第一章◆新しい力 2

 それから数日後、『闘気』をどう構築していくのか構想が行き詰っており、参考になる資料はないかと学校の図書室に足を向けていた。図書室という名前ではあるが独立した建物になっており非常に大規模であり、もはや図書館と呼んでもいいのではないかと思う。

 セントラル冒険者学校の図書室は国の研究者や貴族なども利用しているらしく、恐らくこの国で最も書物が集まっている場所なのではないだろうか。

 そんな超立派な図書室だが、利用者は全くと言っていいほどいなかった。閉館時間なのかと思い司書さんに聞いてみたが、ただ単に利用者が少ないだけらしい。どうやら図書室とは名ばかりで、利用者のほとんどは国の研究者で生徒はほとんど来ないらしい。これだけ潤沢な蔵書があるのに、なんて勿体ない……。

 僕は前世では学生時代古本屋でバイトしていたくらいの無類の本好きだ。社会人になってからは読書の時間が中々取れず、通勤時間くらいしか本が読めなくなってしまっていたが……。図書室は静寂に包まれており、久々にゆっくりと本が読めそうだなと少しわくわくしてきた。

 フラフラと本棚を眺め、ふと目に入った過去の英雄に関する伝記を手に取る。英雄と呼ばれるほどの強者がどのような能力を持っていたのか、どのように戦っていたのかは参考になるだろうと思案し、本を持って読書スペースに向かった。読書スペースには大きな窓から適度な光が注いでおり、窓の外には綺麗に整備された庭が見えた。最高の読書環境だ。

 そしてそこには、机の上に二つの重そうな膨らみを乗せつつ、美しい水色の長髪をかき上げて読書をしている先客がいた。

「あっ! シリウス君!?」

「アリアさん! 利用者がいるなんて珍しいと思ったら、アリアさんだったんですね」

「は、はい! 静かに本が読める図書室がお気に入りなんです! シリウス君は……伝記、ですか?」

「はい。鍛錬の参考になるかなと思って、過去の英雄たちの歴史を学んでみようかなと」

「ほぇぇ……。流石シリウス君です……」

 適当に手にとった本なのだが、アリアさんはキラキラとした瞳でこちらを見てくる。

「アリアさんは何の本を読んでいるんですか?」

「私は……。えっと……そのぉ……」

 アリアさんが読んでいる本をちらりと見ると、毒薬とか爆薬とか物騒な文字が目に入った。

「あ! あのあの、これは……」

「アリアさんも強くなるために勉強しているんですね! 僕と一緒ですね!」

 気まずそうな顔をしていたアリアさんに笑顔を向ける。冒険者になるためには戦闘手段はいくらあっても困ることはない。その勉強を放課後にも積極的にしているのだ、素晴らしいことだ。

