第7話 訓練場にて

 会わせたい人。その言葉に含みを感じる。けれど、人の言葉の裏を考えても仕方がない。

 コンラートの後をついていくと、開けた運動場のような場所へ着いた。

 土が踏みかためられた、そこそこの広さ。上を見上げれば天井は高く、一見天井がないように見える。けれども、太陽の光がわずかに歪んで見える。何かに覆われているようだ。

「あれは?」

「魔術で天井を作り出してるのさ」

 コンラートに尋ねたつもりだった。けれども、帰ってきたのは女性の声。驚いて振り返ると、一人の女性が立っていた。

 その女性は深紅の全身鎧を身に着けていた。鎧に着られている、なんて不格好なことはなく、とにかくなんていうか、強そうだ。

「ようこそ勇者。名前は何ていうんだ」

 その厳しそうな表情を緩めて問いかけられ、優翔は名乗っていないことに気付く。どうも、この人の前で委縮してしまうのは何なのか。

「あ、ユウト、です。初めまして」

「ユウトだね。あたしはサンドラ。よろしく」

 手を差し出されて、何も考えずに握手をする。次の瞬間、優翔の目の前には青い空。

 投げ飛ばされたと気付いたのは、数秒後だった。

「なんだい、今度の勇者ってのは軟弱だねえ」

 こんなんで大丈夫かい、とサンドラの呆れたような声が聞こえる。事実、『勇者』にしてはあまりに粗末な結果だが。

 投げ飛ばされた優翔を見て、コンラートが目を反らしたのも見えた。いやまず説明しろ。

「戦争なく、武器もいらないような世界で暮らしていたものですから」

 暗に、望んでここにやってきた訳ではないことを伝える。事実、優翔は戦争に参加するとも、勇者になるとも伝えていない。

「知っているよ。この世界にやってきてまだ7日。なんせあそこにはあたしもいたからねぇ」

 かか、と豪快に笑うこの女性に辟易する。どうにもこの手の豪快さには苦手意識がある。

「まあ、頭は悪くないようだけども。腕っぷしに関しては鍛えがいがありそうだね」

 この7日間、優翔が何をしていたのかも聞いているのだろう。あの場に居たということは、それなりの立場にあるのだろう。なんせ王族と同席をするぐらいだ。

「サンドラ様、まだユウトは戦闘経験は――」

「ああ、コンドラートはまだいたのか。案内ご苦労。お前は訓練に戻れ」

 優翔の表情を見て助け舟を出そうとしたコンラートだったが、この女傑の言葉にぴたり、と足を止めた。敬称から考えると、サンドラの方が上官、なのかな。

「さて、改めて。あたしはサンドラ。王立騎士団直属近衛兵で、一応部隊長をやらせてもらってる」

 サンドラが寝ころんだままの優翔に手を差し伸べる。今度は投げたりしないよ、と笑うサンドラにわずかに疑いの目を向けて、優翔はその手を取らずに立ち上がった。服に付いた砂埃を払い落としながら、サンドラの言葉を反芻する。

 王立騎士団とは、よくある王族を守る騎士なのだろう。そこ直属ということは、決して下位部隊ではなさそうだ。そこの部隊長ということは、それなりの腕前を持っているのだろう。コンラートが逆らえなさそうなのも理解できる。

「で、その近衛兵部隊長様がどのようなご用件でしょうか」

 一応、目上。たとえ出会ってすぐに投げ飛ばしてくるような失礼な人であっても、年齢も腕っぷしも身分も、すべてが目上の人間ならば、一応の敬語を使う分別ぐらいはある。

「なあに、勇者候補のあんたに、この世界の現実を見せようかと思ってね」

 サンドラはにっと笑って言った。

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