居酒屋

 息子の二十歳の誕生日が来週に近づいていた。花金の今日は職場での飲み会で遅くなるが明日は朝早く起きてプレゼントを買いに行かなきゃなと思いながらビールを一口飲む。現在の職場には10人ほどの人がいるが、皆仲が良く毎週金曜日は皆で飲み会をしている。立場的には中堅どころになった自分だが飲み会では、上にも下にも気を遣うことなく楽しくやることができている。毎週のように皆集まってくれるのだから周りも気を遣わず楽しんでいるのだと思う。


 居酒屋のテレビでは野球中継が流れている。マウンド上のピッチャーがボールを受け取り、首を動かしキャッチャーとサインの交換を行っている。


 息子も高校まで野球をしていた。小学校4年生から初め、中学校ではキャプテンとして全国大会に出場するなど地元ではそこそこ有名な選手だった。そのため高校は地元の強豪校に推薦で入学することができた。しかし、入学後は周りのレベルも高くベンチから応援することが多くなった。それでも弱音一つ吐かず努力を続ける息子のことが誇らしかった。けど本人はどこか申し訳なさそうな顔をしていた気がする。


 マウンド上のピッチャーが振りかぶり、キャッチャーはミットを構えてボールを待ち受ける。バッターはバットを細かく横に振り、リズムを取りながらボールを待っている。


 息子は一年浪人はしたが地元の国立大に入学してくれた。なんだかんだ地元が好きなんだと口にはしてたけど、きっと我が家の家計を考えての選択だったと思う。本当に親孝行な息子である。誕生日はそんな息子が喜ぶプレゼントをあげたい。これまでは野球一筋だった息子には野球に関連した誕生日プレゼントを送ってきたが今年はどうすればよいだろうか。去年は浪人しているからいらないと断られているので二年分は送りたい。何を送れば喜んで貰えるだろうか。


 バッターが待ってましたとばかりにバットを強く振る。バットと正面衝突したボールは綺麗な放物線を描きスタンドへ吸い込まれていった。歓声がテレビから鳴り響いている。


 息子が大学に入学してからすでに半年たった。厳しい部活の練習や受験勉強から解放された息子は毎日楽しそうにしているがどこか物足りなそうな顔をしている気がする。バイトやサークル活動と色々と取り組んでいるようだが、少し焦っているようにも見える。何か頑張らなければいけないと。誕生日はとりあえず美味しいお酒で一緒に晩酌でもしようと思う。そこで俺の昔の情けない話をして、それに比べればお前は立派だと伝えよう。そしてこんな俺でも今は幸せに生きている、きっとお前の人生も良いものになると伝わってほしい。欲しい物は聞いて、それをプレゼントにしよう。少しズルいが許してくれるだろう。


 ホームベースを一周しガッツポーズをとる選手を見ながら、またビールを一口飲む。周りは楽しそうに盛り上がっている。俺も少し酔ってきた。このままだと息子の誕生日は俺の自己満足な物になりそうな気がしてきた。とりあえず明日かあさんにも相談してみようと思う。何バカなこと言ってるのだと、ただお前が飲みたいだけだろと怒られるかもしれない。けどそれでいいのだ。息子にはそんなダメな俺を見て貰いたい。人生こんなのでいいのだと肩から力を抜いて生きてほしいのだ。

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