「あ! 一緒……ですね……」

 何故か頬を赤らめて嬉しそうにはにかむアリアさん。

「あぁ、読書の邪魔をしてしまいすいません。僕も一緒に読んでもいいですか?」

「は、はい!! 是非!! 隣で一緒に読書しましょう!!」

 アリアさんは凄い勢いでイスを引いてくれた。優しいな。

 アリアさんの隣に座り、並んで読書をはじめる。静寂に包まれる空間に、紙がめくられる音が時たま聞こえる。程よく差し込む陽の光がとても心地良い。

 あー、ゆっくりと本を読める、幸せな時間だなぁ。

 暫く読み進めていたが、ふといつの間にか隣からページがめくられる音がしなくなっていたことに気づく。チラと隣を見ると、アリアさんと目が合った。

「あ!! あわあわわ……」

 アリアさんは目が合うと、焦って目線を外して本を読み始めた。

 何かあったかなと思いつつも、アリアさんは必死に本を読んでいるようなので気にせずに読書に戻る。

 ……またもや隣からなんか気配を感じチラリと視線を隣に移すと、またもやアリアさんと目が合った。

「!? あわわわわ……」

 またもやすぐに視線を外される。

「? どうかしました?」

「な、なんでもありません……」

「顔が赤いですが、もしかして体調が……」

「い、いいいえ!! 大丈夫です! 元気です!」

「そうですか? 無理はしないでくださいね」

「はい、ありがとうございます……」

 アリアさんは顔が赤いまま、一心不乱に本を読み始めた。

 まぁ何もないならいいんだけれど……。僕も再び書の世界に意識を落としていった。


 ハッとして顔を上げると、窓の外が暗くなりはじめていることに気がついた。読書に夢中になってしまい、時間を忘れてしまっていたようだ。

 この伝記に出てくる過去の英雄たちは結構無茶をしており、ストーリーとしても普通に面白かった。『闘気』の着想にはあまり役にはたたなさそうではあったけれど……。

 パタンと本を閉じ隣に目をやると、アリアさんもちょうど本を閉じており、視線が交差した。

「僕はそろそろ帰ろうと思いますが、アリアさんはどうします?」

「わ、私ももう帰ります!」

「では、一緒に帰りましょうか」

「は、はい!!」

 本を元あった棚に返却し、二人で図書室を出て寮に向かって歩き出した。

 こころしかアリアさんの足取りが軽いのは、良い本を見つけたからだろうか。


   ■


 学校の授業は十六時頃に終わる。

 前世の労働時間に比べるとあまりにも短く、そのまま寮に帰る気は起きない時間である。本当は魔物狩りにでも行きたいところだけれど、日没後は効率が悪いので大方鍛錬に費やしている。

 学校には複数の訓練場があるがSクラスとAクラスは個人で貸切訓練場を使うことができるため、集中して鍛錬を積むことができてとても嬉しい。また学校に来てから実感したが僕の魔術は若干異質であるため、人の目に触れずに鍛錬できるのも非常に良い。

 僕の魔術には、前世の知識が魔術構築に大きく影響している。科学や物理法則への理解や、ゲームや漫画、アニメで見た魔法やスキルの発想が大きいのだと思う。

 今日は、先日授業で習った『無属性魔術』で試行錯誤していた。その結果、『無属性魔術』は非常に汎用性のある魔術であることが分かった。お陰で、今まで構想にはあったが中々実現できなかった魔術を創ることができた。

 まずは『空歩』だ。

 魔術、魔法の存在を知って、空を飛びたいとは常日頃思っていた。風魔術を使って跳躍の高さや滞空時間を伸ばしたり滑空することはできていたのだが、空中戦闘が可能なレベルの飛行はできていなかった。ふんわり飛べても、戦闘中では魔術で撃ち落とされて終わりだ。そこで今回新たに考えたのが、空中に足場を作る魔術だ。

 『無属性魔術』を使うことでそれは簡単に実現できた。無属性の魔力を凝縮させて空中に極小の足場を作り、それを蹴って空中を歩く魔術、それが『空歩』だ。

 『空歩』の課題としては、走ることと次に踏み出す場所に座標を指定して足場を作ることを並行して行わなくてはいけないこと、次の足場の位置を相手に悟られないようにすること、という二つが挙げられる。

 走ることと魔術を並行して行使することは、割と簡単に慣れた。常に複数業務をマルチタスクで消化していた前世と比べたら、楽なものであった。

 次の足場の位置については、現在特訓中である。そもそも『無属性魔術』は属性魔力を使っていないため相当魔力に敏感な人にしか感知されないという特徴があるので、殆どの場合は気づかれないと思う。あとは極力あらかじめ足場を作らないで踏む瞬間に足場を作れるよう、反復練習あるのみだ。

 そして、もう一つ新たに創った魔術が『物理探知』だ。無属性の魔力を放射状に放ち、その反射で物の位置を掴む魔術だ。いわゆるソナーのようなものだ。

 これで迷宮ダンジヨンのマップや魔物の配置も一発で分かると思ったのだが、残念ながら迷宮ダンジヨンの壁は微弱な魔力を発しており一定以上遠い場所になると反射した魔力がグチャグチャで上手く探知することができなかった。

