第一章◆新しい力 1
「うっ……」
気がつくと、白い天井が目に映る。
僕、シリウス・アステールが冒険者を目指しエトワール村を出た僕がセントラル冒険者学校に入ってから数ヶ月経ち、大分学校に慣れて着た頃。僕は全身の痛みを感じつつ床で気を失っていた。
ズキリと傷む肩を押さえて起き上がると、ポンと頭に大きな掌の感触を感じた。
振り向くと、ディアッカ教官がフッと笑っていた。
「ふむ、『闘気』なしでここまで戦えるとは……凄まじいものだ。流石だな、シリウス」
「はい、ありがとうございます……」
頭を振り意識を覚醒させ、僕は再び教官の講義に耳を傾け始めた。
■
朝一、僕ら一学年Sクラス一同は学校の闘技場に集まっていた。
補助教官から気力の初歩を習っている魔術師組を横目に、僕ら剣士組はディアッカ教官の前に整列する。
「さて、諸君は全員『練気』まではきちんと習得しているようなので、本日はもう一歩踏み込んだ『闘気』という技能について授業を行う」
気力を用いた戦闘については母からみっちり教わっていたけれど、『闘気』というものは習わなかったな。一体どのような技術なのだろうか。
「入学時に『闘気』を身に付けている者は基本的にはいないはずだ、知らなくても無理はない。いや……ムスケルだけは例外だったな」
「むふん!」
やたら筋肉を誇張したポーズでドヤ顔を決めているムスケル。なぜムスケルだけは身に付けているのだろうか。
「どういうことだと言う顔をしているな。『闘気』は一定の条件を満たした者しか習得できないよう、国と冒険者ギルドが管理している技能だ。その者の能力や年齢、身元等いくつかの条件を満たした者のみが習得を認められているのだ。そして諸君はそれをギリギリ満たしているため、これから教えていくことになった」
「ムスケルはなぜ例外なんですか?」
エアさんが手を挙げて質問をした。確かにそれは気になるところである。それに対し、教官ではなく相変わらずポーズを決めてドヤ顔のムスケルが応えた。
「我も教えてほしいのである!!」
お前も知らないんかい!
心の中で突っ込んでいると、呆れたように教官が話しはじめた。
「あぁ、『闘気』は気力を操作して独自のスキルを生み出すものでな。ムスケルが習得している『
「むむっ!? 『
「『闘気』の中には遺伝するものがあるからな。『
「ぬぅ……知らなかったのである……」
「『闘気』については基本的に資格のない者が教えることが禁じられているため、諸君が知らなかったのも当然のことだ。『闘気』は専用の魔導具を用いて習得するのだが、能力が基準より低いと肉体が耐えきれず死に至る危険性もある。諸君の能力であれば問題はないと思うが、本人の希望がある場合のみ『闘気』を習得させることになっている。その希望を聞く前に、まずは『闘気』がどのようなものか見せようと思う。シリウス、闘技場に上がれ」
「えっ……はい!」
突然の指名に驚きつつも、ディアッカ教官とともに闘技場に上がる。
「『闘気』の力を実践するためだ、悪いが模擬戦に付き合って貰うぞ?」
そう言うとディアッカ教官はニィッと口角を上げて剣を抜いた。教官の武器は、短剣と長剣の間くらいの珍しい長さの二本の剣であった。
エアさんの試験の時は片手剣だったが、構えは堂に入っており付け焼き刃の二刀流でないことが窺えた。これが教官本来の戦闘スタイルなのかもしれない。
「分かりました、よろしくお願いします」
教官と対峙し、ふと『
『闘気』の実演という点から考えると、『
「遠慮はいらんぞ」
……教官を相手に、驕りがすぎたようだ。
自らの慢心に反省し、『
「申し訳ありません」
教官は満足そうに頷いた。
「よし、では始め!!」
初撃で決める気持ちで、全力で行く!!
