第一章◆新しい力 3

 ……暖かい。

 柔らかな日差しに包まれているような、優しい何かが注ぎ込まれているような感覚。

 こんな気持ちよく寝れたのはいつぶりだろう、起きなくてはという理性ともっと寝ていたいという感情がせめぎ合い、寝返りを打つ。

 柔らかい枕に顔を埋めたと思ったが、枕とは異なったみずみずしさを持つ、弾力のある何かを顔に感じる。

「んぅっ……。シ、シリウスよ、目が覚めたかの?」

「うぅーん…………。うん!?」

 バッと顔を上げると、少しだけ頬を染めたベアトリーチェの顔がドアップで目に入った。すぐさま太ももから飛び退き、距離をとる。

「す、すいません!! 僕……。あれ、確か『ビヤツテン』を失敗して……」

「う、うむ。『ビヤツテン』を失敗して魔力と気力を一気に放出したお主は、急な気力と魔力の枯渇で意識を失ったのじゃ。そこそこ危険な状態じゃったから妾が少し気力と魔力を分け与えておったところじゃ」

「そうだったのですか……。助けていただきありがとうございます」

「教えたのは妾じゃからの、これくらいは当然じゃ」

「「……」」

 若干の気まずい沈黙が流れる。

「あー、さっきの失敗じゃがな、魔力と気力の量の釣り合いが取れてなかったの。釣り合いに意識を向ける余裕がなかったからか、無意識に体内の魔力と気力をほぼ全力で放出しようと力んでいたようじゃな。お主は魔力量の方が多いから、おのずと魔力が上回っていたようじゃ。とりあえず、その前段階の状態でもう少し安定できるように練習することじゃな。そうじゃなぁ……また一月経った頃に様子を見に来るから、それまでに発動手前の状態で走り回れるくらいには慣れておくんじゃな」

「……分かりました、ご教授いただきありがとうございます」

 その晩、僕は今後の修行計画を組み立て、粛々と実行していった。


――翌日。放課後、訓練場で気力と魔力を同時に纏う。

 一回体感して難しさが分かっていたため、昨日よりかは楽な気がする。それでも物凄い集中力を要する上に気力も魔力もガンガン消費するため、心も身体も疲労困憊だ。

――一週間後。大分安定してきて、散歩する程度なら可能になってきた。

 余裕が出てきたからか、気力と魔力の放出量の調整もできるようになってきている。

――二週間後。気力と魔力を纏った状態を自然に維持できるようになってきた。

 ただこの状態を維持しているだけでは勿体無いので、そのまま走ったり筋トレしたりしはじめる。

――三週間後。もはや無意識に発動できるようになっていた。

 気力と魔力の圧縮加減を調整したりしていると、時々融和しそうな瞬間がある。それを繰り返している内に、白気とは単純に気力と魔力の身体強化を重ねるだけではないと考え始めた。

 白気とは、気力と魔力に加えて反発力を肉体的エネルギーに変換し、飛躍的な強化を実現しようとする技法ではないか。そう考えながら、再び気力と魔力を圧縮しはじめる。

 量が多ければ圧縮されるわけではない、むしろ制御が難しくなる。自然に纏える気魔力量で確実に反発力を生み出すように圧力を与えていく。

 そして、ある点を境界に何かが反転した。

 ……これが、白気か。

 気がつくと、身体には気力でも魔力でもない、白いオーラが纏われていた。荒れ狂うような反発力が気力と魔力と混ざり合い、一つのエネルギーとして渾然一体となっている。

気力と魔力共に消費量が非常に多いが、その欠点を補ってあまりある力を感じる。


◆スキル『ビヤツテン』を獲得しました。》


――そして一ヶ月後。『ビヤツテン』を身に着けてから、白気を纏った状態での鍛錬をはじめていた。

 最近使い切るのが大変になってきた気力と魔力であるが、白気を発動しての鍛錬では一時間で九割ほど消費してしまう。実践では他の魔術を使うことも考えると維持して戦えるのは二十分程度だろうか。

