少女の終わり

飯田三一(いいだみい)

河西泰一 14歳

河西泰一。14歳の中学2年生。

俺には、救えない人がいる。救いたいのに救えない人がいる。

その人の名は「水瀬薫子」同い年だ。そして、幼馴染。

彼女が現在虐げられている状況は、親の虐待と学校でのいじめ。その板挟みだと思われる。

家が隣だった関係から、昔は家族ぐるみの付き合いをしていたので知っているのだが、仕事をしてくれはいるが子育てとか近所付き合いに無関心で無愛想な父親と、逆にそれを補うように社交的な母親というような家族だった。

しかし母親が不慮の事故で他界。

全く面倒を見ないし興味もないだろうに、俺の家に入れ、夕食を振る舞う事すら拒む父親と、毎日学校で顔を合わす度、ちょっとずつ窶れていく彼女のことを、何かあるとはわかりつつも彼女のお父さん怖さに何も踏み込めなかった。そしてほんのちょっとずつだった変化は、俺以外気付く人は居なかった。

そして彼女は徐々に口数も減り、俺からも、その他の友達からも距離を置くようになっていった。

中学に入ってからなんて顕著で、特にその窶れた容姿からかいじめも始まり、それは激化の一途を辿るばかり。


今、窓の外でその子が体格のいい男数人に引っ張られていくのが見えた。

普段彼女がいじめられているのは女子の筈だから、何か変だ。

俺は慌てて教室の階段を降りる。

そうやって思い立つほどに、俺は彼女のことをよく見ていたし、多分友達としてではなく、異性として好きだ。

なのになんで救えないのか。

多分それは自分が可愛いからだ。結局は自分が一番大事なんだろう。

そんな自分が悔しい。変われるものなら変わりたい。

目の前が車道になっている校門に辿りついて、左右を見渡すも、彼女の姿は見当たらなかった。

多分見間違えだったのだろうと、そう自分を強引に理解させ、そして自分をまた無意識に守っていた。そうやってまだ帰らない理由を次々に作ろうとした。俺は図書室に借りていた本を返しにいくことにした。返却期限もまだまだ先であるし、それでいて読み切ったわけでもないのに返しに行った。そしてまた同じ本借り直して、その本に熱中した。

屈強な男達に連れられる女性という描写が小説にも登場した。こういう系って最初にヒロインが連れ去られるのがテッパンなのに、この小説は中盤に連れ去られた。しかも戦いを決心したのは弟が連れ去られたからって、この敵世界征服じゃなくて主人公の周りの環境征服してるんじゃないか?

なんて疑問は後々回収されるのだろうなとその本から目を離すと、窓は橙色に変色していた。

そのまま窓の上に目を持っていくと、時計は5時の…45分を指していた。

帰ろう。


俺は帰る時、決まって公園を通る。

この時間帯の公園は一番栄えていて、不審者が少ないということもあるが、それが毎日立ち寄る理由ではない。俺はこの気分の高揚する綺麗に整備された景色が好きだ。四季を感じることができるから。

そんな並木に足を入れようとするときに、さっき薫子を引っ張っていた男達に出くわした。引っ張っていた奴ともう二、三人おじさんが増えていた。

奴らはもう彼女を手に持っていなかった。しかしそれ以上に嫌な予感がしたのが、少し暗い、道路脇の葉っぱをかき分けないと入れないような所から出てきた事だ。

いや、予感というか、それは確信だった。

咄嗟に切り返してUターンをして、その男達が去った頃合いを見て、もう一度体を切り返した。

流石にこれ以上は逃げられない…いや、違う。多分興味だ。

今俺を動かしているのは、正義感でも、好きな人を守りたいという心でもなく、興味だ。

自分でもとんだクソ野郎だと自覚する。

不思議な時間が流れる。風が無いのがまた嫌な汗をそのまま滴らせた。

数人が出入りしたせいか、若干踏み倒され、少しの隙間が出来ているところに足を踏み込む。若干柔らかいその土の感触が、何故かまた自分の心を加速させた。

しばらく行くと、限りなく白に近い黄色の骨張ったものが草陰から覗かせた。

そうして視界が広がっていくにつれて、それが水瀬薫子である事を理解した。乱雑に脱がされたスカートが近くの草木に引っ掛けてある。引っかかっていると言った方がいいだろうか。とにかく投げ捨てられたように放置されていた。

そして、左の足首のところに絡まったままの薄い黄色の下着。そして、胸部がシワだらけになったYシャツはそのまま着ており、露出しているのは下半身のみだった。

そしてその器からは、白濁色の液体がゆっくりと、ゆっくりと滴っていた。それをより遅くさせたのは、おそらく自分の目の前に広がる景色に絶望を憶えたからだろう。

もうこうなっていることは半ばわかっていたのに、何故か今まで湧かなかった危機感と絶望感が目まぐるしく襲い来る。

そうやってその場に立ち尽くす俺を、今まで神経が通ってるとはおおよそ思えない瞳を真上に向けていた薫子が、その目を動かし俺を捉える。

しかし彼女はそのまま身体を隠すなんてことは無く、たいちか…と小さく呟いて、また視線を上に戻した。

とりあえず自分が耐えられなかったので、下半身にはスカートを掛けた。履かせる程の余裕は、俺にはなかった。

とりあえず、依然目を開けているのに見えてなさそうな感じで上を見上げたままの薫子の隣に座る。

「お前が窶れていってたのはこのせいか?」

恐る恐る話しかけた。

「…うん」

少し間を置いて掠れた声で答える。

「俺から距離を置いたのは?」

「パパに関わるなって言われた」

若干棒読みのような気がした。

「なんで」

「私を金儲けの道具に使ってるんだよ。アイツは」

さっきより少し気迫を帯びた声だ。

「それを今みたいに漏らされたら厄介だからって。そして情報漏れがバレたら、バラした人諸共どうなっても仕方ないと思えって」

は?ちょっと待てよ!

