第三章◆強襲 2

 ゴブリンのしゆうげきから一週間後、安全のため休止されていた教会が久々に再開された。

 元気を持て余した子どもたちが教会へ行きたがって困っているという親たちの声があったこと、また狩人衆により村の安全がある程度確保されてから一週間村にゴブリンが現れることがなかったこともあり、神父様が開いてくれたのだ。

 ララちゃんと教室に入ると、さわがしい教室がシーンと静まり、みなの視線がいつせいに集まる。

 ……嫌な予感が……。

 一回出ようと後ずさったところで、皆がさつとうしてきた。

「シリウス君、ゴブリンたおしたって本当!?」

「シリウス、魔術見せてみてよ!」

「シリウス君、怖いから帰り私を送っていって!」

 皆が凄まじい勢いで群がってくる。あの日のことがうわさになっているようだ……このままでは席に辿たどり着くことすらできない。

「ちょ、ちょっと待ってみんな! 僕はほとんど何もしてないよ! 父さんと母さんが倒してくれたんだよ!」

 うそはついていない。ゴブリンリーダーに関しては。

「くっくっくっ……ほとんどのゴブリンを魔術で倒したくせに何言ってんだよシリウス」

 ルークが楽しそうにあおってきた。こいつがげんきようか……!

「ルーク君はああ言ってるよ!!」

「俺にも魔術教えろよ!」

 あぁもうしゆうしゆうがつかない!!

 ララちゃんなんて皆に教室から押し出されて目を回してあうあう言っている。

「いや! 本当に大したことしてないから! と、通して! 皆、席にもどって!」

 人波をかき分けて、少しずつ進んでいく。なんとか席についたところで、シスターが手をたたきながら教室に入ってきた。

「はーい皆さん! 席についてくださいね! ララちゃんも早く教室に入ってきなさい」

「ふ、ふぁい……」

 ララちゃん、ごめん……。

 なんとか授業を終え、昼休みをむかえた。

 朝のそうどうは一応収束し、同級生の皆と庭でお弁当を食べていた。群がられることはなくなったが、いまだにチラチラとこちらを見ている人は多い。楽しみが少ない田舎いなかの村だからか、またたに噂が広まってしまったようだ。

「おつかさま、シリウス。朝から大変だったわね」

「くくく、困ってるシリウスを見るのは楽しいなぁ」

「はぅ……朝から大変でしたぁ……」

「ララちゃんごめんね……ルーク、覚えとけよ?」

 上級生にはりを手伝っているせんぱいや魔術を使える先輩もいるが、僕らのねんれいでゴブリンを倒せるレベルというのは、やはりめずらしいようだ。

 しかし、僕自身は勉強中の身だし、そもそも使い方を誤れば非常に危険な魔術を軽々しく子どもに教える訳にもいかないため皆に教えてと言われても困ってしまう。

 ある程度の年齢まで大人が教えてくれないというのも、そういうことをこうりよしてのはずだ。中には僕やクロエさんのような例外もいるけれど。

「でもあの戦いは本当に凄かったわよ。ただものじゃないやつとは思ってたけど、あそこまでとはね……」

「……魔力も魔術のりよくもすごかった」

「あぁ、シリウスがいなかったらいまごろどうなっていたか……」

「分かりましたから、改めてそういうこと言われると照れるのでこの話はやめません?」

 グレースさん、クロエさん、ルークが口々にお礼を言ってくるが、一週間もったのに改めて凄いとかありがとうとか言われるのはなんだか照れくさい。結局最後は父さんと母さんに助けられたわけで、そんな胸を張れるものでもないし。

「……ぁぁぁぁぁ……」

 そんな風に久々に友達とのんびり食事をしていると、遠くからさけごえひびきが聞こえてきた。いや、近づいてきているような……。うん、きっと気のせい──

「シリウス様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 ……いや、現実だ。

 声のする方を見ると、すさまじい速度で走ってくるジャンヌさんが見えた。まさかまたゴブリンが……!?