 魔力と気力の残りが一割を切ったところで横たわり休憩をする。

 清々しい疲労感だ……。三徹して資料を作り上げて仕事が上手く纏まった早朝のような清々しさだ。

 そう思い休んでいると、おもむろに頭上から声がかけられた。

「お主、阿呆じゃろ……」

 なんとか身体を起こして声の主に目をやると、全面に呆れを押し出した表情をしたベアトリーチェさんがいた。

「ベアトリーチェさん。お陰で『ビヤツテン』を習得できました、ありがとうございます」

「まさか一ヶ月で習得するとはの……。お主、白気はぶっ倒れるまで発動しっぱなしにするような代物ではないのじゃぞ? 短時間、もしくは瞬間的な身体強化が普通の使い方じゃ」

「なるほど……。確かに物凄く燃費が悪いですもんね」

「それを一時間もぶっ通しで発動させおって……」

「でも気力と魔力が同時に消費されるので、鍛錬にはなるんですよ! 確かに戦闘時のことを考えると瞬間的な強化を身に付けたほうが良さそうですが」

「それが賢明じゃな。しかし妾がほとんどなにもせぬまま終わってしまったではないか……。つまらぬ奴よ」

「いえ、ベアトリーチェさんのお陰で凄い技能を身につけることができました。ありがとうございました」

 彼女がいなければ白気を習得することはできなかっただろう。感謝の気持ちしかない。

「ふむ。感謝の気持ちがあるのなら、いつでも礼の品を待ってるからの」

 ベアトリーチェさんが悪戯を思いついた子どものようにニヤリと笑う。

「……分かりました。そういえばベアトリーチェさん、職員室でも見たことないんですが普段どこにいらっしゃるんですか?」

「あぁ……。妾の部屋は、教官棟の最上階にある。いつでも遊びに来てよいぞ」

「教官棟の最上階、ですか。今まで行ったことなかったです。分かりました、今度うかがいます」

「くっくっ……。楽しみにしておるぞ。ではな」

 楽しそうに微笑んだベアトリーチェさんは高窓から去っていった。

 ……何故普通に出入り口を使わないのだろうか。


   ■


  休日、僕は『ビヤツ』や新しく開発した『無属性魔術』の実戦訓練のため、迷宮ダンジヨンの二十階層に潜っていた。

 二十階層に足を踏み入れた僕は、その景色に思わず息を飲んだ。今までは普通の洞窟だったのだが、階段を降りると唐突に森が広がっていたのだ。何を言っているのか分からないと思うが、僕も何が起きたのか分からない。階段がやたら長いとは思っていたが、まさかこんな南国のようなジャングルが広がっているとは夢にも思わなかった。しかも景観だけではなく、気候も完全にアマゾンである。気温も湿度も非常に高く、不快指数が凄い。

生息する魔物は狼やクマのような獣系に加え、いかにも熱帯っぽいワニのような魔物が度々出現した。そして非常に多いのが動く樹木、トレントだ。どれくらい多いかというと、密林の四分の一くらいはトレントで構成されている程だ。

 まだ刀でも魔術でも一撃で倒せる程度の魔物しか出てこないため危険はあまりないのだが、数が多いので若干面倒である。かと言って倒さないのも勿体無いので、目に入る魔物は極力倒していく。

 ちなみに勿体無いというのは素材のことではない。最近はギルドの解体場をフル稼働して貰っているくらいなので、それなりに有益な素材となる魔物以外は魔核だけ回収するようにしている。そのため、お金について困っているというわけではない。

 ではなんのために魔物を倒しているのかというと、鍛錬のためだ。

 冒険者の間では、魔物を倒せば倒すほど強くなるという話がよく噂される。科学的根拠はないし証明もできないので、あくまで噂話程度ではあるのだが……。僕には『かいせき』があるため検証が可能であった。

