第一章◆社畜転生

 暖かい……ここは天国か……?


 重いまぶたを気合いでこじ開ける。視界がボヤけているが、なんだか白くて明るい場所にいることだけは何となく分かる。なんとかしようてんを合わせていくと、目の前にみようれいれいな女性が見えた。全く見覚えのない女性だ。

 そして、顔が異常に近い。近すぎる。このぬくもり、もしかしてきしめられている……?

 しかしこれほど綺麗な女性に抱きしめられているというのに、なぜかドキドキはしない。むしろ言い知れぬ安心感をいだいている。彼女から感じる体温がとても心地いい。


◆外部からの『気力』の流入を確認しました。

◆『気力』の流れの解析に成功しました。

◆スキル『操気』をかくとくしました。


 ……は? 今、なにかボーカロイドの声みたいな人工的な音声が聞こえなかった?

「──────」

 じようきようが理解できずこんわくする中、女性がなにか語りかけてきていた。しかし何を言っているのかさっぱり理解できない。

「──────!」

 女性と同じくらいの年齢の細身の男性が大声をあげながら近づいてきた。泣きながらがおという、非常に器用な表情をしている。

 そして女性の手から男性の手に、僕が渡される。

 ……ん? 渡される?

「───!───!!」

 男性の大きな声が耳にキーンと響く。なんだこのうるさい人は!?

 耳をふさごうとした自分の手が、ふと視界に入った。小さい。女性と男性を見る。大きい。

 これは……まさか……まんやラノベでよくある、前世のおくを持ったまま転生したというやつか……? そんなこと、現実にありえるのか……?


◆外部からの『りよく』の流入を確認しました。

◆『魔力』の流れの解析に成功しました。

◆スキル『魔力操作』を獲得しました。


 あー……うん。なんとなく分かった。ここ、ファンタジーの……世界だ……。

 あらがえないねむいざなわれながら、僕は現状をさとった。


 目が覚めた。ここは会社……ではなく、ふかふかのベッドの中。そして、しくたんせいな顔立ちの女性がとなりている。母だ。

「──────」

 母は優しげな顔で僕をでながら、微笑ほほえんでいる。つられて僕も笑みをこぼしたところで、ドアを開け放ち男性が早足でベッドへ近づいてきた。

「──────!!」

 このテンションが上がりすぎて大きな声で語りかけてきている男性は、父だと思われる。母はそんな父をしようしつつも微笑ましそうに目を細めてながめていた。うるさいが、シカトも可哀かわいそうなので返事をしておく。

「あーうー」

 うん、舌がうまく回らない。歯がゆいけれど、生まれていきなりしやべる赤ちゃんとか不気味で仕方ないし、話せたとしてもかくすしかなかったと思うと特に支障はない。

 それにしても、転生か……父と母の話す言語は、どうも地球のものではないと思われる。今まで色々な国のクライアントと仕事をしてきたが、こんな言語は聞いたことがない。

 またこの部屋の設備。調度から貧しさは感じないのに、電気設備や機械がない。どうやら、科学技術が発達していないようだ。ランプて、いつの時代ですか?

 しかも死ぬ前と寝る前に聞こえてきた声。ちがいでなければ、スキルとか魔力とか聞こえた。学生時代によく見ていたアニメやライトノベルの中ではよくある設定だけれど……やはりここは異世界なのだろう。

 今までの記憶を辿たどると、どうやら僕は『解析』『操気』『魔力操作』というスキルを所持していると思われる。僕が正気であれば、の話だけれど。


◆スキル『解析』により、対象者の所持スキルを確認しました。

◆所持スキル:『ちようたいせい』『解析』『操気』『魔力操作』


 なん……だと……。

 あまりのファンタジーさにまいが……いや、それはもうなつとくしよう。

 この流れだと、スキルのしようさいを確認することもできるのではないだろうか。


◆スキル『解析』により、対象スキルの効果を確認しました。

◆『超耐性』:常時発動型スキル。

◆状態異常などの対象者へのあくえいきように対する非常に強い耐性。

◆任意で発動を停止することが可能。

◆『解析』:任意発動型スキル。対象物の構成要素や詳細を解析する。

◆『操気』:常時発動型スキル。気力の感知、操作を行う。

◆『魔力操作』:常時発動型スキル。魔力の感知、操作を行う。

◆『気力』:体内で生成されるエネルギー。主に身体能力強化に消費される。

◆『魔力』:大気に存在するを吸収することで、

◆体内にちくせきするエネルギー。主に魔術の発現に消費される。


 やはり、スキルの詳細を確認することもできてしまった。

 どうやら『超耐性』なるスキルも知らぬ間に獲得していたようだ。

 そしてやはり一番気になるスキルは、『魔力操作』だ。

 前世には所謂いわゆる気功というものは存在していた。しかし魔術は違う、完全にファンタジーのしろものだ。

 いや、前世にも存在していたのかも知れないが少なくとも僕は実際に見たことはなかったし、そんなオカルトはありえないとすら思っていた。

 しかしこの世界には魔力や魔術があるという。

 としもなくワクワクするぞ!