 とつに『魔力感知』で周囲をさぐるが、村民の魔力しか感知できない。そういえばゴブリンリーダーと戦った後から探知できるはんわずかに広がっている気がするな。

 現実から目をらしていると、息を切らしているジャンヌさんに強く手をにぎられた。

「シリウス様、お久しぶりですわ!! 先日はわたくしの命をお救いいただき、ありがとうございました。本日、よろしければ我が家に来ていただけませんか? わたくしの両親もシリウス様にお礼させていただきたいと申していますわ!」

 目をキラキラとかがやかせたジャンヌさんは、凄い勢いで顔を近づけてきた。ゴブリンリーダーにも負けないほどの圧力だ。

「え、えーっと……僕は大したことをしていないので、お気になさらず……」

「いえ!! 大したことですわ!! 是非我が家に!! そしてわたくし婿むこに!!」

 一体何の話をしているのだろう? 光より早い展開に理解が追いつかない。

 僕が困っていると、おくれて追いついてきた先輩たちがかたで息をしながらジャンヌさんの肩をつかんだ。

「待て待て待て待て! 落ち着け、ジャンヌ! シリウス君が困ってるぞ!」

「そ、そうよ、落ち着いてジャンヌ。シリウス君、ごめんなさいね。この子、あなたに助けられてからずっとこんな調子で……」

 えーと……要するに、ゴブリンのしゆうからの救出っていう急展開にショックを受けてさくらん状態ってことかな?

「あ、あの……ごめんなさい。今は危険な状態なので、寄り道せずに帰ってきなさいって言われていて……」

「シリウス様がいらっしゃればゴブリンなんておそるるにらず! ですわ!」

「シ、シリウスくんだって危ないから寄り道はダメです! わたしと帰るんです!」

 ジャンヌさんに押し切られそうになっていると、とうとつにララちゃんは僕を守るようにジャンヌさんの前に立ちはだかった。ララちゃん、僕がまどっているのを分かって助けてくれたんだね……。なんていい子なんだ……!

「あーもう、ごめんねシリウス君。こいつ連れて帰るから、気にしないで!」

「シリウス様ぁぁぁぁぁ……」

 ララちゃんとジャンヌさんがにらみ合っていると、先輩がジャンヌさんの首根っこをつかまえて引きずって連れて帰ってしまった。

 台風みたいな人だったな……。早く一時的なショックから立ち直れることをいのろう。

「シリウスー、モテモテじゃねーか!」

 またもやルークがからかってくるが、ショックで錯乱しているだけでそういうのではないだろ。ジャンヌさんに失礼だぞ。

「シリウスくんが……もてもて……もてもて……」

 ルークの話を聞いて、先ほどまで元気だったララちゃんはうつむいて何かをぶつぶつと唱えはじめた。何かなやみでもあるのだろうか、心配だ。


    ■


 今まで裏山ではつうのゴブリンしか見たことなかったが、先日ゴブリンリーダーという存在を初めて知った。僕はゴブリンについてあまりに知識不足だ。

 身近に巣くっているきようを知るために、僕は父さんにたのんでものかんを借りることにした。図鑑には、様々な魔物についての記述があった。魔物は強さ順にA~G、そして特別な個体をSとランク付けされており、対応するランクの魔物をとうばつできるとにんていされたぼうけん者も同じランクを付けられる。

 ゴブリンのページを開くと、様々な種類のゴブリンがっていた。


 まずいつぱん的なゴブリン、こいつはFランクと当然弱い魔物だ。

 次いでゴブリンリーダーがEランク、ゴブリンマジシャンとゴブリンジェネラルがCランクであった。ゴブリンジェネラルはゴブリンリーダーが進化した姿で、ゴブリンたちをとうそつしていることが多いらしい。

 そしてまれに発生する強力な個体としては、AランクのゴブリンロードとSランクのゴブリンキングがいる。ゴブリンロードは大規模な巣のおさとして稀に発生する個体で取り巻きが非常に多く群れとしての脅威があるそうだ。

 そしてゴブリンキングは災害級として認定されており、その強さはドラゴンにもひつてきするともいわれている。めつに姿を現すことはない非常にな存在で、ゴブリンキングが発生した地域はゴブリンに支配され、人類に多大な損害をもたらすとすら書かれている恐ろしい存在だ。

 前世の知識ではゴブリンとは雑魚ざこの代名詞みたいなものだったが、この世界では中々の脅威のようだ。

 確かにゴブリンリーダーと戦ったときもそうだったが、群れていることは脅威だ。

 裏山のゴブリンの巣についても母さんたちの会話から想定するとかなりの規模になっていると考えられるから、もしかしてゴブリンロードくらいまで発生しているかも知れない。せんとう能力は低いとか書かれているゴブリンリーダーであの強さってことは、ゴブリンロードはどれだけ強いんだ……? 背筋がこおる思いだ。


 そう考えるとうちの村で裏山のゴブリンの巣をせんめつしきれるのだろうか?

