第10話 生きるために

 サンドラの言葉に、優翔は考える。つまりは、今までイメージしてきた魔族との闘いとは違い、現実に人間同士の争いごと、と考えると、なるほど確かにこれは『戦争』である。

 だが、それと戦闘訓練が必要な理由は同一だろうか。

「別に、街から一歩でも出ればすぐに眷属が襲ってくる、って訳でもないんだろう?」

「まあそれはね。でも、別に眷属と魔族、人間族がきれいに住み分けられている、なんてこともないのさ」

 野生の猿が一匹住宅街に出てきただけでも大騒ぎだった世界から来ただけに、その言葉の意味が分かると深く理解できる。

「突然やってくる眷属に対しての護身術として、必要ってことか」

「まあまずはそんなところだね。もう一つ理由はあるけど」

 町中で眷属に出会ってしまった場合、自力で逃げるなり斃すなりしなければならない、ということだろう。それは、ただの一般市民であっても同じ。自分の身は自分で守れ、ということで。

「あんた、戦わないとして、どうやって生活するつもりなんだい」

 サンドラに聞かれ、優翔はえ、と考える。

 今まで親の庇護下にいて、この世界で暮らす間も、今はまだ王城の――レオンの庇護下にある。けれども、確かにこれがずっと続くとは考えられない訳で。

「生活……どうすれば?」

 今までまったく考えていなかったことに青ざめる。衣、食、住全てには金銭がかかり、その金銭を稼ぐために自分ができることなど、考え付かない。

「技能が何かしらあれば住み込みで働くこともできるけど、まあ特別取り柄がないなら冒険者が一般的だね。いわゆる何でも屋さ」

 暗に技能がない、と言われたようなものだが、こればかりは仕方がない。文字の読み書きだって7日もかかって取得したのだ。それ以上の技能など、普通の学生だった優翔は持っていない。ましてや、技能を一から習得し、それを使って金銭を得るなど、考えもつかない。

 日本に住んでいたからこそ、ある程度決まったレールの上を歩いてきた。なんとなく大学へ進学し、一般的なサラリーマンになるんだろうと漠然と描いていた。将来の夢、なんて夢想は幼いころに捨て去っている。それが叶えられるような頭脳だって、持っていない。

「今のご時世に限ったことじゃないけどさ。冒険者ってのは大抵魔族の眷属が暴れているから斃してくれだとか、盗賊が出るから護衛をしてくれだとか、そんな荒事ばっかりだ」

 だから、とサンドラが続ける。

「あんたの今後を考えるにしても、『武器を持って戦うための訓練』ってのは不必要じゃないと思うよ」

 サンドラの言葉に何か含みを感じる。けれども、確かに彼女の言葉はその通りで。「じゃあ、初心者にお勧めの武器、なんてあるの?」

 まずはこの世界で冒険者となるために。戦争に出るつもりはまだ毛頭ないけれど、生きる上で必須ならばそれは身につけないとならないのだろう。優翔は少しでも前向きに考えようとし――やめた。

「まずは自分が何者になりたいか、だね。まあ、あんたはきっと戦争に出るだろうけどね」

 愉快そうに笑うサンドラが嫌だったわけではないけれど。からかうように笑われたことに対する苛立ちと、ほんの少しの違和感を優翔は気づかないふりをした。

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