 さつそく集中し、体内にある魔力を感じ取ろうと意識を身体の内に向けてめいそうする。

 するとすぐに熱を帯びた何かが体内をめぐっているのを感じ取れた。これは気力であろう。

 生前よりも明確に流れを感じることができるのは『操気』スキルのおんけいだろうか。

 そして気とは別の、なにか身体にまとわりつくような、じわじわと胸の辺りからにじみ出ているようなものを感じる。これが魔力か……?

 魔力と思われるその力を、意識的に動かせないかためしてみる。

 動きそうな気配はあるが、すごく重い……。もう少しで動きそうな気がして、思い切り力をめてみた。すると胸の奥から一気に何かが引っ張り出される感覚におそわれた。

 これが魔りょ……う……きそ……。

 魔力が動く感覚とともに視界がめいめつし、僕は意識を失った。


    ■


 あれから毎日、やることもないので両親の目をぬすんでは『魔力操作』の練習を行い続けていた。なぜ両親の目を盗んでいるのかというと、近くにいると他人の気力や魔力も感じ取ることができるからだ。赤ちゃんがいきなり魔力を操作していたら気味が悪いだろう。

 そんな日々を半年も過ごしていると、『魔力操作』の練習を行っても気絶することは少なくなった。

 あまりにひまなので半年間『操気』と『魔力操作』の練習をひたすら行っていたおかげか、今では気力と魔力の保有量はかなり増えている。


 それにしても前世ではそれこそ死ぬほど働きまくっていたので、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。

 働かずに日々を過ごすことにもどかしさを感じつつも、久々の連休を僕はまんきつしていた。といっても、ただ毎日をに過ごしているわけでもない。

 例えば最近は少しずつこちらの言語を習得できてきている。前世の仕事では様々な国の言語を覚えなければいけなかったため、言語習得は得意なのだ。

 もちろん自分ひとりの力ではなく、毎日しつこいくらい絵本をせがみまくってもいやな顔一つせずに読んでくれた母さんのじんりよくたまものでもある。

 流石さすがに肉体が未熟なので上手うまく発音することは中々難しいけれど、簡単に意思を伝えるくらいなら可能になった。

「ただいま! 今日はラビをとってきたぞー! やっぱりりは難しいなぁ」

「ありがとうあなた。私の大好きなラビのお肉ね!」

 どうやら僕が生まれる前は母さんが食材を調達していたようだけれど、僕が生まれてからは父さんが代わりに狩りをしているようだ。母さんに比べると狩りは苦手なのにもかかわらず、がんってくれていることには感謝しかない。

 僕はまだにゆうしよくしか食べられないのだけれども。肉がこいしい……。

「ありあおー! おとーあん!」

 お礼を言いつつ父さんにたどたどしく歩み寄る。これも地道なトレーニングの成果だ。

「シリウスぅぅぅ!! も、もうお父さんって呼んでくれるなんて……。やっぱりこの子は天才だっ!! シリウスももう少し大きくなったら父さんが狩ってきたラビを食べさせてあげるからなぁぁぁ!!!」

 僕をき上げて泣き喜ぶ父さん。暑苦しい。

 いや違う、すごい魔力を感じる。だん身にまとっている魔力でこの強さだ、狩りも魔術で行っているに違いない。

 実は、転生直後から魔力は大分増えたが僕はまだ魔術が使えずにいた。

 気力は生前にもみがあったおかげで身体強化に使うことができるようになったのだが、魔術はどうすれば使えるのか見当がつかないのだ。

 適当にメ〇とかファイ〇とか唱えてみたが、うんともすんとも言わない。

 魔術に精通していると思われる父さんに聞いてみるか……とも思ったのだが、確実にきやつされるだろうし、魔力訓練をしていたことがバレる。リスクが高すぎる。

 しかしそれでも、早く使ってみたい。

 勉強やスポーツ、音楽、武術などは知識の吸収が早く、身体からだが成長していく子どものうちからたんれんした方がびが早い。おそらく魔術も同じではないか、と僕は考えている。

 仮にえいしようや魔術じんなどを覚えるとしても、頭がやわらかい内に覚えるほうが有利なはずだ。

 では、どうやって魔術を習得するのか。

 実は父さんの部屋に魔術に関する書物があるのではないかと見ている。

 生後まもないころに父さんに抱かれて入ったときは文字が読めなかったので分からなかったが、分厚い本がたくさん置いてあったことは覚えている。父さんのレベルによっては入門書などはない可能性もあるが、かくにんする価値はあるだろう。


 とある日の昼頃、母さんがひるしている間に父さんの部屋にしのび込み、ほんだなを見回す。

 背表紙が読めないものも結構あるが、まだ完全に言語をマスターしたわけではないからこればかりは仕方ない。

 とりあえず自分の背で届く、一番下の段にある背表紙がボロボロな本を手に取る。その本の表紙には『初級魔術教本』と大きく書かれていた。

 おっ! ものすごく丁度良い本じゃないか!

