し訳ない気持ちになってたのがやっと夜遅くまで飲めるようになる。そんなことを考える雪の浅く積もり、茶色に変色して固まる渋谷の駅前。

「泰一!!」

そうやって呼ぶ、聞いたことあるようでないような、そんな声に振り返ると、喫煙室の透明の板越しに手を振る、今でも何度も頭の中を乱反射する顔があった。

「…薫子…?」

薫子だった。

急いで煙草の火を灰皿で消し、こちらに 走ってきた。

「あの時以来だね。中学の」

そうやって話すテンションは、中学の時の薫子からは想像出来なかったが、それ以前の薫子からは、容易に想像できるテンションだった。

「そうだな」

「…まだ…やってるの?」

「やってないよ」

それは俺が思ってた以上に軽い声で言われた。

「パパは捕まったんだ。私が17の時に」

そうやって、彼女はこれまでのことを話し始めた。

「それで、私はやっと解放されると思った。この少女の時代から。最後はやっぱりパパだったけどね。俺からは逃げられないぞと言いたいかのように、私は最後、親との無言のSEXをした。けどこれからは本当に幸せな時代が来ると思った。親戚の人とでもいいから今度こそ幸せな家庭を築きたかったし、高校にも通いたいと本気で思ってた。でも現実は厳しくて、中卒で親が犯罪者で、できる事なんて身売りくらいの私を受け入れてくれるような、そんな都合のいい家庭はなかった。結局その後めんどくさいことが色々あって、私は私の身体で買った中野のアパートに一人で住み続けることになったの」

あははと小さく笑って、あの時みたいだねと続けた。

あの時…それは多分あの日のことだ。

「そうだな」

「あっ…そうだ、謝らないとね。あの日の事」

「いや、いいよ。ああしないとストレス溜め込みっぱなしだっただろ?」

「でも、でも土下座くらいしないと私の心が許さない。そういう優しさは針にしかならないよ。正直に言って?」

差し迫るように彼女はそうたたみ掛けた。

けれど、

「本当の話、嘘を包み隠さず伝えたとしても、今は薫子を恨む気持ちはないよ」

「今は?」

「正直、昔はあった」

「なら、私はどうすればいいと思う?」

多分俺が決めることでも無いだろうけれど、彼女の心を一番楽にする案を提案した。

「いまここで、土下座なんてしなくてもいいから、普通に謝ればいいんじゃない?俺が言うことじゃないけれど」

しみじみ、俺も大人になったなぁなんて思う。昔だったら土下座させても怒りが冷めやらなかったような気がする。

「ありがとう…」

そう小さく呟き

「ごめんなさい」と続けた。

頭を下げ、肩に少しかかるかくらいの髪が重力に従いさらさらと落下した。

その体制をしばらく続けた。





「あの」

「ん」

あんまりにも顔を上げるのが遅かったので声をかけると、その声は少し濡れていた。震えていた。

「ごめん」

「だからそんなに謝らなくたっていいーー」

言葉を遮るように、彼女は俺に抱きついてきた。

「ごめんね。これは私の欲だから聞き流してくれてもいい」

俺は何も出来ずに硬直する。

「私の少女を終わらせてほしい。私の…私の少女としての最後を…あなたにしてほしい…」

涙で喉が詰まるように声を出す。

俺は何も出来ない。

「わかった」

そう言う俺の頭は、薫子の勢いに押されっぱなしな自分しかいなかった。さっきまでSEXをあれほどまでに拒んできたのに、それを無視してしまえるほど、彼女に押されていた。

「ありがとう…」

そう言うものの薫子は離れようとしなかった。

「ごめんね。行こっか」

そう言って彼女はやっと締め付けを緩めて、そのまま手を離した。

彼女の目の涙はもう止まっていた。


円山町の辺りのホテル街まで歩く。彼女はもう行き慣れたと言った感じの足取りで、迷うことなく真っ直ぐたどり着いた。

「まだピルは飲んでるんだ。だからなくても大丈夫だから」

「それって」

「…ごめん、さっきのウソ。こんな私に出来るお金を稼ぐ方法なんて身売り位なんだ。結局、親父から開放されても、呪縛は離れなかった」

「でもね!それも今日で最後。少女としての私の最後」

「最後は…最後くらいは少女の自分が好きだったあなたとね」

少し言葉に詰まるようだったが、その言葉は自然に、ごく普通のトーンで放たれた。

俺は多分色々な人を好きになったけれど、薫子を超える人はいなかったな。なんてことを今気付く。今の俺には、目合いへの抵抗感を考える隙もなく、幸福感に近い昂奮をしていた。