 検証した結果、微量ではあるが魔物を倒したあとに生命力のようなものを討伐者が吸収していることが分かった。そしてその九州率は、年々低下しているようだ。

 恐らく若い方が魔物を倒してから得られる生命力、僕は経験値と呼んでいるそれを吸収する効率が良いのではないかと考えている。そのため、見かけた魔物は可能な限り狩るようにしている。

 その点、迷宮ダンジヨンは鍛錬にピッタリだ。狩れば狩るほど報酬は貰えるし、魔物はいくらでも湧いてくる。しかも狭い空間に密集しているため数多く狩りやすい。

 そうして心を無にしてアマゾン層を切り進んでいると、いつの間にかボス部屋の前に到達していた。

 軽く休憩して、特に気負いもなくボス部屋に足を踏み入れる。そこに居たのは直径二メートルほどのぶっとい幹の巨木エルダートレントと、大量のワニのような魔物デスアリゲイツであった。

 僕が部屋に踏み入れると、凄まじい勢いでデスアリゲイツが群がってくる。能力的に負けないと分かってはいるものの、正直ちょっと怖い。

 群がってくるデスアリゲイツを雷魔術と刀で片っ端から片付けるが、一向に減る気配がない。どうやらエルダートレントが次々と召喚しているようだ。

 取り巻きを無限召喚してくるタイプか……。まずは親玉を叩かないといけなさそうだ。デスアリゲイツを斬り伏せながら、強引にエルダートレントへ迫る。

 しかしそう簡単には行かせまいと、エルダートレントが無数の枝を槍のように扱い弾幕を張ってきた。そして周囲の大量のデスアリゲイツ達もアグレッシブに攻撃を放ってくるため、中々エルダートレントに接近できない。

 ふと上を見上げると、高い天井の下、空中ががら空きであることに気づく。

 すかさず跳躍し、『空歩』で、空中に足場を生成。空を蹴る瞬間に『ビヤツ』で身体強化を施し、刀を振るう。

 エルダートレントの背後に着地し振り返ると、一刀両断された巨木が倒れ、大きな音を立て地を揺らした。

 そしてデスアリゲイツ達は一撃で倒されたエルダートレントを見て放心していた。

 ……そんな余所見していて良いのか? 呆けているデスアリゲイツに『雷矢雨サンダーレイン』を叩き込み、瞬く間に狩り尽くした。


 三十階層に進むと、地面が物凄くぬかるんでいた。ところどころに水たまりや沼ができている程だ。そして地面のところどころからガスが吹き出ていたりもする。

 ……臭い。

 少し進んでみると、沼にデスアリゲイツがいた。ボス部屋で散々倒したので、特に何の感慨もなくスパッと倒す。更に進んでいくと泥まみれのスライムや泥のゴーレム、毒を吐く大きなトカゲなんかがいた。

 そのまま三十一階層の階段までは辿り着いたのだが、臭さのせいか噴出しているガスのせいか気分が悪くなってきた。魔物達も徐々に粘り強くなってきており、物理攻撃が効きにくい魔物が多いことも相まって殲滅速度が落ちていた。今日中に四十階層まで降りきるのは厳しそうだ。

 もうちょっと残業していきたい気持ちはあるが、気持ち悪いし今日はもう帰ろう。次回はガス対策を忘れないようにしなければ。

 出会ってはいないけれどこの階層を探索している人もいるはずだし、対策用アイテムは存在するはずだ。なければとりあえず布でも口に巻いて進むしかない。これからの探索計画を考えつつ、前の階層に戻り迷宮ダンジヨン転移盤で地上に戻った。

 そのまま冒険者ギルドに報酬を受け取りに行こうと思ったのだが……身体が臭い。迷宮ダンジヨンの中では空間全体が臭かったため気にならなかったが、地上に出ると自分に臭いが染み付いていることが分かった。

 迷宮ダンジヨン入口のお兄さんも顔をしかめ、僕からそっと距離をとっていた。泣くよ?