『
「『ウォールスラッシュ』!」
教官が叫びながら片方の剣を縦に振るった。
短い剣であるため余裕で回避できるとバックステップをしようと力を込めたが、背筋が悪寒が走り、咄嗟に横に飛び退いた。振り向くと、教官が剣を振り抜いた延長線上には気力により構築された壁が発生していた。
アレに直撃していたらどうなるのかは知らないが、碌なことにならないということだけは確かであろう。
「流石だ、鋭い戦闘勘を持っている」
不敵に笑う教官。先程発生した気力の壁は、消滅せずに健在している。
普通に気力で剣撃を飛ばした場合は刹那的なものだ。あの消滅しない気力の壁は『闘気』によるものなのだろう。
「先ほどの技がディアッカ教官の『闘気』ですね?」
「正解だ。これは私の『闘気』、『
そう言うと、教官が地を蹴り凄まじい速度で接近してくる。
双剣を巧みに操り、絶え間なく剣撃を放ってくる。刀で受けても気力の放出は止められないようで、剣の延長線上から身体をずらしていないと『
度々『
また気力の壁が徐々に増えていき、行動が制限されていく。おまけに教官は気力の壁をすり抜けて攻撃してくるからたまったものじゃない。
切り裂くことは可能であるが、次々と具現化される壁に対処して立ち回る空間を作らなければ回避もままならず、徐々にジリ貧になっていく。
魔術で戦おうにも巧みに肉薄してくる教官を引き離せず、有効的に魔術で攻撃できる距離をとることができない。
「どうしたシリウス!! もう隠し玉は無いのか!?」
「くっ……!!」
一度周囲の壁を取っ払わなければ、このまま追い込まれるだけだ。
教官の隙を見計らい、居合斬りと同時に回転して周囲に斬撃を放つ。斬撃により、周囲に構築されていた気力の壁が一瞬で切り裂かれ、消滅した。
……が、目の前には跳躍で斬撃を躱し、双剣を振るう教官がいた。
■
「このように『闘気』は様々な可能性を秘めた技能だ。危険を承知で習得を希望するものは、挙手してくれ」
僕を含めエアさん、ランスロット、ムスケルの近接戦闘組の全員が、当然の如く手を挙げていた。
「分かった。……まぁ『闘気』を習得した者としていない者では、武器を持っている者と持っていない者くらいの差があると言われているくらいだからな。高ランク冒険者になるためにはほぼ必須技能と言っても良いだろう」
確かに戦って分かったが、『闘気』はかなり強力な技能である。
『闘気』がなければ教官に勝てたかというと、それでもかなり厳しかったと思うけれども。
「習得の方法だが、まずはこの『闘気
負荷とはどのようなものなのだろうか……怖いな。
「それが終わると『闘気』を習得する準備は完了だ。後は自分がどのような力得たいかを想像しながら気力を練り上げ、『闘気』を構築してく。これには明確にイメージを持つ必要がある。迷いがあると『闘気』は構築されないからな。『闘気』は構築にはかなりの時間がかかる。強力な『闘気』を構築しようと思えば思うほど、時間はかかることになるからな。ちなみに私もいまだ、発展途上だ」
教官ですら発展途上とは……。強力な『闘気』を構築しようと思うと果てしない時間が必要なのだろう。
「どれだけ強力な『闘気』を習得できるか、またどの程度の速度で習得できるかは個人の資質による。私の『
個人の資質によってリソースが決まっていて、そのリソース内であればスキルを成長させることができるってことか。資質があって諦めなければ時間をかければかけるほど強化していけるから、『闘気』を習得してからの年数はかなりのアドバンテージになりそうだ。
「さてと、では諸君には『闘気珠』に気力を流し込んでもらうぞ。ちなみに習得準備が整ったからと言ってすぐに『闘気』を構築しなければいけないわけではないから安心しろ。どのような『闘気』にするか、一年でも二年でも悩んでいいからな。後悔だけはしないようにしろよ。……ただし『闘気』の構築を始めるのは早ければ早いほど有利だから、そこは自分の中で折り合いをつけるんだな」
正直、いきなり『闘気』でスキルを身に付けろと言われても、困惑しかない。
すぐに判断しなくてもいいのは助かるな。時間を考えるとゆっくりもしていられないけれど。
「まずはムスケルから行こう。ムスケルは既に『闘気』を習得してはいるから負担は若干少ないはずだ。すでに『
「了解である。いくであるぞ! フンッ!」
ムスケルは『闘気珠』に手を当てると、躊躇せずに気力を放出した。放出された気力が『闘気珠』に吸い込まれていく。
暫く気力を放出し続けて明らかに疲労が顔に現れ始めた頃、唐突に『闘気珠』が輝いて気力が一気にムスケルへ逆流した。
「むおっ!? む、むむむあああぁっ!!」
ムスケルは逆流した気力により身体を輝かせ、痙攣しながら身体を仰け反らせて苦悶の表情を浮かべていた。
しかし『闘気珠』からは手が離れず、倒れることもできずに立ったまま輝きながらビクンビクンとしている。
……これ、大丈夫なのか……? しばらくすると光が収まり、ムスケルの手が『闘気珠』から離れると同時に意識を失って倒れ込んだ。
死んでないよな?
