第5話 与作、日常となった1日を過ごす(午前)
朝。暗がりは次第に明るくなり紫がかった雲が細くたなびく。
空にはうっすらと有明の月が二つ重なりあって浮かぶ。
街はまだ静かで人通りもほとんどない道を俺は欠伸を噛み殺しながら目的地へと向かう。最近ようやく早起きにも慣れた。
噴水が目印の街の中央(聞くところによるとこの世界の中規模以上の街には噴水が必ずあるらしい。理由はよくわからないらしい)を通り北へ向かう。
街は南側が平民の住居区、中央が商業区、北側が貴族の住居区に分かれている。
中央に近付くにつれ人だかりがみえる。
そのほとんどが冒険者であり中央やや北にある冒険者ギルドの建物の入り口前には多くの人でごった返しているのは毎日変わらない光景だ。
冒険者ギルドは朝と夕方の二回、来館のピークを迎える。
毎朝、新しい依頼が更新されたり前日までに受注されなかった依頼の主に報酬面での更新が行われたりする。
依頼の受注は早い者勝ちの為、少しでも実入りのいい仕事にありつこうと多くの冒険者が朝早くから並ぶ。
夕方は依頼達成の報告と報酬でギルドは冒険者でごった返す。
ギルドに近付くと順番待ちする整理券代わりの番号が書かれた木札をギルド職員が配っている。
大抵の依頼が午前中のうちに受注され、残る依頼といえば不人気な物ばかり。
ゴブリン討伐とかね...。
荒くれ者が多い冒険者が集まっているだけに殺伐としている感があるものの全体的には明るい雰囲気だ。
パーティー同士だろうか楽しそうに談笑したり、騒いだりとあちらこちらで笑い声が上がっている。
酒を飲んで騒いでるやつもいたりしてカオスだが、なんだか祭りの様でなかなか楽しそうだ。
うらやましいなぁ。
そう思うのも、もはや俺の日常となっている。
騒がしい冒険者の集まりを避けそのまま北へ向かうと次第に香ばしい匂いが漂ってきた。パンの焼ける匂いだ。俺の腹がくぅとなる。
これも日常。
朝飯なんて随分食べてないな。
朝を食べないんじゃない。
食べられないんだ、金が無くて。
貴族住居区は壁で隔たれており、中央からまっすぐ北に延びる街道の突き当りに門がありそれが唯一貴族住居区と行き来き出来る場所となる。
門に一番近いところに建物がある。
この街一番の商店、ベント商会の建物だ。
この街一番ではあるがベント商会の本店は王都にある。
ここロイルド王国の王都は今いるルサカの街より馬車で20日以上かかるとのことらしい。
俺はルサカ以外の街を知らないがルサカはずいぶん辺境にあるとのことらしい。
ベント商会はルサカで主に装飾品を販売しているのだがベント商会の商店は街の中央付近にあるでっかい建物だ。
そして今俺の目の前にあるベント商会の建物だがここは貴族御用達の調理施設。
昔からルサカの貴族は家に調理場を設置していないらしい。
噂では大昔、貴族同士の争いが水面下で激化し毒殺をメインで殺しあっていたそうだが、それぞれがそれぞれの調理人を買収したりし返したりを繰り返しほとんどの料理人が3重とか4重スパイになってしまって疑心暗鬼状態が続き、満足に食事ができなくなったため当時の領主が中心となって貴族同士で話し合った結果が委託という形をとったとのこと。
ただずいぶん昔の話で、しかも貴族同士で秘匿としたため確かとはいいがたいが、まぁ人の口に戸は立てられないってことかな。
現在、食事は全て委託という形でベント商会が手掛ける調理施設より作り運ばれる。
いつも通りその建物の横をとおり裏へと周り裏口の小さな扉を叩きそのまま中へと進む。
「おう!ヨサク」
「おはようございます。ビャルべさん」
「おう!早速たのむわ!」
ビャルベさんはこの調理場の責任者。
恰幅のいい、人のよさそうなオヤジだ。
俺は早速調理場の奥の更衣室でコックコートに着替えた。調理場に出ると40人ほどの調理師がせわしなく調理に取り掛かっている。
俺はテーブルにどっさりと置かれたいろいろな種類の野菜を片っ端から包丁で切っていく。
ただひたすら切っていく。
切って切って切りまくる。
二時間ほど切り続け、切る野菜が無くなれば今度は焼き立てのパンを切っていく。
これもかなりの量があるが黙々と切っていく。
これを一時間。
貴族の朝食用だ。
それが終われば休みなく昼食用の食材が届けられ、引き続き切り続ける。
黙々と切り続けお昼を過ぎたところで業務はいったん休憩に入り、賄いが調理人に配られみんなで一斉に食べる。
俺にとってはようやくの食事となる。
そして食べ終わったらすぐに調理人たちは一斉にアフタヌーンティーの菓子作りに取り掛かり、それが終われば夕食の準備となるのだが俺は昼食がすんだら仕事は終わりだ。
「おい、ヨサク。うちの料理人になるって話考えてくれたか?」
「ビャルベさん、すいません。今はちょっと...」
「はぁ、そうかい。しゃあねーな。せっかくいい腕があんのにもったいない。料理人になりゃ借金もすぐ返せるだろうに」
伊達に学生時代のバイトから合わせて調理に8年間も携わってきたわけじゃないから、腕には多少の自信はあるし、それを認めてくれるのは素直にうれしい。
「すいません。ありがとうございます。それじゃあお先に」
「おう!明日もよろしくな!」
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