 ただ、この魔術は純粋に物理的に存在している物の位置を探知するため、『隠密』で気配を消していたり魔力を抑えていたりして『りよく感知』で感知できない相手を探知することができる点が非常に優秀だ。

 ――ほら、こうやって気配を消して窓から入ってくる人を探知したりね。

 『物理探知』の反応に従い高窓に目を向けると、そこには夕日を背に受けた、真紅のヒラヒラした服を身に纏った少女がいた。

「むぅ、気配を絶っていた妾に気づくとは、お主はまた面白い魔術を創ったようじゃの」

 楽しそうにくつくつと笑いながら、なめらかな金髪をたなびかせた幼女、ベアトリーチェは高窓から優雅に飛び降りた。

「ついこの間まで『無属性魔術』も知らなかったというのに、もう新たな魔術を創るとはの。本当に面白い奴じゃ」

「お久しぶりです、ベアトリーチェさん。気配を消してまで、僕に何かご用ですか?」

「あぁ。お主を驚かそうと思って気配を絶っていたのじゃがな、可愛気のない奴よ」

 本当にそんなくだらない理由で気配を消して近づいて来たのか? と一瞬疑問が頭をよぎったが、悪意を感じられないのでとりあえずは納得することにした。

「アレキサンダーに聞いたのじゃが、お主『身体強化ブースト』と気力による身体強化を同時発動して失敗したそうじゃな」

 魔術担当のアレキサンダー教官から報告を受ける立場……か。父さんの試験官をしたという話といい、ベアトリーチェさんは相当立場が上の教官なのだろう。そして実力も……。

「はい。気力と魔力が反発しあう性質だってことを知らずに試してしまいました」

「ふむ……。此奴なら実現できるかも知れぬな……」

「? 何か言いましたか?」

「いや、なんでもないのじゃ。お主、妾の教えを受ける気はないかの?」

「――どういうつもりですか?」

「ふはっ! どういうつもり……か。妾はこの学校の教官じゃ。教官が生徒を教えて何かおかしいことがあるか?」

「おかしくはありませんが……。担当教官ではない貴女が突然僕に何かを教えようというのは、違和感を感じます」

「お主は本当に十二歳か? 雷小僧も理屈っぽい奴ではあったが、お主ほどではなかったのじゃ」

 中身はおっさんですからね、しかも理系の。

「――お主なら、妾の技能を授けられるかと思ったのじゃ。自ら創った技術を次の世代に託したいと思うのは、おかしなことかの?」

 それだけではない気もするけれど……裏があったとしても、これだけ凄い人に師事できるのは願ったり叶ったりではないだろうか。

「……お願いしてもよろしいでしょうか?」

「ふむ。最初からそう素直に頷いておけばよかったのじゃ」

 ベアトリーチェさんは嬉しそうにニヤリと笑った。

「この技能は操気と無属性魔術の高度な技術が必要じゃ。お主なら両方共及第点じゃろ。あとは練習と気合と根性じゃ」

 気合と根性……か。どうにもブラック感のある言葉選びに一抹の不安をおぼえる。

「最初だから順序立ててやってみせようかの。まずは普通に『身体強化ブースト』を発動するのじゃ」

 そう言うとベアトリーチェは一瞬で『身体強化ブースト』を発動し、魔力を身に纏った。その魔力の流れはとても滑らかで、見惚れるほどの技量だ。

「そして『練気』で気力を練り上げ、身体から徐々に放出するのじゃ。ここで注意すべきは、纏っている魔力を内側へ向けて均一に圧縮することじゃ。上手く行けばこのように、気力と魔力を同時に纏うことが出来る」