「お、おい。これ、大丈夫なのか?」
おずおずとランスロットがディアッカ教官に問いかける。
「あぁ、大丈夫だ。これはまだマシなほうだな」
平然としているディアッカ教官を見て、僕とランスロットは青ざめる。
「じゃぁ次はランスロットな」
「……わ、わかった……」
物凄く嫌そうな顔をしつつ、『闘気珠』に近づくランスロット。
「……仕方ねぇ、覚悟を決めるか」
そういうと、ランスロットは少しずつ『闘気珠』に気を注ぎ始めた。そして……。
「ガッ!? ぐ、ぐおおおおぉぉぉぐあああああッ!!」
先程のムスケル以上に苦しみ始めた。よだれを垂らし、白目を剥いている。
いや、これヤバすぎるでしょ!? あまりの光景に言葉を失い、血の気が引いていく。
気力の逆流が終わり、同じく意識を失ってランスロットが倒れる。
「次はエアだな」
……。
「あああああああ!! がっがああああッ!!」
同じくメチャクチャ苦しんでいるエアさん。
美少女が痙攣しながらのけぞっている絵面……。いやいやダメでしょこれ!?
「よし、次はシリウスだ。シリウス、覚悟しておけよ。お前の気力量を考えると……いや、もはや何も言うまい」
「え!? いやいやいやいや!! なんですか!? 気力量によって苦しみは増えるんですか!? 教官!??」
ディアッカ教官に縋り付くも、目を瞑り首を横に振るだけで何も言わない。
……まじかよ……。呆然としていた僕だが、ディアッカ教官に背を押されて『闘気珠』の前に連れてこられた。
「覚悟を決めろ、シリウス」
「…………はい」
諦めて『闘気珠』に手を添える。
いくら辛いと言っても死ぬわけではない。一時の痛みに耐えれば『闘気』を習得できるのだ。もうやるしかない。
『闘気珠』に気力を流し始める。
カラカラのスポンジみたいに、グングンと気力が吸い込まれていく。
……明らかに二人よりも吸収時間が長い。もしかして気力量が多ければ多いほど吸収される量は増えるのではないか? その分苦しむ時間も長くなるのではないだろうか。
そんな事を思いながら気力を流し続けていると、残り二割程のところで気力が入らなくなった。
そして突然、一気に気力が逆流してきた。
「ぐ、ぐああああ…………あ?」
一瞬痛かった気がしたんだけど、全然痛くない。気のせい? 気力はドンドン逆流してきている感じがするのだが、特に苦しみは感じない。
◆
◆一定以上の疼痛を確認。
◆スキル『
◆
あっ! そうだ! なぜか最初から持っていたスキル『
そこまでの痛みを感じることが今までなかったから完全に忘れていたな……。
「……おい、シリウス? お前、大丈夫なのか?」
ディアッカ教官がメチャクチャ不審そうな顔をして問いかけてきた。
「あー……。思ったより、大丈夫でしたね。僕、痛みに強いので……」
「いや、痛みに強いとかそういうレベルの苦痛ではないと思うんだがな……」
ディアッカ教官は解せぬといった顔をしているが、気力は逆流しているが僕は苦しんでいないという事実は事実であるため、納得いかないが無理やり自分を納得させているようだ。
そしてしばらくして、気力の逆流が収まった。
その頃にはムスケル、ランスロット、エアさんもまだ虚ろな目をしてはいるが、意識を取り戻していた。
身体に気力を通すと、何かがぽっかりと空いている感じがする。
無理やり体内に新しい容量を開けさせた、という感じだろうか。
これが『闘気』を習得するためのリソースなのだろうなと直感で感じる。
他の三人も手をグーパーさせたり、気力を身体に通してみたりして、何かを実感しているようだ。
「もう感じていると思うが、これで諸君の身体に『闘気』を取得する準備が整った。これからは自分との戦いだ。まぁ今後の授業でも『闘気』扱いなどを教えるし、もし行き詰まったり悩んだりしたらいつでも聞きにきていいからな」
そうして本日の授業は終わった。
ちなみに、魔術職のロゼさんとアリアさんは少ない気力量で『操気』の訓練を目一杯させられていたようで、気力が枯渇寸前で今にも気を失いそうなほどフラフラになっていた。
授業が終わり寮に帰宅し、また身体に気力を巡らせる。やはり、今までにはなかった『闘気』のためのリソースが感じられる。このリソースをどのように活用するのか、とても悩ましいな。
ディアッカ教官のように戦闘を補助するようなスキルか、ムスケルのように身体能力を強化するスキルか、もしくは一撃の威力の高い必殺技のようなスキルなども考えられるな。
あとは自分の長所を伸ばすか、欠点を補うかということも悩ましい。
僕の長所は、雷魔術と『
欠点は攻撃力が『
あとは、防御力の低さも気にはなる。基本的に高速機動で回避するのが僕のスタイルだから、防具も軽量化を重視しており最低限の防御力しか無い。僕自身の体格も小さいため、大きな攻撃を直撃したら簡単に一撃で屠られてしまうだろう。ディアッカ教官の攻撃も防げていればカウンターで勝てたかもしれない。
そう考えると、身体能力を強化するスキルは絶対に腐らないだろう。……しかしそれは、努力でこれから補っていけるかも知れない。
『
……これはしばらく考察する必要があるなぁ。
僕は放課後も頭を悩ませ続け、一日を終えるのであった。
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