「でも。でもこれからまた無視してくれたら大丈夫」

「ここで見られることはないはずだから」

正直何されるかわからないなら関わりたくないが、好きな人を守りたいという気持ちと、何より好奇心もあって悩んでいる。そういう自分がいる。

「これからも私は無視するから泰一も無視して。学校でならいいとかそういうことは考えちゃダメ。学校にも私の身体で雇われたような奴らがいる」

おおよそ引っ張っていたあの人たちだろう。

「…ごめん。私も吐き出したかったのかいろいろ喋っちゃった」

好奇心が止まらない。

「いやいい。もっと教えてほしい」

「わかった」

そうやって長い時をそのままそこで過ごした。

聞くところによると、水瀬の親父は娘を身売りするために周りとの関係を絶ったらしい。

その一環で、小さいアパートの一室に引っ越してまで、あの家を手放し、俺たちの家族と関係を絶ったらしい。

そこからは毎日のように身売りをされたらしい。

初めては親父だったそうだ。

それ以降も度々自らの性欲処理にも使われたと言う。

そんな精神的苦痛と、ピルによる身体的な苦痛が重なり、現在のような、窶れた姿になってしまったという。

暫くの間、そういう愚痴を語り続けた。

オレンジに染まる木陰からの光が、緑色と混ざるようになり、ここへ降りて、血色のない肌の色の足と混ざって、明るいけれど燻んだ色になった。

そんな色も、救いようのかけらもない、一面の黒のような話が空間を黒くしてしまうのだが。

そんな真っ黒が晴れる頃になると、もう完全に日は沈んでいた。

「おわり」

そう言いながら、スカートを身体に抑えたままで立ち上がった。

「ウェットティッシュとか持ってたりしない?」

「ごめん。持ってない」

「ならいいよ」

おそらく漏れ出ていたやつがこの間に固まってしまったんだろう。

「このままここで服着ちゃうけれど、問題無い?」

「俺だって男だ。それで嫌な気はしないさ」

いや、むしろ…これ以上はやめておこう。

そのまま彼女は俺には背を向けて、抑えていたスカートから手を離して落とし、足で絡まっていた下着を、一度脱いで戻し、そのまま履き直した。

「うーん。やっぱり変な気がするなぁ。ティッシュは持っていたんだけれど」

ずっと喋っていたからか口数が増え、少し昔の面影を思い起こさせた。眼前に広がる景色は、当時では全く想像の出来ないものだったけれど。

そのままスカートを持ち上げ、正面でホック付けてチャックを上げて、それをまた右へ回した。

そのまま彼女はポンポンと草を払い、この森の空間から退出しようとした。

「行こうか。ここから出れば、この一時的な関係は終わりだ。私がどんなに酷い目に会っても死ぬことは無いから」

そういえば彼女はそんなこともさっき言ってたな。「生きて親父に報復してやるんだ」って。


そして表に出た時、嘘みたいな話だが、そこには水瀬の父親が居た。


「遅いかと思ったらまだヤってたのかァ?なら追加料金を…」

沈黙が走る。

俺たちは横並びで出て、そのまま90度左に居た水瀬の父親を見ることさえ出来ない。

「おめェ…利用したことねェお客さんだなァ?こいつが自主的に稼ぐなんてこたァ今の今まで無かったが…成長したかァ?…いや違うな」

昔とは性格が全く違うが、顔だけが水瀬の父親に見えるこの男が、言葉を区切る度に静寂が走る。もう公園で遊ぶ子供の声は、この公園にはもう存在しなかった。

「お前…河西家の一人息子…だよなァ…?」

背筋に衝撃が走り、伸ばしてしまう。

「当たりみたいだなァ…」

「でも、私が自主的に心許して、個人的な願望としてヤっただけだから」

その独り言をつぶやくような声のボリュームで発せられた言葉を遮るように男の怒号が響く。

「嘘付いてんじゃねぇぞゴミ!」

公園中に広がるんじゃないかという程反響した声は、俺の足を凍らせた。

「聴こえてんだよ…話し声がよォ!」

「なあ、俺言ったよなァ?このこと伝えたら伝えた人諸共どうなるか保証しないってよォ…言ったよなァ…?」

薫子がゆっくりと頷く。

「来い」

そいつは、冷静に落ち着いたような声を出しつつも、逆らったら殺されるような…そんな雰囲気を発していた。


俺はその夜。

知りもしない女と知りもしない男達に囲まれて犯された。

外傷を残さず、内密にそれは行われた。

そしてそれは俺の初めてだった。


向かいには、いつものような虚な目のまま男とSEXをさせれている彼女が居た。彼女に関しては、扱いの酷い一人の男が独占していた。

いくつか痣と縛ったような跡、男の手には刃物が握られ、腕とかに若干の出血もあった。


そして、その虚な開きっぱなしの目から涙が流れていた。



ような気がした。

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