 ベアトリーチェさんの身体には練り上げられた気力が纏われており、その外側から魔力でコーティングするような状態となっている。正面に立っているだけでビリビリと威圧感を感じほどだ。

 反発する二つの力を芸術的なバランスで両立させている、凄まじい技術だ。しかし……。

「確かに凄い力を感じますが、そのバランスを保ちながら戦うのは不可能じゃありませんか?」

 そう、あまりに精密なバランスで成り立っているため、少し戦っただけですぐに崩れてしまうだろう。戦闘には向いていない。

「そう焦るな、これはあくまで準備段階じゃ。気力と魔力の放出量を同量に合わせ、気力を外側へ、魔力を内側へ圧縮させるのじゃ。こんな風にの」

 一瞬ベアトリーチェさんから眩い光が迸り、それが収まると目の前には薄らと白い光を纏ったベアトリーチェさんいた。

 強く力を放出している訳ではないのに、近くにいるとその白い光に凄まじいエネルギーが内包されていることが感じられる。

「これは……気力と魔力が混ざりあっている……?」

「その通りじゃ。同量の気力と魔力を一定以上の圧力を掛け合うと混ざり合い、安定して運用することが出来るようになるのじゃ。妾はこの力を『ビヤツ』、気力と魔力を掛け合わす技能を『ビヤツテン』と呼んでおる」

「『ビヤツ』……」

「うむ。では、試しにやってみよ」

「分かりました」

 まず『身体強化ブースト』を発動させる。

 ここ最近発動しっぱなしで鍛錬していたため、呼吸をするかの如く発動できるようになっていた。

「……お主、実は昔から無属性魔術を使っておったじゃろ?」

「いえ、この間アレキサンダー教官から教わったばかりですが」

「おかしいじゃろ!? なぜこのような短期間でここまで練度が高まっているのじゃ!?」

「最近中々魔力を使い切れなくて……。鍛錬の時は常に魔力消費量が多い『身体強化ブースト』を発動させてたから慣れたのだと思います」

「いやそもそもなぜ魔力を使い切ろうとする!?」

「えっ!? 魔力を使い切れば回復時に魔力量が増えるじゃないですか?」

 ベアトリーチェさんは魔力量が多すぎて増やす必要がないから分からないのかな? 魔力をひたすら消費する鍛錬は一般人からしたら基礎鍛錬だと思うのだけど。

「確かに、魔力枯渇後の自然回復で魔力容量が底上げされる現象はあるが……精神的負荷が半端なかろう?」

「うーん……確かに最初は辛かった気がしますが……。慣れれば清々しい疲労感に感じてきますよ?」

「人として大事な何かを失っておらんかの……。はぁ、もうよい。続けよ」

 ちょっと納得いかないけど、きっと僕みたいな凡人の鍛え方とは違うんだろう。そう思うことにする。

 身体に纏う魔力を内側に圧縮するよう意識しながら、気力で身体強化を施す。いつ崩壊してもおかしくないようなギリギリのバランスだが、なんとか魔力と気力を同時に身に纏うことができた。

「嘘じゃろ……。まさか初めてでここまでいくとは……」

 ベアトリーチェさんが何かぼそぼそと呟いているが、聞く余裕は全くない。この均衡を保つだけで凄まじい集中力の維持が必要で、全身から冷や汗が吹き出ている。

 急ぎ、次の工程に移る。

 気力を外側に圧縮し、同時に魔力を更に内側へ圧縮していく。必死に両者を押し付け合うが、凄まじい反発で今にも弾け飛びそうだ。

「ぐ……ぐぅっ……」

 声にならない声が口から漏れ出てくる。

 例えるならば、野球の軟式ボールを地面に押し付けて平らにしろと言われて、必死に地面に押し付けているような感覚だ。

 これ、本当に可能なのか? と疑問が頭によぎった瞬間。

――パァンッッ!!

 何かが弾け飛ぶような音が鼓膜に突き刺さり、目の前が真っ暗になった。

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