 すぐにでも風呂に入りたいがこのまま寮に戻ってクラスメイトに会うのも嫌だったので、迷宮ダンジヨン前の雑貨屋でソープナッツを購入して川で身体と服を洗った。

 ソープナッツは飴色の小さな木の実で、割ると石鹸の代わりとなる。

 この国では石鹸もあるけれど非常に高価であり、ほとんど民間人には流通していない。女性冒険者なんかは皆ソープナッツを使って身体を洗っているのだ。

 何回か身体を洗い臭いが取れたと思ったところで、報酬を受け取りに冒険者ギルドへ向かった。


「くんくん……。シリウス君、ちょっと臭うわね……。もしかして三十階層まで行ったの?」

 そんなことを言いつつ、事務処理をするセリアさん。

 完全に臭いが取れたわけではないと思ってはいたが、綺麗な女性に臭うと言われるのは存外ショックが大きい……。

「あそこの階層、臭いガスが出ていまして……。そんなに長時間滞在していたわけではないのですが、それでも臭いが中々取れなかったんです……」

「三十階層に行ってこの程度の臭いならかなりマシな方ね。あそこの階層は一日潜ると一週間は臭いが取れないって言われているくらいだから。そのせいで冒険者は大体三十階層以上の階でしか探索してくれないのよね」

「あのガスは結構キツイですもんね……。何か対策アイテムはないのでしょうか?」

「あるわよ。安いものならマスク、高いものなら風の魔石ね。あそこのガスには若干毒が含まれているから、マスクだと完全には防げないわね。短時間ならいいけど長時間潜るなら風の魔石をオススメするわ」

「そうなんですね、ありがとうございます。それにしても臭いけど実入りは良さそうなんですよね、あの階層」

「あのね、三十階層以深は最低でもランクBパーティ、ソロならランクA上位の冒険者が探索するようなレベルなの。ランクBにもなればわざわざ臭くてドロドロの迷宮ダンジヨンを探索しなくても、もっと実入りのいい仕事は沢山あるのよ。特にあの王都迷宮ダンジヨンは国による探索が大分進んでいて既にマッピングもされているから初心者向けではあるけど、新しい発見もないし深くまで潜る旨味は薄いの。だから上級ランクの人たちはもっと実入りの良い他の依頼に移るか、国の探索進んでいない迷宮ダンジヨンを求めて旅立って行っちゃうの」

 なるほど、あの迷宮ダンジヨンは初心者向けだから下の階層にはほとんど冒険者がいないのか……。しかも国家迷宮ダンジヨン攻略兵団が攻略に当たっているから、冒険者が頑張って潜る意味も薄いと。

 僕は中途半端に攻略をやめるのも気持ち悪いし、どこまで行けるか試したいから迷宮ダンジヨン攻略を止める気はないけれど。

「報酬はっと……相変わらず凄い魔物討伐数だわ……。ほんとに仕事熱心ね! ギルドとしては助かるけど、そんな小さな身体で働きすぎると過労死しちゃうわよ?」

「はは……。気をつけます……」

 本当に一度過労死しているから笑えなさすぎる。

 まぁあの頃に比べたら全然働いてない方だし、この程度では過労死なんてまだまだだ。人間その気になればもっと働けるものだ。

「では、シリウス・アステール君、本日の報酬をギルドカードに振り込んでおきました!」

「はい、ありがとうございます!」

 セリアさんが佇まいを正して、ギルドカードを渡してくれる。

「その年齢でこんなにも稼いじゃうなんて、本当に将来有望ね……。やっぱり今のうちにツバつけておかないと……」

「ん? 何か言いました?」

「なんでもないわよー。うふふふ」

 なぜか不敵な笑みを浮かべたセリアさんに見送られ、冒険者ギルドを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る