 本をゆかに置き、古い紙がちぎれないようにしんちようにページをめくっていく。三十分ほど読み進めたが、やはり魔術に関する的な内容が記された本であった。

 いわく、魔術は行使難易度から、いつぱん的には初級、中級、上級、特級と分類され、また発現する現象を分類するものを属性と呼ぶそうだ。

 そして魔術行使には対象となる現象に対する深い理解や具体的な想像力、そしてその現象を引き起こすための術式の構築がひつであると。術式構築の補助を行い効率的に魔術行使を可能とするために詠唱や魔術陣が開発され、現在魔術が広くきゆうするにともない口頭伝承が容易である詠唱を用いた魔術行使が主となっているようだ。

『初級じゆつ教本』を読み、適当に魔術が放てないはずだとなつとくした。

 魔術への理解もない、術式も構築していない、それでは何も発現しなくて当然だ。

 しかし流石は初級の魔術教本である。

 術式の構築方法がやさしく書かれておりとても分かりやすい。大学卒業程度の数学知識があれば簡単に理解できるような内容だ。

 とりあえず今回は初めての魔術だし、まずは詠唱で補助をして発動してみよう。

 実際、この世界で魔術というものを見たことがないのでイメージも出来ていないから補助は必須だろう。

 僕は『光明トーチ』という小さな光をともす生活魔術のページを開いて魔術教本を床に置いた。

 本当はもっと派手な魔術を使ってみたかったけれど、コントロールできるかも分からないこうげき魔術を父さんの部屋で放つわけにもいかない。

 それに最も初歩的な魔術だし、しようも残らないし、初めての魔術には最適だろう。

 僕は滲むあせぬぐった手を前に差し出し、目をつぶり集中した。


ひかりみち光明トーチ』」


 ──カッッ!!

 詠唱を終えると同時に、すさまじいせんこうが僕のてのひらからほとばしった。

「めがぁッ!?」

 凄まじい閃光にひとみを焼かれ、両目を押さえてゴロゴロと床を転がる。

 そして一気に半分近くの魔力を失い、そのまま横たわった。

 きよだつ感が凄いが、意識を失うほどではない。ただし目は死んだ。

 本来は生活魔術であり殺傷力がなくくらやみを照らす程度の魔術が、これでは閃光だんだ。

 原因は自覚している。まず、魔力を込めすぎた。本気で指先に魔力をぎようしゆくさせてしまっていたのだ。そして、全力で光るイメージをしてしまった。

 ……本当に発動するか不安だったから、と言い訳をしておく。

 虚脱感に襲われつつも起き上がり、再チャレンジをする。

 魔力を調整し指先に少しだけ纏わせてランタン程度の光量をイメージし詠唱すると、まばゆい光は放たれずにほのかな光が指先に灯った。


◆スキル『初級光魔術』をかくとくしました。


 成功だ……!!

 今度はきちんと成功したからか、スキルとして認められたようだ。魔力消費量は先ほどの二十分の一程度で十分であった。

 最初の魔術行使はどう考えてもやりすぎだったな。

 その後も何度か『光明トーチ』を発動し、魔術行使の魔力量とイメージのコツをつかんでいった。そして何回か試行していると、術式が意外と単純なことがわかってきた。

 初級魔術だし当たり前か。この程度の術式なら詠唱がなくてもゆうでいけそうだ。

 よし、ためしてみよう。

 集中し術式を頭で構築する。そして魔術名を心の中で唱えるとスムーズに魔力が流れ、指先に光が灯った。成功だ!

 ──ガタッ


◆スキル『詠唱破棄』を獲得しました。


 スキル取得のお知らせと共に後ろで物音がしたと思いサッとり返ると、そこにはあごが外れるかと思うくらい口をあんぐりと開けた父さんが立ちすくんでいた。

 ……やっちまった……。

「……う?」

 必殺、あどけない幼児のポーズ。

 僕は何も知りませんとじゆんすいに不思議そうな表情を作る。

 そんな僕のつぶらな瞳と父の見開いた瞳がぶつかり合う。

「シ……」

「……あう?」

「シリウスが魔術を使ったぁぁぁぁぁ!? しかも詠唱もしてない!! 俺の息子むすこは天才魔術師だぁぁぁぁぁ!!」

 父さんは僕を持ち上げてさけびながらグルグルと回り始めた。

 声でかい、耳が痛い、目が回る。


 その後、しばらさわいでいた父さんの声を聞きつけてけつけた母さんが父さんをはたいて僕を助けてくれた。

 うん、今度から魔術の練習をする時は細心の注意をはらおう。

 母さんの胸の中で、僕はそう決意した。

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