 戦いをなりわいとしている冒険者ですら複数パーティでようやくわたり合えるほどの強さのゴブリンロードを、村のただの狩人かりゆうど衆が倒せるとはとても思えない。父さんと母さんはすごく強いとわかっているけど、あくまで子ども視点であってこの世界ではどの程度の水準なのかは正直分からない。

 しかしそんなことうちの狩人衆だって分かっているはずだし、もしかして国にえんじよようせいしていたりするのかもしれない……図鑑を返すついでに父さんに疑問をぶつけてみる。

「父さん、図鑑ありがとう。ところで裏山のゴブリンについてなんだけど、ゴブリンロードがいる可能性あるよね?」

「あぁ、ゴブリンのことを調べていたのか。うむ、恐らくゴブリンロードは発生しているだろうな」

「だよね……だとしたら、うちの狩人衆だけで討伐できるのかな? 王都から援軍が来るの?」

「いや、ゴブリンの巣程度でこんな辺境の地に討伐隊はけんしてくれないな……。まぁゴブリンロード程度なら父さんと母さんがいればゆうさ」

 父さんは僕を安心させようと肩に手をおいてがおかべた。

 いやいや!? そんな弱い魔物じゃないよね?

「えっ!? 図鑑に討伐には複数のパーティでいどんでようやく渡り合える程の強さって書いてあったよ?」

「あぁ……言っていなかったが実は昔、父さんと母さんは冒険者だったんだ。そのころに二人で何回もゴブリンロードをたおしたことがあるから心配しなくてもだいじようだ」

「……複数パーティでやっと渡り合える相手に二人で何回も勝っちゃうって、いくらなんでも強すぎない?」

「あぁ、父さんと母さんはメチャクチャ強いんだぞ! なんなら父さん一人でも余裕だぞ? はっはっは!」

 父さんはドヤ顔でバンバンと僕の肩を叩きながらふんぞり返っていた。二人とも強いとは思っていたけれど、そこまで強いとは……。にわかには信じがたいが、ゴブリンロードの強さは父さんも分かっているはずだし、大丈夫なんだろう、きっと。

 ゴブリンのことは二人を信じて、僕も少しでも早く強くなれるようたんれんを積もう。


    ■


 ある休日、両親との鍛錬を終え家に帰ると、狩人衆の隊員が深刻な表情をして家の前で待機していた。

「ミラさん、レグルスさん失礼します。お二人共、少しお時間いただけないでしょうか?」

「分かったわ。シリウス、夕食の準備をお願い」

「母さん……分かった、任せて」

 狩人衆の隊員が二人に用事……恐らく、ゴブリンの巣がらみの話であろう。

 夕食を作り終わる頃、丁度一時間後くらいに二人は帰ってきた。

「シリウス、夕食ありがとう。きゆうきよ狩人集会を開くことになってね」

「ゴブリンの巣、見つかったの? もしかしてゴブリンキングがいたとか?」

 僕が問いかけると、母さんはおどろいた顔をしてあきらめたように話し始めた。

 母さんの話によると、やはりゴブリンの巣が発見され、しかもゴブリンキングが発生している可能性が高いということであった。

 さらに父さんと母さんは、この短期間でのゴブリンキングの発生という異常事態が魔王復活の予兆ではないかと考えているらしい。昔のぶんけんで読み取れる、魔王がいた時代のじようきように近いということだ。

 魔王については正直規模が大きすぎて実感がかないが、ゴブリンキングは二人で挑んでもギリギリであろうことは二人の張りめたふんから察することができた。

 二人とも僕には余裕だと笑顔を向けてくれていたが……。

 そんなこともあり、これから一週間は二人ともせんとうかんを取りもどすために僕の鍛錬は休止となった。

 僕はその間、自己鍛錬と新魔術の術式開発を進めていこう。この半年間の二人との厳しい鍛錬の集大成ともいえる魔術だ。この機会に完成させて、ゴブリン退治が終わった後に二人を驚かせてやるぞ。

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