第3話 存在しない王子

 この部屋に案内されてからずっと気になっていたこと。埃っぽい倉庫のような部屋に、似つかわしくないレオンの姿。そのフルネームと国の名前を聞いてピンときた。

「王族がくるような部屋じゃないだろ、ここ」

 そう、レオンデュート・フォン・グランベルト。グランベルグ皇国という国の名前に似ている家名。これで王族でなければ詐欺だ。

 その言葉にレオンはアハハと笑った。

「確かに、普通の王族ならここには来ないよね。でも、僕は特別なんだ」

 そう言って、視線を僅かに足元へ向けた。その姿はどこか愁いを帯びている。

 優翔は困ったな、と頬をかいた。

「別に、話せないならいいけど。あくまで好奇心だし」

 そう、好奇心。勇者だと敬称を付けられ、部屋の用意をされ。案内してくれた女の子も含め、敬意を持ってくれているように感じていた。だからこそ、倉庫のような部屋に案内されたことが意外で、その理由を知りたかっただけだ。

 だから、その単なる好奇心からの疑問でレオンが言いよどむのなら、別に答えなくていいと。そう思った。

「ああ、言いにくいわけじゃないんだ。もう受け入れた事実だから」

 そう、レオンは笑って言った。優翔には先ほどの笑顔と違って見えた。

「勇者召喚は禁忌の術。だって、異界からその人の都合も全て関係なくたった一人をこの世界の都合で呼び出すんだもの」

 それはこちらが召喚後どのような配慮をしても覆らないから、とレオンは言う。確かに、元の世界に戻る術もはっきりしないのに呼び出されるわけだから、その考え方はわかる。けれど。

「王族は禁呪を積極的に廃止しているからね。僕はもう王族じゃないんだ」

 つまり、国が大々的に禁呪を使うわけにはいかない。それはわかる。けれど、目の前で禁呪を使ったと言うレオンは確かに王族で。

 優翔の顔に疑問が浮かんでいたのだろう。レオンはおかしそうに笑った。

「つまり、僕は生まれてすぐに廃嫡されたんだ。存在しない者として。もちろん表向きは、だけど」

 レオンが話し続ける。

「王子が複数いると、継承権争いになるだろう? だから、この国では王子について取り決めがあってさ。第一王子は王太子。第二王子はその補佐。もしくはスペア。そして第三王子以下は廃嫡するんだ」

 つまり、王子であっても王族とは認めないってことだと。それはつまり、自分の両親であっても両親と慕ってはいけないということ。

 そう言って、レオンは立ち上がった。

「歴代、この決めごとができてからは王子が二人生まれたらそれ以上王族は子どもを必要としていなかったんだけどさ。笑っちゃうだろ、僕は三番目の王子だったんだよ。第二王子との双子のね」

 同時に生まれた第二王子。ほんの少しのタイミングのずれで、兄弟は家族に愛され、自分は家族だと名乗ることすら許されない。

「まあ、まだ自立できない年齢だから王城には住まわせてもらってる。けど、言ってみれば両親のいない孤児と同じ扱いなんだよね」

 だからこそ禁呪を使用する王族としてはこの上ない人材だったわけだけど、と笑って言うレオンに、優翔は顔をしかめた。

 そんな優翔を見てか、レオンは驚いたような顔をした。

「ユウトがなんでそんな顔をするの? 僕はこれでも自由にできる今の立場も気に入ってるんだよ」

「じゃあ無理して笑うなよ」

 やせ我慢してるやつを見るのは嫌いだ、と優翔は言う。その言葉に一瞬、レオンは息をのみ、柔らかく笑った。

「ユウトは優しいね。ありがとう」

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