「俺も好きだった」

違う、そうじゃない。

「今も好き…だと思う」

「あんな酷いことした私の事が…?」

「そうだな」

だと思う とぼやかしたくなった自分を飲み込んだ。

「…ありがとう…」

また彼女の目に涙が溢れている。ため込んでいた黒いものを落とすように、何十年も感じていなかった幸福をこぼすように。

「甘えさせて」

「わかった」

そう今回は了承を得た上で、俺に抱きついた。

余裕を持って、俺は彼女を包む。

胸の辺りで感じる涙の生暖かい感触、彼女の顔が動いて、いろんな感触が伝わった。

暫くすると…と言っとも本当に少しだけ経ったら、もう泣き止んでいた。

なんて心が強いんだ。

「行こっか」

顔を俺の胸元に当てたままそう喋る。生暖かい空気と、かき回されるような感覚がもう一度走る。

「分かった。いいよ」

そうすると、やっと手を緩めて顔を離した。

「手だけ…いい?」

思いが一方通行じゃないことを知ったからか、そういうお願いをしてきた。勿論断る筋はない。

俺は返事もしなかった。さっきからイエスマンになってしまっているのがなんとなく嫌で、それへの反抗のつもりだったけれど、結局イエスしてるんだから意味ないかなんて思ったり。

「着いた。ここが一番設備整ってて綺麗だよ」

そのまま慣れた手つきで手続きを済ませ、少し酸素の薄い、ピンクのライトで照らされたエレベータに乗って、5階へ向かった。

「朝まで取ったけれど、明日大丈夫?」

「うん、今日は家に帰らなくても大丈夫」

嘘だった。今の俺はこの人をもっと幸せにしてあげたいという思いで何もかも投げ出してしまえる位には狂っていたと思う。

「シャワー浴びてくるね」

どうぞと何も考えずに送り出した。

なにを考えていたかといえば、明日のことだった。こんな状況でよくもまあ考えられるなと自分でも思うが、俺は狂っているけれど、それでいて冷静だった。

共に登校している友人に迷惑かけたくはないけれど、夜に都合ができたというとなんとなく察せられそうで嫌だから、やっぱり朝寝坊したと言うか…?

そもそも明日の授業で使う資料どうする。家に置きっぱなしだ。

シャワーが終わる5分間、自分が浴びる3分間はそのことばかりだった。


「さて」

「はい」

風呂上り、ドライヤーで乾かした、まだ暖かい髪の毛を纏っていた。

とてもピュアな、ドキドキしたといったのが、待ちきれず言った言葉だった。

「初めてヤるみたいなテンションだな」

「できればこれが初めてが良かったんだけれど」

ベットに座っていた彼女の隣に座った。

それからお互いに向き合って、前のめりになる右手が交わり、口も交えた。

ファーストキスだった…と思う。少なくとも俺の中ではそうだった。

優しい味だった。

続けてやった二回目は、咥内まで交え合った。

苦い煙草の味がした。

若干顔をしかめると、彼女は一旦口を離した。

「メビウスの味がした?やめとこうか?」

少しさっきより蕩けた声で言った。

「いや、いいよ。やろう」

セカンドキスはメビウスの味。その苦味はずっと舌を触り続け、だんだんそれに俺は喜びを感じていった。

何分とそうしていただろう。

蕩けて混ざって、混濁と化したようにベットに横になる俺たちは、それでもしつこく吻を交え続けた。

何処からか込み上げた、保持し続けたいという思いが、俺の吻に強く執着しているようだった。

「まって」

キスを遮り、吐息が顔に塗りたくられるようにへばりつく位には近い位置で彼女はそう言った。

「…脱がせて…身体が火照ってきたみたい…」

もう我慢出来ないというようにその言葉は吐き出された。ペースをこちらが提示していかないとなと直感する。

「じゃあ、脱がすよ」

白いワイシャツのボタンをゆっくりと外す。

強く押し出された鎖骨が露出していく。

5つ目を外したところで「ん」と唇主張された。俺はワイシャツとキャミソールの間に手を入れ込み、またキスをした。

重力に従って、丸いフォルムの肩が露出する。

頬を冷えた感覚が走った。それは彼女の手だった。彼女に頭を拘束されて、そのまま彼女に支配されるままのキスをした。

それが終わる頃に「もっと早く脱がしてよ。我慢できなくなっちゃうから」とそう促された。

一度身体を起こして、そして立ち上がって目の前に立った。

そのまま膝で立ち、少しテンポを上げてシャツのボタンを外すと、水色のキャミソールが出てきた。

ひらひらと下に行くにつれてゆるっとしており、その柔らかいフォルムに、やっと俺はこの行為に溺れることのできる脳内が完成した。

「またねころぶんだね」

そう言われて自分はそのまま押し倒していたことに気付く。

キャミの下に手を回し、華奢で…いや、骨ばっていて古傷の目立つ腹部が少し露出して、めくれる程まで内側に回した手は、人工的な硬い感触に辿り着いた。

俺は彼女の上に、そのまま、またキスをする。

手は硬いそれの下も行き、手の平に収まるほどのそれに手をかけて、ゆっくりと解すように触る。中心に向かい手をかける。そうすると、口内でも微妙な変化があり、唾液の量がまた増える。

またキスの隙に彼女は言葉を挟んだ。

「泰一も脱いで?私も…もう」

暖かい吐息と共に、その声は発せられた。

そう言われたので、俺は手を引く前に、そのままゴムを伝って後ろに回り、ホックを外した。この時、少し身体を起こしてくれた彼女は

「下からとは…えっちだね」

笑って言った。火照りからか少し赤い頬と、閉じきらない目に魔性さを感じた。

ホックを外した後に、自分の手を引き、自分の一枚だけ着ていたTシャツを脱いだ。馬鹿みたいだが、防寒用のヒートテックを事前に脱いでいた。手間取らないように。だ。

露見するのは決して美しくはない細くてひょろっとした身体。筋肉があるわけでもない。

でも、目つきまで蕩けた彼女は嫌な顔なんて一つもせずに受け入れてくれた。

キャミソールと一緒にブラも脱がせ、互いに上裸になった。

痛々しい古傷をいくつも身体に施されていたものの、その姿はとても素敵だと思った。

「んふ」

「ん」と「え」を混ぜたような一音目だった。

「散々晒してきた身体なのに、何故か今は恥ずかしい気がするよ」

そうやってゆっくりと胸に手を添えた

「もっとよく見せてよ」

俺はこの時、多分もう一人のオスでしかなかった。理性の否定なんて聴こえないくらいには、俺の本能は一人で突っ走っていた。

「えへへ…やっと積極的になってきたね」

本当になんとなく、なにも考えずに、俺たちはベットの真ん中にそのまま移動した。

その後解かれた封印に、俺は獲物が晒されて、それに真っ直ぐ喰らいつく獣のように喰らった。夢中で喰らいついた。彼女の静止など聞き取れない程に。

「まって まっれ、ストップ ストップ」

繊維の解けたような発音で発せられた言葉に、やっと俺は動きを停止した。どのくらいやっていただろうか。

先まで口と手の中にあった感覚が蘇る。またその柔らかい膨らみへの欲望が暴走しそうになった。

「ね、ねえ、もう、私」

口を塞いだ。俺の今やってしまっていた事の若干の罪悪感と、自分での無理やりの興味のずらしだった。

激しく脈動を打つ舌が絡む。彼女の荒い息が降りかかる。

口を離した時、彼女の息がまた口からに戻る。

「ごめんね」と言うだけなのに、言葉が口の中で弾けるように消えてしまう。

その言葉を発し損ねた後、俺はいよいよ腹部よりも下に手をかけた。

服の上から触ろうとしたとき、

「もうそういう準備なんて必要ないくらいにはあったまってきていると思うよ」

妙に冷静な上級者の声が聴こえてきた。当然俺は、それに逆らった。

「ん」だとか、「あ」だとかそういう言葉にならない声がそれ以外の音がない部屋に響き渡る。


ここからの主導権は俺が持った。

いや多分持たせてくれた。


服の上から、そこから一枚布をめくれば、もうそこまで迫る愛液を目にすることができた。

彼女もこちらの洋袴のボタンに手を掛けて、脱がされる。

「舐めさせて」とそう口が揃った。

「俺のは汚いからいいよ」「そんな事言われたら私もだよ」

…ズボンの絡んだ足首とパンツだけを纏った二人が向いあい、そしてしばらく沈黙が続く。

妙に冷静になって、魔法が解けていくような感覚が分かった。

それが嫌で、嫌で、もう少しこの二人だけの魔法に陥っていたいという気持ちが強くなり、俺は「やろうか」というと、彼女は待ってましたと言わんばかりの笑顔で、それを承諾してくれた。

お互いにゆっくりと、自分の下着を降した。


俺が下だった。

彼女の陰唇が頭上に来て、それと同時に彼女の咥内の生暖かい感覚が俺を興奮させた。また深い微睡むように、溺れるように、その魔法のようなものに落ちた。

彼女の陰核を舐めると、少し痙攣した様に目の両端に覗かせる華奢な足が反応する。そしてそのたび、俺を包む咥内もまた動きが変わった。

お互いに小さく刻んだように声を発するようになり、息も荒くなってきた。

「出す?」下から顔を覗かせた彼女が言う。

「いいや、出すなら…」

「…ん。そうだね。」


両脚を自分の横に流し、俺は立ち上がる。彼女を上から眺め、そのまま身体をゆっくりと積める。そして俺は身を任せた彼女を眺めながら、ゆっくりと動き出す。

混ざって、目合い、二人ともの漏れ出た声、荒くなる息、早くなる衝突音。

そうやって、俺はまともな思考さえままならなくなっていった。

「…出る」小声でそう発した声は、彼女にも届いたのか「私も…」と反応した。

突然止まる衝突音。伸びきる足。震える二人。

ゆっくりと取り外す。


「君の…はじめ…て…でも…私のはじ…めてでも…ない…けれ…ど…私…達の…初めてを……これにしない…?」

荒い息の合間をぬって、彼女はそんなことを言った。

俺は息を整えてから、まだぼうっとした頭で言った。

「そういうのはさ。自分自信でが決めていいことだ。だから俺はこれをはじめてにしたいと思ってる」

だから

「俺は、君にも初めてでいて欲しい」

「…ありがとう」

寝転がったまま泣く彼女に、もう一度キスをした。



ここに一人の少女が終わった。

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